僕が新攻撃の呪!?蘇る邪悪の本領、手を差し伸べてきたのは…
言葉で言うと、どこかで聞いたことのある言葉だが、目の当たりに感じてみると、なんておぞましい気配だ。
紗布屠の周りを渦巻いていたのは生々しい邪悪な『風』だ。僕が晴明の術を身に着け、天地自然を吹く風と和することが深まったからこそ分かる、圧倒的緊迫感。咽喉が灼けてえづくほどに胸糞の悪いこの嫌悪感は、的確な一言にすら思い当らない、どす黒い混沌の化合物である。
「さっきの狐の化け物は、中々興を得たぞ」
にたり、と口が裂けんばかりに笑うと、紗布屠は右手を蛇の鎌首のように、もたげてかざした。
「余からも、贈り物をせねばな」
紫色に爆ぜる小さな光芒が、その中で光ったと思われた瞬間だった。
紗布屠の手から、大蛇の姿を模した紫炎がうなりをあげると、一気に僕を包み込んだ。
(熱い)
全身が沸騰し、灼ける。あまりの息苦しさに、自分が今にも黒焦げの焼死体になる気がした。
「うっわああああああっ!」
「阿呆ッ、詰まらぬことを考えるな!」
もはや聞こえぬはずの焼け焦げた鼓膜に、晴明の叱咤が容赦なく降る。
「燃えると言うのは、おのれが思い込んでいるだけのこと。あやつに強烈な呪をかけられてな。あのれじの、とか言う宣教師と二の舞になりたいか」
晴明が、二指を立てて印を切る。するとぶすぶす不快な黒煙を放っていたはずの炭化した身体が動き、感覚が戻った。思わず心臓が縮み上がった。なんと言う強烈なイメージを孕んだ呪だ。晴明が解呪してくれなければ、あの一瞬で手遅れになるところだった。
「言っただろう、ただ者ではない、と。あやつ、恐ろしい奴よ。生身の肉を持ちながら、この私の如き神仙に迫る力を持っておる」
「なんと、おかしいと思うたらお前が本体、生身の小僧めは傀儡か」
紗布屠は、晴明の姿が視えるらしい。
「道理でこの若僧、さしたる術師に見えなんだはずよ」
「当たり前よ。こやつは習い覚えの小僧も小僧、まだ陰陽師の名にも満たぬ、尻の青いひよっこよ。あまり本邦の陰陽術をなめるでないわ」
晴明はいつもの大見得を切った。が、それがかなりの切羽詰まったはったりであることは、僕にだって分かった。
目の前にいる男が、どれほどに凄まじい幻術の使い手か。すでに五百年を神仙として生きた陰陽師と、同等かそれ以上の能力を持つ幻術師。ただの幻戯とは思えない、一瞬で人を焼殺してしまうに足るこの恐るべき力は、すでに魔法である。
「ふん、これでようやっと興が乗ってきた。お前ならば少しは余の相手になりそうだ」
紗布屠は紫色に光る瞳を、妖しく煌めかせた。
「どれ。…なればその、本邦の術とやらを味見してみようか」
うねる人さし指でさらさらと、紗布屠は空にアラビア文字のようなものを描いた。描かれた呪文は茨のように絡み合い、朱い刃となってこちらへ向かってきた。斬り裂かれる。
「小賢しい」
晴明が人差し指を宙で回すと、綿あめを絡みとるようにして朱い刃の螺旋が吸い込まれていく。晴明が低い声で呪を唱えると、朱い螺旋は音もなくほとびて消えた。
「この私に天竺の言霊が判らぬとでも思うたか」
晴明が朱い奔流をまとった指で、言霊をさらさらと読み替える。一転、管狐の焔火となった青白い刃が、風を巻いて紗布屠に襲い掛かった。
「小癪」
紗布屠は逆手に持った半月型のナイフで、群がる管狐を斬り祓う。うわ、このまま間合いを詰めてくる。まさかの肉薄攻撃だ。
「肉弾攻撃は、防げないんだよね!?」
「当たり前だろ、それぐらい自分で何とかしろ」
晴明、しらっと言いやがる。
「どうせなら、応用せぬか。…お前は『風』の他に、荒ぶる『炎』を知ったのだ。どれほどに苦しかったか、そっくり返して思い知らせてやるがいい」
「ええっ」
そんなこと言われたって。
一瞬、言い返そうと思ったが、応用しろの意味が、ぴんと来た。春日山城を攻め取ったときにやった、風と一体化する呪だ。あまり想い出したくないのだが、今の焦熱の苦痛のイメージを、この呪を使って書き換えれば、さっきの炎の幻術が体現できるかも知れない。
「死ね」
(やらなきゃ殺される)
かも知れないなんて言ってるどころじゃない。やるしかないのだ。実物の冷たい刃が入り込んで、僕の頸の肉を斬り裂くまで。恐怖に負けたら、そこで死ぬ。死ぬなら元々。そんな覚悟、何度も越えて来たじゃないか。
「喰らえッ!」
イメージと一体化した僕は、両手を翳した。沸き起こったのは、轟音をあげて空気を圧搾した空気を開放する熱波の爆風だ。
「ふおッ!」
腹に抱え込むようにもらった紗布屠はひとたまりもない。
何しろその空気の密度は、風刃の比ではないのだ。下手をすれば内臓破裂を引き起こす、TNT爆弾級の衝撃波だ。爆心から円状に拡がる衝撃波をまともに喰らい、紗布屠の身体はもんどりうって吹き飛んだ。
「うわっ」
もちろん反作用も凄まじい。紗布屠を吹っ飛ばした瞬間、僕の身体も同じように吹き飛んで、顔から落ちて土を噛んだが今の瞬間、紗布屠の喰らったダメージはその比ではない。
すごいなんてもんじゃない。
(今の…本当に僕が!?)
信じられなかった。
だって今のは、確実に『攻撃魔法』だ。ただの高校生の僕がだ。まともに武器も、武術も操れない僕の手から、とんでもないものが出て相手を攻撃した。あまりにとっさすぎて何をやったのか自分でも判らなかったが、行き当たりばったりでやってみた図が当たったのである。
「見たか。今のはお前が確実にこの世に産み出した新しい呪だ。しかもこれは、あの天竺人のニセモノの炎などとは、わけが違うぞ。よくやった弟子よ!」
あの気難しい晴明が、手放しで誉めてくれる。それで、やっと実感がわいてきた。
「最初にお前に、『風』を教えた意味がやっと分かったろう。風は、この世界の『起こり』、万理万物の始まりに在るのだ。ここさえ掴めば、お前は風だけではない。火も水も土も、天を駆る稲妻ですら、我が呪として使えるのだ!」
このときの衝撃波は、その場にいた全員を襲った。ミケル、鎬木、そして媚兎良、實陀をも、真円状に拡がった衝撃波の突風を受け、視界を塞ぐほどの砂煙を被ったのだ。
「紗布屠さまッ!」
血相変えて歩み寄ろうとする媚兎良を、ミケルの剣が阻んだ。
「おっと。うちの大将の晴れ舞台だ。邪魔はさせないぜ」
「どけッ、異教徒ッ!」
それにひるまず筋骨隆々の實陀が、前へ出ようとする。
「どうする鎬木。どうせなら、このでかぶつを倒してみるか」
ミケルは背後で準備を整えている鎬木に目をやる。
「別にいいっすけど。あんたのが腕が立つ癖に、自分にいかつい方押しつけるってどうっすかねえ?」
「不満なら、替えてやってもいいんだぜ」
「異教徒、殺してやるッ」
間髪入れずに媚兎良が、殺到してくる。まるで宙を泳ぐ、魚のような見たこともない動きだった。鎬木は身体ごと避けざるを得なかったが、ミケルはスウェーでかわした。ミケルの常人離れした動体視力と身体の柔軟性の成せる業だ。
媚兎良の携えた剣は、腕の延長線上になるような刺突中心の両刃の剣だ。
刃渡りは三十センチほどだが、バー状になっている木製の握りに拳をガードするように、平行棒の覆いがついている。ミケルはそれに、見覚えがあった。
この国へ来る前、インドのゴアで見たことがある。西洋ではカタールと言われる、イスラムの刀剣だ。現地ではジャマダハルと称したはずだ。ナックルを使うように拳で撃ち込む、特殊な刺突用短剣なのだ。
今見た通り、術者は格闘技・体術の延長線上としてこの武器を使う。身体の柔軟性で翻弄するような独特の体さばきは、直線的な鎬木の空手では、迎え撃ちにくい。その辺りを一瞬で判断できるのが、鎬木には判らないミケルのプロとしての凄みだ。
「見たか。あいつの方があっちに行かれると、厄介だ。お前の空手は、破壊力だけはある。あの筋肉坊主一人くらいは、自力で潰せるだろ?」
「見くびってもらっちゃ困るっすね」
こきん、と音を立てて鎬木は、拳と首を慣らした。
「じゃあ、競争っすよ。手が合う相手同士、先に倒した方が勝ちってことで」
そして僕たちが対峙している間も、戦乱は続いている。僕の衝撃波で紗布屠が吹っ飛んだときはさすがに、目撃した全員が凍りついたが、敵もこれしきで怯む相手ではない。戦国時代と言うのは、やわな人種では生き残れない世界なのだ。
「成瀬殿ッ!お迎えに上がりましたぞ!」
弓隊に狙撃を再開させた義利が、雨あられと矢の降る中を馬を駆って割って入る。
「この目で篤と拝見いたしましたぞ御大将ッ、軍神摩利支天もかくやと言う大働き!あのイカサマ師めを吹き飛ばした技、あれはいかなる術にござるか?」
「えっ?…その、あっ、なんだろうねえあれは」
誤魔化したわけじゃない。今しがた、出来た術なのだ。何かカッコいい名前でも考えておかなきゃ、こう言うとき、バツが悪い。
「ぜひ後学のため、お名前をッ!」
義利は帳面に筆を出して、なぜかメモる気満々だ。今、考えなきゃいけない?今?
「えっと…エアー…ファイア…」
「爆炎風の呪、と言うのはどうだ我が弟子よ!?」
晴明が勝手に入ってきた。えええっ、僕が創った呪なのに。でもまあ、それでいいか。一瞬、考えてはみたが、この戦国時代に、中二な英単語しか出て来なかった。
「おお!爆炎風の呪!お名前もさすが!キマっておられる!」
義利喰い付いてきた。じゃあこれでいいや。僕のセンスじゃろくな名前思いつかなそうだし。
「次は全軍の采配をば!弓隊、今しがた逃げる敵を追い込めておりまする」
さっきは大分焦ったが、紗布屠さえいなければただの野盗の群れだ。元々は、命令されることと、統率されることに慣れていない連中である。
組織的な結束力さえこっちがお膳立てすれば、素人でも十分応戦できる。だがこの団結力が、僕には中々作れない。その点、義利のそれは生来、身についたものだ。こうやって戦況に気を配りながら、騎馬で僕を拾いに来れる余裕はただものではない。
「大丈夫だよ、てゆうか僕の指揮は必要ないじゃないか。さすが、村上義清の娘だな」
おだてではなく素直にそう言うと、義利は目を丸くした。
「なっ、なっ、成瀬殿!ちょっ、そんな急に!…からかわないで下さいよお!?」
死ぬほど照れていた。この子もちょっと、虎千代と同じタイプだと思う。最近、こう言うやりとりしてないので、どこか初々しい。和んでいると、しらっとした顔つきで晴明が言った。
「不肖の弟子よ。虎姫のいぬ間にまた、浮気か?」
「まっ、まっ、また、って言うなよ人聞き悪いなあ!?」
「馬鹿め、どこからどうみても浮気であろう。この間の深雪といい、お前はすぐ女子に感心すると虎姫が嘆いていたぞ」
「う、うるさいな」
なんでそうなるんだ。ただ思ったことを、率直に言っただけなのに。
「それに、ほんの少しの進歩で忘れたか。虎姫とこの小娘は、所詮は地に生くる人の目。お前は別の目を鍛えねば、虎姫に見棄てられるぞ。天目の呪を使わずとも察しろ。結界が破られている」
「あっ」
僕は息を呑んだ。結界を張ったのに、察気術を忘れていたのだ。僕は急いで、天目の呪を使った。手勢を率いて誰かが、玲のところへ向かっている。一花が言っていたのを忘れていた。話では、確かあと二名。腕が立つ天竺人とやらがいたのだった。
「義利、玲たちのところへ向かえるか?」
「委細承知!この義利に、お任せくだされッ」
聞くや否や義利は、手綱を引き締め急ぎ馬首を巡らした。
弾丸のように一路、悍馬が坂を駆け昇る。
義利の手綱さばきは、恐ろしいほどに確かだ。急いでと言ったら藪の中を思い切り突っ切って、最短コースを目指してくれる。
素早く一花たちを捜す手勢は、恐らく十名ほど。頭目らしきものは二人、手勢は八名と思われる。野盗の散漫な動きではない。彼らとは違う侵入ルートであらかじめ、一花の身柄を確保するために紗布屠が遣わした裏の部隊だ。
「なるほど、表の手勢は陽の駒でござったか」
息も切らせず、義利は頷いた。兵法を修めた武士には、この説明で足るので助かる。
「紗布屠自ら、囮になっていたんだ」
思い切った陽動である。だが今にして考えてみれば、僕たちも様子をうかがわれていたに違いない。あの紗布屠の術は常人の幻術を軽く超え、神仙である晴明に匹敵するのだ。
「読みの浅い弟子だ。この私が見ておらぬと、まだまだ油断が出来ぬなあ」
「大丈夫だよ。玲たちだって気づいている」
不穏の気配を察して、玲たちも動き出したようだった。いざと言うときの脱出ルートの方に向かっている。この分なら、連中に出くわす前に接触できるだろう。
吹きつける雪を手で庇いながら、前方をうかがうと闇の彼方にちらつく、松明の群れ。
「真人くんッ!」
玲は一花といた。同じ顔が二つだ。これなら誰でも一瞬は、戸惑う。
「敵の伏兵が迫ってる。義利の馬に乗るんだ。一花だけでも、先へ逃がそう」
「だめだよ」
白い息を吐いて、玲は首を振った。一花と二人、困ったように顔を見合わせている。
「この方たちを置いて、いけません」
言われて僕は、やっと思い出した。一花に頼まれていたのだ。それが誰だかは知らないが、重傷の怪我人とその付添を一緒に脱出させると。今も小雪がちらつく中、玲たちは荷馬車を曳かせて逃走しようとしている。
「どこかへ一旦、隠れられないのか?」
僕が二手に分かれる提案をすると、なぜか玲は断固として首を振った。
「絶対だめだよ」
「なんで」
「なんでもだよ」
玲は急に思いつめたような顔になった。
「…真人くん、二人に会った方がいい。とにかく会わないとだめ」
何か理由があるのか。僕が訝っていると、玲は、雪避けのわら蓑を被った旅巫女装束の女の人を連れてきた。
「この人、小綾さんだ」
「嘘だろ!?」
僕は、目を剥いた。厳重手配中の深雪さんの妹じゃないか。キリスト教の『隠者』たちが隠れ住む、こんな場所にどうして潜伏出来たんだ?
「じゃあ、もしかして、怪我人って言うのは…」
あまりの展開に僕は、絶句してしまった。説明がじれったくなったのか、小綾らしき女性は僕を幌馬車の中へ案内した。積まれた寝台に、十字架を握って横たわっていたのは、僕たちからまんまと逃げた瀕死の男だった。
「久遠!?」
まさか、こんなところへ逃げ込んでいたのか。このハルピン機関きっての情報工作員は、持ち前の能力をどう生かしたのか、想像もつかないところに潜伏していた。
「それにしても、どうしてこんなところに…」
三島春水に斬られた傷は、まだ完全回復とは言えないようだ。顔つきには精気が戻り、肌にやつれは見えなかったが、ベッドの上から起き上がれる様子ではない。
「侮ってもらっては、困るな。『隠者』の存在は、確認済みだ。君たちが京都で何をしていたかも含めて、我が情報機関は、あらかたのことは把握しているんだ」
「『隠者』を脅迫して、利用していたのか?」
僕は、寝台の端に座って男の顔をのぞきこんだ。
「君に信じてもらう必要はないが、私の母親が正教徒だ」
久遠は上体を起こすと、両手を組んで十字架に祈った。この男が握っているのは正しく、ロシア正教の八端十字だった。
そう言えば何かで聞いたことがある。西欧のものと違い、ロシアの十字架には、十字の足元に、左から右上に、余計に斜線が一つ入っているのだ。キリストが磔刑に処されたときに用意された足台を模したものと言われている。
「僕も、少しは聞いてる。…あんたの母親は白系ロシア人の亡命民だったと」
「迫害されて死んだ母だ。貴族の家柄だったと言うだけで、社会主義者たちに追われ、すべてを喪った人だ。この時代のキリシタンたちも同じと聞いて、私が援助の手を差し伸べたとしても、不思議ではないだろう」
祈りを終えると、久遠は頬を歪めて笑った。表情筋を引き攣らせるような、痛切な笑みだ。
「取引だ。…私たちと子供を今すぐ逃がせ。ここは、もういい。棄てろ」
「馬鹿を言うな」
遮るように、僕は言った。
「まだ、戦闘中だ。僕が来たからには、この村も、この村の人たちもすべて守る」
久遠はこれ見よがしに、せせら笑った。
「素人の戯言だな。…作戦の無謀さを認められない。取り返しがたい犠牲を払わないと、目が醒めないか」
「ここで退いたら、敗ける。それだけのことだ」
久遠の視線は、真っ直ぐこちらを見つめ返してくる。売り言葉に買い言葉でああは言ったが、内心の危惧を言い当てられた思いだ。この男は、僕を騙そうとしているわけではないが、何かを判っていて切り札にしている。あの不気味な紗布屠について、僕の把握していない何かを。長くはないが、虎千代に鍛えられた僕の戦場勘がそう告げている。問題は、このはったりの看板をどこで下すかだ。
「戦後生まれの君から、そんな台詞を聞くとはな」
久遠は声を立てて笑った。
「君たちが今日言う無謀な昭和の軍人とやらは、今君が言ったような空虚な台詞を、何度も吐いた。連中は我々情報部が警鐘を鳴らしている、深刻な情報をそうやって何度も握りつぶしてきたからだ。まったく、虫唾が走るような腰抜けどもだった。奴らは決まって勇敢を誇ろうと、情報工作を軽視するのだ。一見猛々しいが、それは臆病だからだ。本質的には自分を打ちのめす現実に、立ち向かう気持ちはないからなのさ」
そのときだ。大きな轟音がどこかで響いた。ついで、巨大な何かが倒壊する音。沸き起こる悲鳴のような地鳴り。
「あの紗布屠に、君は勝てない。あの天竺人の情報を把握していないからだ。連中がなんでこの越後に現われたのか、私たちに無関係の偶然だと思ったか。ただ降って湧いたわけじゃないぞ?あの連中が現われたのは、あの一花と言う女を生贄にするためじゃない。劔閣下は把握されている。君たちは情報弱者、このままいけば確実に敗者の側だ」
「なるほど。だがあんたは、敵だ」
僕は、久遠を試すことにした。あえてそれでも圧した。
「敵が塩を送ると偽って、毒を送って来ない保証は?」
「そう来るか」
久遠は、決して激昂したりはしなかった。勝手にしろとも言わない、圧迫しかえしても来ない。ただかすかに笑うと、幌の張ってある天井を見上げた。
「私が語る必要はない。時が告げてくれるだろう」
そしてまた、大きな火柱が上がった。今度の轟音は爆風で、こちらの馬車をも傾かせた。
「なんだ!?」
僕は思わず、外の様子をうかがった。なんと、昼間のように明るかった。
「真人くん…なに?…あれ」
玲が呆然と、空を眺めながら言った。僕は、愕然として同じ方向を見上げた。
そこに、太陽が落ちて来たようだった。目も眩むようだった。
「紗布屠…」
直感、いや、半ば本能的に悟った。
あの男は、生きているのだ。
僕たちはその本当の恐ろしさを、すぐに知ることになる。




