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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.4 ~洛中壊乱、負けいくさ、六条河原の秘密
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越後からの暗殺者 そして迫る細川勢!! 狙いは・・・くちなは屋?!

そこにいたのは、屈強な男たちにはまるでそぐわない、本当にちんまい女の子だ。

幼女と言ってもいい。プロポーションとか言っている段階をすっとばした、頭の大きさと身体が微妙にアンバランスな感じ。牡丹と蝶の花柄のついた、女の子らしい小袖の裾も短くて、つんつんしている。色も白くて、瞳も大きくて、あと十年くらいしたらすごい美人になるだろうなと言う感じだけど、巫女さんみたいに伸ばした髪の毛を両端で軽く結わえただけの髪型や滑舌の舌足らずな幼さは、どうみても小学校低学年の子だ。

それが今、鬼小島を父上、と呼んだのか。びっくりしすぎて、僕は言葉もなかった。

「成瀬真人さまですね。金津様より、お話はうかがっておりまする。わたくし、この小島貞興が娘、このえでござりまする。以後、お身知りおきを」

「は、はい・・・・・」

ぺこり、と、彼女は頭を下げた。この子が、あの鬼小島の娘?ええっ、いや、なんて出来たお嬢さんなんだ。

「我が父、貞興めはああは申してはおりまするが、姫さま大事の気持ちがあってこその仰せ。出過ぎた物言いはご容赦下さりませ。我らはじめ、臣下は姫さまこそ、越後存亡の救い主とこそ思うてお仕えしておりますゆえ」

「あ、ああ。弥太めの忠心は理解致しておる。・・・・・我も言いすぎた」

えっ、あの虎千代がちょっと自分の非を認めた。謝った。

「金津様の仰せとは言い条、姫さまが思うがままに生きたいとの心もち、うかがっておりましたので、これまでとりあえずは表に出ぬよう、日陰より姫さまをお守り致しておりましたのです。あれほど楽しそうな姫さまを見るにつけ、でいとなるを邪魔するのも、無粋かと思い・・・・されど少々雲行きが変わってきましたゆえのこのような仕儀でござりまして」

「情勢とな?」

はい、とこのえは言った。

「姫さまがいなくなられてからこの方、越後の情勢安らかならず。言うまでもなきことながら国論二つに割れ、上に下に争いが絶えませぬ」

その視線は、僕と虎千代をめぐって別の場所に向けられている。少女が感情の色のない目を向けたのはなんと、さっき虎千代が斬り捨てた男の遺骸だ。

このえはつかつかとそこへ歩み寄ると遺体の側にかがみこみ、やがて何か小さなものを取り出して見せた。それは鮮血で赤黒くにじんでいたが、手のひらサイズくらいの木製の札みたいなものだった。あれ、なんかちょっと形が変だ。それは上の方がジグザグに切り取られパズルのピースのように複雑な形に切れ目が入っているのだ。

「割り符か」

それを見ただけで、はっと何かに気づいたように、虎千代は言った。割符って、確かいわゆる忍者とかが味方同士を認証する秘密のIDカードのようなものだ。そんなものを、ただの旅の兵法者がなぜ持っていたのだろう?

「真人さま、この割符は、質札のごときものです」

話についていけなくなりかけた僕を気遣って、このえは明晰な口調で話を続けた。

「ことなしたのちにこの片割れを持つものと落ち合って、しかるべき報酬を得るてはずであったように思われます。検分役なる者はすでに、我らが手にて捕らえておりまする。一昼夜の責め問い(拷問)ののち、ようやく吐いたがこの遺骸の消息で」

幼女とは思えないさらっとした口調で、拷問したとこのえは言う。このあたり、さすが戦国時代だと感心してしまう。

つまりはこう言うことだ。

この旅の兵法者を装った男は若軒の一味ではなく、最初から虎千代を殺すために送り込まれた暗殺者だったのだ。検分役と言うパートナーとともに京都に入り、虎千代の命を狙い、暗殺が成功した際は、割符と引き換えに報酬を得る手はずだったのだろう。

訊くだけで念の入った話だ。

「姫さまを仕物(しもの)(暗殺のこと)にかけようと企む者の次第かくのごとしでごじゃりまする。かのような不届き者ら枚挙にいとまなく、為景公亡き後、おのが手で長尾家を牛耳ろうとゆゆしきことを考える者が、続々と入京いたしてくるおそれ強く」

「得心いかぬな。そも家督は兄、我は家を棄てた。浪々の身となった我を殺したところでもはや、なんの得もあるまい」

「要らざる御謙遜は、おやめなされませ。げに為景公亡きあと、越後長尾家がつつがなきはひとえに姫さまあってのこと。姫さまが化粧首は、城中反対派は無論のこと、長尾家を転覆し、再び越後騒乱に陥れようと画策する者にも格好の好餌なのごじゃりまするぞ」

このえは年上の姫を叱りつけるような口調で言う。この子、本当はいくつなんだろう。

虎千代はああ言うけど、でも、このえの話は僕にはすぐに納得はいった。

なにしろ歴戦のつわもの、お父さんの為景がいなくなった後、長尾家をひとつにまとめたのは何より、虎千代なのだ。越後を出たとは言え、彼女の命は多くの人にとってその価値があるものに違いない。

もちろん言うまでもなく、虎千代をもう一度長尾家に戻そうと考える新兵衛さんや鬼小島たちにとってだけでなく、城内の反対派や、いくさで虎千代に負けた敵方が復活するチャンスとしても、虎千代の身柄はなくてはならないものだ。

新兵衛さんが人数を連れてこちらへ引き返して来たのも、こうした事情が差し迫っているからだと考えれば、簡単に頷ける話だ。

「で、兄上のおそばを離れ、おのれらは国を飛び出してきたと言うわけか。そうこうしている間に兄が狙われれば、それこそ本末転倒と思わぬか」

「馬鹿言っちゃあいけやせんぜ、お嬢っ、お嬢の身に何かあれば、俺ら武士なんてやる気をなくす・・・・・あ、いや、長尾の家は立ち行かなくなるのは誰が見たって分かるじゃねえですか。お嬢以外の長尾家の野郎どもなんかどうなっても・・・・・ああ、もとい、お嬢さえいれば、長尾家はもとの長尾家になるじゃねえですか。それに兄貴ったって、お嬢のことどう思ってるかわかりゃしねえ。げんに―――」

「ちちうえっ」

年齢に似ず鋭い口調でこのえがたしなめ、鬼小島はあわてて口をつぐんだ。今、何を言いかけたのか、うすうす分かる気もしたのだが―――それにしてもこの鬼小島と言う男、本音だけで生きすぎていると言うか、話を続けるごとにちょくちょく危険な本音が垣間見えてはらはらする。

「分を越えたわれらが物言いはご容赦」

とりなすように、このえが言った。

「力士衆の面々は申すまでもなく、このえも金津様も、先代為景公に姫さまをくれぐれも頼むと託された身ゆえ。せめては、その心だけは察してくだしゃりませぬか」

「弥太」

しばしの沈黙の後に、虎千代は言った。ぽつん、とつぶやいた、そんな印象だった。

「危ないところを感謝する。遠路越えての忠心、心苦しからず思う」

「おっ、お嬢、もったいねえ・・・・・」

鬼小島は顔をくしゃくしゃに歪めると、泣きそうになって袖で顔を拭った。感情が分かりやす過ぎる、この人。

「だが、越後には戻らぬぞ。何度も言うが、当主は兄上が筋目。我を擁立する者あらば、長尾家は再び滅亡の際にたつは必定」

「そのことも重々承知しておりまする。されど差し当ってここは、我らが動きに従うてもらいます」

このえの強い言葉に、虎千代は眉をひそめた。

「話が見えぬな」

「ゆく道々で、追ってお話しまする。真人様もどうぞ、我らについてくだしゃれ」


気がつくとすっかり、日が暮れかけている。しかし、このえたちはこの近くのどこかに足をとめるつもりはないみたいだ。再びだが、みるみる知っている場所を離れていくので不安になる。

「ど、どこまで行くの?」

「それを今ここでお話しするわけには参りません」

その点については、何度訊いてもこのえは口を閉ざすばかりだった。

「されど御心配には及びませぬ。くちなは屋の方々には、委細お話しておりまするゆえ」

不審だったが、虎千代の暗殺の件もあるし、従っておいた方がいいと僕も思った。

「だがこの装束では遠出は出来ぬぞ」

ひらひらと返り血を浴びた裾を翻して、虎千代は言った。

「御心配なく、そのときはお嬢、おれ様がこの背をお貸ししますから。あっ、て言うかお嬢、なんでそんな女みたいな格好を? なんかお嬢らしくねえって言うか全然似合わねえって言うか・・・・」

虎千代は苦い顔をしてそっぽを向いている。聞かなかったことにするらしい。しかし鬼小島、なんか残念な上に天然なのか。本当に悪気ないのかな、この人。と思っていると僕の方へ矛先が。

「ああっ、てめえだな。嫌がるお嬢に女子の装束を着せて辱めたのはっ!ふざけた真似しやがって」

ええっ、僕?うう、いや、確かに着せたのは僕だが。

「弥太」

今度は本当に怖い声で、虎千代がたしなめた。

「こやつは京での我が恩人ぞ。無礼は許さぬ」

「なっ、恩人ですか・・・・」

「そ、それにだ」

虎千代は大きく息を吸って言い切った。

「こっ、こやつと我は供にでいとした間柄。粗略に扱うは我への侮辱と思え」

「で、でいとっ!?」

虎千代が言いにくそうに、でも、はっきり言うので僕はぎょっとした。でも、デートした間柄って。戦友、とか義兄弟とか、刎頸の交わり、とか虎千代にとってはそんな感じなのか。

「でいとって・・・・えっ、それってのはどんな間柄なんです。まさかお嬢、こんなひょろくせえ野郎と口では言えねえようなことを・・・・」

「やっ、やかましいっ、余計な詮索無用じゃっ!ともかくっ、我が言うことを聞けるのか、聞けぬのかっ」

「はっ、はいっ、お嬢。もっ、申し訳ねえです」

鬼小島も目を丸くしたが、虎千代が怖い目で睨むので直立不動になって謝った。

「しかしお嬢、わざわざそんな格好しなくても。いくさ働きに不便じゃねえですか」

「ちちうえっ、さっきから差し手口が過ぎまするぞ」

「いてえっ」

ばしっ、と思いっきり、鬼小島は娘に背中を叩かれていた。

暗くてよく見えないが、やがて僕たちは納屋のような場所に着くとそこで用意の馬に乗り換えた。女装束の虎千代は馬に乗り難いので僕が後ろに乗せようとすると、また鬼小島とひと悶着あった。

東寺の仏塔に濃い影が落ちているのがはるかに見えた。やがて空は暗く沈み、薄い雲の果てに月影が浮かぶ。虎千代によると、どうやら一旦下京を出たのちに山際を迂回しつつ、北西、鞍馬山の方角に向って進んで行っているらしい。

それにしても今夜は、やけに明るい月の日だ。真っ二つに切ったリンゴの断面みたいな、やわらかな蜂蜜色の満月が辺りをはっきりと照らしている。

「道々話をすると言うたな」

馬に揺られながら、虎千代が問うた。

「そろそろ、話をしてもらうぞ。人知れぬいずこかへ、我らを連れていくつもりであればな」

「ここまで連れてきた理由は説明せずとも、こなたをみればわかりまする」

間もなく山道を登り、少し小高い丘へ出た。すると先導する鬼小島の馬がとまり、その背に乗ったこのえが、あちらを見ろ、と言うように、僕たちの方を振り返った。

ここから望めるのは、僕たちが棲んでいた京都の全景だった。

五百年前の京都の夜景。日が落ちると明かりを消す家も少なくないので、ここからではその様子はほとんどうかがえないはずなのだが、なぜか今夜は違った。

なんと。

闇の中にあかあかと、火が点っている。

ここからみると、何かの生き物のようだ。

(なんだ?)

おぼめく炎の揺らめきはまばゆい光を放ちながらちかちかと、碁盤の目状の都の闇を溶かしていく。ぼんやりとした輪郭の炎がやがて大きなうねりとなって、まるで天を掃くようにはためいている。それに伴ってかすかに地響きのような、低い振動音がした。それは、そう、その不吉な炎がただの明りではないことを示していた。

まさか、これって。

物騒な予感に気づき僕は、戦慄する。

「もしかしてこれが真菜瀬さんの言ってた、細川家の軍勢・・・・?」

ご明察、と短く言ってこのえは、頷いた。

でも僕は思いつくままに、その名前を口にしただけだ。

「管領家を二分した細川氏綱(ほそかわうじつな)が手勢、遊佐長教(ゆさながのり)と手に手をとって下京に寄せておりまする次第、お判りになりまするか」

「それは・・・・・」

弾正の屋敷に行ったときに、ちらっとだけ、聞いたような気がするが。

「管領家の跡取りを狙うてはそもそも、管領、細川政元(ほそかわまさもと)が亡きあと、同族衆が跡目を争うての内訌(ないこう)でござりました。

先にお話した氏綱が父・高国(たかくに)はそもそも河内の守護野洲家より、対する晴元(はるもと)は阿波守護家より、候補として選ばれたもので、かの中嶋の戦いの大物崩れにて高国自害の後は、親子二代に渡って争いを続けている次第」

と、このえは話してくれたが、細川家の争いはその親子二代に争うどころではなかったようだ。そもそもが細川政元が跡継ぎを遺さなかったために起こった争いではあるんだけど、畿内各地にある分家から複数人の候補者を迎えて跡目争いをしたために、問題が一言では語り尽くせないほどに複雑化しているのだ。

まず簡単に言って、跡目争いは二つの段階を経て極度に混乱を拡げた。

一つ目は候補者が絞れて、跡継ぎが決まった後でも、落選した候補の子供たちがその跡を継いで続けて争いを止めなかったこと。

そして二つ目は、その争いを続けた子供たちが実家の勢力を使って続々と京都に軍勢を送りこんだことだ。

「まず河内守護の野洲家よりは、大内氏」

大内氏は、中国地方の大名だ。そもそも戦国時代、あの毛利元就(もうりもとなり)に領国を乗っ取られるまでは、瀬戸内海沿岸に巨大な勢力を持っていた由緒正しい名家。河内の細川家とつながりが深いのは、海運貿易のつながりがあったためだろう。河内にある堺港からは足利義満以来の、明との貿易船が出入りしている。大内氏と細川氏はかつて、その巨大な利権を分け合ったと言われる。

「そして阿波守護家よりは」

「三好家であろう。よう存じておるわ」

訊くまでもないと言う風に、虎千代は答えた。でも僕にしてみればそれでやっとことの背景が見えてきた。阿波の三好家と言うのは、松永弾正の主家だ。つまり煉介さんたち足軽たちが随身したのは、細川晴元の方と言うことになる。

「一族家臣こぞって、入り乱れての跡目争い。見苦しきに堪えぬゆえ、みてみぬふりをしていたまでのこと」

揶揄するように虎千代が言ったのは、自分の実家の長尾家のことに重ね合わせているのかも知れない。

長尾家だって兄と妹の争いだ。でも新兵衛さんやこのえたちの話すことを聞いてみてもそこには無数の人たちの思惑が絡んでいる点ではそう変わらない。問題は単純な家族の争いでは済まないと言う点でもだ。

確かに越後一国の守護代家の争いと中央政権の争いでは規模が違う。でもそれも影響範囲の問題に過ぎなくて、戦国大名の家を維持するというのが本当に一言で言い表せそうにないくらい難しいと言うのは同じに思える。

「三好家当代、孫次郎範長(まごじろうのりなが)様(長慶のことらしい)が父、元長様はそもそも細川高国追討に尽力なされた御方。寄せ手の氏綱様にしてみれば姫さまが合力いたした三好家は不倶戴天(ふぐたいてん)、まさしく親の敵」

「だがそうなると、話が見えぬな。三好家が代人、松永なる男はそもそもが上京に屋敷を構えておるはず。氏綱めが兵を出して寄せるは、上京からが筋であろう。それがなにゆえ、下京を攻めるか」

「それはこのえの口からは申しがたいことなのですが」

このえは言いにくそうに目を伏せると、

「どうや因果はくちなは屋のようなのです」


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