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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.4 ~洛中壊乱、負けいくさ、六条河原の秘密
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もう逃げられない!万策尽きた僕達の前に現れたのは、実在不明のはずのあの、伝説の男・・・?

「また、派手に立ち回ってくれたのう」

若軒は足下に転がる兵法者の遺体を一瞥して言った。

「だがおれらからは逃げられるわけはないで。なにせこの人数やからのう」

背後を顧みて、若軒は嗤う。そこに群がった人数は、若軒の誇る通り、数を増しつつあった。二十人どころじゃないんじゃないか。黒山のような足軽たちを前に僕など、抗う気力をなくしかけそうになった。

「この期に及んで誇るは数か」

重たい息の下から、虎千代は言った。

「・・・・・なけなしの金で兵法者まで雇うて、子供に意趣返しとは笑わせる」

「おうおう、負け惜しみを吹くわ。つくづくかわいげのない小娘よ」

若軒は顔を歪めて言った。

「ガキどもが!! わけのわからんことほざきよってからに。まあ、ええ。この人数や。観念せい。小便くさい身体、念入りに細切れにしたるわい。せいぜい苦しんで往生せい」

今度こそ勝った。そう言うように男たちの下品な笑い声が湧き返る。

こっちにはさっきの男が落とした刀が一本、虎千代は剣を振れそうにない。黒山のような足軽たちを相手にどれほど立ち回れるか。

「剣を寄越せ」

と言う虎千代を、僕は押し留めた。

「いいよ」

「馬鹿なっ」

「・・・・大丈夫だからさ」

な、わけないのは自分がよく分かっている。でも、もう虎千代に戦わせるわけにはいかない。やれる限りはやってみるつもりだった。死ぬ覚悟なんてあったわけじゃない。今、思えば、真菜瀬さんが言うことをもう少し真剣に聞いておけばよかったとすら思う。

「どうせ死ぬんだ」

さっきも死ぬところだった。後悔はしない。

「さっきも虎千代に守ってもらったからさ」

「ば、ばかな」

抗う、虎千代を背に押し込めて、僕は剣を構えた。

「無駄な抵抗はよせ」

と、若軒はいかにも楽しそうに言った。

「小僧は後回しでまずは、小娘や。おのれは楽に死ぬると思うなよ。思う様もてあそんで、嬲り殺しにしてくれるわ」

やれ、と、若軒は隣の大男に向かってあごをしゃくる。なんて馬鹿でかい男だ。二メートル近くありそうだった。こんな男と相対したら、僕が五人いてもかなわないに違いない。ゆっくりと、男は身体を動かした。

「娘を取り押さえろ。抗うなら、手足をへし折っても構わんぞ」

巨大な男は目を剥く。僕は、お腹から湧きあがる恐怖を押さえながら、どうにか剣を構えた。まるで岩石のような男の拳が、肉食動物のような顔の前まで来ると、

「あああっ!?」

その男は顔を歪めて、大きな声を出した。また場違いなほどの胴間声だ。最初、僕は男が脅しで大声を上げたのかと思った。しかし、その巨大な男は虎のような顔を傾けると、太い眉をひそめたまま、なぜか首を傾げた。何を言われたのか全然分からない、そう言うように。

 これにはさすがに若軒も唖然とした。

「おっ、おい、おのれ、何を戯れておるか。小娘を痛めつけろ言うたんや」

「なんだと?」

僕の方から離れて、その目線は若軒の方に向いた。殺気を帯びたその視線を真っ向から受け止めるのには相当の勇気と覚悟が要りそうだった。

「おい、今、なんて言いやがった?」

「おっ、おい。こんなやつ、わいらの組下におったかや・・・・・」

誰かが妙なことを言い出して、一味がざわめきだした。

「てめえ、今、もしかして俺様にこう言いやがったのか?」

まるで肉食獣のような男は今や喧嘩腰だった。しかもなぜかその矛先は僕や虎千代ではなく、一味の頭のはずの若軒に向いている。ええっ? まったく予想できない事態に出くわして、きょとんとした間の抜けた顔で若軒は男を見返した。

「な、なななななんやっ? きっ、きさまっ」

何か言う暇もなく、若軒は次の瞬間、大男の鉄筋のような腕に掴み上げられて、持ちあげられた。あの若軒が胸倉を掴まれているのだ。煉介さんより少し低いとは言え、若軒はかなり体格のいい男だ。それがなんと片手で軽々と持ち上げられている。みるみるうちに両足が浮いて宙を掻いた。

「てめえっ、今、こう言ったかあっ!」

大音量のアンプで増幅したような地割れ声で、男は続けた。

「この三千世界、天上天下で唯一無二ッ、この俺様がッ、軍神摩利支天(まりしてん)の再来かいくさ女神と崇めるお嬢に対してッ、小娘を・痛めつけろ・だあッ!? てめえッ、七回殺すぞッ!!」

まるで暴風雨のような爆音で怒鳴り声を上げると、振りかぶってそいつは。

若軒を投げた。

野球の遠投みたいに投げたのだが、それがかなり飛んだ。

片手で放り投げられた若軒は、修学旅行の枕みたいだった。

え、本当に人間って飛ぶんだ。あんなの初めてみた。

まっさかさまに吹っ飛んで、やがて恐ろしい勢いで地面に叩きつけられた若軒は、何とか受け身をとったが、恐怖に顔を引き攣らせてはいずりながら、まったく状況が理解できていないようだった。左右の子分にもわけを聞こうとするが、誰もが目を白黒させて首をぶんぶん振った。当り前だ。こんな展開、誰も予想しちゃいない。

「おっ、おのれ何者だ。お、おれらの一味やいないな」

ふん、と鼻を鳴らすと大男は、僕たちの前に立ちはだかり、携えている武器を構えた。

目の当たりにして、僕は思わず息を呑んだ。

それは刃渡りも柄も、槍のように超巨大な極太の日本刀だ。まるで肉食恐竜の牙のような刀身に大乱れに乱れた嵐の波間のような刃紋がぎらつき、藍色と紅の派手な色合いの縅糸がきつく巻かれた握りはなんと僕の拳よりもふた周り近く大きかった。

破壊兵器と言ってもよさそうな規格外の武器だった。

もし自由に振ることが出来たなら、鎧武者を馬ごと両断してしまうだろう。

「長巻だ」

虎千代が言った。いわゆる太刀の超巨大形らしい。化け物のような剣だ。

大男はその長巻を上下左右、自由自在に振り回した。すごい迫力だ。はったりでもなんでもなくこの超重兵器をこの男はまるで枯れ枝のきれっぱしでも振り回すみたいに、軽々振り回せるのだ。もしその刃圏に一度でも巻き込まれたなら、普通の人間ならなすすべもなく原形を留めないぼろきれのようにされて放り出されるだろう。

男は。

闘牛の突進を真っ向から受け止めても平気そうな腰を落として、どん、と地響きがしそうなくらい大きく足を踏ん張ると、野獣の咆哮で名乗りを上げた。

「てめえらに名乗る名前はねえが、これからゴミみてえにくたばる野郎が気の毒だ。名乗っといてやらあ」

こんな至近距離にみんないるのに、鼓膜が破れるほどの怒号だ。ひどすぎる。

「越後守護代家、長尾景虎公がいちの忠臣、柿崎家にその人ありと言われた俺様ァ、小島貞興(さだおき)、いくさ場じゃあ、鬼小島弥太郎(おにこじまやたろう)の通り名が聞こえがいいや。おらぁッ、クソ野郎どもっ、小間切れになりてえやつからかかってきやがれッ!」

「鬼小島弥太郎・・・・・」

あっ、と僕は声を上げた。新兵衛さんと同じだ。越後から来た、虎千代の家来だ。

た、助かった。思わぬところからだけど、やっと救援が来た。

でも、まさか。

助けに来るにしても、こんな反則ぎりぎりのボスキャラの出現は想像していなかった。

て、言うかやりすぎだろう。

極悪顔では負けない若軒たちでさえ、引き攣っている。

鬼小島弥太郎って。ゲームとかで、名前は知ってる。上杉謙信の腹心の一人だけど、詳しいことがまるで判っていない伝説の人物だ。色々な武勇伝があるんだけど、虎千代のお父さんの為景の頃から次の代の景勝の頃までエピソードがあって正直、実在を疑われている冗談のような人。まさか本当にいたとは。

ゲームなどでは確かに武略抜群の謙信の懐刀なんだけど、詳細が分かっていないせいか、あまりクローズアップされていない。例えば本多忠勝や前田慶次なんかと比べると、まだまだ豪傑としては格下武将扱いだ。

でも見る限りでは、これが冗談みたいな豪傑なのだ。こころなしか、殺気で身体の周りの空気に陽炎が立って見えるくらい。顔の大きさから言っても、普通の人とは軽自動車とダンプくらい違う。僕や虎千代と同じ人間とは思えない。あまりの迫力に足軽たちは虎千代のときより、後ずさるほどだった。

「弥太」

虎千代が声をかけると、なぜか巨獣はびくっと面白いくらい肩を震わせて、

「ああっ、あの、お嬢。すいません。遅く、なりまして」

虎千代の方を向くと、鬼小島弥太郎は照れ臭そうな感じで頭を下げた。なっ、なんだこいつ? さっきの豪傑名乗りとはまったく違う。花が咲きそうな表情とあまあまのでれでれした声。うっ、軽く不気味だ。

「この貞興が着到いたしましたからには、心配には及びません。お嬢に手を出そうなんてド腐れ野郎どもは・・・・あ、いや、逆賊野郎どもは、貞興めがぐちゃぐちゃにタコって・・・もとい、討滅いたしまするゆえ。お任せ下さいッ。いやあ、へへへっ」

なんだかしどろもどろだ。若軒一味を相手に啖呵を切っていた時とは別人のよう。

「・・・・・て言うか、おらあっ、なにみてやがんだッ。来るのか来ねえのかッ!こっちは最近暴れてねえから、いらいらしてんだッ」

「たっ、たかが一人が何が出来る。図に乗りおって・・・・」

何とか悪党の気を取り直した若軒だけど、さすがに鬼小島の前では及び腰だ。

「おっ、お前ら行けっ、なにしてやがる。早う・・・・」

左右の足軽に促すが、誰もかかってはこない。うかつに飛び掛れば、あの凶悪すぎる長巻で四、五人くらいまとめて吹き飛ばされるだろう。

「いいから囲めっ! いかな豪傑とて四方から叩けば反撃できまいっ」

若軒に言われ、鬼小島を五人の男が取り囲むが、野獣は平然としている。

「にっ、にに逃げられると思うな。ここここっちは二十人がとこはおんねんぞっ」

「いいねえ。こいつはいい殺し合いになりそうだ」

鬼小島は、まったく怯む様子がない。むしろわくわくしているようで目が輝いている。

「おちょくりよって・・・・」

とは言いつつも、若軒の目が泳いでいる。

「かっ、かかれっ」

若軒が声を上げたときだった。

「おいっ、始まったぞ」

「今ぞっ、兄いに加勢じゃ」

「いくさじゃいくさじゃ」

一体どこから出てきたのか。なぜかわらわらと、若軒たちの後ろから男たちが何人も出てきてこちらに加わったのだ。いずれも、素肌に胴丸姿の一見足軽な男たち。しかも。

みんな鬼小島みたいな、脳まで筋肉で出来てそうな筋肉達磨のマッチョな男たちが十人近くもいる。

「へへへ、兄貴、久々の出入りですな」

「やっと暴れられる・・・・ぶっ殺せる・・・・」

若軒以上と言うか、、みるからに極悪な男たちの中にはぶつぶつ危ないことをつぶやいている奴らもいる。鬼小島だけでも危なすぎるのに、そんな連中が十人以上も出てきたのだ。若軒の一味たちは今度こそがたがた震えだして、みるみるうちに武器を捨てて逃げ出した。

「ひっひいいいいいっ!」

「お、おのれらっ、逃げる気か」

「こんな連中とやったらばらばらにされちまうっ」

若軒は必死に叫んだが、もはや誰も戦う気はない。

「だっ、待てお前等っ、逃げるのか!待てと言うにっ」

転びそうになって駆けだした男に若軒が追いすがる。どさくさに紛れてか、やがて若軒自身もどこかへいなくなってしまった。

「おおいっ、クソども、どこへ行きやがるッ。相手は俺様一人だッ!! 来いッっつの!馬鹿野郎ッ!! くそおおッ!」

身震いしそうな声で叫ぶと、鬼小島は巨大な破壊兵器を地面に叩きつけた。

「てめえら何やってんだッ!」

みるからにアウトレイジな連中が揃った。どいつも格好は足軽みたいだけど、体格や風貌の凄みは段違いだ。

「す、すまぬ。うちの力士衆だ」

虎千代が言った。体育会系まっしぐらの男たちは、恐らく上杉謙信の突撃部隊とされた人たち。まるで応援団みたいに旗指物を持っている人がいるのだが、これは謙信が突撃の際の合図に使った『乱れ懸り龍』と言われる旗に違いない。

この危険すぎる特殊部隊の面々。

記録にある永禄二年(一五五九年)一月、下野栃木城が攻められた際、城兵救出のために謙信とともに敵陣を突破した、わずか四十五名の突撃部隊の中に見られる謙信の馬廻りを護衛した十六人の巨人兵たちのことかも知れない。

全員が身長二メートル近くあったと言われるけど、あながち誇張ではなく、居並ぶ男たちはまるで海外のバスケットボールの選手か、総合格闘家みたいにたくましくて大きい。そして全員武器は、馬ごと人を斬れそうな大太刀だ。でも、驚いたのはその中で鬼小島弥太郎が一番、柄も悪いし、危険そうだと言うことだ。

「お嬢ッ、やっと逢えましたなッ! 俺らが来たからにはもう、心配ねえです。さあ、とっとと越後に帰りましょうや」

それにしてもどうして、こんなタイミングよく現れたのか。若軒の一味に紛れてなにをしていたのか。さまざまな疑問と段階をすっ飛ばして鬼小島が危険な連中とずいずい迫ってくるので、虎千代も若干引き気味だ。

「お前らどうしてここにおるか」

「なんでって、水臭えやお嬢ッ、京都でもいくさなら俺らが頼みでしょう。つーか、なんで国を出る前に声をかけてくれねえんです。いくさあるところ、お嬢あり、お嬢あるところ俺らあり、じゃねえですか。どんなクソ野郎でも俺らがぶっつぶしてやりますぜ。さあさッ、こちらに」

鬼小島が毛だらけのぶっとい腕を伸ばして虎千代を抱えようと、迫ってくる。その瞬間だ。反射的に、虎千代は僕の後ろへ隠れた。なんてことするんだ。

「んッ、おい、てめえッ!俺のお嬢になにしやがるッ!とっととどきやがれッ!」

い、いや、勝手に隠れたのは虎千代の方ですよ?

「だっ、大体、お前らなど呼んではおらぬぞ。そもそもお前ら、持ち場はどうした?家は兄のものじゃ。兄の命に従わずば、長尾家が立ち行かぬではないか」

「まーたまた、そう言う奥ゆかしいところがお嬢のかわいらしいところですぜ。馬鹿言わねえで下せえ。俺らは身も心もお嬢に忠誠を誓った身、つーかお嬢の言うことしか訊く気はねえんだ。いっそ長尾家なんかどーでも」

「阿呆っ!」

虎千代に怒鳴られると、鬼小島はびくっとして手を引っ込めた。気持ち悪い。

「お前らには置き手紙をしたはずぞ。父上亡き後、越後危急存亡の折り、長尾家をくれぐれも頼むと。長尾家を頼むと言うたは、兄を頼むと言うたことぞ。我が命が聞けぬかっ」

「いやあっ、お嬢のいない長尾家なんてどうでも・・・・・あっ、いや、お嬢の身を案じてのことなんです。いきなり京に出るなんてまさか、お嬢はてめえより強い奴に逢いにいったのかと」

格闘ゲームか。

「ううっ、お前の話はわからん。いつまで経っても埒が明かぬわっ。新兵衛の差し金であろうっ、あやつはどうした?こうも折よく現れるなど、我らを付け回したかっ。得心いくように説明せいっ」

確かに、この鬼小島、まとまった話をするのに慣れていない様子だ。なんとか助かったのはいいけど、僕ですら、今の状況がよく呑み込めない。

「いやっ、あのお嬢。付け回したとかそう言うのじゃあなく、お嬢の身の危険を案じてのことっつーか」

「ずっと見ておったか!でいとの間も付け回しておったかっ!」

「なっ、なんですか、でいとって・・・・・」

ああ、このままだと本当に埒が明かない。そう、思っていると。

「ちちうえ、今少し順序だててはきと説明せねばだめではありませぬか」

女の子の声だ。二人はぴたりと言い争いをとめた。

なんだ。

力士衆の壁のような人波をかきわって現れたのはなんと、虎千代より小さな少女だ。

「このえ・・・・・」

と、少女の名前か、虎千代がつぶやいた。このえ、と呼ばれた少女が言った。

「力士衆を動かしたは、それなりの故あってのことです。姫さまにそれを釈明せねば」


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