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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.4 ~洛中壊乱、負けいくさ、六条河原の秘密
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欲しかったものも見つかってデートの帰り道 最悪の出会いに虎千代と真人は・・・?

本が見たい。

そう虎千代が言い出したので、僕もちょっと驚いた。

「兵法書?」

「違う」

と、言ってから、虎千代は恥ずかしそうにうつむいた。

源氏物語(げんじものがたり)の絵草紙だ。せっかく京におるゆえ、以前から見たいと思うていた」

「そう・・・・・じゃあ、探してみようか?」

絵草紙ってなんだろう。マンガみたいなものかな。よく分からないながらも、僕は虎千代のあとをついて行った。

お店はなかなか見つからなかった。そもそも印刷技術もない時代だ。本は貴重だったし、読める人も少なかった。世界的にみて日本人の識字率はすごく高かったと何かで読んだことがあるのだが、それは寺子屋とかが庶民にも普及した江戸時代からのことだったようだ。

ようやくそれらしいものが見つかったのだが、お店は故買さんのようだった。いわゆる、質流れ品などを扱う中古屋さんだ。都の公卿たちの中には、自分たちの持ち物を切り売りして生活している人たちも少なくないらしい。この店も塗りの剥げた建具や屏風などインテリアや小道具、古切れなども扱われていた。

当時の本って言うとやっぱり、巻き物みたいなものだろう。棚をみていると、やはりそれらしい巻物があったので僕は手に取ってみる。

「虎千代、これかな」

「どれ」

小さな竹の筒に入っていたそれは、大分古びてところどころシミもみえる。紐を解いて広げてみると、結構色彩豊かで丁寧に描いてある。十二単みたいなものを着た女の人だ。さらにめくっていくと、女の人の服が着乱れて色々大事な部分が露わに――――

「わっ」

もちろん、がっつり無修正だ。思いっきりみてしまった。虎千代も顔を真っ赤にして目を反らしている。

「こ、ここここれはっ!?」

「それは違うっ!!! わっ、笑い絵ではないか。早うしまえっ」

笑い絵って、その、エッチな本? まさかこんなところに放り出してあるとは。

「笑い絵はいくさ場では、み、身の守りなのだ。小さな竹筒に入っておろう。矢玉避けになるのじゃ。どっ、どこぞの武者衆の質流れであろうっ」

エッチな本がお守り? 戦場に携帯してたって、本当に?

「これが? 武士はみんないくさ場に持ってくの?」

「あっ、ああ。武士たるはみな―――あ、いや、わ、わたしは持って行かぬからなっ。かようなものっ、だ、だから早うしまえと言うに!」

と、とんでもないものを見てしまった。虎千代も目が泳いでいる。何か言わないと、お互い気まずいことこの上ない。

「お店の人に聞いたら?」

「も、もう聞いた」

うつむいたまま、虎千代は言った。

「京に行けば、さぞ綺麗な絵草紙があるものと思うていたのだが、やはり上手くいかぬものだな」

「まだ諦めるのは早いよ」

僕はとりあえずお店の人に訊いてみた。故買屋さんなら品物がさばけなかったとき、今度は専門業者の市に持っていったりもする。古着なら古着、中古本なら古書市、品物の行き着く先は必ず存在する。時代が変わってもこの辺りの事情は変わらないらしく聞いてみると案の定、本が集まる場所があるようだ。

「す、すまぬ。しかし、詳しいな」

「ネットで中古の本とか買ってるからさ。品物を追跡してくと、よくそう言う場所に行き着くんだ」

「ねっとう?・・・・・す、すまぬな。かような、自儘(じまま)な物言いに付き合うてくれて」

虎千代に感謝されると、なんか照れ臭いな。どっちかと言うと虎千代って、いつも怒ってばっかりだし。

僕たちが問い合わせたのは、古書売りの元締めのような場所だ。中世の商売の仕組みには組合のような組織があって、お寺や神社を頂点としていくつかの組合に分かれている。よく歴史の教科書に出てくる()、と言うのは、そうした組合のようだ。元締め、と言うのはその組合会長さんのようなもので、各縄張りごとに同じ業種のお店屋さんの商売を管理する。

会長さんは地下人(じげにん)、と言って実はお公家さんのようだ。地下人とは内裏に昇殿を許されていない、いわば下級貴族なのだが、お店を出す人たちがお寺や神社の門前に場所を借りて市を開く関係上、お坊さんや神主さんたちともある程度対等に付き合える身分の人に役が回ってくるらしい。

貴族、と言うとすごく敷居が高そうだったけど、虎千代が越後からはるばる来た守護代家のお姫様であることと、少し報酬を弾むと言ったらすぐに会わせてくれた。(これは虎千代の入れ知恵だ)なんとなく気位の高い怖い人を想像していたが、会ってみると、色白で小柄な大人しそうなおじさんで、虎千代が源氏物語を読みたいと言う旨を話すと、すぐに実物を用意してくれた。

「細川はんのご無体で、物騒な足軽衆やら僧兵やらがいくさ支度でうろついてはる世の中や。永らく都は(みやび)も物の哀れも意に介しまへんやろ」

感謝の言葉を言うと、その人は嬉しそうに僕たちに語ってくれた。

「この本も、いわく因縁のある出所から出た本で、焼き棄ててしまおうかと思うてた本や。読みたい人がおるならその人の手元に渡った方がええ。灰にしてしまうよりその方がなんぼかましや」

本を見つけた虎千代は嬉しそうだった。印刷技術のないこの時代、本はいちから手書きで写しをとる写本(しゃほん)と言うものが基本で、版数が少ないのはもちろん、本自体の出来不出来も激しいのだ。草書で本文が書かれているので、僕には何が書いてるのかさっぱり分からないけど絵草紙と言うだけあって、挿絵は色の入った綺麗なもので、虎千代が目を輝かせているのも何だか判る気がした。

「源氏物語って確か、恋愛ものだっけ?」

「ああ、光源氏。お前も知れるか」

うれしそうな虎千代を見ていると、やっぱり女の子なんだな、と思ってしまう。

源氏物語か。やっぱり戦記物じゃないかと思っていたら、そう言えば違った。恋愛物だ。古典の授業で習ったんだった。源氏と平氏、どちらも武士の姓なのに、中身は全然違うから不思議だ。平家物語は軍記物なのに、源氏物語は恋物語なのだ。

確か光源氏と言う色男の貴族が、女の人にもてもての人生を送るような、そういう羨ましい物語だったと思うけど。

「なんと知っておったとは。お前らの時代にもまだ読み継がれておるのじゃな」

「う、うん。まあ、授業で習うから」

とは言え、詳しい内容を知っているわけじゃない。そう言えば黙ってるだけで色々な女の人にもてもてって、何だかどっかのラノベみたい。

「国で連歌会を催すのだが、女子どもの間でも話題になるのだ。都ぶりの(ろう)たけた恋詞のやりとりをおのことかわして見たいとてな」

京都の都会風の恋愛がしてみたい。いわゆる当時の女の子の憧れなんだろう。そう思うと、微笑ましかった。だって、絢奈が恋愛もののマンガやドラマを観たりするのと、この時代の女の子も変わらないのだ。

しばらく僕の顔と源氏物語絵巻を花が咲いたような笑顔で見比べていた虎千代だが、そんなことを口にするとふっ、と蔭が射した。

「お前は我が行く末を知っているのだろう? 上杉謙信なるは如何なる荒大名ぞ」

「そ、それは」

僕は言葉に詰まってしまった。だってそうだろう。僕の前にいる虎千代はやっぱり女の子なのだ。その虎千代に上杉謙信と言う大名が戦国最強と謳われる軍神になったのだと話したところで、なんの慰めにもならない。

僕の狼狽を察したのか、虎千代は目を閉じ、寂しそうな表情を振り払うように、気丈に笑った。

「そうあわてた顔をするな。下司とも言え、いくさ場に血路を開く、修羅道こそが大名識(だいみょうしき)よ。我がこの家に生まれたはぬきさしならぬ天道によるものなのであろう。お前と絢奈が五百年も行く先からこなたへ飛ばされてきたと同じ。抗えどことに甲斐なし」

そんなの嘘だ。虎千代は強がっていたけど、そう言う虎千代の態度の奥底に流れるものに僕は気がつかざるを得なかった。彼女が言うように、それは運命で、仕方のないことだとは到底思えない。僕たちが突然、未来から飛ばされてきたことだって誰かの理不尽な決定なのかもしれないじゃないか。

「と、虎千代には虎千代のしたい生き方があるんだろ?」

「いや、よいのだ」

虎千代はこれ以上何も言うな、と言う風に首を振った。

「わたしの自儘に付き合うてくれたこと、感謝する。な、なんだ、かようなことは新兵衛にもうかつに申せぬからな。源氏物語が読みたいなどと、軟弱な。そ、それにだ・・・・」

虎千代は言いにくそうにしながらも、何とか言い切った。

「お、お前とでいとを楽しむもやぶさかではなかったぞ。う、う、またかようなことがあっても悪くはない・・・・」

素直に楽しかったって言えばいいのに。でも何とか必死にそう言ってくれた虎千代の言葉が嬉しくもあった。それだけは確かだし、言っておかなきゃ。僕も言葉を選びながら、彼女に答えた。

「う、うん。僕も楽しかったよ。また、行こうよ、デート。もっとわがまま言っていいからさ。ここにいる限りはいつでも行けるだろ?」

「ほ、本当かっ!?」

こっちも口にしたら顔が熱くなったが、虎千代の方が熱そうだった。

「そっ、そうか。そそそうじゃなっ。また行こう」

「じゃあ、か、帰ろうか」

「あ、ああ」

と言うと、虎千代はぴったり僕に寄り添ってくる。ううっ、やばい幸せだ。一瞬別にこのまま虎千代が上杉謙信として生きなくてもいいんじゃないかと思ってしまうほど。

でも、そんな幸せな時間も長く続かなかった。六条川原沿いの通りに出ると、前から物々しい武装をした足軽たちが歩いてくる。その中の一人が僕たちの姿を見つけて、荒々しいだみ声で呼び止めたからだ。

「待たんかい、ガキども」

と、先頭に立った男が言った。

「おうっ、クソガキ。おのれ、童子切りの助けたガキやないか」


無骨の若軒。すっかり忘れてたけど、顔をみて思い出した。僕がこの世界に来たとき、首を斬ろうとした足軽の親分だ。

「八人か」

ぼそっ、と、虎千代が言った。一瞬で人数を判断するところはさすがだ。素肌の上に胴丸を巻いた男たちが八人。長柄と刀で武装していた。

「まさか生きておったとはのう」

数の優位を悟ったのか、若軒は楽しそうに言った。

「童子切りの裏切り者が松永の毒虫に随身してよりこっち、わしも大分、煮え湯を飲まされたわ。我が大頭にも目下のものどもにも、お前と童子切りには面目をつぶされたゆえなあ」

「だ、だからどうした」

声が震えないように言い返そうとしたが、やっぱり無理だ。煉介さんだったら、もっとタフな言葉で言い返せるんだろうけど。

「顔を貸してもらうで。悪いが、ここで会うたが運のつきと思え。おのしらの首、童子切りがいくらで買うか楽しみじゃ。この人数じゃ、まさか否やは言わせぬぞ」

「なかなかに良き娘も連れておるではないか。これは我らで楽しんだら、高う売れるやないか」

下品な笑い声ではやし立てる男たちが、虎千代の袖を引こうとしたとき、顔を知っていたのか足軽の一人が虎千代の正体に気づいた。

「こ、こやつ、鵺噛童子ではないか」

一目で気づかなかったのも無理もない。鎧を着た虎千代とはまるで別人だからだ。男たちは娘装束を着ている虎千代を指さして、大声であざ笑った。

「女子の格好なして、小僧でも誑かすつもりか。これはまた、奇態なる女ぶりじゃわい」

女性の格好をしている虎千代が嘲りの言葉を受けて、僕は唇を噛んだ。悔しい。でもこの数ではどうすることも出来ない。虎千代も屈辱に堪えているのだろうか。うつむいてうつろな表情をしたまま、何も言葉を発しない。

「さて来やれ。女子の装束ではろくな立ち回りも出来まい」

なんとかしなきゃ。僕は虎千代を後ろに庇ったが、たちまち男に突き飛ばされはねのけられてしまう。虎千代も状況の不利を悟ってか、逃げる様子もなく立ちすくんでいる。

しかし、男が虎千代の身体を抱え込むようにして自分の方に引き寄せようとしたとき様子が変わった。卑猥な笑みを浮かべた男の腰が一瞬で、がくりと落ちたのだ。異変に気づいて、若軒たちも思わず後ずさった。起きるはずのないことが突然起きた。その唐突さに対しての愕きだった。なぜなら。

どういう仕組みなのか、虎千代に覆いかぶさった男が泡をふいて気絶していたのだ。

それは的確に急所に叩き込まれた当て身のせいだった。虎千代が話していたことがある。体重の軽いものでも、重心の移動と呼吸、そして重力の力を使えば密着した距離でも十分な威力の一撃を出すことが出来るのだと。

でもまさか小柄な虎千代が一撃で、大の男を気絶させるなんて。

「下郎」

冷ややかな殺気を帯びた声に、僕の背中にも寒気が走ったのはその瞬間だった。威厳、と言うのか、迫力、と言うのかこういうときの虎千代が低くして発する声には、荒ぶれた殺気とは違う何かがあった。げんにからかいの笑い声をあげていた男たちもぴったり静まり返っている。

這い蹲った男の足下に立つ虎千代をみると、彼女は薄く唇に微笑みを湛えていた。皮首党のいくさのときと同じ、いくさ場の微笑だ。

右手にはいつのまに抜かれたのか、僕の腰にあったあの人斬り包丁を持っている。

すっ、と虎千代の刀が弧を描いて煌めくと、まるで抵抗感なく、腹ばいになった男の首の根元に刃が吸い込まれていった。

タン、と濡れて乾いた軽い音とともに、男の首が胴を離れ吹き飛んだ。菜切り包丁で大根を輪切りにする。それくらいの何気ない手間に見えた。人間の首には二つの大きい血管が走っている。あまりに鮮やかに斬りおとされたので、首が落ちた瞬間、血は噴出さなかったが男の身体が自分の首を抱え込むように前のめりに倒れた瞬間、傷口から吹き出した大量の血が砂地に吸い込まれてみるみる、赤い泥沼を作っていった。

「うっ、おのれ・・・・」

この悲惨な光景に若軒たちもたじろいだか、みるみる後ずさりをした。荒事に慣れている足軽たちだからこそ、虎千代の剣術の恐ろしい冴え方が分かる。そんな感じだった。まるで虎千代はなんの造作もなく、男の首を落としたのだ。

「ふふっ」

虎千代は声を漏らして笑った。ぞくっとするような無邪気そうな声だった。

「何がおかしいか」

「これが笑わずにいられるかや」

虎千代の声は静かなのに恐ろしい気配を帯びてその場にいる誰の耳にも響いた。

「道ばたの草に等しき下郎の分際で曲事(くせごと)申すわ。我を捕うるとは推参なり。口に出す度胸のほどは褒めてつかわそう。されど片腹痛うてならぬわ。六条の野良犬風情が我を捕らえるとてか」

虎千代は落ちた男の首を髪の毛を掴んで持ち上げると、無惨に汚れた顔を相手に見せつけた。

「かような畜生の犬首に元より興味はなきが、手向かうものあらばかように首にして打ち棄てるゆえよう心得るがいい。身の程知らずば掛かってきや」

「お、おのれっ、調子に乗るなっ」

二人の雑人が刃をあげて掛かってきたのはそのときだった。しかし虎千代は全然あわてたりしなかった。半分相手に身体を開いて構えると、かすかに切っ先を上げ、叫び声をあげて襲いかかる男たちの間をふわりふわりと漂っただけだった。無駄な動きをしないのは煉介さんと同じだ。どこを狙ったのか、勝負は一撃ずつでついた。

あっと言う間に二人は手首を切り落とされて、武器ごと取り落としたのだ。

形成が一気に逆転した。まさかだ。若軒たちこそガタガタ腰を抜かしそうにあわてている。殺気をこめた虎千代の恐ろしさにたじろぐ左右の男たちに襲いかかるように促しながら、若軒自身がどんどん後ずさりしたからだ。

「ひっ、ひっ、人を呼べ! ガキどもめら大人数で取り込めて殺してくれるっ」

ひきつった叫び声をあげる若軒に虎千代は男の首を投げつけた。

「ひっ、ひいっ」

「行くぞ、我が手をひけ。機をみて遅るな」

呆然と立ち尽くしている僕に、虎千代は言った。そのまま僕の背を押すようにして張りしだした。


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