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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.11 ~さよなら京都、思い出語り、邂逅へつなぐ願い
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②黒姫縁談不始末

「へえ、そんなことがあったんだね」

絢奈の声にやっと、明るさが戻ったのは、煉介さんのその話をしてからだ。

「絢奈も、もっと煉介さんとお話ししたかったなあ。絢奈も煉介さんに人市で助けてもらったけど、そんなにすごい人だって知らなかったから」

確かにお金に困っていたりしたので絢奈や真菜瀬さんの前では、煉介さんはかっこ悪いところも見せただろうが、戦場ではあらゆる面で物凄い人だったのだ。あの虎千代と真っ向から一対一、斬り結んで一歩も退けを取らなかったのは、他ならぬ煉介さんしかいなかった。

「ふうん。で、その虎っちとは上手くやってるのかな?」

唐突に、絢奈が話題を変えてきた。

「な、何だよそれ」

「絢奈がいなくなって大丈夫かな、って思っただけ。ほら、ちょっと前、虎っち、お兄いと一緒に寝てたじゃなんか」

「いや、あれは」

不可抗力と言うか、虎千代が勝手にやったことで僕は別に望んでたわけじゃなかた、と言うか。

「ううん、やっぱり作戦失敗かあ。絢奈、どうせお兄いはへたれさんでいつまで経っても夜這いになんてこないんだから、こっちから襲っちゃえば、って言ったんだけど」

お前のせいかよ!

「二人で赤ちゃんとか、もう作る気ないの?」

「それはない」

何度か危ないことはあったが、まだ一線は守っている。虎千代が普通の女の子ならいいけど、出来るのは黙っていてもお世継ぎになるのだ。そんな計画を立てていたら、間違いなく綾御前から国家反逆罪に問われるだろう。

「でもゆくゆくのことは、分からないんでしょ」

「う…」

反論出来なかった。虎千代のために越後に行くって、自分で決めてしまったことだし、僕は虎千代に、ずっと一緒にいたいって言っちゃったし。

「と、とにかく!心配しなくても、別に僕たちのことは大丈夫だよ」

「おっ、自信?」

「いや、そんなんじゃなくてさ」

この京都での僕と虎千代のつながりは、なんて言うか、もっと特別なものになった気がする。さきの魏玲の事件にしても、僕はまだ自分が知らない虎千代のことを、知ることが出来たのだ。そしてもうそれ以前に、僕たちは切っても切れないつながりを、確かめあってしまっている。だが、これ以上ともなると…やっぱりこれ以上のこと、と言うことになるのか。

「まあ、出来るときは出来ちゃうもんね。まあ、ついに虎っちの実家の越後に行くわけだし、なるようになればいいか」

主婦の先輩か。十七歳女子の発言とは、到底思えないことを絢奈は言うと、

「あと問題は黒姫さんだよね…?」

気が重い奴を思い出してしまった。あいつ、越後に帰る途中の宿割りを任せたら、欲望丸出しの部屋割りをして、虎千代に思いっきり怒られたのだ。


「この真、と書いてある宿は、まさか、真人の宿ではあるまいな!ここだけ関所の向こうではないか!」

「ああっ、ええっ?全っ然気づきませんでした、まさかこーんな国境(くにざかい)の向こうに真人さんのお宿があっいたわぶっ!?」

虎千代の肘鉄が炸裂した。こうなるともはやわざとやってると言うよりは、無意識と言うか、細胞レベルでの反応を疑った方がいい領域だ。


「黒姫さんもなあ。無理して虎っち追いかけなくても、普通にしてれば、すっごくかわいいのに」

確かに黒姫は一見、黒髪清楚で虫も殺せないようなお嬢様ルックスだ。料理全般ほか、虎千代の家事を一気に引き受ける女子力は高いし、これで黙っていれば引く手あまたかも知れない。正直、虎千代を望まなければいくらでも良縁がありそうに見えるけど。

「絢奈ね、見ちゃったんだ。そう言えばちょっと前、黒姫さんが国元から来た手紙、いっぱい庭で燃やしてるの」

縁談の催促だと言う。それは僕もよく知っていた。一応、実家は飛騨の名家だし、黒姫はとっくに当時の適齢期真っ只中だ。どう見ても報われない百合に走って悪いとは言わないが、親御さんはさぞ心を痛めていることだろう。

そう言えばこんな、げんなりするような事件もあった。


「虎さまっ、わたくしを虎さまのお小姓にして頂きたいのですっ!」

「むっ?」

あれは、ビダルの事件が解決したまだ肌寒い春先のことだ。黒姫がまた、新しい世迷言(よまいごと)を言い出したのは。

「わたくし考えたのです。今まで最初から無理に正室の座を狙おうとしたので、よくなかったのではないかと。やはり本丸を攻めるのには二の丸から、って言うか、二の丸攻めるなら大手門じゃなくって、搦め手や堀割からって言うですか?」

虎千代はこの時点で眉をひそめていた。

「黒姫、何が言いたいのかまるで話が読めぬ。簡潔に申せ、簡潔に」

「簡潔に言っちゃっていいのですかあ?つまりはですよお、わたくしが虎さまに可愛がって頂くにはまず正室よりも、腰元よりも、小姓だと言うことに気づいたですよ!だあってわたくしも虎さまも、正真正銘乙女!なわけですから」

「まあ、そうだな」

色々と混乱しているが黒姫、ちょっとは進歩したんだな、と思って僕たちは黙っていた。とりあえず虎千代と自分とは、子供が作れない女同士と言う、封建社会での根本的問題を看過していなかったわけではないらしい。正室や腰元と言うポジションが虎千代にあるのもおかしい、と言うことにもようやく気づいたようだ。

「で、なぜ小姓なのだ?」

「小姓であれば、同性同士も問題ないではありませんか!」

「そこか!」

僕は思わず突っ込んだが、虎千代は、脇息からずり落ちていた。

「古今の諸家をつらつら見るにですよ、殿方のご主君が、正室や腰元とは別に、寵愛のご小姓を可愛がり、ゆくゆくは正室同然に慈しむ例も無きにしも非ずですよ。で、そもそも政務に戦場に、連れて歩くのは奥に控える女房衆ではなくて、このご寵童!常に虎さまの御前に侍るこの黒姫、すでに虎さまの小姓と言ってもよい地位ではありませんか!」

黒姫なりに理屈は通したつもりなのだろう。しかし、いつも通り、盤石なカオスである。一番、うんざりしたのは言うまでもなく虎千代である。

「好きにしろ。今まで通り仕えるなら、小姓であろうが腰元であろうが好きに称すればよいわ」

虎千代はため息をついてしばらく頭を抱えていたが、結局そう言うしかなかった。これ以上、黒姫の妄想に付き合うのが、限りなくめんどいからだ。

「そっ、そう言う問題ではないのですよお!虎さまっ、この黒姫にもそろそろお情けを下さりませ!」

「だからそれは出来んと言うておろうが!」

と、立ち上がろうとする虎千代の足に、取りつこうとする黒姫。

「こっ、こらっ抱きつくなっ暑苦しい、離せ!」

「おっ、お手つきを!とにかく何を措いても一刻も早く迅速に確実に、虎さまのお手つきに預かりたいのですよお!」

その日の黒姫は、何となく必死だった。いつもしつっこくはあったので、皆そこは触れないでいたが、黒姫には黒姫なりの理由があったのである。


「虎ちゃん、黒姫さんが変だよ」

初めにその異変に気づいたのは、真菜瀬さんだった。家事仕事を一緒にする関係上、真菜瀬さんは普段は僕たちよりも、黒姫といる時間が長いのだ。

「変なのは、今に始まったことではあるまい」

虎千代は聞きたくなさそうな顔だ。ついさっき自分が、黒姫暴走の被害に遭ったばかりなので、まあ無理もない。

「ううん、それがさ、いつもの変、とは、ちょおっと違うんだよね」

何だかあれから黒姫が、どこか上の空らしい。要は、ぼさっとしているのだそうだ。

「さっきなんか包丁で指切っちゃったりして、大変だったんだから。わたしが聞いても、すっごい勢いで『なっ、ななななななんでもないですよおっ』って話してくれないから」

「やっぱり、何かあったのかな?」

僕が言うまでもない。相変わらず忍者の癖に、隠し事が下手な黒姫だ。虎千代は嫌な顔をしはしたが、それを聞いてすぐに立ち上がった。

「仕方があるまい。黒姫とて、我が家の家人だ。放っておける道理はない」

その黒姫はさっき指を切ったにも関わらず、全く懲りた様子もなく樽につける漬物菜を刻んでいる。しかもざくざく、菜切り包丁を使いながら暗い天井を見上げて、たまに、はあっと、重たいため息。うん、これは確かに変だ。

「黒姫、お前、何かあったのであろう?」

虎千代の訊き方は心臓に悪い。そろっと忍び寄って後ろからいきなり尋ねるからだ。びっくと背が跳ね上がった黒姫はまた、指を切りそうになっていた。

「とっ、とっ、虎さまあっ、この黒姫っ、他ならぬ虎さまに隠し事などなにもないですよおっ!」

「そうか、ないならよいのだが」

と、虎千代はあっさり踵を返そうとする。

「えええっ?あ、て、あのう、聞いて下さらないので?」

「だって何もないのであろう?」

黒姫は涙目になった。黒姫が強情張ることは知ってても、さすがに、ちょっとかわいそうだなあと僕は思った。


「国元から縁談の報せがあっただと?なんだ、いつものことではないか」

黒姫は目を丸くした。ばれてないと思っていたのだ。

長尾家にいる人間の大半は知っている。この在京中、何度か黒姫宛に手紙が来ていたのを。絢奈も目撃した、と言っていたが黒姫はそれをごっそり溜めておいて早朝、こっそり落ち葉だまりで焼却するのである。

「ふっふふふふふう、はははははああっ!燃えろ燃えろ、残らず灰になっちまえですよお!わたくしと虎さまの仲を引き離そうなんて、お天道様でも出来やしないのですよおっ!」

すべて国元から縁談の手紙だ。間を取り持っている新兵衛さんが頭を抱えていたが、黒姫は虎千代の正室になると言う、どうみても達成不可能な野望のために、国元から来る続々とやってくる縁談を根こそぎ破談にしているのだ。

「それなら今さら、気に病むことないじゃないか。いつもみたいに、爆笑しながら庭で手紙を燃やせば」

「ばっ、爆笑って!真人さんなんてことを!誰がいつ、そんなことしてたって言うですかっ!?」

「してただろ」

別に見たくなかったけど、僕も目撃した。朝靄(あさもや)白む頃、黒姫が高笑いしながら、手紙の山を封のまま燃やしているのを。正直朝からやなもの見たなあ、と思ったものだ。虎千代が放置しているから黙っていたが、たびたびやられると近所迷惑だし、第一、不気味なので出来ればやめてほしかったのだが。

「まあ、この問題は新兵衛を交えて一度いつか、話し合ったとは思うが、当の本人がその気でないならば、無理強いすることもなかろうと思っていたのだ」

虎千代も、余りこう言うことを人に強制するタイプじゃないのだ。まあ自分も同じように、縁談に来る相手を泣かしたりしていたから、強くは言えないのだろう。

「しかし、黒姫の家は飛騨でも古い名家じゃ。考えてみれば本家の奥義を継ぐはずの黒姫を、家の長老(おとな)どもがこのままにしておくことはなかろうからな」

「…じ、実はですねえ虎さま。国元からじじ様が来るですよ」

ようやく決心したのか、黒姫はおずおず話し始めた。

「ああ、じじ様と言えば、黒虹斎(こくこうさい)殿か。面識はないが、まだご息災であられたか。確か祖父能景(よしかげ)の頃から我が家に仕え、黒虹庵の前に城も石垣もなしと言われた手練れだそうだが」

「そっ、息災なんてもんじゃないのですよおっ!」

黒姫にしては珍しく、泣き声で言い返した。


どうやらその黒虹斎と言う黒姫のお祖父ちゃんが、怒っているらしいのだ。

「わしの目の黒いうちに、婿を取れ」

そうした内容の手紙をかなり前に黒姫に送ったのだが、返事がないと新兵衛さんについに強い苦情が来たらしい。

「もう許さん」

黒虹斎は火が出るほどの怒りの手紙を、新兵衛さんに託したそうな。

「至急国元へ連れて帰る。拒否すれば首根っこ引っ掴んでも連れていく所存ゆえ、景虎殿にも然様ご承諾ありたい」


「黒虹斎殿とて、老体であろう。おのれが余りに返信をせぬゆえ、それほどの剣幕にならざるを得なかっただけではないのか?」

大げさだといなす虎千代に、黒姫はぶんぶんと首を振ると、

「あっ、あのじいさんに限って、それはありませんのですっ!」

八十の老体になる黒虹斎だが、関東甲信越の地形や古城に詳しく、求めに応じて今でも城攻めに姿を現すことがあるのだそうな。ちなみにこの時代、忍者の現役は、限りなく短い。

幼少のときから死人が出るような厳しい修行に堪え、十四歳の元服で一人前と遇されるのは武士と同じだが、五十を過ぎると身体の筋が硬くなり、任務に適さなくなるらしいのだ。それが黒虹庵は今でも下忍を率いて戦場に出ると言う。

まさに、生涯現役。

(それにしても)

これではっきりした。黒姫のキャラが無駄に濃いのは、血筋だ。

この強烈な祖父にして、濃い孫娘ありなのだ。

「あのじいさんが来る、と自分が言ったら、必ず来るのですよお。で、ですから虎さま、お願いなのです!こっ、ここは黒姫は虎さまのお手付きがあったと言うことで、縁談を破談にして頂けませんかっ?」

「ば、馬鹿を言うなっ!わっ、わたしがお前の何に手をつけよと言うのだ!」

それはさすがに無理がある。百合が、と言うのではなく、相手が誰と言う問題ではないのだから。黒虹斎が望むのは、家名血筋を残す跡継ぎを生むための婚姻なのだ。惚れた虎千代が文字通りの男性の景虎でなく、自分と同い年の美少女だった、と言う事実を恨むしかない。

「ともかく、わたしにはどうにも出来ぬぞ。黒虹斎殿の言い分にも道理があるし、主としてもお前の家が絶える危機を、黙って見過ごすわけにはいかんからな」

「そっ、そんなあ虎さまっ!じゃっ、じゃあ、ふりだけでも!ふりだけでもいいので!どうか一日だけでもこの黒姫と添い遂げて下さいましっ」

「こっ、こら抱きつくな!女子のわたしで、黒虹斎殿を説得できると思うか。成らぬ芝居をしても、仕方がないことはお前もよう分かっておろう」

「ならば殿方ならお宜しいので?」

と、黒姫はちろりと僕を見た。おい。じょっ、冗談じゃないぞ。

「僕が黒姫の恋人役なんて出来るわけないだろ。第一、黒姫、僕が相手でもいいかよ?」

「この際その場限りでも間に合わせでも、ともかくじいさんを誤魔化せれば、誰でもいいのですよっ!」

そんなに自分のじいさんが嫌か。どんだけ切羽詰まってるんだよ。

「でっ、では虎さま、これはいかがでしょうかっ、真人さんを一日、黒姫の想い人でお借りすると言うのは…?」

「黒姫、大概にせよ」

「ぴいっ」

途端、虎千代が底冷えするような殺気を放った。柄に手をかけてはいないが、目が笑っていなかった。ビダルに斬撃を放った時以来の殺気だ。僕と黒姫はあわてて距離を置いた。この状態の虎千代に、理屈は一切、通用しない。

「ひっ、ひどい!皆さま、わたくしがこんなに困ってるのに、何も助けてくれないですか?虎さまのためと言えばそれは当然と言え、わたくしご当家にはさんざん尽くしてきましたのに!うっ…ううーっ…余りと言えば余りのご仕打ち!そっ、そんなに皆さま、わたくしをここから追い出したいのですかっ!?」

黒姫はついに泣き出してしまった。いくら黒姫とは言え、かわいそうだ。ここまで来ると、さすがに後味悪い。

「なあ、虎千代、何とかならないのか?縁談が決まったら、黒姫は、実家へ行ったまま帰って来られなくなっちゃうんだろ?」

僕は見かねてとりなした。

「ううむ。考えてみればそうなってしまうな」

確かに本人のキャラは厄介だが、いざいなくなると、それはそれで困る。僕だって黒姫がいなかったら、と言う事態に何度も助けられてはいるのだ。虎千代だって、幼い頃から知っている黒姫が助けを求めているのを放置していい気分はしないに違いない。

「分かった。縁談が嫌なら、わたしが話をつけてやるゆえ。お前は黒虹斎殿が来たら、任務と称して雲隠れしておればよい」

と、さすがの虎千代もついに折れた。


しかし、黒姫があれだけ必死になるなんて黒虹斎、相当強烈な人に違いない。虎千代も破談を請け合ったはいいが、しばらく胃の重たそうな顔をしていた。道理がこちらにあればいいが、結局、無理を通さなくてはならないのだ。

それにしても、うちって女所帯にもほどがある。黒姫も断腸の思いでたまたまそこに立っていた僕を選んだのだろうが、こんなごたごたに巻き込まれるのは正直ごめんだ。ただでさえ黒虹斎の来着を待って屋敷内の空気が重たいのに。また、柿崎景家みたいな強烈なじいさんがやってくるのだろう。浮かない顔の虎千代といると、こっちまで胃がしくしくしてきそうだ。

と、僕たちがいやあな重圧感に堪えつつ待っていると、来たのは意外や老人じゃなかった。


「こなたは、長尾軒猿衆のお隠れ家でしょうかっ?」

軒先に立って、とんでもないことを言う人間が現れたのは、ある昼下がりだ。僕たちが隠れ宿にしている下京の土倉屋敷のお勝手で堂々尋ねるとは、ばっちり不審人物である。

「ああ、今なんつったコラ?ここが隠れ家だってなんで知ってやがる?さてはてめえ、どっかの間者じゃねえだろうなア!?」

応対したのはもっとまずいことに、鬼小島だった。こっちもどう考えても、金融業者には見えない。そいつがあの鉄筋のような腕で、おもむろに相手を掴み上げたのだ。

「くっ、黒姫様はあっ!どちらにいっ!?」

悲鳴のような声を聞いて僕たちが駆けつけた時には、鬼小島に吊られて、両足が浮いていた。


僕たちより少し年上くらいの若い男だ。抹茶色小袖に袖なし羽織、伊賀袴、一見して不審な感じはない。見た感じの雰囲気的には、大学生のお兄ちゃん、と言った感じの清潔感ある人だった。

まあ言うまでもなく、黒虹斎のはずがない。

「お初にお目にかかります。私は、仙黒丸(せんごくまる)と申します」

涼やかによく通る声で、その人は上座の虎千代に平伏した。虎千代はまず、その人が持参した割符を見た。

「確かに、これは大和(直江景綱だ)の屋敷の印だ。春日山から何の用事で来たか」

「それが」

と、話しかけたところでお盆を持った絢奈が入ってきた。

「お茶ですっ☆ねえお兄い、だれだれ?あのイケメンさんだれ?」

「あっち行ってろ!」

女所帯なので、反応が半端ない。行儀悪すぎる絢奈は、真菜瀬さんと廊下で黄色い声を上げてやがった。

「黒姫と話させた方が早いな」

虎千代はあごをしゃくったが、黒姫は中々出てこない。ついに黒虹斎が現れた、と思いこんだか、ひとっ飛びに屋根の上に隠れてしまったのだ。まるで難しい日の飼い猫である。嫌がる黒姫をようやく僕たちが連れてくると、

「くっ、黒姫様っ」

「ぴっぴいいっ、あーた何するですかあっ!」

黒姫、いきなりその仙黒丸に抱きつかれたのだ。あまりの急展開に、僕たちは目を丸くした。


どうやら仙黒丸さん、黒姫の縁談を聞きつけ、はるばる越後春日山から京都まで雪路をものともせずにやってきたと言う。

「此度こそは黒虹斎様御自ら、黒姫様のご縁談を取りまとめになると聞き、居ても経ってもいられず」

「黒姫の婿として、立候補しに来た、と言うのだな?」

仙黒丸さんは虎千代の前で、しっかりと頷いた。

「この書状によるとどうも、大和めが一枚噛んでいるようだが?」

「御意に。お家の一大事とて、直江大和守様は快く送り出してくれ申した」

直江景綱、粋なことをするものだ。

「どうも国元で得た文によりますれば、縁談に際して黒虹斎様が、然るべき男子を一族の中から一斉に選ぶゆえ、私もぜひにとの直談判に参ってござる」

「くっ、黒姫にか!?」

虎千代ですら驚愕の余り、絶句しそうになっていた。だって黒姫だぞ?

「景虎様は御存じなくて当然なれど、黒姫様は我が飛騨軒猿衆でもっとも古格な名家の出の一家。わけても伝説の黒姫の名を頂いた現今の姫君こそ、黒虹斎様のお墨付きを得、その忍びの奥義すべてを修めし伝承者たるに相応しきお方なのです。その婿を探すとなれば、一族の男はこぞって黙ってはおりませぬ」

僕も思わず黒姫と、仙黒丸さんを二度見してしまった。だって黒姫、国元に帰ったら、これほどまでの厚遇なのだ。女の虎千代を追いかけるなんて物凄い不毛なことなんでするのだろうか。


「内々の縁談話のはずが、黒虹斎殿自ら、一族の男子を掻き集めて婿選びとは」

これは思ったより大ごとだ。虎千代は今度こそ、窮したように顔を歪めていた。

だってしかもだ。仙黒丸さんが得た情報によると、黒虹斎は明後日にでもこの京屋敷に到着し、黒姫を連れて帰る予定だと言う。こりゃ大人しく縁談を受けるしかないかなあ。


「やあだ!お天道様が西から登ろうが、ずえええっったい嫌あ!嫌なもんは嫌なのですよおっ!」

こうなると、駄々っ子だ。

虎千代と新兵衛さんがやっぱり説得に懸ろうと思ったら、黒姫、押し入れに入り込んでしまったのだ。もはや最後の一手、籠城作戦である。

「黒姫っ、そう仙黒丸殿を邪険にするものでもない!縁談後も、わたしの元へ早く戻れるよう計らってやるゆえ、ここは一度お家の意向に従うのだ。なっ?」

虎千代自らが言葉を尽くして説得したが、黒姫は頑として聞かない。本当に、骨の髄から縁談が嫌なのだ。しかし、虎千代だって主君として黒姫の家のことを心配しているからこその物言いなのだ。

仙黒丸さんも恐る恐る、事態を遠巻きに見守っている。まさかここまで、黒姫の強い拒絶を受けるとは思っていなかったと思う。遠路はるばる来たのに、本当にこの人もかわいそうだ。

「黒姫、お前っ、我儘も大概にいたせ!」

あまりの駄々っ子ぶりに、ついに虎千代は声を荒げた。

「一人前に家を負う人間が無責任と思わぬかっ!このっ!いい加減にせぬ、とわたしも承知せぬぞっ!」

と、突然、がらっと木戸を開けた。

黒姫もついに観念したのかと、僕は思った。

ところがだ。

「虎さま」

駄々をこねると思いきや、黒姫は真っ直ぐな目で虎千代を見つめてきたのだ。

あの虎千代が、一歩たじろいだ。黒姫は静かな声で掻き口説くように言った。

「あなた様はわたくしに、どうしても縁談を受けろ、と、そう仰るのですか?」

「な、なんだ」

虎千代は思わず狼狽えた。黒姫が思ったよりも醒めた目をしていたからだ。

「ならばこれだけは聞いておきます。わたくしはもう、あなた様の()く道には不要と思しめしですか。もうあのときの、お気持ちは絶えたと、そう仰るのですね?」

黒姫の声は、本気だった。荒ぶるでもなく、ひねくれるでもなく、ただ澄んだ声で虎千代に問うていた。

さすがに虎千代も言葉を失くした。僕たちも今ので冷静になって黒姫の気持ちが分かった。だって今のはまさに、常在戦場として死地をともにした戦友としての黒姫の訴えだったのだ。

「むむむ…」

虎千代だって、それを聞いて、むげに出来るはずはない。

黒姫は無言で目礼をすると、虎千代と新兵衛さんの前を通り過ぎた。そして、

「仙黒丸さん」

と、背後でかしこまっている仙黒丸さんに、声をかけた。

「遠路はるばる、ご苦労お察しします。されど、あなたもこれで宜しいのかどうか、今一度胸に手を当てて、ようく考えてみて下さいな」


それから黒姫は姿を消した。

「捨て置け」

とだけ言って、虎千代も奥へ籠ってしまう。後に残された僕たちは、仙黒丸さんと居たたまれない空気だ。

僕だって、黒姫の気持ちは分からなくもない。黒姫はもはや、片時も虎千代の傍を離れたくないのだ。それは頼りある主君であると同時に、命を預けえるまさに戦友としてもだ。だって黒姫は自分が忍びとしての初陣になった、栃尾城のいくさから虎千代と一緒なのだ。

いつか、言っていたことがある。

そうだ、あれは松永勢に大勝を収めた、あの凱陣の晩のことだ。


「わたくしの軍歴は虎さまの軍歴なのですよお!」

戦勝に湧く鞍馬山の宴のとき黒姫は、誇らしげに言った。

「真人さんに一個、絶対勝てるとしたらそこじゃあありませんか!?」

大勝利を祝う大篝火に照らされて、黒姫の瞳は強く潤んで輝いていた。こいつが何より虎千代との間柄の何を大切にしているのか、僕は改めて知った気がした。虎千代の、いや、上杉謙信の軍神としての記念すべき初の軍歴に、黒姫は立ち会ったのだ。

「だって、今でも忘れないですよ!」


「黒姫、我が傍を離るな。如何なる際も遅れとるまいぞ!」

突撃の際、馬上、虎千代がかけてくれた一言を、黒姫は今も大切にしているのだ。

「わたくしあのとき思ったです!何があろうとも、この方の御前で遅れをとるまいと」

認めたくないがその絆は僕ですらいまだに、割って入って行けないものがある。


「ねえ真人さん、虎さまはこの戦国乱世で最強と呼ばれるようになるのでしょう?」

黒姫は僕にそれを尋ねると、本当に楽しそうに身悶えした。

「そのとき黒姫は、虎さまの傍らで下知を待つのが夢なのですよ」


まさにそれこそが黒姫の抱いた夢なのだ。

果ては、覇王、織田信長を畏怖させ、関東勢十万騎を一手に順える大采配を揮い。

そのいくさの見事さが没後、徳川御三家にまで語り継がれる。

そんないくさをする、虎千代、軍神上杉謙信と末期の際まで。

その気持ち、分からなくもない。越後の将兵、万人が憧れるその采配の声を、黒姫は誰よりも近く、昔から、聞き続けているからだ。

だから片時も、

「虎千代と離れたくない」

そう思うのも、無理はないのだ。決して僕にも、理解できない感情じゃないのだ。


黒姫は丸一日、どこかへ行って連絡もしなかった。

そのままいなくなるのかと僕は心配したがつい夜明け前、黒姫は帰って来ていたらしい。

まだ明るくならない頃、虎千代の寝室の灯りがついていた。主従はどんな話をしたのか、僕には分からない。しかし、次の日、黒姫が僕たちに意を決して言った言葉で事態は思わぬ打開を迎えることになる。

「わたくし、逃げません」

黒姫は黒虹斎に会う、と言うのだ。その決意に僕は一歩気圧された。


一昼夜でその間で一体、どんな心境の変化があったのか。黒姫はもう慌ても、騒ぎもしなかったのだ。黒虹斎の到着は昼、と仙黒丸さんからの情報を得た僕たちは、とりあえず外に席を設けることになった。

場所は無尽講社が経営する料亭だ。京都名物、すっぽん鍋のお店だった。

黒姫と虎千代は、あれからこの件については一言も会話をしない。

もう黒姫は、虎千代の元を離れる決心をし、袂を分かつ話を済ませたからだろうか。戸惑っているうちに約束の正午になり、すっぽん鍋が先に来た。

身は鶏肉に似たあっさりとした味わいを持つすっぽんは、鶏肉以上に上質な脂をまとっている。鍋が煮える頃合いなので僕たちは食事を始めたが、肝心の黒虹斎は現れる気配もない。

「来ませんね」

ぽつりと、黒姫が言った。何かを伺うような口調だった。仙黒丸さんは、昨日と異質の黒姫に違和感がしたと思う。ちょっと落ち着かなげに、視線を巡らせた。

「一昨日のお話は、お考え下さいましたか。仙黒丸さんは、本当にわたくしのお婿さまになりたいのですか?」

「え、ええ」

と、仙黒丸さんは反射的に相槌を打ったが、どこか返事が浮いている。黒姫はその様子を伺っていたが、唐突に尋ねた。

「一つお聞きします。黒虹斎様が、わたくしの婿選びに飛騨を発たれた、と言う噂を仙黒丸さんは誰から聞いたですか?それはわたくしのよく知っている人間ではありませんか?」

黒姫の質問に、仙黒丸さんは目を丸くした。返事を待たず、黒姫は懐から一枚の書状を取り出すと言った。

「これはわたくしの元に届いた書状ですが、黒虹斎様の()にしてはやや、筆致が弱く感じますです。わたくしの知っているじじ様は、書状に代筆は用いません。それに、この紙からはこれを書いた人間の別の匂いが香ってくるですよ。この香は、女性物です。書いたはじじ様になく、女の方のはずです」

仙黒丸さんは、怪訝そうに首を傾げた。そのときだ。

綾白(あやしろ)

黒姫は聞き慣れない人物の名前を呼んだ。

「どこかにいるのでしょう。ことの取り返しをつけるのなら、今のうちですよ」

その黒姫の言葉が、胸に刺さったのだろう。

桜の木の蔭から、僕たちと同い年くらいの女の子が、切なそうに顔を歪めて飛び出してきたのだ。ふわりとボリュームのある長い髪を腰まで波打たせた、内気そうな女の子が目を泳がせていた。

「あっ、綾白!どうしてそんなところに?」

思わず仙黒丸さんが驚いて声を上げたのはそのときだ。

「黒姫様…どうしてわたしのことが?」

二人は戸惑ったように顔を見合わせている。

「仙黒丸さん、綾白の謹慎を解くならわたくしと結婚しなくても、大丈夫ですよ」

そんな二人に黒姫は、何もかも見通したように言うのだった。


綾白は元々、軒猿衆でも腕の立つ忍びで若くして京都勤番の責任者を任されるほどの優秀なくのいちだったそうだ。その手腕を認められていわばエリートコースである京都に配属されたのだが、綾白には元々、想い人がいて、その人はずっと本国に勤務していたそうな。

言うまでもなく、仙黒丸さんのことだ。彼もまた、長尾家の本拠春日山城で直江景綱付きの忍びを務めるほどの手練れだ。そう簡単に二人は逢えない間柄になっていたのだ。綾白は何度も京都を離れようと嘆願をしたが、飛騨の忍び一族を束ねる本家からは中々了解が出なかったと言う。

「わたくしも不憫に思いましてね、一計を案じたですよ」

それは、虎千代を追って黒姫が京都に来たときのことだ。

「京で上手く病を得たことにすれば、春日山に戻れるですよ」

春日山城には、軒猿衆の予備部隊が控えている。一時の療養、と言うことにすれば、仙黒丸さんのいる越後で勤務が出来るのだ。

しかし、忍者は詐術のプロである。生半可な仮病では、すぐに露見してしまう。そこで黒姫は綾白のために特殊な薬を煎じたと言う。

「これを飲めばしばしは、急病人と変わらなく見えますですよ」

何でも京都の水を受け付けなくなる作用のある薬だったと言う。

これなら京都を、離れざるを得なくなる。

黒姫の説明を聞き、綾白は喜び勇んでその薬を飲み、京都の勤番を解かれることに成功したらしい。

「待て。どこか、聞いたことがある話だな」

眉をひそめる虎千代の横で僕は、あっ、と声を上げそうになった。そうだ、黒姫は虎千代の傍に京都番として仕えるために、以前の担当者に毒を盛った、と言う話だった。

「それは綾白がためであったのか」

虎千代は感心したように言った。しかし、そうだったのか。

仲間に毒を盛るなんてとんでもない話だなあ、と思ったけど、黒姫、それは自分のためにじゃなくて綾白のためにやったことだったのだ。

「で、綾白、あなたは春日山に配属にならなかったのですか?」

と聞くと、綾白はみるみる表情を暗くした。

「それが思った以上に呑んだ薬で得た病が重く、わたしは完全に使い物にならない、と、飛騨の方へ帰されてしまったのです」

かける言葉がない。僕たちは開いた口がふさがらなかった。だって、なんて不憫なんだ。

「忍びたるものが水が合わぬとは何事ぞ」

結局この件は、間の悪いことに黒虹斎の逆鱗(げきりん)に触れたらしい。忍びにあるまじきものとして、綾白は飛騨に閉じ込められ、逆に仙黒丸と接触を取る道を完全に断たれたそうな。

「黒姫、それはあんまりではないか?」

虎千代はげんなりしていた。だって二人の仲が引き裂かれたのは、完全に黒姫が作った怪しい薬のせいである。

「のっ、飲む量を間違えるからいけないのですよ!わっ、わたくしは二人の仲を引き裂こうなんてそんなつもりはなかったのですよ!」

「いえ、いいんです。だって考えて見れば、仙黒丸さまに逢えぬ寂しさに堪えかねたわたしが悪いのです。…しかし、わたしはあろうことか、お気を遣ってくださった黒姫さまをお恨みしました。そこで、黒虹斎様の手紙に似せて、偽の縁談を記した手紙をそちらへ送りつけたのです」

自由に外の世界を謳歌する黒姫が、自由を奪われた綾白にとっては、癇に障ったと言うところだろう。本家にいるのを良いことに綾白は本物の通信の中に黒姫の困るような架空の縁談の内容を書き記して混ぜ、憂さ晴らしをしていたと言う。

「しかし、結果はなしのつぶてでした」

当たり前だ。大体当の黒姫は、そう言う手紙も読まずにいっしょくたにして焼却していたのだから。

「そんなある日、黒姫さまがなんの痛痒(つうよう)も感じていないと、京都から帰ったものから聞き、わたしつい、かっとなってしまって」

黒虹斎がついに、黒姫を縁付けようと、強制的な縁談に乗り出したような手紙を書いてしまったのだそうだ。しかも一族から婿を選抜するとまで話を大きくしてしまった。それは内容が内容だけに、新兵衛さんの目に留まり、春日山の軒猿衆たちにも触れられる結果になってしまったと言う。

「仙黒丸さまとは常にお話していたのです。ああ、仙黒丸さまが飛騨の本家をお継ぎになれば、自由にお会いできるものを、と」

その繰り言を、仙黒丸さんも本気にしてしまったのだろう。それで居ても経ってもいられず、黒姫のいる京都に飛び出してきてしまったらしい。

「驚いたわたしも、仙黒丸さまの後を追って京都へ来ました。しかし、今さらそれがわたしが書いた偽の手紙によるものだとは、よもや言い出せず」

迷いつつもつい、今日ここに黒虹斎が来ると最後の嘘をついてしまったのだと言う。

「私も愚かでした。綾白の話が途中から何かおかしいことに気づきながら、黒姫様のお力さえあれば、綾白を救える、と思い」

「まずおかしいなと思いましたよ。仙黒丸さんは、心に決めた相手がいるのを何よりわたくしが知っていたのですからねえ」

思えばそれで黒姫は冷静になったのだろう。一昼夜、真相を突き止めるべく動いていたに違いない。虎千代にはその報告をしていたのだ。なんだ、取り越し苦労だった。

「本当に申し訳ありません。黒姫様には、重ね重ねご迷惑を」

綾白と仙黒丸さんは黒姫の前に、手をついて謝った。黒姫はそれを見届けると後事を、虎千代の采配に委ねた。


数日のうちに、虎千代はことを解決した。新兵衛さんや景綱たち重臣を使ってこともなく二人の罪を不問にしたのだ。さすがは長尾景虎だ。

「あの二人の勤務は新兵衛が、大和めに取り成して一緒に働けるよう、計らってくれるそうだ。黒虹斎殿との話がつけば、じき縁談もまとまろう」

これで一件落着だ。はた迷惑な黒姫の縁談事件はやっと、収束を迎えたのだ。


「黒姫、そう言えばこの一昼夜、お前はどこに行っていたのだ。なんの連絡もないゆえ、心配したのだぞ」

虎千代が気づいたように言った。あれ、黒姫、虎千代と真相解明に動いていたんじゃないのだ。

「ああ、あれは、実家に戻ってたですよ。あのじじい、わたくしが縁談の話をしたらなあんと言ったと思いますですかっ!?」

「今さら、おのれにあてがう男はないわ!」

黒虹斎と大喧嘩になったそうな。無理もなかった。黒姫、今は手紙を焼却するだけで済ませているが、本国にいたときは、虎千代以外のあらゆる恋愛フラグを折り倒して、物凄かったそうな。

「いやあ、わたくしも縁談相手を大分、追っ払いましたからね。あれで随分敵を作りましたですよ。はっはっはあ」

笑い事じゃない。その人生に後悔の二文字はないのか黒姫。

しかしそう言えばだ。綾白が作った偽手紙には、縁談相手を広く募集していたはずだ。それなのに、綾白目当ての仙黒丸さん以外には一件の応募もなかったと言うのは、やはりそう言う経緯があってのことだろう。

もはや誰も何も言えない。

どこまでも我が道を往く。

それが黒姫なのだ。

「わたくしは虎さま一筋ですからねえ!一命、どころか魂まで捧げちゃいますですよ!もはや、虎さまの一部と言っても過言ではないですよお!」

「そ、そうか、大儀」

虎千代は、心底嫌そうな顔をしていた。でも黒姫がいなくならないと聞いて、一番安心したのは虎千代なんじゃないか、と僕は思う。

この二人、確かにもう、切っても切れない仲…なのかも知れない。


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