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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.3 ~弾正忠、煉介さんの野望、虎千代の馬廻り
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仲直り えっ、虎千代の家って・・・

虎千代は、裏手の河原の方へ出たらしかった。話によると、頼光も連れずに一人で。さすがに今日のことでへこんだのかな。絢奈は泣いてたって言ってたし。

探しに出た僕の両手には、真菜瀬さんが用意してくれた夕飯の包みがどっさり。飲み物(お酒? まさか―――水、だよね?)が入ってる土瓶も重いし、長距離は歩けそうな気がしなかった。よたよたする。ふらふらしながら僕は外へ出た。

夏にしては夜風がひんやりと冷えて、気持ちのいい晩だった。空気が湿って、こころなしか雨の気配がする。じんめりと湿った砂利の匂いが薫ると、黒雲に隠れた月がようやく顔を出した。ほの暗さが逆に心地よかった。薄闇の中、足場を探しながら僕は歩いた。

川辺に降りると、すぐに火の気配がした。枯れ木を集めて篝を焚いているのだ。

虎千代がいた。廃材を集めて、火を熾したのだろう。ちょうど、狼の頼光が座ったくらいの炎が、闇を融かして彼女の姿を浮かび上がらせていた。具足姿のまま、虎千代はうずくまるように、片膝を抱えて、顔を伏せている。いくさ場から帰ったままの姿だ。

近づくと、かすかにその背が上下して震えているのが分かった。もしかしたらまだ、泣いているのだろうか? 僕は黙ったまま距離を詰めた。

がちゃがちゃと、雑多な音がしたはずだ。砂利を踏みしめる音も、こんな静かな場所なら、大仰なくらい響いたはずだ。普段の虎千代だったら、僕の気配に必ず気付いただろう。でも、なんの反応もなかった。

「虎千代―――?」

息を吸うと、僕は努めて抑えた声量で声をかけた。返事はなかった。長い髪が震えていた。やっぱり、虎千代も女の子なのだ。そう思うと、罪悪感が胸に広がる。

「虎千代、あのさ―――さっきは、その・・・・・ごめん。言い過ぎた、と思う。謝りに来たんだ。―――虎千代?」

僕はさらに近づいてみて、微妙な違和感がした。最初、虎千代は膝を抱えてうずくまっているように見えたのだ。でも、近くに来るとやけに頭の位置が低い。見ていると、虎千代は地面すれすれに顔を下ろしていた。―――あれ?

その表情は別に泣いているわけでもなく、なぜかぱっちり目を開けて、真顔。なんだかイヤホンでラジオを聴いている人みたいだ。

僕は思い切って、彼女の肩に手をかけた。

「虎千代?」

すると驚く様子もなく、虎千代は顔を上げた。

「ん――――なんだ、お前か。何か用か?」

「え、だからさ―――謝ろうと思って」

「なにをだ?」

眼を細めて、虎千代は怪訝そうな顔をする。僕が食べ物を抱えているのに気付くと、

「ほう、用意がよいな。まさか、お前も気がついていたのか」

「え? どう言うこと?」

今度は僕が怪訝な顔になる番だ。虎千代は暗がりの向こうを指すと言った。

「実は、この川の上手の方に、下人小屋に模した盗賊宿があってな。話では大分貯めこんでおるそうな。そこでたまに、こうして出て物音を探っておったのだが」

なんか嫌な予感がしたが、僕は黙っていた。

「どうも見るに今夜が機じゃ。ひと仕事を終えたばかりでみんな寝くたらしておる。我が斬りこんで暴れる隙に、お前が裏手に回って火をかければ―――」

「それって立派な押し込み強盗じゃないか!」

一人で河原に出て何を考えているのかと思ったら、そんなこと考えてたのか。

「なにを言うか。夜討ち強盗は、古今、武士のたしなみぞ。―――む、なんだ、これは。食い物ではないか。火付けの道具はどうした?」

「そんなもん、最初から用意してない!」

危うく重大犯罪者になるところだった。


「ふん、つまらん。ここ数日狙っておったのに邪魔しおって」

夜襲を止められて面白くなかったのか、虎千代は不機嫌そうだ。なんて物騒なやつ。

「夜討ちの相談でなくば、なんじゃ。何をしにきた?」

「―――謝りに来たんだよ。昼間、言いすぎたと思って。勝手だ、なんて言って悪かったよ。虎千代が一生懸命、僕たちが、生き残るのに考えてくれてるのにさ」

「ああ、そのことか。別に気にせずともよい。もう、とうに忘れておった」

なんだ。絢奈の話だと、泣いてた、って言ってたけど、全然違う。こっちが拍子ぬけするくらい、虎千代はけろっとしている。正直、心配して損した。

「なんじゃ、その顔は」

「べ、別に」

僕は顔を背けた。すると虎千代は、僕の荷物を持つ手を引いて、

「―――すぐに去る気がないなら座らぬか、影が立つ。今宵は月が明るい。夜目の利く者なら、お前の首を強弓にて射れるぞ」

まさか、いくら戦国時代だからって、そんなはずはないだろ。とは思ったけど、確かに、すぐに帰る気だったわけじゃない。腕を引かれて僕は虎千代の横に座った。

「―――あのさ、虎千代っていつもそんなこと考えてるの?」

「なんだと? なんと申した」

「だからさ、今が奇襲するときだとか、誰かに狙われるとか」

「無論だ。なにしろ今は、戦国時代じゃからな。お前や絢奈の言を借りればだが」

と、言うと、虎千代はなぜかおかしげに、くっ、くっ、と笑った。

「だが、我からすれば、その今が戦国と言うも奇異な話ぞ。お前らは、今が戦国戦国と言うが、我が知る限り、今も昔も世は変わらず戦国の世よ。我が父の代からもそうであったし、その祖父も曾祖父も、南北朝や鎌倉御所、源平の騒乱の御代から、争いばかりであったでな」

そう言えば、それはそうだ。現代を生きる僕たちは、学校で『応仁の乱』と言う戦争をきっかけに戦国時代が始まったと思ってるけど、別にそこから戦乱の世の中が始まったわけじゃない。それまでも日本史は戦争の歴史なのだ。

「お前は、未来とやらから来たのであったな―――それはいつぐらい先のことじゃ」

いきなり虎千代に問われて、僕は考えた。えっと、戦国時代から、って言うと、大体五百年くらいか。そう言うと虎千代は、目を丸くして考え込んでいた。

「五百年か。―――今より、五百年前ならば源平の争いが始まった頃じゃな」

「え? あ、ああ―――この時代から五百年前ってこと?」

虎千代は肯いた。僕たちが、今いる戦国時代から五百年ほど昔なら、平安時代の末期。そう、ちょうどそれは、武士が登場した頃で、源氏と平氏が争いを始めたときだ。

「なんと、今より五百年のちには、日の本にいくさは絶えるか」

僕は肯いた。確かに日本に関して言えば、内外に戦争と言うものはなくなった。武士と言う職業はなくなり、少なくとも僕たちは、武士がいた時代のように武装して歩く必要がない世界に生きている。

「もしもいくさのない世が来るとあらば、それがいかなる世相になるものか、絢奈の話を訊いても、我にはまったく想像もつかぬのだが」

そう言うと、虎千代は、まっすぐに僕の方をみた。

「いくさなき世なれば、誰がいかにして作りしか? お前の世には、それがおるのだろう? そやつの話を訊きたいものよ」

「そう言われても―――」

それは僕にも分からない。そう言えばいったい誰が、虎千代が住んでいたみたいな、いくさばかりの世の中から、僕たちが住んでいる現代みたいな世の中を作ったのか。現代に生きてる僕たちはそれをどこで知ることができるんだろう? 本当は知ってて当たり前なんだけど、そう言えば、なんとも言えない。

「分からぬか。そうか―――なれば、いくさなき世はそれほど先のことなのだな」

と、言うと、虎千代は目を伏せる。そのとき彼女は、本当に悲しそうな表情をしたように見えた。意外だった。まるでいくさの申し子みたいな虎千代が、いくさのない世の中のことをそれほどに興味を持っていたのだと言うこと。

僕は思い切って、訊いてみた。

「虎千代はさ―――本当は、いくさが好きなわけじゃないんだね」

そう言うと、虎千代が、はっ、と息を呑んだのが分かった。炎に照らされた、虎千代は少し頼りなくみえた。顔色を読まれたと思ったのか虎千代は、僕から急いで顔を背け、さらに背まで向けた。

「―――好きであるはずがあるか。ひとたび武士の家に生を受けたれば、いつ何時たりとも気は許せぬのが定めよ。それが親兄弟であろうと、なんの別もなくな。お前らのように、兄よ、妹よ、とお互い、慈しみあうことの出来るが、我には不思議でならぬ」

「ご、ごめん」

「謝るな。わ、我はただ、お前らの言う戦国の世の人間として、ただ、お前らのような兄妹のことが分からぬ、と言うたまでのことじゃ。別に羨ましいとか、そう言うわけではないぞ。本当だっ」

そんなにむきにならなくても。

「あのさ、虎千代にも兄妹がいるの? 例えば、お兄さんとか?」

なんとなく察して僕が訊くと、虎千代は目を丸くしてなぜか顔を赤らめた。それから、とってつけたように、ふん、と、鼻を鳴らして、

「我にも、あ、兄くらいいるっ。ふ、二人ほどな―――我は、幼き頃に寺に預けられたゆえ、この年になるまで、ろくろく会うてはおらぬがな」

「今は二人とも、越後にいるの?」

「一人は、死んだ」

あっさりと、虎千代は言ったけど、その言葉はどこか重苦しい。

「やっぱり、そう言うものなのかな。―――戦国時代の兄妹って」

「家々にもよる。わ、我が家は特にな。―――父の命で、兄弟は縁が薄い」

父の命、か。その言葉はたぶん、重いんだろう。武士の序列―――それは、当主を頂点にした固い一族の序列なのだ。考えてみれば、虎千代が弾正の屋敷で言っていたことを思い返してみても、それは現代の僕たちには想像もつかないほど、重要なのかも知れない。

「我が長尾の家は、在地の又代(まただい)―――いわゆる守護の代人を務める家柄でな。京都に在住する本来の守護、上杉氏に代わって、越後の国を治めてきた家柄なのだ」

又代? 初めて訊く言葉だ。

「それって、いわゆる、守護大名の補佐役みたいな感じ?」

「いや、違う。正確には、在地の地侍たちの代表として、京都に在住する守護との橋渡し役を務めるものを言う。元来、守護大名なるもののほとんどは、足利室町幕府が誕生した際に、適当にわりふりがなされた、いわばよそ者の支配者だからな。―――実際に国をまとめるは、その地で実際の政務をおこなう、又代なのだ」

そのとき、虎千代が僕に話してくれたことを、もちろん僕が完全にその場で理解できたわけじゃない。だから、捕捉すると――――

当時の幕府―――つまり、室町幕府は足利尊氏によって開かれたものだ。尊氏が幕府を開くとき、色々な戦いがあった。その戦いのすべては、もちろん尊氏が一人で行ったものじゃなく、関東平野の諸豪族は言うまでもなく、西は九州の果てに至るまで、沢山の豪族たちが参加したもので―――その勝利の成果も当然、尊氏一人のものじゃなかった。

尊氏はいくさで手に入れた領地のほとんどを分配し尽くした。その徹底ぶりは、幕府が独自の軍事力をすら持てなくなるほどで―――もしかしたらたぶん、尊氏から、ずっとあとの時代に室町幕府がなんの決定力も持てず、戦国時代を招いてしまったのは、尊氏が気前が良すぎたせいだと言うくらいすっからかんにしてしまったのだ。

ただ、尊氏側にもそうしなきゃいけない理由と言うものがあった。当時、恩賞の与え方が不公平だと、自分に協力してくれた豪族たちが一斉に反旗を翻す可能性が高かったのだ。彼のために弁護をするとするならば、そもそも尊氏自身が、鎌倉幕府を倒そうとした際に、恩賞が不満だった武士たちを駆り集めて、勢力を作った。だから、恩賞に不満の武士たちが自分の元を離れて反乱を起こすと言うのは、尊氏にとってはリアルな恐怖だったのだ。

鎌倉幕府のすぐ後に、政権を構えた後醍醐天皇の建武の新政こそが、恩賞が不公平だったために参加した武士たちの不平を招き、ほんの短期間で瓦解しているし、幕府を開いたと言っても、まだ抵抗勢力がまったく存在しないと言うわけじゃなかった。そのため、尊氏も配下の武士たちの動向にはすごく気を遣っていたのだ。

でも一方で、尊氏に味方した武士はと言うと、恩賞としてもらったはいいけど、それはそれで別の問題を抱えることになった。見知らぬ土地を領地にすることがとても難しいと言うことだ。なにしろ、もともと全然、縁もゆかりもない土地なのだから、下手すると、右も左も分からない。

そこで考え出されたのが、その土地のもともとの有力者を責任者として任命して、そっくりそのまま所領の支配を任せて、税収の上がりだけを掠めるやり方。

支配する方にとっては、ひたすら都合のいいやり方だったけど、守護に任命された大名たちも、見知らぬ土地で見知らぬ人たちをどうやって支配するのかなどと、面倒くさいことを考える必要もなく、もともと土地を支配していた人たちも、既得権益を保障されるわけで、万々歳だった。つまり、このやり方だと、権力の支配構造を変える必要がなくて楽なのだ。元々国を支配していた人たちは前からのやり方をそのまま通せばいいし、新たな守護たちは、その人たちから、いわば間接的に税収を上げればいい。

面倒くさいことは棚上げして、美味しいとこだけ頂く、そんなやり方を考えたのは、もともと、公家だった。彼らも遥任国司と言う制度を考えだして、実際に現地に行かなくても、その土地の有力者に仕事をさせ、上がった税収を使って、京都で気楽に暮らしていたのだ。京都に政権を構えた室町幕府は、そのやり方をそっくり真似たわけだ。

そして公家政権が同じことをして崩壊したように、室町幕府の仕組みも、守護たちが任地を直接に支配しないと言うやり方をしていたために、京都が焼かれるような大乱があると、一挙に崩れた。

「―――先の応仁の乱で、守護たちは、都を追い出された。その守護たちが生き残るためにしたことは、その今までの取り決めをすべて反故にすることだった。奴らは、国中で反乱を起こし、その又代の権力をそっくり、奪おうとしたのだ」

「で、又代、と言われてる人たちはどうしたの?」

「無論、抵抗したさ。そもそも、地侍連中にとっては、又代はおのれ自身の代表者なのだ。在京の守護の無体な物言いにも、正面から抗うて在地の者どもを守るのが、又代の役目なのだからな」

そこまで話すと、虎千代は、大きく息をついた。

「―――かくて我が家は祖父の代から、守護に抗うて戦乱を繰り広げたものよ。我が父などは、戦歴は百度、各地の反乱を鎮圧するうち、生涯を終えた。我らが兄妹一同、争わぬように、と言うは、父が遺言ぞ。―――せめても、血のつながりのある同士の殺し合いは避けたいとな」

「そっか。―――あ、待って、そう言えばお父さんも亡くなったんだっけ?」

どこかで聞いた話だ。僕が指摘すると、虎千代は、はっと顔色を変えた。

「言うておらなんだか。そう言えばどこぞやで話した気もするのだが」

確かに、虎千代の言うとおり、その話には聞き覚えがある。虎千代の長尾家は、守護に代わって越後を治めてきた守護代の家柄。虎千代の父親はその当主で、長年、もとの守護上杉家との戦いに駆り出されてきた人。と、言うことは―――

「あのさ、もしかしたらで悪いんだけど、虎千代のお父さんって、為景って人? じゃあ、その跡継ぎの景虎って言うのは―――」

僕がそこまで言いかけたときだ。

「―――虎ちゃん、マコトくん! 来て!」

真菜瀬さんの声だ。―――僕たちが顔を上げると、川の堤の上に真菜瀬さんが大急ぎで駆け付けたところ。真菜瀬さんは息を切らして―――なんだか、すごく焦っている様子だった。

「なんじゃ、敵襲か」

「いいから二人とも、早く! 大変なんだよ!」



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