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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.3 ~弾正忠、煉介さんの野望、虎千代の馬廻り
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こんなに噛みあわないのに実戦!? 虎千代と大ゲンカ、どうする僕?

 さて僕たちは煉介さんとともに、戦国随一の極悪人・松永弾正久秀に会って、三好長慶と言う戦国大名の配下に加わった、みたいなんだけど―――

「まあ、正式に家人になったのとは違うんだけどね」

 煉介さんや虎千代の話を聞いてみると、僕たちは弾正さんたちの正式な家来になったのではないらしい。いわゆる、

陣借(じんが)り」

 と言うやつで、言ってみればフリーターって言うか派遣社員みたいなもの。つまり働き次第ではその場で報酬が出るし、上手くいけば、家来にもとりたててくれると言うこと。なんだか不安定な身分だけど、ある意味では自由が利くし、煉介さんみたいに一国を手に入れようとする目的を持っている人からすれば、すごく都合がいい待遇みたいだ。

「って言ったって相変わらず、かつかつなのは変わりないけどね」

 でも真菜瀬さんによれば、煉介さんたちの懐事情はあんまり前と変わってないみたいだ。

「陣借りって言ったって、必要なときに呼ばれるだけだし、弾正さんから多少の支度金は出たみたいだけど、戦費は毎回のいくさのたびに持ち出しだしさー。―――まあ、煉介がうちのつけを返せるくらいちゃんと稼いでくれればいいんだけどね」

 いくさをするのだって、大変なのだ。

 武器の修理代、馬の世話代、それに一気に増えた手下たちの食い扶持といくさのたびの治療代。そんな中、どうしても最後になってしまう『くちなは屋』のつけを払えず、真菜瀬さんにぺこぺこ頭を下げる煉介さんの姿は相変わらずみたい。

 でもさすがは、と思うのは、煉介さんたちの部隊は弾正さんたちの中に入っても、すぐに評判になっていたってことだ。

 もともと、煉介さんの名前は『童子切』のふたつ名で洛中では恐れられていたわけだから、彼らの強さは折り紙つきなんだけど、装備も充実した正規の武士たちとのいくさの中で、たちまち頭角を表したのを目の当たりにすると、やっぱり煉介さんたちの実力の物凄さを認めざるを得ない。

 それに引き換え、僕たちの部隊は、と言うと―――


「だーっ、もたもたするなっ! 馬廻りが止まるなと何度言うたら分かるのじゃ!」

「―――さっ、さっきは止まれって言ってたじゃないか!」

「あほうっ、足取りを止めろと言うたは、先手の者どもの話じゃ! 我が馬が出るを押しとどめてどうするっ。いいから馬曳け、馬をっ!」

「馬って―――くつわを引っ張るのっ? よく、分からないって!」

「ああっ、これでは間に合わぬではないかっ。ええいっ、邪魔じゃ! だからっ馬を止めるなと言うておろうがっ」

 と、こんな感じで、ため息をつきたくなるほど僕たちは足並みが揃っていない。この調子だから、いくさ場で肝腎なときには間に合わなかったり、逆に危険なときには逃げ遅れたりで、いくさに出るたび毎回、色んな意味ではらはらものだ。

「まったく、お前は何を聞いておるかっ」

 虎千代は顔を真っ赤にして、憤慨している。あ、ちょっと涙目。

「源平の昔より武士は先駆け、一番槍こそ、随一の功名ぞ。むううう、情けなし。我がかような醜態を晒すとは」

 ひとり大騒ぎして、虎千代は馬の鞍をばんばん叩く。叩きまくる。そんな姿を見ていると、こっちだって、普段言わない文句のひとつも愚痴りたくなる。

「むっ、なんじゃその顔は。まだ、言いたいことでもあるのか」

「そうやって言うけどさ―――」

 虎千代に迫られて、僕は仕方なく言った。

「虎千代だっていまいち、いくさにやる気がないじゃないか」

「なんじゃと」

「だって、この前のいくさのときだって―――」

 煉介さんが最前線に出てったって言うのに、虎千代は馬を止めさせると、自分はその辺の尾根なんかに寝転がっていて。ぼーっと、入道雲がわだかまる夏空を眺めていた。くあああ、なんて、たまに小あくびしなんかしたりしているその姿。あれははっきり言って、しばらくサボっていたとしか思えない。

「む、む・・・・あれは―――別に、怠けておったわけではないわ」

「じゃあ、なにしてたんだよ」

 正直言ってその後、出ていかなかった僕たちは凛丸にめっちゃ怒られたのだ。

「僕だけじゃないってば。虎千代の命令はすぐ変わるし、気まぐれだし、みんな戸惑ってるんだよ。もっとちゃんと、決まったことをやってくれないとさ」

「決まりごとだと?」

 馬廻りと言う役割の都合上、虎千代の命令は僕を通してみんなに伝わることも多いのだ。正直なところ、ころころ変わる虎千代の指令を伝える僕の身にもなってほしい。

「ふん、いくさ場では、決まりごとなど常にうつろうものぞ。お前のような若輩が、何を言うかっ」

 と、刀を抜きかける虎千代。だから、危ないって。

「べ、別に難しいことは言ってないだろ。ただ、ちゃんと指示するときは、指示を統一してって言うか―――だいたい、若輩者だって言うけどさ、虎千代だって、そんなに僕と年は変わんないじゃないか」

「むーっ。生意気なっ、馬廻りの分際で主の領分に意見するかっ」

 って。まったく、なんつー我がままなやつ。


「お兄い、まーた虎っちと喧嘩したでしょ?」

 僕と虎千代が言い争いをするたびに、絢奈なんかは、にやにやしている。

「だめだなー、虎っち女の子なんだから優しくしてあげないと」

 なにを勘違いしてるのか、まったく。僕にしてみれば少しも笑える要素はない。こっちは毎日命がけなのだ。

「そう言う問題じゃないっての。こっちはただでさえ、いくさに出て死なないようにしなきゃいけないってのに、虎千代の奴が」

 と、僕は反論する気力もないくらいだ。言いかけてあほらしくなった僕が黙っていると、

「虎っち泣いてたよ。さっき泣きながら、怒って帰ってきてた」

「だからそれはあいつが悪いんだって」

 実際、絢奈の前では少し猫をかぶっているが、正直言って、虎千代が女の子なのは外見だけで、中身はその辺の荒くれ武者と変わりはないのだ。いや、考えてみたらもっとひどいかも知れない。

 僕からみる虎千代は気まぐれで、短気で、めちゃくちゃ無鉄砲。

 ワガママぶりで言えば、これはほとんど野生動物を相手にしているのと同じだ。

 思考について言えば、たぶん前後五秒くらいのことしか判断してないんじゃないかとすら思える。

 今日だって、いきなりいなくなったと思ったら、僕たちを置いて一気に敵の本陣近くまで飛び込んでいたそうだ。そしてそのまま行方不明になり、煉介さんの部隊にも探してもらって、夕暮れになってようやく合流できたと言う始末。

 それでみんなにはさんざん迷惑かけるは、凛丸には怒られるは。そして戻ったら、今度は二人で喧嘩して、さっきようやく解放されたところなのだ。正直言って、今日と言う今日は、本当にうんざりした。

「全然わかんない、て言うかめちゃくちゃなんだよ。虎千代の考えてることって」

「そうかなー・・・・・」

「え?」

 僕の愚痴が収まるのを待って、絢奈は言った。

「それはたぶん、ちゃんと理由があるんじゃないかな。お兄いがわかんないだけで。虎っちだって、ちゃんとした武士なわけだし、絶対お兄いより、いくさのこと、よく分かってるわけだし」

「でも、だったら、あんなことして部隊に迷惑掛けるようなことはしないだろ」

「―――それはお兄いがきちんと、虎っちのこと理解しようとしてないからだよ。お兄いたちがちゃんと虎っちについてったら、また違う結果だったかも知れないし。虎っちは当然、分かってるつもりだと思ってやったんじゃないかな」

「分かってるつもりって―――あのさ、お前になんでそんなこと言いきれるんだよ」

「だって、虎っち、いっつもすごく熱心に、お兄いに教えてくれてるでしょ? お兄いがいくさ場で死んだりしないように、色々考えてくれてるんだよ。お兄いのいないところでも毎日ぶつぶつ、考えたりしてるみたいだし」

「いや、それはすごくありがたいと思うけど―――」

 確かに、虎千代はどうしてか、すごく熱心に教えてくれてはいる。この時代のこと、いくさに出るときのこと。どうしてあんなに真剣に、って言うくらいにって思うことも多々ある。お陰で毎日、日の出前に起こされるのも慣れた。

「だったらその気持ちに応えてちゃんと、分かってあげなきゃだめじゃんか」

「―――いや、分かるわけないじゃんか。だって、こっちは、いくさもしたことない現代の普通の高校生なんだぞ?」

「虎っちだって、戦国時代のお姫様なんだよ。絢奈たちのこと全部分かると思う?」

「う―――」

 言われて、さすがに僕は返す言葉を喪った。

「虎っちは、お兄いに自分のことちゃんと分かってもらおうと、努力してると思うよ。女の子の方が努力してるのに、お兄い、やばいでしょ。大体、なんで、あんなに虎っちがお兄いに真剣に教えてくれると思うの? そこ、分かってない」

「なんでって―――」

 そう言えば、虎千代はどうして僕にあれだけ構うんだろう。従者の新兵衛さんに似てたから? いや、あれは全っ然似てなかったし、そもそも絢奈の勘違いだし。

「いや、全然、理解不能。わかんないって。あいつの考えてることなんか」

「絢奈には結構分かりやすいけどな、虎っちの考えてることって」

 と、不思議そうに言うと、それに、と眉をひそめて絢奈は、僕に人差し指を突きつけた。

「理解不能って言ったら、お兄いだって人のこと言えないと思うな。急に、学校辞めるし、辞めたと思ったら、こんなわけわかんない現象に絢奈を巻きこんだわけだし」

 そう言われて、僕は口ごもった。でも別に、今蒸し返すことじゃないだろ。

「理解した? だったら、お兄いの方から虎っちに謝っとく。虎っち泣いてたよ。はい、さっさと行ってくるのだ!」

 だからなんだよ、のだ、って。突っ込む暇もなく、絢奈にばしばし背中を叩かれた僕は、着替える間もなく部屋を追い出された。


「―――マコト、もう飯だぞ。て言うか酒だ。みんなで飲もうぜ」

 廊下に出ると、煉介さんと真菜瀬さんが、一緒の部屋から出てきたところだった。

「どうしたの、どこかに用事?」

 真菜瀬さんが、刀を差したままの僕の姿をみて言う。そうだ、着替えてなかった。

「いや―――あの、虎千代と、ちゃんと話そうかと思って」

「虎ちゃんと? なにを?」

 真菜瀬さんたちは目を丸くして、首を傾げた。

「今日のことです。ごめんなさい、僕たちが虎千代とよく話し合ってなかったせいで、こんなことになって」

 僕が話すと、え? と、煉介さんは目を点にした。どこかで今日の話を聞いてたんだろう、真菜瀬さんが指摘すると、煉介さんは初めて思い出したみたいに、

「ああ―――あのことか。それなら別に気にしなくてもいいよ。おれだって敵陣に突出しすぎて死にそうになったこと何度もあるし。いくさ場じゃ、よくあることさ。それにね、あれはあれで悪くないんだ。ときに、いくさ場には混乱が必要だ」

 とん、と、僕の胸を拳で叩くと、なんの弁解も聞かずに煉介さんは行ってしまう。後に残った真菜瀬さんは―――絢奈と同じだ、なんだかにやにやしている。恐らく、僕と虎千代の喧嘩を立ち聞きしていたんだろう。僕の顔をじろじろ見て、

「仲直りする気になったんだー? うん、えらいっ。男の子だもんね」

「いや、あのそんなんじゃないんですけど―――でも」

「でも?」

 意味ありげに問い返すと、真菜瀬さんは、僕の言葉を待つように黙った。なんか悔しい。けど、仕方ない。たどたどしく、僕は続けた。

「とりあえず、話し、あわないと。今なら―――ちょっとは、お互い冷静になったと思うから。じゃないとまた、今日みたいなことの繰り返しになるし」

「今日みたいなこと?」

「虎千代が暴走して、みんなに迷惑掛けたりしたら困るから。あと―――」

「それは違うと思うな」

 僕の言葉を遮るように、真菜瀬さんは言った。

「要は、マコトくんが虎ちゃんのこと、どう考えてるかじゃないかな。マコトくんから見て、虎ちゃんが暴走してるように見えるとしたら、たぶん、そのせいだよ。マコトくんのことがよく分かんなくて、虎ちゃんいらいらしてると思うけど」

「僕のことって言われても―――」

 正直、いくさに出ると言ったって、ひたすら虎千代の馬に遅れないように走っていくだけなのだ。言うまでもなく、この時代のことについて虎千代に太刀討ち出来ることなどないし、意見なんか言える立場にはもちろんない。僕から見れば、虎千代は僕のことなど特に考えてるわけもなく、勝手に暴れているだけに見えるけど。

「それに虎ちゃんは暴走したりしてるわけじゃないよ。マコトくんが分からないだけで、ちゃんと理由があることなんだよ。さっきの煉介の言葉だって、別にマコトくんに気を使って、言ったわけじゃないみたいだしね」

 真菜瀬さんもまた―――絢奈と同じことを言ってくる。

「僕だって、ちゃんと理解しようとはしてる、と思いますよ。確かに全然、いくさがない時代から来たし、この時代のこともよく知らないし。でもそんなことじゃなくって、虎千代が何を考えてるのか、さっぱり判らないんです」

 そこだよねー、と真菜瀬さんは納得したように肯く。僕には―――よく分からない。

「たぶん、問題は―――マコトくんが虎ちゃんのこと、ちゃんと分かろうとしてないせいじゃないかな。話し合うなら、そこ話し合わないと、また上手くいかないと思うけど」

「努力は、してます。けど―――」

 こっちだって、必死で理解しようとしてはいるのだ。なにしろ命が掛かってるわけだし。

「んー、だからそう言うことじゃなくて。なんて言うかー・・・・・ま、いいや。虎ちゃんと話す気はあるんでしょー? じゃあ、二人っきりで話した方がいいと思う。あ、あとちなみに、虎ちゃんは外だよ? さっき出てったのわたし、見た」

 そう言うと、真菜瀬さんは長い髪を紐でまとめて、なぜか腕まくりをしだした。

「お夕飯、用意してあげるから二人でゆっくり話してきなー。帰りは遅くていいから」


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