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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.9 ~生き別れ、我がまま姉妹、二人の決断
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つなぐ意志の強さ!そして新展開、ついに真人が出会う戦国の覇王!素顔は…

「宿題は終わったか?」

これがビダルの僕に対するもっとも真摯な要求だった。思えば僕に銃を渡して自分を殺させようとしてまで、ビダルは訴えていたのである。

僕が彼の位置に少しでも立ったと思われたとき、その声は、僅かながらその切迫感を和らげてくれた。

しかしまだ、終わっていないのだ。

僕が目的を達したと思われる今に至っても、それは決して消えることはなかったのだ。

ただ殺戮(さつりく)に生き、救いの言葉を求め続けた、黒い宣教師の心からの言葉。

灰色にくすんだ顔色の中で、赤く潤んだ致死の目に浮かんだ生。現実との矛盾の中で見出した、ビダルの訴求を、僕はついに彼の生前に汲むことが出来なかったのだ。

相談役の呼びかけで後日、煉介さんのご両親の遺骨の埋葬が改めて行われた。年の瀬の押し詰まった、穏やかに晴れた日だった。わずかな雲が澄んだ高い空に、わだかまっていた。相談役はあの『消息集』を書くことで、ようやく二人の供養にたどり着くことが出来たと、僕に言った。そして約束してくれた。

ビダルの供養を、同じようにして行うことを。

「わたしからも、(こいねが)う。あの男の御霊(みたま)には、それだけの価値があった」

この言葉は、虎千代のものだ。何より血肉を賭してビダルと戦った、彼女だからこその悼辞が何より、僕の胸を打った。

僕は穏やかな日差しに蒸れた墓地の風景に佇んで、思わず目を細めた。

この墓地に足を運ぶたびに思うのだが、ここには日常の騒音の何もかもと無縁だ。

静かな陽だまりがなんの疑問もなく、手の届く場所に無造作に落ちている。

晩秋の小春日和、ビダルはそこに佇んで、何を想ったのだろうか。

あの黒い宣教師の残影は、まだちゃんと僕の中に居残っている。

その今だからこそ思う。

ビダルは確かに多くを奪い、あらゆる人を傷つけた。

最も僕たちを傷つける手段を用い、そこにある憎悪を余すところなく暴き出した。

しかしこの世界に今なお居座る理不尽な殺戮(さつりく)に、ビダルが本当の愛着を覚えていたとは、僕はどうしても思えない。

生きていた彼に問えば、それはにべもなく否定されただろう。

「おめでたいな。君はまだ、そんな甘っちょろい認識でいるのか?」

戦国の戦火の中にいる僕たちは、感じる。

愛しながら、気遣いながら、人はなお、争い合う。大きな不認識が、相手と自分との間に横たわっていることを知っていてなお。

「お前は自分と違う」

相容れないもの違うものは許さない、と言う本能の衝動にただただ、身を任せて。

自分の理解できないものがいなくなれば、それは楽だろう。自分のやり方でない相手が人を愛する方法を否定出来れば、気持ちはいいかも知れない。でも本当は方法が違うだけで目的は同じなのだ。祈り方が違うだけで、想う気持ちは一緒なのに。なぜ人は躍起になって、他人のそれを否定したがるのだろう。

祈りが求めるものは、みな同じなのに。

祈りが唯一である必要は、必ずしもないだろう。

それでも僕たちはただただ、相手を否定して大小となく争い合う。

争い合う片方に問えば、まず彼は唾を飛ばしてこう主張するだろう。

「だって、あいつが先におれを憎んだから」

ビダルはそれを問いかけた。これが彼の宿題だ。

不完全ながら今、僕はこう答えたい。

どっちが先だ?そんなことどうでもいい。

本当はどっちでもないだろ?

そんな本質的な問いには、目を背けて。

僕たちは互いの不自覚ゆえに、銃口を構えいぜん警戒し合っている。

威嚇は馬鹿馬鹿しく、本当に撃つことはただただ、取り返しのつかない事態を招く、それだけのことなのに。

愛と言う言葉の意味を、僕は何度も考えてしまう。

この世界に、愛があれば大丈夫だって?愛を信じれば、おのずと平和がやってくると?

とんでもない思い上がりだ。

そうやって不用意に身を乗り出して、相手を暴こうと飛び出すのは、単なる過信に過ぎず、愛と言う言葉への、ただの傲慢になってしまうだろう。

一つの言葉に対する人間の感じ方は、それぞれ違っていい。

愛を一色だと過信し、相手も同じ色だからそれで大丈夫だ、と考えるのはただの思考の放棄であり、この世界に言葉が存在することへの冒涜だ。言葉が、祈り方が違うから、僕たちはつながれない。それは言葉と言う存在を軽んじて考えているせいだ。だって、何かを尊重して祈る気持ちは、本来みんな同じはずなのだから。自分の色が素晴らしいから、ただその色に染まれ、と謳うのは、自分の気持ちですら(ないがし)ろにしてしまうことに他ならない。


藤城夫妻とともに、ビダルを葬ることに相談役は同意してくれた。

さらにはビダルの『消息集』を元に、砧さんはもう一度、現地を巡ってくれることを、僕に約束してくれた。あの男の生きた痕跡には、本当はまだまだそれだけの価値がある。春には僕たちより一足先に再び北陸道を巡って、現地を旅する砧さんに、僕はまたあの男の痕跡を物語る話があればぜひ教えてほしいと、お願いした。

藤城夫妻の埋葬は、年明けの晴れた日を選んで行われた。最初に予定していた日に身体がすくむほどの寒さがやってきてみぞれ雪が降ったのだが、その一夜が去ると、澄みきった空気の張りつめた清らかさの跡ばかりが残る、穏やかな冬の晴れ間になった。

見ると薄い層雲が、空にかすかな線を引いている。空気の密度が濃い寒い日になると、雲は自然にまゆ墨を引くように、細長い線になるのかも知れない。誰かが、自分が存在した証を密かに留めようとするようにそこに、指でかすかに跡をつけて立ち去ったかのようだった。

相談役が藤城夫妻について懸念したのは、彼らがキリスト教徒であったことだ。ラウラのはからいによって、イエズス会の神父が呼ばわれ、埋葬の一切はそのやり方で行われた。

「死の谷の影を歩むとも」

と、聖書の一節が引用され、僕たちは藤城夫妻をそれで悼んだ。

僕も虎千代も、かの地の信教をまだ知らない。でも、彼らの式で、藤城夫妻を葬りたかったのだ。

煉介さんが無辜(むこ)の人たちを救い、自分たちの国を作ると言ったのも或いは。

そんなことを考えながら、僕は不慮のうちに亡くなった煉介さんのご両親を埋葬した。

ビダルのノートの隙間に、焼けて千切れかけた写真が混じっていた。

藤城夫妻の遺品の中から、彼が採ったものだろう。

それはどこかのスタジオで撮った家族写真だ。

赤ん坊の煉介さんが、そこに抱かれて映っていた。

姉の暮葉さんは、そのときのことをかすかに憶えているとだけ、僕に語った。写真に遺った藤城夫妻の頬は綻び、希望に湧いていた。お父さんの眼差しの強さと、お母さんの澄んだ笑みが、それぞれに煉介さんを想わせた。

枯れた葉が敷き詰められた芝の下に、遺骨が葬られる。僕と虎千代は静かにそれを見守っていた。傍らのラウラが、かすかな声で自ら祈りを唱えるのを聞きながら。

「夫妻の勇気にこそ、ワタシたちは感謝します」

それがレディムプティオとしての、ラウラの言葉だ。

「そしてその志を護ろうとした、男の御霊(みたま)にも」

ビダルの遺品はない。

あの男は一片の痕跡なく、喪われてしまった。そう思っていたが、そうではなかった。ビダルが口にしていたあるものは、きちんとそこに実在したのだ。

それは、もろいチェーンのついた銀色の小さなロケットだった。ビダルの家族が、その中に大切そうにしまわれていた。男には同い年くらいのブロンドの奥さんと、十歳ほどの小さな娘がいたのだ。二人とも弾けるような笑みを、ロケットを開いた瞬間、僕にも与えてくれた。ビダルはこの笑顔たちを最後に、いつ、どんな時に見たのだろう。わだかまる愛着を棄て、これをどんな気持ちで、藤城夫妻の遺骨とともに葬ったのだろう。

心の底から憎んだあの男の言葉が、今も僕の胸の中に傷痕を残している。あの黒い宣教師がつけた刃の傷は、これからもまだ癒えていきそうにない。きちんとそれを自らのものとするには、多少の時間が掛かるだろう。

だが僕は、信じていたい。詭弁もなしにそう思う。

「一度経験してしまったら、無垢には戻れない。それは物質と物質が化学反応を起こすのと同じだ。もう元には戻れない」

カール・グスタフ・ユングの言葉だ。ユングは牧師になろうと思い、心理分析の草分けであるジーク・ムント・フロイトとは別の手法から、人間の深層心理をうかがおうとした人だ。化学に喩えて発した経験を表現するその言葉に、僕はあえて異論を唱えたい。

物質は化学反応を起こすが、同じように還元することも可能なのだ。

酸化した金属も、元の輝きを戻すことが出来る。きちんと還元し、その化学変化の痕跡を知れば僕たちはそれが、日の光に(きら)めいて輝いたときを知ることが出来るのだ。考古学者がそうするように、土の中から掘り出した遺物を、刷毛で少しずつ露わにし、復元を試みるように。

僕たちが受け入れる準備をしさえすれば、過去はそこから、現在に向かってやってくる。そうした心構えが出来たなら、僕たちはそれを、僕たちなりに受け取って消化しなくてはならないのだ。僕たちは遺伝子が使う、ただの乗り物だと言う人がいる。だがそれは乗り捨てではなく、次に使う人のためを思って乗ってもらう必要があると、僕は思う。恐らくはそれが受け継ぎ、つなぐ、と言うことなのだ。そこに断絶や頓挫もある。間違いだらけと言いたくなることもある。でもそれは僕たちに続く、どこかの道の途中に必ずいる。歴史はそうして、愛されねばならないのではないだろうか。


分際を考えず、大それた話を僕は虎千代とラウラにした。五百年前の彼女たちは、眉をひそめてただ押し黙っていた。ぴんと来ないのも当然だ。二人は二人の生の中で、全力で今まだなお、自分の現実を生きているのだから。彼女たちからするならば僕はただ、傍観者の立場からそれを言ったに過ぎないのだ。

「真人サンの言うこと、よく分かりません」

先に口を開いたのは、ラウラだった。

「でも迷いを、誰かがどこかで必ず察して包み込んでくれる、その予感は虎千代サンや真人サンに教えてもらったものです。ワタシたちが漠然と、主のご加護と唱えてきた言葉は、もしかしたらそれかも知れません。自らを助けるのはあくまでも自分です。でも、それを必ず助けてくれる誰かが、どこかにいるはずなのです」

ラウラは僕に、ある一つの言葉を教えてくれた。それは実は、ビダルが最期に口走った言葉だったのかも知れないと、気づいたのは今さらのことだ。


ELI,ELI,LEMA,SABACHTHANI!!


大声でイエス・キリストが叫んだと言う。彼が磔刑にかけられて、午後三時を回った頃だ。当時のユダヤ教を批判し、裏切り者としていわれなき罰を受けたキリストの処刑は、午前九時頃に行われたとされる。

この頃の磔刑は、懲罰刑を兼ねている。十字架に晒した後、刑を受けるものは苦しみながら死を待つと言う非常に過酷なものだ。古代ローマでは逆さづりにして暴れる犬とともに晒し、その苦しみを持続させる方法や、この日本でも両脇から槍を刺しこんで止めを刺す方法が採られてきたが、キリストは手足に釘打たれ、支えきれぬ己の自重に堪えかねて窒息死する刑を科された。

その死には、長い時間が掛かったとされる。死を待つ間、キリストは七つの言葉を発したのだが、この言葉はそれの四番目の言葉だとされる。

「我が神、我が神、私をお見捨てになるのですか!?」

彼はそう叫んだらしい。この言葉の解釈も内容も引用によって諸説あるが、磔刑に立ち会った人からは、キリストがある預言者に救いを求める言葉だと誤解された。

それはキリストが自ら再来と言われたイリヤである。Elijah、エリア、イリアともされるこの預言者は、ヘブライ語で『我が主はヤハウェなり』の意味をまとっていた。

そのためにこれを聞いた人々は、群衆の中にキリストがイリアを見たと誤解した。そこで、

「イリアがキリストを救けに現れるか、待ってみよう」

と言ったものがいたらしい。もちろん救けは来ず、キリストはそのまま絶命した。人間そのものであるキリストの自我がまず死を否定し、ついには受け入れるまでのその過程がそこには克明に記されている。誤解すら受け入れ、キリストは最期に願いの成就を信じて亡くなったとされる。それがラウラから聞いた、キリストの最期だ。

彼女がこの言葉に思い当ったのは、イェスパの最期の言葉が耳に残っていたためだと言う。ビダルに刺されて、あの男は死んだ。全権を託していたボスに銃を向けたとき、彼は母国語で語りかけていたのだと僕は勘違いしていたが、実際にはビダルへこの言葉を訴えかけていたのだ。

「我が神我が神、私をお見捨てになるのですか」

ビダルが爆死する直前、つぶやいていたのも確かにこの言葉だった。理解と救い、ついにやってこなかったものを彼は最期の自制心を棄て、求めてしまったのかも知れない。

でもそれはなお、自らが信じるものだからこそ出た言葉なのだ。

対話を続けることで、僕たちは和解を求める。

それはお互いのものとして。どちらの優越もなく。

それこそが右手と左手が作る、祈りがつなぐ形としてのものなのではないだろうか。


虎千代は僕とラウラの話が続くうち、ついに押し黙ったままだった。

「ふん、どうせ耶蘇(やそ)の話は我には判らぬ」

後で言ったのは、そのただの一言だけだ。

それからは、空っ風が吹く帰り道ただ、ぎゅうっと強い力で僕の腕に身体を預けてきた。

そうだ、それでいいのだ。

ただ、安心させられた。

僕たちはすでに、別の形で対話を済ませている。その何よりの答えを、左腕に伝わる虎千代の存在の温かさが、きちんと応えてくれたのだから。

僕にはこれ以上に、何も要らない。

僕たちを、夕暮れに差し掛かる切迫した冬の落日が、照らしてくれていた。

ただ感謝していた。


「ふん!ただの礼など、わらわは求めておらぬわっ!!」

もはや慣れっこになった綾御前の怒号が炸裂したのは、虎千代が帰郷の予定を告げに行ったときのことだ。

「この姉がなぜ、あんなめんどい南蛮坊主のことに関わったと思っておるのか!我らが越後のためぞ!雪解けに帰郷する?!当ったり前のことであろうがっ!今度は綾がため、長尾家がため、身を粉にして奉仕せい!」

「はい、申し訳ありませぬ」

虎千代は逆らわなかった。えらいよな。しっかしつくづく、強烈なお姉さんだ。

「どこを見ておる真人、おのれもじゃ」

えっ、僕ですか?綾御前にじろりと見られて、僕は思わず背筋を強張らせた。

「今回の件で見た。お前は中々使えるな。長尾家入りを許可しよう。ふふふ、お虎め、よき駒を見つけたものよ」

正直ぞっとした。なんでこの人の笑顔って、素直に受け取れないのだろう。

そんな綾御前を連れて恐る恐る、僕たちは新兵衛さんの待つ京都へ帰った。新兵衛さんは虎千代の帰郷の意志を聞き、ようやく胸を撫で下ろしたように見えた。国元の直江景綱や柿崎景家も、間もなくその報を新兵衛さんから聞くだろう。黒姫と鬼小島も、はりきっていた。何だかんだ言って故郷が懐かしいのだろう。

(自分が来た場所か)

もうそれが遥か昔になってしまったような僕の家を、自分でも何となく思い浮かべた。それは僕たちが来た、確かに時代にあるのだ。僕たちがいなくなってしまった空白を、そこにぽっつりと抱えながら。


京都に戻ってしばらくしてから、僕はたまに一人で散策を楽しむようになった。住み慣れてしまったと言うその事実が恐ろしいが、それでもやはりここは、戦国時代の京都だ。非常に危ないので、一人出の外出を見つかると虎千代にもすごく怒られるのだが、隙をみてついやってしまおうとするようになってしまった。

たまには少し、一人で考えたいときだってあるのだ。しかもふらふら歩きながら考えるのが、僕の困った癖の一つなのだ。

その日も、すっきりと晴れ渡った日だった。早朝、僕はこっそりと外に出た。今思うと、それが間違いの元だったように感じる。

予期せぬ出会いが、まだこの街で僕を待っていたからだ。

鳥辺山方面から僕は歩いてきた。そこにはちょうど、僕がタイムスリップしたときに飛ばされてきた森がある。その森から、京都の全景が一望出来る小高い場所を見つけたのだ。

(そう言えばこの辺りで、虎千代と出会ったんだよな)

杉の大木に囲われた、小さな沢で水を汲み、僕がそんなことをぼんやり思い出しながら、竹林の中の傾斜を上っていると、見渡す頂上にぽつんと一人、誰かが佇んでいるのが見えた。

なーんだ、先客か。

こんな場所誰も気に留めることはない。そう思っていたから、意外だった。折角、誰にも邪魔されず、ぼーっとしようと思ったのに。こっそり道を引き返して場所を変えようと思ったのだが、藪を踏みしめる音が向こうに聞こえていたのだろう。

「待て」

向こうから、声をかけてきた。

声変わりの途上の、男の子の声だ。

そこに色白のすらりとした少年が佇んで、こっちを睨んでいた。普通に見ていたのだろうが、それは見返しただけでこっちの身体に突き刺さってくるような鋭い目つきだった。顔だちも切り立っていて、高い鼻とあごの先が尖っていた。似た顔の人を僕は知っている。どことなく松永弾正に似ているのだ。いや、弾正よりどこか思いつめた風貌だ。

「わごれは都の者か」

男の子は金属質の甲高い声を上げた。この距離で、叩きつけてくるような声だった。

わごれ、と言うのは三河あたりの方言で、お前、の乱暴な言い方だ。

「てめえ京都の野郎か?」

と、ほとんど文句をつけられたに等しい。

(なんだこいつ)

武士の子、だとは思う。泥まみれの着物の裾ははだけ、着こなしはひどいの一言に尽きた。髪の毛もぐちゃくちゃに束ねて、縄で結っている。派手な色の柄巻きの刀を一本だけ、腰にぶちこんでいた。

(いら)えい。都の者かや」

「あ、はい」

年下なのに、威圧的な迫力に気圧されつつ、僕は答えた。

「まあ一応は、住んではいますけど、別に京都の人間じゃ…」

五百年後の人物だと言っても、信じる人間はいないだろう。男の子はいらいらした足取りで僕に近づいてくると、その鋭い視線で上から下まで僕を眺め渡した。

「お前は京に詳しきか」

僕はおずおずと頷いた。まあ一応、虎千代と廻ったので京都のほとんどの場所は行ったことがある。

「で、あるか。ふふん、面妖な奴だでや」

にやりと笑って、男の子は言った。て言うかそんな変な格好のお前に、変な奴だなんて言われたくないぞ。ちなみに僕の不幸は着物ではなく、そのとき、高校の制服を着ていたことだ。

「その服は都の流行りか。欲しいでや。どこでもとめた?」

「いや」

どこにも売ってないですよ、この時代には。

「ますます気に入った。都を案内(あない)せい。名は?」

「成瀬真人です…」

何か自己紹介したくない奴だなあ、と思いつつも、僕は答えた。

すると、少年は次の瞬間、すっごい名前を口にしたのだ。

「我は織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)。二度は言わぬでや。一度で憶えい」


忘れるはずがない。

て言うかこいつが織田信長?!

うう、何か否定できない。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。認めたくないけど、確かにこいつが若いときの信長なのだ。て言うか、なんで京都にいんだよ!?

「我も十三、初陣も済ませ一人前の武士(もののふ)だでや。都ごとき、一度目におさめておかんとしていかにするかや」

元服と初陣の記念旅行らしい。中学生の卒業旅行みたいなものか。て言うか一人で?

「おのれも一人ではないか。成瀬と姓を名乗るところを見ると、武士であろう。お前もその齢だで、いくさに出てしか。おのれの初陣はどこに行った?」

修学旅行感覚で、信長は尋ねてきた。

これも答えられなかった。まさか京都で松永弾正と三好長慶を相手にして、上杉謙信と一緒に戦ったと言っても、絶対信じてもらえないだろう。

「確か、信長さんは吉良浜で初陣したんですよね…」

話を逸らそうとして、つい僕はそう言ってしまった。

今川領に侵入し、焼き討ちをかけたのが織田信長の初陣だ。

「なぜおのれがそれを知れるか」

まずったと思ったが、すでに怪しまれていた。さすが天下一の勘の良さだ。

「い、いやその…堺で海運業やってる知り合いがいて、それが色々知ってる方で」

「なんと堺商人どもにも伝手(つて)があるかや!」

気づくと、墓穴を掘りまくっていた。まずい。このままだと絶対、未来から来てることがばれる気がする。

「あ、あの京都に詳しい人ならもっと詳しい方を、紹介します…僕、その、今日は用事があるんで」

「おのれが案内(あない)するでや」

お前から絶対離れないぞ。

その目がばっちりそう言っていた。


まずい。

まずいまずいまずい。

歩きながら僕は、全力で信長から逃げる方法を模索していた。

例えばこいつが虎千代と出会ったら。なんて想像したくもない。

さらに信長に、僕が未来から来たなんて言ってみろ。

日本史が滅茶苦茶になる。

「じゃあ、さ、最初はどこへ行きましょうか」

「腹が減った。まずは都の味を我に教えい」

最初からとんでもない難題を振ってきた。信長は料理の味が気に入らないと、料理人を殺しかけた人なのだ。下手なものをご馳走したら、間違いなく僕の首が飛ぶだろう。

「や、屋台の料理とかも結構美味しいですよ」

迷った挙句、僕は無尽講社がやっているお店へ信長を連れて行った。たぶん、辛い物とか好きかもなあ、と思ったのだ。実は、無尽講社でこっそりカレーのようなものを作っている場所がある。この時代の人が入れないように、工夫を凝らしてあるのだが、仕方がないので信長にはこっそりその場所へ連れて行った。

「ほほう!これが都ぶりなるものか」

はい、違います。そして出来れば記憶を喪うとかしてもらいたいのだが、こんなに美味しそうにカレーを食べている信長が忘れるはずがない。

「美味いでや。もう一杯、代わりを持て!」

と、遠慮なく二杯目のカレーライスを頬張る信長。ほっぺに黄色いご飯粒がついていた。貴重な絵図だが、これ禁断の映像である。

今、誰にも助けを求められない自分が、歯痒かった。一人で出かけるんじゃなかった。虎千代の言うことを聞くべきだった。みんな、本当にごめんなさい。

「真人、おのれは我が見込んだ通りの男だでや」

そして名前を憶えられてしまった。頼むからみんな忘れて。

「ぷうっ、喰ったでや!次は見世物がよい。何か、興が乗る見世物のある場所へ案内せい!」

芸を見せる人がいる場所と言えば、河原だろう。四条河原に行った。河原者(かわらもの)と言う言葉がある通り、そこは芸で身を立てる人たちが、おひねりをもらって暮らしている場所だった。

そこへ信長を連れて行ったら、さらにとんでもないことになった。

人だかりがするのでそこに行ってみたら、いわゆる謎かけで注目を集めている人がいたのだ。

一本そこに鞘のまま立てられた日本刀の口に、固く綱が結わえられている。

「これなるは伝家の宝刀、菊一文字則宗きくいちもんじのりむね!」

つまりはこの縄を解いた人間に名刀をプレゼント、と言う催しだ。客は挑戦料を払い、縄を解く方法を模索するが、中々手ではこれ、解けない。そう言う駆け引きの中でお金を集める商売なのだ。

「誰ぞ、誰やある。この一剣、手にしたものが天下の主となれましょうや」

天下、と言う煽り文句を聞いた途端、まずい、と思った。

その言葉に信長が、反応しないはずがない。

「ふん、我がやるでや」

と、無造作に挑戦料を投げて、参加した。

「年若の威勢のええのが、出てきたな」「どないしますやろか」

場もほどよく温まってきた。そこで煽りの手が入る。

「さて、答えやいかに!?」

信長はそれを、胃の悪そうな仏頂面で聞いていたが、

「下らぬでや」

と一言、自分の剣を抜いて綱を断ち切った。

満場が一斉に静まり返ったのはそのときだ。

この年にして、恐るべき剣の冴えにも驚いたが、さすがは信長だった。でも、僕はそのとき思った。それ反則じゃないか?

だが信長と言う男が、空気など読むはずがない。

信長は鼻を鳴らすと、その刀を取り上げた。そして鞘を払って、あの甲高い声でこう吐き捨てたのだ。

(なまくら)ものではにゃあか。則宗のわけがなし」

そして次の瞬間、その刀を地面に叩きつけると。

一撃で刀身が真っ二つに吹き飛んだ。

偽物(にせもん)や」「なんや、だまくらかしとったんかい」

いや、冷静に考えてこの河原にそんな名刀があるはずがないのだが、場の勢いと言うものは恐ろしい。怒りが群衆の中にみるみる満ち満ちた。

追い詰められ、顔色を変えたのは商売をしていた男だ。

「こっ、こんガキっ!」

信長に詰め寄ったその男こそ、身の程知らずだった。信長の右拳がなんの躊躇もなく、その顔面を捉えたのだ。

鼻血をまき散らして、男は吹き飛んだ。信長は拳を撫でると、つかつかと群衆の一人に歩み寄った。そしてまた殴った。え、その人なにもしてないよ?

「しかと見しか。この方が面白いでや!」

喧嘩祭りだでや。

その声を合図に、大混乱だ。群衆が殴り合いを始め、辺りはえらい騒ぎになった。

(こいつ)

虎千代とは全然、違う意味でいくさをするために産まれてきた男だ。

て言うか、クレイジーだ。信長って、正真正銘、乱世の申し子だ。

「ぐずぐずするな、真人!逃げるでや!」

しかも本当に恐ろしいのは火を点けるだけ、点けて自分は飽きたらあっさり逃げてしまうのだ。お蔭でこんな大混乱で僕は無傷で済んだ。なんつう逃げ足の上手さだ。

「はははははっ、真人っ、面白きか!どうじゃっ、我とおると面白いかろうがや!」

いや、全然面白くないですよ。ただ、怖いです。

とは口が裂けても言えなかった。

うう、これどうしよう。

こうして僕は、どんどん信長との仲を深めてしまっていた。


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