馬廻り訓練! 僕が選んだ刀がタイムスリップ記憶を・・・!?
虎千代は二十人からの兵を任されている。
いくさがないときは、朝から夕方まで戦闘訓練も一日中ほとんどぶっ続けになる。
しかもこれがはっきり言って、地獄のがましに思えるほどハードなのだ。
この日も僕は、ひたすら虎千代の馬と頼光の後を追って延々と全力ダッシュ。具足は胴だけの腹巻だけだけど、重たい刀を腰に吊って、手には旗印をつけた棒を持って走っていくのだから、一時間も動けば半ば意識が朦朧としてくる。
「なにをしておるっ!馬廻りが止まるなっ」
いつの間にか僕は虎千代の馬廻りと言うのにさせられている。どうもそれは指揮官の補佐役みたいなもので、これがどう考えてもサボれないポジションみたいなのだ。
「おのれが動くのが遅れれば皆が往生するぞ。とにかく動けっ、死ぬ気で走れっ」
とにかく問答無用だ。足を止めると虎千代の怒号が降ってくるし、頼光は足に噛みついてくるしで、練習のたび、毎回、僕は吐きそうになった。
「もう限界」
汗だくの身体が冷えて、泥のように重たい。ついに僕は動けなくなった。
「ふん、ふがいなし。もう立てぬか」
黒鹿毛の馬を輪乗りしながら、虎千代は鼻を鳴らす。こいつ、自分だけ馬に乗って楽しやがって―――もうそんなことを言う気力もなく、膝立ちで僕はぜいぜいと息を切らした。
「この有様では野盗の根城ひとつ落とせぬぞ。まったく、お前、高校とやらで一体何を学んでおったのだ」
「いや、高校でこんなこと教わらないから」
こいつ、高校ってなんだと思ってるんだ。
「次は剣じゃ。絢奈によれば、なにやら高校では剣は教えておるそうだな」
うっ、絢奈の奴、虎千代に色々情報流してるな。
「まあ、確かに、必修で剣道とか柔道とかはあったけど、ほとんどサボってたし、それに学校で習う剣道って」
この時代の殺人剣術にどれだけ通用するかは疑問すぎる。そんな僕の心配をよそに、虎千代は僕に刀を抜くように指示する。
「まずは好きに撃ってみろ。手加減は無用じゃ、我を殺すつもりで来い」
「ちょっ、ちょっと、待って!これ、本当に真剣じゃないか。こんなので斬りかかってもしものことがあったら洒落じゃ済まないぞ?」
「阿呆かお前は。いくさ場で使う道具を洒落で扱う馬鹿がどこにおるか―――いいから撃ってこい。それに案ずるな、お前の腕では万一でも我に当たることなどないわ」
小憎らしいくらいの自信。でも確かに、いくさ場や弾正屋敷での虎千代を見る限り、はったりでもなく、無理もなく聞こえるから不思議に思えてくる。
「はよう、来ぬか。遠慮は無用ぞ。まず、構えてみい」
「う、うん」
僕が刃を向けても、虎千代は、平然としている。それも、当り前か。いや相手は女の子だぞ?
「い、行くよ」
と、僕は剣を持ち上げて、大きく縦に振ってみた。お、重い。さすが日本刀だ。重力に従って、がくん、と腕が引っ張りおろされる。うろ覚えの剣道の型で面を撃ってみたが、刀が暴れて、二、三度続けて振ると前につんのめりそうになるのだ。
「あ、危ないっ」
何度か、僕は自分の足を斬りそうになった。動きはへろへろだけど、やっぱり刃物だ。撃ちこむたびに、ひゅん、ひゅん、と不吉な刃鳴りの音が。しかし、方向が制御不能である意味危ない剣なのに、虎千代にはまるで当たらないから不思議だ。
「肚じゃっ! 肚で斬れっ! 肚で撃ていっ!」
虎千代の叱咤が飛ぶ。肚で斬れって…?お腹に力入れろってことじゃないの? 違うって? そんな無茶な。
「馬鹿者、そんな撃ち込みでは雑兵首ひとつ上げられぬぞっ」
気づくと、ほとんど肩がぶつかるくらいまでの間合いに、虎千代が入ってきている。
次の瞬間―――
「わあああっ?」
前に振り出した剣を持った両腕がぐるりと足もとにのめりこんだかと思うと、視界が半回転―――逆さになった虎千代の顔と、入道雲が浮かんだ青空と、そして砂利まみれの地面が見えて脳天と背中に固い衝撃が走る。投げられた? そう思う間もなく、腕を引き延ばされ、柄を握った指が伸ばされると同時に、ぐるりと頸に虎千代の腕が回される。
「甘いわっ! ひと手で決めることあたわねば、こうして首を掻かれると肝に銘じよっ」
背後からヘッドロックみたいな感じで腕を回されて、僕は虎千代に締めあげられる。動けないし、痛い。確かに痛い、けど、くぐもった悲鳴しか出ないのは、何か柔らかいものがぐいぐい顔に押し付けられてくるせいだった。
あの、これって?
顔も近い。上気した虎千代の少し荒くなった吐息が、首筋にかかってくる。
「ちょっ、ちょっと待って…」
虎千代は気づいてないけど、これって実は、やばい絵図なんじゃないか?
そこへ、タイミング悪く向こうから真菜瀬さんと絢奈が、水桶に瓜を入れて運んでくる。
「お兄いと虎っち、練習してるかな。ちょっと休憩して、みんなで瓜食べない? 真菜瀬さんが井戸で冷やしといてくれたんだって。…あっ、なにしてるのお兄いたち?」
泥まみれになって絡まり合っている僕たちを見て、凍りつく絢奈たち。
「ええっと…もしかして、邪魔しちゃ悪かった感じ?」
「いや、あの、真菜瀬さん、これは…」
虎千代の胸に顔を埋めながら、僕はどうにか声を出す。けど、もう、なんだか手遅れみたいだ。
「おお、絢奈か。みよ、この軟弱な…」
「だめだよっ、虎っち! 油断しちゃっ!」
絢奈が悲鳴を上げる。そして、僕と虎千代を必死に引き離す。
「うっああ、なんだ、絢奈、なにをするかっ?」
「早く、離れて! もう、本当に虎っち分かってないんだから!」
絢奈に両肩を掴まれて、虎千代は唖然としたまま、目を白黒させている。
「な、なんじゃ。絢奈、油断しておるのはこやつの方ぞ。我はっ」
「そう言うことじゃないの。虎っち、お兄いは男の子なんだよ。そんな、無防備に抱きついちゃったら、お兄いだって、何考えてるか分からないんだからっ!」
「いや、絢奈!いくらなんでもそんな…」
「男はケダモノなのっ!」
僕を指差して絢奈はびしっと断言する。しかし本当、兄貴に向かってひどいこと言うな。
「よく聞かなきゃだめ。虎っち、女の子なのによく分かってないんだから。こう言うとき、男の子って言うのはね」
と、絢奈は、虎千代に、あることないこと耳打ちする。そのうちに、虎千代の顔がみるみる赤く染まってくる。ぶるぶると震える手が地面に落ちた僕の刀を拾い上げて。いや、絢奈、一体、どんなこと話したんだ?
「こ、こここっこの痴れ者っ! 我を見てかようなことを考えておったか! おっおおお、お前は、乙女の神聖なる胸乳をなんと心得るかっ!」
「その神聖なもんを、さっきからぐいぐい押しつけてきたのは誰なんだよっ!」
僕は寝転がりながら、必死に虎千代の斬撃を避けた。虎千代の撃ち込みはさすがに僕のとは違う。そのあと煉介さんが来なかったら、まもなく、僕は斬り殺されていたかも知れなかった。
「おっ、やってるね。組討ちの練習? でも、またずいぶん、本格的だな。慣れないうちは真剣使ってると、怪我するぞ。裏に刃引きした刀積んであるから、そいつを使ってやればいいのに」
「そっ、そう言うことは、早く言って下さいっ」
ほ、本当に今度こそ殺されるかと思った。
「童子切か。いかがした? そろそろ、いくさか?」
ようやく刀を納めて、虎千代は煉介を見た。
「いや、そんな物騒な話じゃないよ。実はちょっとした実入りがあってね。みんなに、新しい刀を選んでもらってるんだけど」
見ると、凛丸と七蔵さんが大きな荒菰と荒縄で縛り上げた日本刀を束にして担いでくる。
「出入りの道具屋、寄越したのはきったねえ古道具ばっかりだがな。盗品紛いや質流れ品なんかもあるが、そこそこ使えるとは思うぜ」
「ほう、中々気が利くではないか」
どさっ、と、足もとに広げられて、もうもうとホコリの立つ日本刀の山を見下ろしながら、虎千代は言う。それにしてもすごい数だ。僕が眺めていると、その中から次々、虎千代が取り出して、放り投げてくる。
「遠慮しなくていいよ。気に入った物があったら好きにとっていいから」
「いや、気に入ったものは、って言われたって」
もちろん、僕にはどれがいいのかなんて、分かるはずがない。そんな僕を尻目に刀を選ぶ虎千代は目を輝かせて、いかにも嬉しそうだ。
「おい、これはどうじゃ」
ぽん、と、僕は一本の日本刀を渡される。お、重たい。長さはそれほどでもないのに、これまで渡されたのに比べると、また、どっしりと重たい刀だった。紅色の鞘に、柄巻の紐は緑色と、デザインも大分派手だ。しかも抜いてみると、ひと際分厚い刀身で、切っ先まで太くてやたら頑丈そう。いかにも人斬り庖丁と言ったような、物凄い感じ。
「こ、こんなの振れないよ」
「ちょっと、マコトには重たいかもな。凛丸、お前ならちょうどいいんじゃないか?」
ぽん、と、煉介さんはその刀を凛丸に渡す。僕とそれほど変わらない体格なのに、凛丸はその剣を抜くと、びゅうん、と音を立てて軽々と振り回して見せた。
「どうだ、凛丸?」
「なるほど頑丈そうですが、これはなまくらです。大和鍛冶の数打ちですよ」
凛丸は不服そうだ。僕が、
「大和鍛冶の数打ち?」
と、聞くと、
「うん、まあ、実は奈良の鍛冶屋は、あんまり評判が良くないんだよ。特に数打ちって言うと、量産品だからね」
そう言えばさ、と、突然、真菜瀬さんが歌いだす。
「♪お前とおれは奈良刀 切っても切れぬ仲かいな、なんて、歌があったりして」
「そんなに切れないならいらないですよ・・・・・」
別に人を斬りたいわけじゃないけど、そんななまくら持ってたら命に関わる気がする。つーか虎千代、なんだってそんな刀を渡すんだ?
「何を言うか。刀は、切れるより折れぬがよいのだぞ」
虎千代は力説する。
「いくさ場では刀は己の命を守る最後の砦。矢も果て、槍も折れたれば、さきのような組討ちが常じゃ。そのとき折れぬ刀こそ何よりの頼りぞ。それに、そも、こやつの腕では切れる切れぬを論ずる段階ではあるまい。だから、言うておるのだ」
「あー」
何だか、妙に納得したように絢奈と真菜瀬さんは僕を見る。まったくその通りだけど、そこまではっきりそう言われると、釈然としない。見かねたのか煉介さんがさりげなくフォローを入れてくれる。
「確かに切れる刀は刃が薄いから折れやすいし、戦場で刀が折れたらそれこそ、命に関わるしね。ただ自分で振ってみて、使いやすいものをちゃんと選んだ方がいいよ。重たくて振れなかったら、そもそも、危ないから」
「でもお兄い、刀の良し悪しなんか分かるの?」
絢奈の言うことも、もっともだ。でも正直、虎千代が選んだ馬鹿重い刀が使える気がしない。そう思って探していると一番下にやけに地味な拵えの刀がふと目についた。何となくだけど気になった僕はそれを引き出して手にとってみた。なぜかこれにだけ、鍔がついていなかったし―――不思議な外観に惹かれたのかも知れない。煉介さんは怪訝そうに目を細めて、
「ああ、それは焼け身だよ。火事場で拾って来たな。たぶん戦火をくぐってきてる」
なんでこれに目を惹かれたのか――――
それは見れば見るほどみすぼらしい刀だった。鶯色の柄巻の糸には焦げ目があるし、同じ深緑色に染められた漆色の鞘も汚れていた。でも汚れていると言うだけで、そこには、よく分からないけど下地にどこか瑞々しい肌合いが透けて見える。
「正直、略奪品がほとんどだからさ。出所の不確かなものも多いんだけど」
虎千代に言われて、僕は鞘からそれを解き放ってみる。最初は固くて抜けなかった。虎千代の手を借りて、やっと抜けたくらいだ。
「これ―――」
抜けたときに赤錆びが散ったからそれだけで絶望的に思えた。でも、刀の姿は悪くなかった。確かに長いし、全体的に大きく反って使いにくそうに見えるけど、曇ってくすんだ地肌の下からでも、力強い形の刃紋が切っ先まで生き物みたいに波打っていた。虎千代は刀を見ると、ほう、と目を見開いた。それから、感心したように僕を見て、
「ものは悪くない。―――だがこのままでは使えんな」
「どうしてもって言うなら、砥ぎに出すよ。少し時間はかかるけど、気に入ったんならそれを使うといいよ」
「じゃ、じゃあこれで、お願いします」
気がつくと、僕はそう言って頭を下げていた。実物を見て絢奈が悲鳴を上げた。
「うわっ、これ、本当にぼろっちいよ。お兄い、どうしてこれ、選んだの?」
「いや、なんか、はっきりとは言えないんだど―――」
だって―――
僕はなぜか、この刀のことを前に見て知っているのだ。
そうやって、はっきりと言えないほどおぼろげなのに。抜いた瞬間、僕の中で度々波打っていたものが、何か大きく動き出した気がしたのだ。なんて言うか、この刀。タイムスリップ前後の僕の欠けた記憶の片隅のどこかに引っかかったのだ。
僕がこの戦国時代に来て―――
煉介さんたちに出会って、虎千代に会って、こんなに危険な京都で命知らずの足軽たちに混じって、なんとか、生きてる。けど―――
この何カ月かの間、色々と、現代に帰るための方法を模索しなかったわけじゃない。このことは当然何度も、絢奈とも話したし、真菜瀬さんたちにも相談した。
そうしてみると、とにかく僕たちが戻るにはまずは来た時のことを、思い出すのがベストだと言う結論に達したのだ。真菜瀬さんによると、この時代に迷い込んでいたほとんどの人が、タイムスリップした前後の記憶を失くしているようなのだ。と、言うより、本当にいつの間にか来ただけ、と言う人たちばかりだったと言う。実際、絢奈には、(僕にドロップキックしたのも含めて?)その当時の記憶がまったくないそうだし。
そんな中で僕には、おぼろげでありながらも、まだ少しずつ、タイムスリップした経過が記憶や感覚が残っている。だからもしかすると、それをどうにか思い出すことが出来たら、今なら、現代に帰れるチャンスはあるはずなのだ。
ただもちろん、それには限りがある。時間が経過すればするほど、そうした記憶はおろか感覚は、口の中に入れた氷みたいにみるみる僕に融けて消えてしまうかも知れない。そのためには今みたいなチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
来たときのことを思い出すだけ。話だけ訊いてみれば、ごく、単純なことだけど―――それが、すごく難しいのだ。でもいつでも何かが、僕の中で引っ掛かり続けている。何が、とは言えないんだけど―――
たまに記憶を整理したりもする。例えば、今、だけど。
僕は、絢奈と、父親が消えた神社に戻ったところまで思い出しかけているわけだけど。絢奈によれば、僕はそこへ絢奈と忘れものを取りに戻ったらしい。でもそれが何で、そこで何が起こったのか、その辺はさっぱりと、思い出せないと言う感じ。
たぶん、僕はそこで何かを見つけた。僕がこの時代に持ち込んだ品物の中で失くしたものはなかったから、たぶん、そこには何かがあったんだろう。
でも、それから。それからが問題なのだ。
僕が取りに戻ったもの。気づいたもの―――
正直、それはこの刀、ではなかった。でも、それに近いものだったような。
「もうっ、肝心なとこで詰まるんだから。ちゃんと思いだしてよ、お兄い!」
そう言われてもな―――うーん。
「ふんっ、お前らがどうやって来たか、だと? それより、お前は絢奈と生き残ることを考えたらどうなのだ。そもそもなんじゃ、あの体たらくはっ。剣もろくに振れぬでは話にならん。まずはこれで、素振りなりとしておくがいいっ」
ところで。結局、虎千代が選んだあの異様に重い刀も僕の腰に納まることになってしまった。それにしても、弾正さんのところでした虎千代の実家の話もそうだけど、この話をするときも、虎千代はなんだか不機嫌になるな。
一緒にいてしばらく経つけど、正直、怒るポイントが掴めない。さっきだけじゃなく、実際、殺されそうになったことは何度もあるし、本当に虎千代の考えてることだけは、よく判らない。




