知ること/知らないこと
「汚い大人になったもんさ」
汚い大人は、汚いジョッキに注がれたビールの、半分を一気に飲み干してそういった。
汚いバーの、古ぼけたカウンター。日焼けしたしわだらけの能面をつけた男は、ビールジョッキに視線をくれて、じっとしている。口ひげに、ビールの泡がついたままになっている。
「汚い大人になったもんさ」
男はもう一度つぶやく。暖色系の間接照明のせいで店内は程よく暗く、程よく明るい。
隣にいた国籍不明、年齢不明の男が「ああ」と返す。
「みんなそんなもんさ。汚い大人になっていく」
ぐびっと、残りの半分を飲み干した。
「それに比べて、子どものなんと純粋で無垢なことよ」
天板を拳で小突き、バーテンにもう何杯目になるかわからないお代わりを催促する。
「知らないのさ」
バーテンは、新しい、けれどもやはり汚いジョッキをサーバの口に持って行き、レバーをひねる。勢いよく泡とともに金色の液体が注がれる。
「そう、子どもは何も知らない。知らないからこそイノセンスなんだ」
「あんたは、何を知ってしまったんだい」
スーパーニッカのロックを口につけながら、隣の男は尋ねた。
「さあな」
男の下にジョッキが来た。一気に煽りながら、喉を鳴らす。豪快に天板にジョッキをぶつけると、酔った勢いに任せていった。
「ビールの美味さ、とかな」
横でウィスキーを手にぶら下げた隣の男は、苦笑いを浮かべ、返すだけだった。
「そいつあ、汚い大人になったもんだな」
氷が一つ、渇いた音を立てた。