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異世界恋愛短編

侯爵子息を木剣でボコボコにしてしまった私は猛烈にプロポーズされる。

作者: 真嶋 青
掲載日:2026/04/03

 鈍い破砕音と共に、宙を舞ったのは半ばからへし折れた木剣だった。

 一拍遅れて、「ぐばぁっ!?」というカエルのような悲鳴が道場に響き渡る。

 王国騎士団のホープと持て囃されていたはずの青年騎士は、私の木剣による一撃を受け、道場の壁まで十メートル近く吹き飛んで白目を剥いていた。

 

「あっ……」

 

 私が思わず木剣を取り落とすと、周囲を取り囲んでいた門下生たちは、さーっと潮が引くように後ずさった。

 

「ヒィッ……! ま、まただ! レイジーお嬢様が、また対戦相手を壊したぞ!」

「誰か! 早く回復魔法師を呼べ!」

 

 阿鼻叫喚の騒ぎの中、私の父であり、現・騎士団指南役――グレイ・アーノルドが、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「レイジィィィィッ!! 貴様、あれほど手加減をしろと言っただろうが!」

「で、でも彼が『容赦せず、全力でかかってこい』と仰ったから……」

「だからといって、木剣ごと身体をへし折ってどうする! これで今月だけで五人目だぞ! 貴様は狂人か!?」

「狂人だなんて……私はただ、真剣に剣と向き合っているだけで……っ」

 

 弁明しようとした私の言葉は、父の冷たい視線によって払い除けられた。

 

「未来ある騎士を訓練で再起不能にしてばかり……。お前のような不良娘を王宮に仕えさせるわけにも、社交界に出すわけにもいかん。……お前は今日から屋敷の離れで謹慎しろ!」

 

 そうして、私は十四のときから屋敷で軟禁生活を送ることになった。

 


 それから二年――。

 十六歳という、貴族の令嬢であれば夜会で華やぐはずの年齢を、私は薄暗い離れの裏庭で過ごしている。

 

(もっと強くなれば、いつか誰かが私を認めてくれる。私の全力の剣を受け止めてくれる人が、きっと――)

 

 叶うかもわからない願いを胸に抱きながら、私は今日も一人、孤独に剣を振るう。

 

 ――そんな私の前に、一人の『変態』が現れるのは、それから間もなくのことだった。


 ◆


 王都の中心に位置する名門・バルディア侯爵家の修練場では、乾いた剣戟の音が響き渡っていた。

 

「……甘い。踏み込みが足りないぞ」

 

 木剣を軽く一閃させると、相手をしていた三人の近衛騎士たちが次々と体勢を崩し、床に膝をついた。

 俺――レオン・バルディアは、バルディア侯爵家の嫡男であり、次期騎士団長と目されている。

 

「さすがです、レオン様……っ。到底、我々では歯が立ちませぬ」

 

 荒い息を吐く騎士たちを見て、訓練の続行は無理だと判断した。

 休憩を取るよう指示を出し、俺は静かにため息をつく。


 物心ついた時から、俺の世界はひどく退屈な『箱庭』だった。

 侯爵子息という地位と、剣の才を持って生まれたがゆえに、周囲の誰もが俺に本気でぶつかってはくれなかった。

 皆が怪我を恐れ、立場を恐れ、剣を交えれば愛想笑いを浮かべる。

 

『流石はレオン様』

『我々では歯が立ちませぬ』

 

 空虚な称賛を聞くたびに、俺はひどく失望させられた。

 誰も、俺の全力を受け止めてくれない。

 誰も、俺という存在に向き合ってはくれない。

 強くなればなるほど、世界から切り離されていく。

 

 足りない。

 何もかもが物足りない。

 

(俺の剣を真っ向から受け止め、骨の髄まで痺れるような一撃を返してくるような存在は、この世界にはいないのだろうか……)

 

 汗を拭っていると、執事のマルクが呆れたような顔で近づいてきた。

 

「レオン様。また稽古で近衛兵を虐めておいでですか」

「虐めだと? 俺は純粋に稽古をしているだけだ。失礼な!」

「ほっほっほ。失礼いたしました。それから、旦那様がお呼びですよ」


 父の呼び出しの用件は、聞くまでもない。

 

「また、お見合いの釣書か」

「はい。今回も、それはもう美しいご令嬢方の肖像画が山のように」

「全て断れ。剣すら握れない、か弱い伴侶など俺には必要ない。『俺の背中を預けられるほど強き女性でなければ、妻には迎えない』と父上には伝えてあるはずだ」

 

 俺の言葉に、マルクは頭痛を抑えるように額に手を当てた。

 

「無茶を仰らないでください。社交界に出てくる箱入りのご令嬢たちに、武力などあるはずがないでしょう。レオン様と打ち合える女性など、この世に存在しませんよ」

 

 無茶を言っている自覚はある。

 だが、社交界で出会う甘ったるい空気を振りまく令嬢たちは、どうにも俺に合わなかった。

 話す内容も、どのお茶が美味しいだの、どこの店のアクセサリーが美しいだの。

 まったくもって下らない。

 何より、俺の本能が、柔弱な伴侶を隣に置くことを拒絶しているのだ。


 なにも俺より強い女性を探せと言っているわけじゃない。

 俺はただ、共に研鑽を積んでくれるような、そんな女性と(つがい)になりたいだけだ。

 

 しかし、呆れ果てた様子のマルクは、やれやれと肩をすくめてしまう。

 そんな時、彼はふと何かに思い至ったようだった。

 

「強さという点だけであれば、妙な噂を耳にしたこともありますな……」

「噂?」

「ええ。かつて王国屈指の剣士と謳われたあのグレイ・アーノルド殿の家に、剣鬼と呼ばれ恐れられる狂暴な娘がいると。なんでも、稽古相手の騎士を何人も木剣で医療院送りにした不良娘で、今は屋敷の離れに軟禁されているとか」

「ほう……」

 

 医療院送りで、軟禁。

 令嬢らしからぬその不穏な単語の羅列に、俺の胸の奥で何かが急速に熱を持った。

 あの歴戦の猛将であるグレイ殿ですら手を焼くほどの、圧倒的な力。

 

(面白いじゃないか……!)

 

 自然と、俺の口角が吊り上がった。

 

「そのアーノルド家の令嬢と、早急にお見合いの席を設けろ。俺が直々に噂の真偽を確かめに行こう」

「はぁ!? 相手は素行不良で有名な令嬢ですぞ!? まともな会話が成立するかも……」

「構わん。むしろ、俺は話などより、その力をこの目で確かめたいのだ」

「まったく、あなたという御方は……」

 

 マルクの困惑をよそに、俺はまだ見ぬ『狂暴な令嬢』との邂逅に、密かな期待を膨らませていた。


 ◆

 

 久しぶりの客間。

 理由を聞く間もなく窮屈なドレスを着せられていた私は、目の前に座る父の言葉に目を白黒させた。

 

「お見合い、ですか?」

「そうだ。バルディア侯爵家のご嫡男、レオン様から直々にご指名があった。次期騎士団長と目される御方が、なぜお前のような粗暴な娘に興味を持たれたのかは皆目見当もつかんが……。いいか、絶対に粗相のないようにしろ!」

 

 父の顔色は悪く、脂汗が浮かんでいる。

 私が相手を木剣で叩きのめすとでも思っているのだろうか。


(理由もなく人に剣を向けたりしませんのに。お父様は私をなんだと思っているのかしら)

 

「わかりました。大人しくしています」

 

 そう頷いた直後、扉が開かれ、本日の主役が姿を現した。

 

「お待たせした、アーノルド卿。……彼女が、噂の?」

 

 銀糸のような髪に、鋭く理知的な瞳。

 優雅かつ隙のない歩みで入室してきたレオン様は、ソファーに座る私を品定めするように見下ろした。

 

(すごい……なんて綺麗な立ち姿)

 

 私が感嘆していると、レオン様はふと目を細めた。

 そして、私のドレス姿を一瞥するなり肩を落とし、ガッカリした顔で呟いた。

 

「なんだ。ただの箱入り娘ではないか……」

「はい……?」


 彼はすぐに笑みを張り付けたが、一瞬だけ私に向けられた心底つまらなそうな目を見逃してはない。


(こ、この方、とんでもなく失礼な人ね……でも、強い)


 一挙手一投足が、彼の武人としての力量を表している。

 恐らく、彼は父よりも強い。

 

「レオン様。本日はよくぞお越しくださいました。まさか侯爵家の御子息に我が家の愚女が目に留まるとは――」

「アーノルド卿、そういうのは結構ですよ」

 

 慌てて立ち上がる父を片手で制し、レオン様は静かに私の前に立った。

 それから私の前に膝をつき、やけにキラキラした笑みを浮かべる。


「お初にお目にかかる。()はレオン・バルディアと申します。本日はアーノルド家の剣鬼の噂を聞いて、是非手合わせをしていただこうと思い参ったのですが――」

「はぁ!? 手合わせですとっ! レオン様、今日は見合いの席だという話では!?」

「ええ。ですから、剣の腕を試し、私の伴侶として相応しい女性かを確かめるのですよ」


 レオン様の言葉に、父は口をぽっかりと開けたまま固まる。

 

「ですが、どうやら剣鬼の噂は嘘だったようですね。このような細腕のお嬢さんが、騎士を何人も医療院送りにした狂剣士だとは……。どう見ても()()()普通のお嬢さんだ」

 

 その言葉は、私にとっては聞き捨てならないものだった。

 私は女としての器量に自信はないが、剣士としての力量にはプライドがある。

 人生の全てを、剣に捧げて来たのだから。

 だから、気づいた時には、私はレオン様に啖呵を切っていた。


「非力……ですって? 舐めないでください。私は、剣の腕だけは誰にも負けない!」


 父は血相を変えて私を抑え込もうとしたが、レオン様はそれを許さなかった。

 先ほどまでの美しい微笑みを脱ぎ捨てた彼は、獰猛な獣の如く(わら)った。


「面白い。ならば、その力を見せて貰おうではないか」


 ◆


 いつも私が一人で剣の鍛錬をしている屋敷の裏庭。

 そこで、私とレオン様は向かい合って立つ。


「先ほどは失礼した、レイジー嬢。ここに来るまでの歩く姿だけでも、君が剣士として生半可な人間ではないことがよくわかったよ」

 

 そう言うなり、レオン様は帯剣していた美しい装飾の長剣を放り捨て、後方に控えていた執事から木剣を受け取った。

 そして、同じく木剣をもう一本、私に向かって放り投げる。

 私が飛んできた剣を淀みなく空中で掴みとったのを見て、彼はニヤリと笑った。


「では……いくぞ!」

 

 途端、レオン様は凄まじい踏み込みで地面を蹴る。

 一瞬で間合いがゼロになった。

 彼は瞬きする間に二撃、三撃と、凄まじい速度と重さの剣撃を叩き込んでくる。

 

(すごい……この人、本当に強い! お父様以外に、これほどの剣気を持つ人がいるなんて!)

 

 私の身体は、レオン様の圧倒的な力量に歓喜していた。

 この人なら、私の全力をぶつけても壊れないかもしれない。

 もう手加減なんてしなくていいかもしれない。

 剣士としての本能が理性を上回った。

 

 そして、私はレオン様の一撃に合わせ渾身の力を込めて木剣をフルスイングする。

 彼と私の一閃が重なった瞬間、爆発のような破砕音が裏庭に響き渡った。

 直後、私の一撃はレオン様の木剣をへし折り、そのまま胴体にクリティカルヒット。

 レオン様は美しい顔を苦悶に歪ませ、そのまま綺麗な放物線を描いて宙を舞い――。

 

 ザパーーーーンッ!!

 

 見事に、裏庭の池へと頭からダイブした。


「あっ……」

 

 裏庭に、静寂が訪れる。

 私は木剣を握りしめたまま、サァーッと血の気が引くのを感じた。

 

(や、やっちゃったぁぁぁ……っ!)

 

 まただ。

 また、人を吹き飛ばしてしまった。

 しかも今度は、ただの騎士ではない。

 次期騎士団長と目される、高位貴族の侯爵子息だ。

 

「お、おまっっっ! お前という奴はァァァァッ!!」

 

 父が泡を吹きそうな顔で絶叫した。

 

「レオン様を殺す気か!」

「ち、違います! レオン様がお強いから、つい反射で……!」

 

 私は言い訳をしながら涙目になった。

 執事さんも顔面蒼白で池へ駆け寄ろうとする。

 だが、その時だった。

 

「ごぼばぁっ」

 

 池の水面が割れ、水草を頭に乗せたレオン様がフラフラと立ち上がったのだ。

 

「レオン様! ああ、なんという怪我を……すぐに回復魔法師を――」

「ふ、ふふふ……」

 

 駆け寄る執事さんを制し、レオン様は不気味な笑い声を漏らした。

 彼の表情を見た私は息を呑む。

 レオン様の顔に浮かんでいたのは、怒りでも、負けた屈辱でもなく、妙な熱を帯びた()()だった。


(ど、どうしよう……私のせいでおかしくなっちゃった)


「素晴らしい……。これほどの衝撃、骨の髄まで響いたぞ……っ! 俺の全力を容易く打ち砕くこの圧倒的な暴力……最高だ……!」

「「「ヒッ……」」」

 

 彼以外のその場の全員が、思わずドン引きして一歩後ずさった。

 口の端から血を流しているのに、その目は爛々と狂気じみた光を放っている。

 

「君の剣から伝わってきたよ。純粋に強さを極め、孤独の中で磨かれた剣の美しさが。……見つけたぞ、我が運命の伴侶を!」

 

 ビシッ、と私を指差す侯爵子息。

 頭に水草を乗せ、ずぶ濡れになりながらの熱烈なプロポーズに、私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 狂気すら孕んだレオン様の求婚に、裏庭の時間は完全に凍り付いていた。

 その静寂を破ったのは、真っ青な顔をした父の絶叫だった。

 

「れ、レオン様、気が狂われたのですかっ!? すぐに医療院へ行きましょう!」

「狂ってなどいない。俺は極めて正気だ!」

「こ、これはいかん……レイジー! 貴様、ついに取り返しのつかないことをしおって! 侯爵家のご嫡男に怪我を負わせるなど、死罪になってもおかしくないのだぞ!?」

 

 父はレオン様の言葉を遮り、私に向かって怒髪天を衝く勢いで歩み寄ってくる。

 その目は、親が子に向けるものではなく、触れてはならない罪人を見るような目だった。

 

「お前のような加減も知らん出来損ない、一生地下牢にでも幽閉しておくべきだったのだ! レオン様、どうかご容赦を! この狂人はすぐに私が――」

 

 ああ、やっぱり。

 私はゆっくりと木剣を下ろし、俯いた。


 幼い頃、優しい母が病で亡くなってから、父は笑わなくなった。

 私はただ、もう一度父に笑ってほしかったのだ。

 父に褒めてほしくて、振り向いてほしくて、血の滲むような思いで剣を振り続けた。

 

 でも、門下生を次々と叩き伏せる私を見る父の目は、いつしか愛情から『得体の知れない怪物を見る目』へと変わっていた。

 振り向いてほしかっただけなのに。

 愛してほしかっただけなのに。

 

 そして、気づいてしまった。

 

 どれだけ剣を振るっても、どれだけ強くなっても、父はもう私を受け入れてくれないのだと。

 

「――やめろ、アーノルド卿」

 

 裏庭の空気が、急激に冷えた。

 顔を上げると、そこには先ほどまで熱に浮かされたように笑っていた変態の姿はなかった。

 そこには、見る者を全て(ひざまず)かせてしまうような、圧倒的なオーラを纏う青年が立っていた。

 

「なっ、何を……!」

 

 父が、その凄まじい威圧感に当てられ、じりじりと後ずさる。

 

「出来損ないだと? 狂人だと?」

 

 レオン様は一歩、また一歩と父の方へ歩み寄る。

 その一歩ごとに、足元の草が凍り付くような錯覚すら覚えた。

 

「これほど純粋に研ぎ澄まされた剣気を放つ至宝を、貴公はただの『狂人』としか評価できなかったのか? 指導者であり、実の父親でありながら、己の力量を大きく超える才に恐怖し、ただ蓋をして幽閉した。……騎士団指南役の眼力も、地に落ちたものだな」

「そ、それは……っ、しかし、女だてらに木剣で人を吹き飛ばすなど……!」

「それがどうした? 戦場において、女であろうが勝者こそが正義だ。かつては騎士の鑑と呼ばれていた貴公が何故わからない? 彼女の剣を受け止めきれず、無様に吹き飛んだ貴公の門下生どもが貧弱なだけだろうに」

 

 一刀両断だった。

 誰も口答えできない。

 騎士団指南役である父ですら、レオン様の放つ冷たい覇気の前では、ただ震えることしかできなかった。


「アーノルド卿。貴公は父として、家族として、彼女を遠ざけるのではなく、受け入れる努力をすべきだったのではないのか?」


 父の手が、小刻みに震えていた。


「………………っ」

 

 父は、目を見開き言葉を詰まらせた。

 反論できないのではなく――反論する言葉を、とうの昔に失っていたのだと、私は気づいてしまった。

 

 周囲を完全に制圧したレオン様は、ふと歩みを止め、私に向き直る。

 そして、先ほどまでの支配者の顔から一転、春の陽だまりのような、それでいて熱を帯びた瞳で私を真っ直ぐに見つめた。

 

「レイジー嬢……」

 

 彼は私の前にゆっくり歩み寄り、こわばった私の手を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく両手で包み込んだ。

 

「君の剣は、誰よりも気高く、美しい。君がこれまで積み上げてきた研鑽のすべてを、俺が肯定しよう。そして、俺は君の全てを受け止めてみせる!」


 その言葉は、冷たく閉ざされていた私の世界に、一筋の強烈な光を差し込ませた。

 泥だらけの私の手を包み込む、大きく温かい彼の手。

 嘘偽りのない、熱を帯びた瞳。

 

 私は、もう自分を抑えつけなくてもいいのだろうか。

 私の全力を、ありのままの私を、この人は本当に受け止めてくれるのだろうか。

 

「……私の全力は、重いですよ」

 

 気づけば、私はポツリとそんな言葉をこぼしていた。

 するとレオン様は、先ほどの冷徹な支配者の顔を崩し、ひどく嬉しそうに呵った。

 

「望むところだ。俺も負けっぱなしではいられん……一生をかけて、共に剣の腕を高め合おうではないか」

「……っ! はい、レオン様!」

 

 私は泣き笑いのような表情で、強く頷いていた。


 この瞬間に、私の孤独な日々は終わりを告げたのだった。

 

 ◆

 

 それから半年後。

 王都の中心に位置する名門・バルディア侯爵家の修練場からは、今日も凄まじい轟音が響き渡っていた。


「ぐはぁっ!!」

 

 悲鳴と共に、見事な放物線を描いて壁に激突したのは、次期騎士団長であり、私の婚約者となったレオン様である。

 彼は修練場の壁にクレーターを作りながらも、フラフラと立ち上がった。

 

「素晴らしい……! 先日の踏み込みよりもさらに鋭く、重い! 危うく天へ昇りそうになる素晴らしい一撃だ、我が愛しのレイジーよ!」

「本当ですか!? 嬉しいです、レオン様! では次は、もっと腰を入れて振り抜きますね!」

「ああ、遠慮はいらん!」

 

 口の端から血を流し、恍惚とした表情で両手を広げるレオン様。

 私は歓喜に胸を弾ませ、再び木剣を上段に構えた。

 

 修練場の隅では、執事のマルクさんが胃薬らしき瓶を握り締めながら、「ああっ、また壁の修繕費が……。いや、それより若様がいつか本当に死んでしまう……早く医療班を待機させろ!」と頭を抱えていたが、私たちの耳には入らない。

 

 ところで、父はあの日の夜、私の幼い頃の肖像画を久しぶりに屋敷の壁に飾り直してくれた。

 今では、たまに侯爵家へ訪れて、私に顔を見せてくれている。

 レオン様の言葉を受けて、父も思うところがあったのだろう。

 私たち親子の間にあった確執は、レオン様のおかげもあって少しずつなくなってきている。

 いずれまた、父の笑顔が見られる日も来るのかもしれない――。

 

「いきますよ、レオン様っ!」

「さあ、全力でこい!」

 

 今はもう、私の全てを受け止めてくれる人が、見つかった。

 

 侯爵家の修練場には、今日も激しい剣戟が響く――。

 

(了)

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