ありがとう友よ
それからの俺は、洞窟にいる強敵たちと死闘を繰り広げていた。大蜘蛛には絡め取られ、大熊には吹き飛ばされもした。
けれど最後には勝った。俺はそれを不屈の精神のおかげだとファルに自慢したが、古代種の癖に苦戦するとは情けないと笑われた。ただ、それも楽しい時間だった。
だが、そんな日々も終わりを迎えようとしていた。ファルの体は、目に見えて衰えていた。
外の様子が変わったのもわかる。本格的な探索隊が、この穴に到着したらしい。多くの人の気配――組み立て式の吊り籠が降りてくる音まで、洞の奥にまで響いていた。
「……わしを探しに来たみたいだな」
いつも眠そうな目を閉じたままだったファルが、わずかに瞼を開けてつぶやく。
「本当か?」
俺は、また命知らずな探索者が来ただけだろうと、どこか他人事のように考えていた。
「間違いない。魔物避けの術も感じる。……トルサン、ここまでだ。わしの姿を、人の手に渡すわけにはいかん」
「じゃあ……別の場所に。俺はもう大丈夫だから――」
「そうだな。お前は、もう大丈夫だ。……だから、最後に言っておく。わしの肉を喰らえ。一口でいい」
「……ファルに、そんなこと……出来ないよ!」
「やるのだ。お前の道には、これからも苦難が待ち受けておる。わしが死ねば、体は跡形もなく消える。生きているうちに喰らうのだ。それと……」
ファルはゆっくりと口を開き、中から拳ほどの卵を取り出して、俺に差し出した。
「これは、次のドラゴンの卵だ。まだ命は宿っておらん。……お前が育てろ。呪いからは逃れられる。新たなドラゴンとして生まれるのだ。従うかどうかは、そいつ次第だがな」
そのときのファルの声は、少しだけ嬉しそうに聞こえた。
「ああ……大切に育てるよ。そして、俺と契約してもらう」
「ふはは、言っておくがな、大きくなるまでは、鳥みたいな見た目だぞ。けれど、わしらが積み重ねてきた智と力は、きっと継がれる……」
一度、目を閉じる。そして、もう一度だけ、力を振り絞るように――
「最後に遺言だ。信頼できる仲間を作れ。古代種だと知られるな。復讐は、諦めてもいい。……それと――ありがとう、友よ」
それきり、ファルは静かに目を閉じた。
長い旅路を終えたように、穏やかな顔だった。
俺は、震える手で、ファルの逆鱗を外し、血を口に含み、肉を喰った。
喉の奥が焼けるようだった。歯が痛むほど力が入り、指が勝手に震えた。
「……何で……痛いって……言わないんだよ……!」
嗚咽とともに、涙がぽたりと落ちて、地面を濡らす。
そのとき、ファルの体はゆっくりと骨へと変わり、やがて風に溶けるように、跡形もなく消えていった。
※
ドラゴンの卵を、俺の肋骨の中に埋めることにした。
卵は石のように固く、いや、それ以上だ。押し込んだ瞬間、骨が軋み、砕け、血が吹き出した。
「なんて俺の体は硬いんだ」
痛みは激しい。だが、それがなんだ。これは大切な友が残したもの、命そのものだ。俺の命を賭けて守る。他の奴には絶対に渡さない。
心臓の鼓動が、耳の奥に響く。その合間に――かすかに、もうひとつの音がした。幻かもしれない。けれど、確かに何かがそこに“生きて”いた。
俺の体は元に戻りつつあった。
それから、比較的ぼろぼろの服に着替えた。ここに落とされた時の服は、もう着られなくなっていた。
準備は整った。
「ここともおさらばだな」
いざとなったら、釣り籠の紐に掴まってでも脱出するつもりだった。
俺は、白骨死体の墓の前に、自分の持つすべての武具を並べた。
一番高そうな剣をひとつ、抱え込むようにして座る。
やがて、釣り籠がするすると降りてきた。
途中には飛翔する魔物がいたはずだが、今は姿がない。魔物避けの魔術が効いているのだろう。
「……大掛かりな魔術なんだな」
籠が地上に着くと、我先にと中の探索者たちが飛び出してきた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




