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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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妹の名を語るな

だが――長く閉ざしていた魔力を、そう簡単に顕現させることはできなかった。

「くそっ、感じるのに……!」


 苛立ちが胸を満たす。確かに“ある”とわかるのに、どれだけ願っても、何も起きない。土に語りかけても、応えは返らなかった。


 拳を握りしめる俺を見て、ファルは穏やかに笑う。

「トルサン、お前は巨人族だ。間違いない。そして巨人族を含む古代種は長命だ。だから焦るな。少しずつでいい。先を照らせばいいんだ」


 ――土よ、出ろ。

 それだけを一日中祈り続ける日々に、心身ともにすり減っていく。

「不器用な奴だな。まあ、それも巨人族の特色だった気がする。少しは頭を使え!」


「ファル師匠の教え方が悪いんじゃないですか?」

 つい、口をついて出た反論に、ファルは肩をすくめる。


「はあ? ならば荒療治だ。今日から獲物は自力で取ってこい!」

「わかりましたよ、そんなの余裕ですよ」


 ――だが、全く簡単ではなかった。

 森の魔物も動物も、すばしこくて捕まらない。

「待ちやがれっ!」

 がむしゃらに剣を振り回すも、空を切るばかり。弓も拾ったが、矢は一本も的に届かない。


 狩りの才能など、欠片もなかった。

「くそっ……だったら、大きな魔物を相手にすればいいんだろ……!」


 ファルに謝りたくはなかった。簡単と言った手前、大物を一匹くらい仕留めて見せたかった。


 無謀なのはわかっている。だが、時間だけは腐るほどある。

 決意して、俺は森の奥地へと足を踏み入れた。


「暗闇でもあれば、夜があれば、寝てる奴を狩れるのに……」

 深くえぐられた巨大な穴の壁に、いくつもの洞窟が穿たれていた。


「だが……この洞窟はヤバい」

 全身の産毛が逆立つ。ぞわりと、背筋を寒気が走る。

 それでも――ドラゴンすら恐れぬ俺だ。いけるはずだ。


 無謀こそが、俺の長所。

 そう言い聞かせ、一番小さな洞窟に身を滑り込ませた。

 壁を伝う水が足元に細い流れをつくり、どこかへと導くように奥へ奥へと続いていく。


「……ま、こんなところに棲む奴なんて、ろくなもんじゃないだろ」

 強がりのつもりで、言葉が漏れた。

「なに? お前、怖いだけだろ? おしゃべりが」


 ――人の声が、はっきりと聞こえた。

「……お前、何者だ?」

 人がいる? いや、違う。声は、どこにもいない“誰か”から聞こえていた。


「なに? お前、寂しがりか? 人恋しいのか?」

「違うっ!」

 ドワーフの村にいた頃よりも、他者――いや、ドラゴンと話しているような感覚に近かった。


「お前はここで口減らしされて死ぬだけの存在だぞ。何年いるのか? 何百年かもな」

 俺の不安を、まるで覗き込むような声。

 ふっと、人影が視界に浮かび、そして消えた。幻影。わかっていても、足がすくむ。


「お前が無力だったから、妹は死んだ。哀れな妹だ。お前に飯なんか投げたせいで殺されたんだ。どうやって死んだか、想像したか? できないか? 怖くて」


「そうだ……俺のせいだ。想像なんて、したくなくても、どれだけしたか……!」

 涙は出なかった。ただ、胸の奥が焼けるように熱く、息が詰まる。


 その場に立ち尽くし、剣を手放し、叫んだ。

「それなら――殺してくれ!」

 次の瞬間、背中に重い衝撃。

 大蛇だった。極彩色の毒蛇。異様に大きく、目だけが濁っている。


 首に噛みつかれた瞬間、世界が揺れた。

「ああ……そうか。人の声じゃない。俺の声だ……幻覚か……」

 幻を見せていたのは、大蛇。そして、俺自身。


 剣に手を伸ばす。だが、指先は届かない。

 毒が首元から全身に巡り、視界がにじむ。喉が焼け、穴という穴から熱が噴き出す感覚。


 全身の感覚が、遠ざかっていく。

「こんなところで……死ぬのか? ……いや、俺には、約束が……!」

 その瞬間、心の奥が熱を帯びた。


 無意識のうちに、魔力が全身を巡っていくのを感じた。

 それは熱ではなかった。だが確かに、“命”が内側から動き始めるようだった。

 患部に手を当て、祈る。


「治せ……毒を排除しろ!」

 ――するとどうだろう。たちまち毒が、消えた。

 熱が引き、視界が澄んでいく。息が吸える。生きている。


 これが……魔法か。

 俺はようやく、その力の意味を理解した。


 大蛇の魔物が、俺の首にとぐろを巻き、全身の力で締め上げてくる。ザラついた鱗が皮膚をこすり、息が詰まる。俺の顔すれすれに、化け物の顔がぬっと近づいてきた。


「楽になれるぞ、人間……」

 目を細め、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。首を絞める力がさらに強くなり、意識が遠のきかけたその瞬間——。


「ふざけるな!」

 俺は巻きつく胴体と首の隙間に両腕をねじ込んだ。肺が悲鳴を上げるなか、内に渦巻く魔力を、怒りとともに両腕へと集中させる。


 ――バチィン!

 魔力が爆ぜる音とともに、大蛇の締めつけがふっと緩んだ。その巨体が地面に「ぼとん」と崩れ落ちる。


「大地よ、大蛇を穿て!」

 叫ぶと同時に、怒りが俺の内からあふれ出し、魔法として具現化する。大地が唸りを上げ、洞窟の床を突き破って岩の槍が何十本も突き上がった。


 ぎゃああああ――!

 断末魔とともに、大蛇の体が何十本もの岩の槍に貫かれ、天井へと突き上げられていく。重たい肉体が岩槍に引っかかり、もがいている。


 「逃がすかよ……!」

 まだ生きている。俺は拳を握りしめ、魔力の残滓を振り絞った。

「まだだ……大地よ! 奴を、穿てえぇぇ!」


 今度は壁面からも岩の剣が飛び出し、大蛇の胴体を次々に貫いていく。悲鳴はもはや聞こえず、硬直した大蛇の目から光が消えていった。流れ出した血が、川の水へと溶けて流れていく。


 「お前如きが……妹の名を、語るな」

 震える声が洞窟に響く。言葉とともに、こらえていた涙があふれ出した。


「この力を……もっと早く持っていれば……!」

 怒りと悔しさ、そして無力感。俺はその場に崩れ落ちた。冷たい川の水が足元を流れ、魔力の底が抜けたように意識が沈む。


 力尽きた体を支えるように、俺は膝をつき、頭を垂れた。


 俺はあきらめて、ファルのもとへ帰ることにした。

 だが、帰り道ではなぜか、数匹の動物を捕まえることができた。


「……そうか。俺、気配を消そうとすらしてなかったんだな」

 ファルは、まるで俺の帰りを待っていたかのように、森から出てくる俺を見つけて、少しだけ微笑んだ。


「何か、掴めたか?」

「ああ」

 俺はうなずき、森で起こったことを一通り話した。


「奴は、この森でも手強い魔物だ。よく倒したな!」

 そう言って、ファルは巨人族の魔法の特性について教えてくれた。


 巨人族が得意とするのは、治癒魔法と土の魔法だという。

「もちろん、他の魔法も少しは使えるがな。けど――効果はまるで違う。


 お前が大人になれば、誰もお前を殺せんよ。硬い体と自然治癒でな。……いや、もう、わしの血を飲んでる時点で、死なんかもしれんがな」


 ファルはこうなることがわかっているようだった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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