鉱都へ
おはよう、カイン。体調はどうだ?」
「ああ、久しぶりにぐっすりと寝れた気がするよ、ありがとう!」
「それは良かったよ」
カインの目の下の隈は消え、声にも張りが戻っている。俺の血が効いたのだろう。拒絶反応や副作用もないようで、ひと安心だ。
「それじゃあ、シャーヒナ様の屋敷に戻るよ。すぐに冒険者契約の良い話を持ってくる! トルサンがその気になるようなやつだ」
「いや、俺もついて行くよ! シャーヒナ様の屋敷、一度行きたかったんだ。頼むよ!」
「だがなぁ……」
「それに、冒険者ってのも知らないと、俺は受けないぞ。剣闘士のファーリスと俺を冒険者ギルドってところにも連れてってくれ」
「トルサンとファーリスなら、外出も問題ないだろう。俺もいるしな。闘技場に許可を貰ってくるよ。トルサンが外に興味を持つのも良いことだからな」
俺は急いでファーリスのテントへ向かった。珍しい訪問客に使用人は驚いていたが、すぐに取り次いでくれる。
「ファーリス、シャーヒナに会いに行くぞ!」俺は耳元で囁く。
「冒険者ギルド見学だ。町に遊びに行こう! カインが許可を取りに行ってる」
「そうか、わかった」
ファーリスは剣を手に取り、俺と一緒にカインのもとへ向かった。
※
鉱都に行くのは初めてのことだった。闘技場に隣接しているマーケットですら、俺が行くのはたまにしかない。すべてが新鮮に映る。
こんな事態にならなければ、俺は今も闘技場の中でぬくぬくと暮らしていただろう。
鉱都への移動手段は二つ。砂漠とかげのそりか、砂漠駝鳥だ。
俺たちが乗るのは砂漠とかげのそり。大きなトカゲに引かれた船のような乗り物で、魔道具の力で砂の上を抵抗なく滑る。
「これが、砂漠とかげのそりというやつか!」
俺は仁王立ちになり、前方を見据える。
「おいおい! トルサン、座ってないと飛ばされるぞ! これは高速艇だぞ!」
とかげを操るカインが注意するが、俺は笑い飛ばした。
「これくらいで――おっとっと⁉︎」
想像を超える風圧にバランスを崩し、俺はよろめいた。次の瞬間、転がるように砂の中へ投げ出される。
視界がぐるぐると回る。気づけば、砂まみれになって仰向けに倒れていた。
カインが笑いながらそりを引き返してくる。
「ごめん!」俺は素直に謝った。
「不抜の巨人と言われる男がなんてざまだ!」
カインとファーリスが大笑いする。俺は苦笑しながら立ち上がり、服についた砂を払い落とした。
「くそっ、次は落ちん!」
俺は拳を握りしめ、再びそりに乗り込む。
荷物を多く積んで移動するのに適しているのがとかげのそりで、個人で高速移動するのは砂漠駝鳥と聞いていたが、実際にはこいつも相当な速さだった。
しばらくすると、目の前に鉱都が姿を現した。
岩壁に囲まれた城塞都市。自然の大岩を巧みに利用し、そこにさまざまな仕掛けが施されているらしい。
「この都市を落とすのは難しいな。どう攻めるのが正解だ?」
俺は腕を組み、じっと城門を見据える。
「一つ策がございます!」
カインが即座に返してきた。
俺は目を細める。カイン、悪いが冗談ではないんだ。いつか、お前の知恵を借りるつもりだ――。
そして、鉱都に入った。
鉱都の大通りを歩く。俺もファーリスも有名な剣闘士である。
カインの想像を超えて、俺たちへの街の注目が高いことに、カインは焦りを感じているようだった。他の2派閥、古井戸家と子狐家がどう感じるのか?
「表立って、勧誘をしている」と。
カインには悪いが、これは俺の宣戦布告なのだ。
俺とファーリス、俺は悪役なので、子供の評判が極めて悪い。ファーリスとは正反対だ。
「いや、あれは演技だからな!」と言いたい。俺は子供たちから投げられる石を避けながら思った。
「あそこが、古井戸家の屋敷だ」
街の中心の四角、都庁舎の反対側に、その邸宅はあった。五階はあろう大きな岩材の建物だった。
「あれは主家に過ぎない。多くの従家の屋敷がある」
この街は、我が街だと言わんばかりだ。
「そこが、子狐家だ」
街のマーケットの中に、広大な敷地と、キャラバン隊が駐留していた。
この市場は、我が市場だと言わんばかりだ。
何故、カインが俺達に丁寧に街を説明してるのかはわかっている。
「無駄なことは考えるな、早くここを去れ」と言いたいのだろう。俺は、敵の本拠地を一目見ておけて良かったと思ったのだが。
ファーリスには効果覿面なようだ。後で彼には指導しないといけないな。
「じゃあ、冒険者ギルドに向かおう」
カインが足早に歩き出し、俺も後ろをついていった。ギルドの建物が見えてくると、賑やかな声が遠くから聞こえてきた。
「ここを本拠地にする冒険者の仕事は、キャラバンや奴隷の輸送の警備がほとんどだ。だから、トルサン達には、他の街の冒険者を紹介させてもらう。つまらん仕事だと思うかもしれんが、まずはその雰囲気を感じてみてくれ」
「わかった」
俺がここに来たかったのは、この街の冒険者のほとんどが闘技場出身者だからだ。彼らがどう考え、どう戦うのか――それを知っておくことが、俺には重要だった。
ギルドに足を踏み入れると、酒の匂いが漂い活気と熱気に包まれた。ファーリスはすぐに顔見知りの冒険者たちに囲まれ、次々に勧誘されている。
「冒険者をやる気になったのか?」
「ファーリス、うちに入れよ!」
「うちなら女がいるぞ、どうだ?」
ファーリスは苦笑いを浮かべながらも、うまくかわしている。カインはギルドの職員と真剣な表情で話し込んでいた。俺たちの就職斡旋でもしているのだろう。
ふと、視界の端に見覚えのある顔を見つけた。酒場の隅に、河原で俺に稽古をつけてくれた冒険者たちがいた。迷うことなく、俺はそちらに向かう。
「どうするつもりだ?」
そう声をかけると、指導員だった冒険者の代表がふっと鼻で笑った。
「俺たちは金で仕事をする。でも、仕事を選ぶ権利はある」
「仕事は選ぶんだな?」
俺がそう言った瞬間、周囲の冒険者たちが一斉に近づいてきた。
「トルサンは、あいかわらず生意気だな!」
「練習相手してくれって、泣きそうな顔してたくせに!」
笑いながら肩を叩かれ、小突かれる。強くはない、ただのじゃれあいだった。
「俺に練習は必要ない、だっけ?」
その言葉が聞こえた瞬間、あの頃の自分を思い出し、自然と顔が熱くなった。
「トルサン、俺たちは先輩として恥ずかしくない態度を取るつもりだ。今も準備している。安心しろ。何かあればすぐに連絡する」
「ありがとうございます」 俺は一礼し、彼らのもとを離れた。
カインが「何があった?」と聞いてきたが、俺は「河原の指導員に挨拶していた」とだけ答えた。
最悪の敵との戦いはさせられそうだ。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




