決戦
その日の深夜のこと。カインが俺のテントに尋ねて来た。
「久しぶりだな、トルサン。活躍している試合を何度か見たよ」
すっかり、美しくなってしまったトルサン。白い綿の足元まであるワンピースの出立と頭に被るスカーフから見える横顔は、この地方の男らしい姿とは明らか違う。
ライラは、その美貌に、驚きの声を必死に押し殺していた。
「ありがとう。おかげで元気にやってるよ。お前はどうだ?」
その美貌の目の下にくっきりと隈ができていた。
「どうだろうな。今日は話があってきたんだ。トルサン、近頃の状況は知っているだろう?」
「ああ、噂でな」
「この闘技場も間違い無く戦場になる。すぐにでもこの闘技場から、他の闘技場に移籍しないか? 好条件の闘技場がいくつか準備してある。この話は、シャーヒナも同意してくれているんだ」
「わかった。カイン、ありがとう」俺は感謝の言葉を伝えた。同意したつもりは無い。
「そうか、高く売れるって、シャーヒナも喜ぶよ。こっちがありがとうだよ」
このカインという男は、どこ迄、俺を甘やかすつもりだ。前回は、自分を売り俺を助け、今回もきっと何かを差し出して俺を救おうとしているのだろう。
「でも、カイン、俺は剣闘士はもう辞めようと思うんだ」
「え? そうなのか? わかった。冒険者のパーティなら、タンク職として務まるからな。探してみるよ。任せてくれるか?」
ライラは、さっきから、ずっと泣きそうな顔をしている。
「ライラ、こっちに来い」俺は、ライラを横に座らせて、肩を抱いた。
「ああ、もちろん。ライラさんもトルサンの使用人として一緒ですよ!」
ライラは、嬉しさを隠しながら、俺から離れて、飲み物の準備に席を立った。
「今のところ、冒険者も考えてないよ。カイン、近頃の状況、お前大変なんだろう?」
俺は、ライラに取って来させた、とっておきのワインを開けた。そして、二人のグラスに注いだ。
「 ああ、一杯頂くよ」カインが、ごくりと音を立てて飲んだ。表情が、みるみる変わる。
「これは、美味いな。俺も、色々とワインは飲んでるが一流品だ。高いんじゃ無いのか?」
「そうでも無い。探せば良い物は見つかる。目利きが大事なのさ。ライラが探してきたんだ」
カインが飲み干したグラスに、お代わりを注いだ。彼は躊躇したが、珍しく誘惑に勝てず飲んだ。
「これで終わりにしよう。戻って仕事が出来なくなる」
「うるさい。こうやって飲むのはもう無いかも知れないんだぞ!」おれは、ぐいっと飲み干して、グラスを下にむけた。水滴一つ落ちない。
カインが俺のグラスに注ごうとするが、俺はグラスに手で蓋をして、「黙って座って飲め!」と、かわりに酒を勧めた。
立って帰ろうとしていたカインは途中で諦めたようだ。
ライラに、ちょっとしたつまみを準備してもらう。それと、ワインももう一本。
「これもな、美味いんだ。飲んでみろ、カイン」
「香りが良いな、余韻も残るな。このつまみは?」
「好きだろう? 胡桃。市場で見つけて、地下室の俺の家に保存しておいたんだ。お前に食わせたいと思ってな」
子供のように、うまそうに、ナッツを摘んで、ワインを飲んでいる。
カインが嬉しそうな顔をしている。その顔が見れて俺も幸せな気持ちになる。
「まずいな、帰れないな」
「明日、朝早く起こしてやる。泊まっていけ」
知っての通り、俺の場合は、ジュースみたいなものだ。
やがて、べろんべろんに酔って、カインは寝てしまった。話題は二人が出会った頃の話と、俺のコロシアムでの試合の話くらいだ。それで良い。つまらない話はさせたく無い。
カインを俺のベッドに運んで寝かせる。そして、ライラに打ち明けることにした。
彼女には悪いが、俺の進む道は決まっている。だが、束縛するつもりは無い。
俺は、カインのこと。これからの事を話した。
「わかりました。トルサン様についていきます。あなたの目と耳になります」
「ありがとう。必ず守ってみせる」
カインの口に、俺の血の入ったワインを慎重に一口流し込んだ。
「これで、生命力を取り戻してくれ!」
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