昇格戦
当たり前のことだが、ドラゴンの孵化やライラの修行の間も、俺は闘技場で試合をしていた。
悪役人気のおかげで、欠場選手が出ると優先的に出場できたのだ。
もちろん、俺より人気も実力もある剣闘士はいる。だが、決まったローテーションを崩してまで追加試合を受けたがる者は少ない。
「進んで受けるのはお前くらいだ。体調管理も、試合に向けた準備もあるんだからな!」
「それなら、悪役を演じる必要ないじゃないか!」
競技委員のワッドは、俺のぼやきを聞くと肩をすくめた。
「興行である以上、そうもいかんよ」
俺も、だんだん分かってきた。
わざわざ大声で必殺技を叫ぶとか、ポーズを決めて剣を振るとか――剣闘士たちは、真剣勝負のなかに魅せる戦いも意識している。
観客の喜びが、それに応えるように感じられるようになってきた。
「毎週、試合しても構わないのだがな!」
そう言えば、ワッドは呆れ顔だった。
「アミンが“使ってくれない”って嘆いてたぞ。結果的には、ほとんど毎週出てるじゃないか」
実のところ、勝つための情報収集と研究も、演技の裏で剣闘士たちは抜かりなく行っている。
「そんなもの必要ない。戦場では、敵の情報なんてないまま戦うんだ」
威勢よく言ったものの――俺の下級剣闘士としての成績は誇れるものじゃなかった。
弱点が分析され、戦術が通じなくなる。それは屈辱だったが、だからこそ悔しさで本気になれる。
川原での地道な稽古で直らなかった癖も、敗北すれば嫌でも見直す気になる。
繰り返すうちに、下級剣闘士相手の再戦では負け知らずになっていた。
「トルサン、次の試合が昇格戦だ」
この砂漠の街では、暑さの変化で季節を測る。長く居る者たちは、闘技場の興行で時の流れを感じるらしい。
年末の大興行――俺が集団戦から勝ち抜けたのも、ちょうどこの興行だった。
もう一年、この地にいることになる。
「この試合は負けられないな」
普段は勝ち負けにこだわらない。けれど、ここで足踏みはしたくなかった。
「大丈夫だよ。勝てるよ!」
確信のこもった声だった。振り返るとカインが立っている。
こいつは俺のほとんどの試合を見ている。そして、相手の情報だって把握しているはずだ。
「お前が言うなら、間違いないな」
俺は微笑んでうなずいた。
※
中級剣闘士への昇格戦。
相手は――鋭い身のこなしと魔剣を操る女剣闘士。
「……お前だったのか? いつの間に下級剣闘士になってたんだ」
驚きが口を突いた。新人見習いの集団戦で見た顔だ。
「……やっぱり。噂は本当みたいだな。私が夏に昇格したことも、その後負けなしなことも……何も知らないんだな」
冷ややかな目が、俺を突き刺す。
イルフィーヤ――カインと戦っていた、あの女エルフの魔剣士。
「おい、ここはおしゃべりの場じゃないぞ。客にアピールしろ!」
審判の怒号が響く。つまり、準備は整ったということだ。
「なるほどな……カインが『あいつは勝つ』って言った理由、やっとわかったよ」
バトルロワイヤルで見たときとは、まるで別人だった。
「イルフィーヤ! 小僧をぶっ飛ばせ!」
「フィーフィー、今日も可愛いー!」
観客席から声が飛ぶ。彼女は動きやすい薄手のフードで全身を覆っていたが――
そのフードを払った瞬間、場の空気が変わった。
剣を天に掲げる。その柄に煌めく魔石。凛とした立ち姿に、魔剣が溶け込んでいる。
「立派な剣だな……あれ、美人になってる……」
思わず呟いていた。あのときは、カインの華やかさの陰にいた。けれど今の彼女は――
研ぎ澄まされた刃そのものだった。
剣と一体となったその姿。隙のない構え。気品と鋼鉄の意志をまとい、剣闘士として――美しい。
……それだけで「強い」と思わせるほどに。
俺の番だ。観客が息を呑む中、俺は芝居がかった動きで腰をひねる。
そして――尻をぺしっと叩く仕草。
「お前にしてやるぞ!」
ざわめきが怒号に変わる。笑いとブーイングと、足踏みのような地鳴り。
観衆すべてが敵に回ったような気分――だが、それがいい。
試合開始の合図。
即座に、彼女は剣を振るった。
風が鳴る。剣先から飛ぶ空気の刃。
俺はかわすつもりもなかった。だから、そのまま吹き飛ばされた。
「ぐっ――」
地面を転がる。受け身もとれない。観客の笑い声が刺さる。
想定以上の威力。風の斬撃――魔力の刃。速度も、精度も、桁違い。
だが、ここからが――遊びじゃない。
俺は立ち上がり、息を整える。そして、一歩。
彼女の背を取るため、風を切って走る。
※
だが――甘くなかった。
「接近するしかないな。それに……剣技、見せてもらおう」
一気に踏み込む。だがその瞬間、風とともに剣が落ちてきた。
振り下ろしが異様に速い。風魔力で加速している……!
速さは、重さに転じる。
咄嗟に剣を横に構える。
ガンッ!
衝撃が腕を貫き、足元が滑る。風圧すらまとった、強靭な一撃だった。
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