どこまで勝てるのか 3
決勝戦。
相手は、中級剣闘士の中でも最上位に位置する実力者だった。
「ううん、こいつは……」
思わず、俺は珍しく首を横に振る。
「どうしたの?」カインが気軽に尋ねてくる。
「道場長の息子で、剣技は筋金入り。まったく……ライラと同じタイプだ。犬人族のスピード型だな」
剣闘士としての俺なら、相手に攻めさせて、捕まえれば終わりだろう。だがここは、技量を競う剣の大会だ。
今のライラでは、分が悪い。正直、まず負けるだろう。
選手入場。決勝戦が始まる。
「……だが、あの顔を見ると、負けるつもりは無さそうだな」
サーミヤが笑う。
入場してきたライラは、満面の笑みで応援団に手を振っている。自信たっぷりの表情だった。
「ライラ、負けるな!」
「トルサンなんて捨てて、剣闘士になれ!」
どんな応援だよ、と苦笑するしかない。
それでも、ライラがそんな対応をするのは意外だった。
「普段は、トルサンに気を遣ってたんじゃろうな」
「かもな。あれが本当のライラかもな」
カインもサーミヤも、好き勝手言ってくれる。
対する正統派剣闘士は、緊張の面持ちで構える。
どちらが格上か、傍目にはもう分からない。
審判は、道場長が務める。
開戦と同時に、両者は正面から斬り合いを始めた。
ライラは、今回も双手剣。だが、剣の間合い、速さ、重さ、技術……すべてにおいて、相手が一枚上だ。
どうしても、ライラが受けに回る形になる。
「今回の相手は、両手剣か。よく受け流してるな」
「……ああ。何せ、俺の剣を受け続けてるからな」
ライラは、隙を見てもう一振りの剣を差し込む。伸びた相手の腕を狙い、すっと剣先を引き上げて牽制する。
それでも、相手も只者ではない。両者、決め手に欠く。
だが、今回の敵は、焦りも苛立ちも慢心もない。経験と自信に裏打ちされた、硬い剣筋だ。
「おいおい、子供と引き分ける気かよ?」
「しかも女で初心者だぞ!」
観衆から野次が飛ぶが、剣闘士は意に介さない。ただ、戦いに集中している。
それほど、ライラの剣が鋭く、彼を本気にさせているのだろう。
そして――
静寂が場を包んだ。
ライラはゆっくりと剣を下げる。
確信に満ちた、嵐の前の静けさ。
その時、彼女はふと俺の方を見て、にこりと笑った。
次の瞬間――高く跳んだ。
空高く、弧を描くように跳躍し、身体を鋭く捻る。
双剣が踊るように空を切り、だがその軌道は鋭く、正確に、相手の急所へと突き進む。
剣闘士は慌てて剣を掲げ、どこを狙われるのか探る。だが――
「やああああああっ!!」
ライラの叫びが、場を揺らす。
この試合で初めての叫び。いや、俺が今まで一度も聞いたことのない声だった。
その一瞬、場の空気が凍る。
剣闘士の剣を片方の剣で弾く。もう一方の剣が、鋭く袈裟に斬りつける。
そして――何事もなかったかのように、軽やかに両足で着地した。
「完勝だ……いや、完璧だ」
カインが息を呑む。
敵が慣れていない頭上からの攻撃。そこに跳躍の加速と剣の重さが加わる。
これまで見せてきた攻撃とは、明らかに質が違っていた。
「一本!」
道場主が苦渋の表情で手を挙げる。
剣闘士は、呆然と立ち尽くしたまま動かない。
観衆が爆発する。
飛び跳ねるアマゾネスの応援団。
ライラを見下していた家政婦たちも、いまは誇らしげに拍手を送っていた。
ライラが歓喜のまま、俺の胸に飛び込んでくる。
「ライラ! ライラ! ライラ!」
コールが鳴り止まない。
喜びが、道場全体を包む。
だが、その熱気を断ち切るように――
「トルサン、客席に戻りなさい」
シャーヒナの静かな声が響いた。
瞬間、会場が静まり返る。
表彰式が始まる。
ライラには、賞状と金一封、そして副賞として、武器庫から武器の提供を受ける権利が授与された。
「ライラ、副賞は別のものにしても構わないのよ?」
「いえ、楽しみにしています」
彼女はシャーヒナから褒賞を受け取りながら、落ち着いた微笑を浮かべる。
「とても良い武道会でした。ライラ、お見事でした。……ですが、剣闘士の皆さんには、これからも一層の精進を期待しています」
シャーヒナの言葉は、一瞬の間を置いて、他の剣闘士たちの胸に刺さった。
その棘は優しさではなく、明確な失望と叱責だった。
こうしてライラは、剣闘士ではないが――
最強の従者、一流の剣士として、正式に認められることになったのだった。




