表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/44

ライラの剣術大会

それからしばらくして、ライラが俺に話しかけてきた。

「少し……相談があるのですが」


 その日は、二人で準備運動をこなしていたところだった。いつも通り落ち着いて、いや――剣の練習のときだけは、どこか楽しげにさえ見える。


「どうした?」

「……実は、カルブ様から、剣術大会に出てみないかとお誘いを受けました」

 言いながら、彼女は木刀の柄に手を添える。目は真剣そのものだった。


「いかがしましょうか?」

「なんだ、そんなことか」

 カルブが主催するその大会は、道場の地下で行われる非公式の催しだった。参加者はすべて獣人の剣士で、使えるのは剣のみ。


 魔法も体術も禁止。武器も防具も支給品で統一され、ただ純粋な剣技だけが試される。


「参加してこい。お前なら、やれる」

 ライラの目がわずかに見開かれ、次いで静かな笑みが浮かんだ。


「……ありがとうございます」

 その微笑には、自信というより、ようやく歩ける場所を見つけた者の確信があった。

「優勝してご覧に入れます!」


 参加者は三十名。勝ち抜き戦で五連勝すれば、優勝だ。

 道場の地下練習場は、信じられないほどの人波で埋め尽くされていた。立ち見どころか、階段の上から身を乗り出す者までいる。


「さあさあ、投票はお早めに! トーナメント表はこちら!」

 獣人族の家政婦たちと看守たちが声を張り上げ、観客に票を売って回る。見た目は剣術大会だが、実態は地下賭博に近かった。


「おい、カイン。これ……本当に大丈夫なのか?」

 俺は身を乗り出しながらも、隣のカインに低く訊いた。過去に一度、とんでもない地下賭博に巻き込まれた経験があるからだ。


「全く問題ないよ!」

 カインはにっこり笑って胸を張る。

「今回は正式にシャーヒナ様の許可も出てるし、会計も帳簿つけてる。テラ銭も公認で取ってるし、むしろ健全なんだよ!」


「健全ねえ……まあいい。俺はライラにしか賭けないから、オッズなんてどうでもいいさ」


「うわ、本気? じゃあ僕もライラに賭けよっと。すみません、投票券ください!」シャーヒナの随行でここに来ているカインだが、観戦の間は自由行動が許されているらしい。


 ライラ。

 その名前が七番人気に載っているのを見て、俺は小さく笑った。

 人気がないのも当然だ。幼くて小柄な家政婦、剣を握り始めてたった三ヶ月。か細い手首、見上げるような背丈、お盆を運ぶたびにつまずく、不器用の化身。


 でも――

「……分かってねぇな」

 ぼそりと呟いたとき、隣に人の気配を感じた。いつの間にか、サーミヤが腰を下ろしている。現れ方が神出鬼没なのは、いつも通りだ。


「その方が良かろて」

 サーミヤは笑いながら、投票表を覗き込んだ。


「サ、サーミヤ様!?」

 カインが目を見開く。どうやら、本物を見るのは初めてらしい。あの塔のカーテン越しとは似ても似つかぬ雰囲気と容姿だ。そう、まるで子供だ。


「カイン。この姿は仮初のものだ。大声を出すな」

 俺が囁くと、カインは慌てて口を押さえた。


「す、すみません……!」

「気にするでない。代わりに、わしの分の投票券を買ってくれぬか?」


「俺が買ってやる。カインにたかるな、高給取りなのだろう」

 俺が軽く額を弾くと、カインは無言で目を泳がせた。ツッコむべきか迷っているのが丸わかりだ。そして、話題を変えることにしたようだ。


「トルサン、このトーナメント、上級剣闘士が六人も出てるんだよ? その次の人気って、すごくない?」


「はっ、節穴もいいとこだな」

 俺は鼻で笑う。

「カルブにだって、平場の打ち合いなら勝てるかもしれないんだ。ライラなら――運がなくても、一太刀は入れられるさ」


「仮にも上級剣闘士だよ?」とカインが言ったが、サーミヤはそれを聞いてくくっと喉を鳴らして笑った。


「あやつは牙狼族の血を引いとる。爪を隠しているが、わしの目には見えるぞ」

 その声に、少しだけ熱が宿る。


「幼く見えても、あやつの心には……闘志がある。『殺すか殺されるか』を知る者の心がのう。今はまだ鈍くても、時が来れば牙は剥く。わしはその時を楽しみにしとる」


 俺も思い出す。

 一度だけ、掃除用のモップを構えた彼女の姿に、全身が凍りついたことがあった。


 目つきが変わったわけじゃない。技が鋭かったわけでもない。なのに、その場にいたのは――人でも子どもでもない『獣』だった。


 戦う者の直感が、本能的に警鐘を鳴らしていた。

「……始まるな」

 重厚な鉄扉が、きぃ、と音を立てて軋みながら開いていく。


 観客のざわめきが、一瞬、呑み込まれるように静まり返る。

 俺は息をひそめ、目を細めた。


 扉の向こう。

 小さな影が、ゆっくりと、歩を進めてくる。


 その手には、確かに木刀が握られていた。

 ――まるで、それが自分の心そのものであるかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ