ライラの修行
これからのことを考えて、ライラを鍛えることにした。
一緒に暮らすうち、彼女が意外に芯の強い性格だと、だんだんわかってきた。
「なあ、サーミヤ。ライラって、何に向いてると思う?」
「ふむ。あやつは獣人族……しかも狼族じゃからの。一般的には、シーフ系の適性が高いとされておるな」
「魔術の適性は?」
「さあな。わからん。シフリーやカルブに預けて、見極めてもらうのが早かろう」
シフリーは、魔術剣士のエルフであり、上級八剣士の一人。私塾を開いて魔術を教えている。
カルブもまた上級八剣士の一人で、犬人族の神速剣士。剣の道場を持っている。
俺としては、できれば他人の手を借りたくなかったが――まずは、ライラの意志を確かめてからだ。
「なぁ、ライラ。いつかは、俺たちもここを離れる時が来る。いや……近い将来、必ずだ。だから……」
「珍しいですね。トルサン様が、まわりくどい言い方をするなんて」
「……だな。俺らしくないな」
少し恥ずかしかったが、思っていることを素直に話した。
嫌がるかと思ったが、ライラはむしろ、すんなりと受け入れてくれた。
「怪我をするし、痛いし、戦わないといけない。無理しなくていいんだぞ」
迷いが、口をついて出た。俺自身の中に、躊躇いがあったのだと思う。
「いえ。むしろ嬉しいんです。戦えるようになって、トルサン様の力になりたいって、ずっと思ってました。怪我をしたら……治してくれますよね?」
そう言って、ライラは笑った。俺を見上げるその目には、ためらいがない。
全幅の信頼――持ちすぎだろう。だが、死なない限り、どうにかしてやるさ。
まずは、カルブに預けることにした。
何をおいても、まず基礎体力。次に剣術の基本だ。
まあ、それを疎かにして後悔したのは、他ならぬ俺だが……獣人族に合う練習方法は、カルブが最もよく知っている。
とはいえ、朝のランニングや素振り、型くらいなら、俺でも教えられるし、一緒にできる。
だが――驚いた。ランニングでは、全くライラに勝てなかったのだ。
闘技場の外周を走るうち、気づけば何周も差をつけられていた。
俺がバテて座り込んでいる間も、ライラはずっと、止まらず走り続けていた。
「ライラ、無理するな!」
「いえ、走るだけなら、まだまだいけますよ」
「……マジかよ」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
俺の身体は重く、汗が目にしみていた。見上げた空には、もう昼の気配すら感じられる。
完全に、周回遅れだった。
「終了だ。次は剣だ」
切り替えるように言って、剣を手に取らせる。
素振りをさせてみた瞬間、「びゅん」と、空を切る音がした。
「……おいおい。最初からこれかよ」
剣筋はすでに見えている。軽い刀身とはいえ、この速度なら、普通の者には受けられないだろう。
俺の剣を試しに打ち込んでみる。もちろん手加減はしているが、それでも――
「見えてます」
ライラは軽くいなすように、俺の剣をかわした。
動体視力が桁違いだ。俺の剣の速度は、上級には届かずとも、中級剣闘士以上にはある。
それを、彼女は初見で見切っている。
「ライラ、お前……上級剣闘士レベルの動体視力を持ってるな。剣を学んで予測力が育てば、攻撃を当てるのはかなり難しくなる」
「当たらなければ、怪我もしませんね」
「その才能、伸ばそう」
ライラは、照れくさそうに笑っていた。
嬉しさを隠せない顔だった。
闘技場の剣闘士たちと交えて、経験を積ませる。そうすれば、彼女は確実に強くなる。
――次は、魔術だ。
これだけは、俺にも教えられない。いや、いずれは俺自身も魔術を偽装する必要がある。
サーミヤにもそう言われていた。だから俺も、一緒に学ぶことにした。
本来なら、サーミヤに師事するのが一番だが、目立ちすぎる。
そこで、俺たちはシフリーの私塾で授業を受けることにした。実践を重視した学びができるからだ。
「おい、ライバルに教えろってのか?」
シフリーは露骨に嫌そうな顔をした。
「悪いな。でも、俺が教えを受けるわけじゃない。ライラだけだ。それに、俺は闘技場では魔術を使わないって誓う。……どうだ? 指導料は、ちゃんとはずむ」
しばらく、じっと睨まれたが――やがて、シフリーはため息をついた。
「……ったく。勝手にしなさいよ」
ようやく、了承を得られた。
こうしてライラの修行が始まった。走る、振る、学ぶ――
彼女は目を輝かせながら、ひとつひとつを確かめるように取り組んでいる。
その背中を、俺もまた見つめていた。
彼女が何者になるのか――その答えを、これから見届けるために。
※
ライラは、いつも木刀を腰に差して歩いている。
炊事や掃除の最中ですら、それを外すことはない。まるで――何かに身を捧げる修行僧のようだ。
「ライラ、それ、邪魔じゃないのか?」
俺が声をかけると、彼女は手を止めず、淡々と答えた。
「これも修行の一つです。戦心常在、ですから」
「……はぁ」
思わず、ため息が漏れた。
カルブの道場とやらは、一体どんな教えを叩き込んでいるんだか。
当然、周囲の反応は冷ややかだった。
同じ女奴隷たちからは、あからさまな視線が突き刺さる。
「まったく、何様のつもりかしら」
「剣闘士にでもなるつもり? この前のケガ、もう忘れたのかしら」
「あはは、獣だから痛いことはすぐ忘れちゃうのよ」
わざと聞こえるような声色だった。
俺の耳に届くほどなら、ライラにはなおさら聞こえているはずだ。
それでも彼女は、微塵も表情を変えなかった。――ただ、黙々と仕事を続ける。
「気にすることはないぞ」と、俺が声をかけると、彼女はふとこちらを見た。
その目元が、ほんのわずかに緩む。
何だ、それだけのことですか? とでも言いたげに。
……強いな、と思った。
数日後、その噂話は闘技場の女剣士たち――自らを治安の番人と気取るアマゾネスの耳に届いたようで、何らかの「指導」が入ったらしい。
以来、あの悪意に満ちた囁き声は、ぴたりと止んだ。
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