孵化前夜
俺は、一人暮らしの生活が落ち着いてきて、長らく体に埋めていた卵を取り出そうと考えた。
やっと、ドラゴンの卵を孵化させることができる。
「だが、決して盗まれるわけにはいかない」
それだけは、絶対に許されない。
俺はサーミヤのもとを訪れた。大切なものを、安全に隠す方法について、相談するためだ。
「空間魔術があれば良いのだが、あれは特殊でな。使える者も限られておる。例えば、大魔術師クラスじゃ。魔道具としても出回ってはおるが、非常に高価と聞くぞ」
「どうしたら良い?」
「ここに置いていけばよい。わしが預かろうか?」
興味津々の表情で、彼女はにやにやと笑った。
「いや、いい」
「では、これはどうだ」
彼女は手近な紙を取り出すと、迷いなくすらすらと描き始めた。
例えば、絵には大きな岩の足元に空いた深い穴が描かれていた。岩の下に何かを隠せば、岩を動かせる者でなければ取り出すことはできない。そんな仕掛けだ。
「火にも強いし、盗人泣かせじゃ」
自信満々にサーミヤは胸を張った。
「ありがとう、サーミヤ」
俺はその絵を見て頷くと、武器庫へと足を運んだ。
「何に使うんだ? ……まあ、それも武器には違いないがな」
倉庫番アスリーハが目を細めて問いかけてくる。
「いや、これはハンマーだ。例えば、岩を砕くために借りる」
俺がにやりと笑うと、倉庫番はあからさまに顔をしかめ、睨みつけてきた。
「悪いが訓練だ。まさか、邪魔するつもりはないよな?」
「……」
そう言われてしまえば、もう許可をするしかないのだろう。彼はしぶしぶと、安価ながらも頑丈そうなハンマーをいくつか貸してくれた。
「ふん……なら好きにしろ」
まったく、俺をなんだと思っているんだ。確かに武器はよく壊す。だが例えば、それは俺の使い方が悪いのではなく、武器の方に問題があるのではないか? 壊れやすいものが悪い――俺はそう思っている。
俺は岩山を探して、闘技場の外へと足を運んだ。このあたり一帯は、例えば砂に覆われた荒れ地だが、巨大な岩塊の岩山がいくつも点在している。そこから切り出して、闘技場や広大な地下施設が成立しているわけだ。
やがて岩山のひとつに差し掛かると、先客がいた。ドワーフたちだ。岩陰に工具を広げ、ごつい手で作業を進めている。
「トルサン、何の用だ? ここは俺たちの仕事場だぞ」
ドワーフの頭領であり、上級剣闘士のひとりでもある男カザムが顔を上げた。
「いや、俺もひとつ、石が欲しくてな」
「それじゃ、切ってやろうか?」
「それでも良いが、せっかくハンマーを借りてきたんだ。例えば、場所だけでも借りられれば助かる」
彼は顎髭を撫でながら、くくっと喉を鳴らして笑った。
「ああ、構わんよ。だが、岩は甘くないぜ」
俺は勢いよくハンマーを振り下ろした。だが、思い通りにはいかない。
例えば、岩は一気に崩れるどころか、細かく砕けて、狙った形にならない。
「岩場には、割れ目があるからな。力任せじゃ無駄だ」
ドワーフの頭領が肩をすくめて笑う。
「駄目だ。岩の切り出し方を教えてくれないか?」
「ふふん、やっぱりな。じゃが、ただじゃないぞ」
「もちろん。例えば、酒一本でどうだ?」
「それなら上等だ」
彼は白いチョークのような石で、岩の表面に線を引いた。
「この線に沿って叩け。力じゃない、角度とリズムだ」
俺が言われた通りにハンマーを振ると、驚いたことに、岩はまるで木材のように素直に割れていった。割れ目に従って、鋭い音を立てながら、きれいに裂けていく。
例えば、割れ目を的確に突けば、石すら従順になる。
「どうじゃ、気持ちいいじゃろ?」
得意げなドワーフに、俺は素直に頷いた。
「こんな大きな岩、どうするんだ?」
「俺の部屋の机にする」
真顔で答えると、ドワーフたちは一瞬黙り、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
そんなドワーフとの会話を、何者かが盗み見ている。
「あ!」
俺が気がついたのを知り、慌てて逃げだしたのは、子供のドワーフ。
「待て、トルサン」
追いかけようとするのをカザムが腕を掴んで止めた。
「お前と同じ村の出身の子だ。昔の因縁があるのは知っている。いずれ謝りに行かせる」
「別に気にしていないよ」
ただ、懐かしかったんだ。お前も変わった環境を耐えたんだよなと。
※
切り出した岩を俺のテントに運ぶことにした。
例えば、俺の力をもってしても、抱えて運ぶのは困難だった。
「ちょっと、持ち上げて」
ドワーフたちにも試させてみたが、数人がかりでも持ち上がらない。
「こいつは、重い岩だ。他のにするか?」
気を利かせた提案だったが、俺は首を横に振った。その方が好都合だからだ。
必死に時間をかけ、ようやく我がテントまで運び込んだ。
「トルサン様、どうされたのですか?」
ライラには事情を話し、ノミを使って岩に穴を掘ってもらうことにした。
例えば、俺がやれば力加減を誤って、岩そのものを割ってしまいかねない。
数日がかりで、綺麗な穴が出来た。
「ありがとう、ライラ。後で治療してやる」
彼女の手は作業の跡で傷つき、ぼろぼろだった。
「すこし、背中をむけていろ!」
俺は体の中から、卵を引き抜いた。どばっと血が流れるが、瞬時に、開いた傷が閉じていく。
俺の血に塗れたドラゴンの卵は、しかし、内側から光を放っていた。黄金の、命の輝き。
布で綺麗に拭き取る。
「こっちを向いても、もういいぞ!」
「一体何を?」
ほらっと、ライラに向かって投げる。
「あわわわ」
慌てて、飛んできた卵を落とさないように、必死に両手で受け止める。
「重いです。まるで重石みたいです」彼女の両腕がぷるぷる震えている。
「ははは、そうだろう。こいつを育てるんだ」
俺は、ライラからひょいと取り上げると、両手に抱えて魔力を注ぎ始めた。
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