癒しの光、友の証
それからの数日。ライラとの生活は、俺にとって楽しいものだった。
カインとの食事も楽しかったが、ライラとの食事も楽しいものだ。
「どんな些細なことでも構わないから、話をしてくれないか?」
「トルサン様が面白いと思う話なんてありません」
「そんなことは無い。俺はよく非常識と言われる。だから、世間話が必要なんだ」
そして、傷のことにはお互い触れずに、うまく過ごしているつもりだった。
「お前なんて、どうせ捨てられるさ」
ある時、他の奉公人たちが取り囲んでライラに悪口を浴びせかけ、いじめているのを見てしまった。
「アミン、教えてくれ。ライラは虐められているのか?」
「トルサンさんも見てしまいましたか? あれは嫉妬からくる嫌がらせでしょう。女たちの社会ですからね。見下した者が優遇されるのが気に食わないのでしょう」
アミンら看守たちも手をこまねいているらしかった。
※
その夜、俺は決めていたことを実行に移す。
「ライラ、話がある」俺は真剣な声で、彼女に言った。
「……トルサン様も、私を捨てるのですか?」
「何を馬鹿なことを。ライラはもう友達だ。俺は友達を捨てない」
「こんな……魅力も価値も無い、私が……?」
「関係ない。友達は友達だ」
言い切ると、ライラはかすかに震えて、でも――その瞳に、一瞬だけ火が灯った。
「ライラ、そのベッドにうつ伏せに寝ろ。変なことはしない。信じてくれ」
「……はい」
少しためらったが、彼女はそっとベッドに体を沈めた。
(まあ……あのハイエルフから薬をもらったってことにすればいい)
「今から治癒魔術を試す。正直、うまくいくかわからない。けど――やらせてくれ」
「私なんかに……使っては、もったいないです。これも古傷なので……」
「そう言うなよ。俺のためにもなる。頼む、練習台になってくれ」
俺は自分の手を見つめる。これまで、自分以外の誰かに魔法をかけたことは無い。
「目を閉じろ。痛かったら、遠慮なく言え」
深く息を吸い、手に意識を集中させる。
魔法とは、強く願うことだ。
――ライラの傷が癒えるように。
――この子の悲しみが、少しでも軽くなるように。
淡い光が俺の手に宿り、ライラの背を照らす。次の瞬間。
「ッ……!」
ライラの体がびくりと震えた。
肌の上に刻まれていた、幾重にも重なる傷跡が、少しずつ、けれど確かに――消えていく。
けれど、異変が起こった。
ライラが苦しみ出す。呼吸が荒れ、唇が紫に変わっていく。
(まずい……再生が速すぎる)
俺の魔力は、ただの人間のそれじゃない。ドラゴンと巨人族の血を引く、俺自身の再生力が流れ込んでるんだ。
このままじゃ、彼女の体がもたない――!
俺はすかさず、唇を噛み切って血をにじませ、そのままライラの唇にそっと触れた。
「ごめん……!」
微かな接吻にのせて、自分の生命力をほんの少しだけ流し込む。
それは、俺がかつて「ドラゴンに救われた」ときに、同じように受け取った命の灯火だった。
ライラの呼吸が、落ち着く。やがて、穏やかな寝息だけが部屋に残った。
「……うまくいって、良かった」
彼女の柔らかな髪に触れながら、俺はそのまま、静かに目を閉じた。
「わぁぁぁ!」
叫び声で目を覚ました。
「どうした?」
「傷が……体の傷が……消えてます!」
ライラは、両腕や足をまさぐりながら震えていた。
「なぁんだ、それか。体調はどうだ?」
「はい、すごく……軽いです。でも……どうして……?」
「言ったろ。治癒魔術だって。それより朝飯だ」
「す、すぐ取ってきます!」
ライラは駆け出していき、気のいい看守・アミンを連れて戻ってきた。
「トルサンさんの食事は、一人じゃ持ちきれませんよ!」
ああ、そうだった。俺の食事、五人前にしてもらってたんだったな。
アミンは、ライラの顔を見て、目を見開く。
「……ライラの傷、……消えてますね?」
「そうだが。治してはいけないなんて、言われてないだろ?」
「確かに……でも、それを理由に“借金”を負わせるのは禁止事項です」
「心配するな、俺にそんなつもりは無い。ライラのことは友達として助けただけだ」ライラは俯き、そっと頷いた。
アミンはしばらく無言で俺を見たあと、ふっと笑った。
「……疑ってすいません。ですが、目立ちすぎると面倒になりますよ?」
「もう目立ってるって!」
アミンは苦笑し、「確かにそうですね」と言った。
※
その夜、ライラと夕食をとりながら、彼女の話を聞いた。
「……一日中、たくさんの人に質問されて、少し疲れました」
「俺の言った通りに答えたか?」
「はい。皆様、サーミヤ様からのお薬だと話すと、納得してくれました。でも……本当はトルサン様のおかげなのに……」
「ライラ、それでいい。俺たちが目立つと、どこかで潰される。……ただ、お前自身は、もう少し堂々としてくれ」
「……はい!」
「それと、学校に通ってくれ。読み書き、計算、歴史……お前が学を身につければ、俺はもっと楽になる」
「でも……女性奴隷としてのお仕事が……」
「それなら、分の賃金を俺が払う。看守のアミンに頼んでみよう」
「でも……そんな、これ以上ご迷惑は……」
「ライラは勉強が嫌いか?」
「……いえ。学ぶのは、好きです」
「じゃあ決まりだ。俺は勉強が苦手だ。だから、お前が学を身につけて、俺の“頭脳”になってくれ」
ライラは目を大きく見開いたあと、強く頷いた。
「はい! 全力で!」
その声は、小さな胸から絞り出したとは思えないほど、力強く響いていた。
※
だが噂が広がり、サーミヤに呼び出されることになった。
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