傷痕の名を呼ぶ夜
俺が自分のテントに戻ると、一人の若い看守が待っていた。
「早いですね、トルサン……さん」
「ああ、散歩に行ってた」
「担当の看守、アミンです」
看守や警備、そしてワッドのような競技員。彼らにも階級があるのだろう。全員元ここの奴隷だ。
細身で笑顔の人族の男。俺より背が高いのが気に食わないが、仕方ない。
「よろしく!」
「食事をお持ちしますが、私も頂いてよろしいですね? 同じものでも?」
「ああ、なんか問題があるのか?」
簡単に言えば、アミンは俺の専属使用人の位置付けだ。剣闘士が養う責任があるらしい。だが、中には使用人の食費も削る奴もいるらしい。
「やったぁ。ありがとうございます。持ってまいります」
昨日、食事を運んでくれたのもアミンらしい。
テントの中で二人、正面に座って食事をしていた。
「おはよう、入るぞ! 仲良くやってるな」
ワッドがテントにやって来て、その光景を見て呟いた。アミンは慌てて立ちあがる。
「別に一緒に食事しても良いんだろう? 話しやすいし」
「ああ、好きにすればいい。それで、剣闘士の規則だが、家政婦も一人雇ってもらう必要がある」
「剣闘士も色々と大変なんだな」
この闘技場にいる剣闘士は約五十人。
ファイトマネーも高額で、奴隷たちの目標だが、このように人を雇う決まりもある。
将来、ここを出て行く時に、使用人や家政婦を買って一緒に出ていく前例も多いらしい。まあ、情も湧くだろうし、戦友みたいなものだろうからな。
「それじゃ、連れてくる」
そう言うと、アミンはテントの外へ向かい、すぐに気配が近づいた。
俺は困った。この地に長く留まるつもりもないし、平和な未来があるわけでもない。
「トルサン、すまんが、人族の女は選べん。高く売れるからな」
「ドワーフの娘は、おらんか?」
もしかしたら、妹の最期を知っている者がいるかもしれない。
「お前変わっているな。ここにはおらん。まあ、連れてくるから、選べ」
そう言って、アミンが連れてきたのは犬人族、猫族、エルフの三人の娘だった。
エルフの娘は明らかに俺を見下した目つきでこっちを見ている。
猫族の娘は俺を操れると思っているのか、馬鹿にした誘い方をしてきた。
犬人族の娘は下を向き、痩せ細り、貧相な体に剣で斬られたような痕が無数に残っている。
「こいつにする」
エルフと猫は鼻を鳴らし、さっさと去っていった。
「性奴隷にしてもいいが、その場合は金を貰う。それと、傷をつけた場合も治療費をもらう」
「そんなつもりはない。この犬人、傷ついているが、治さないのか?」
「それは最初からだ。金を出せば治療してやる。もちろんお前のファイトマネーからだがな」
俺は悩んだが、首を振った。
「もういいか? じゃあ、書類を作ってくる。待っていろ」
犬人族の娘は小さな声で「ライラ」と名乗った。
「お前、何処から来た? 傷の具合を見せてみろ?」
俺がその犬に手を触れると、おどおどした顔で全身が震え、失禁してしゃがみ込んだ。
「す、すいません」
「いや、触れて悪かったな」
よほど怖い目に遭ってきたのだろう。彼女の瞳には光がなかった。
「アミン、彼女と着替えと清掃道具を持ってこい」
「わかりました」
アミンはライラを着替えに連れて行き、部屋の掃除道具を持ってきた。
俺が掃除をしているところに、ワッドが契約書を持って戻ってきた。
「何があったんだ?」
そう言いながらも、俺が掃除しているのが面白かったのか、笑顔だった。
※
俺は、日常のルーチンを崩すつもりは無かったので、剣の練習に勉強にと夜になるまで外に出ていた。まあ、バツが悪くて自分のテントに帰りづらかったんだが。
アミンには、ライラと必要なものは遠慮なく買うようにと話しておいた。日が暮れてきた頃、彼が河原に呼びに来た。
「トルサンさん、夕食の時間です」
「ああ」
「ご主人様がいないと、私たちが夕食を食べられませんよ」
アミンは気を利かせて呼びに来てくれたのだろう。
テントに戻ると、ベッドが二つに増え、テーブルも一回り大きなものに変わっていた。
「これじゃないと、食事が乗りませんからね」
ライラも加わり、三人で黙々と食事をした。
夜になると基本、看守でもあるアミンは自分の寝床に戻るようだ。報告や打ち合わせもあるらしい。だが、家政婦のライラとは一緒らしい。まあ、手を出す気は無いが。
「朝は悪かったな」
俺は夜になってライラと二人きりになると、面と向かって話をした。
「いいえ、すいませんでした」
女性と二人きりで話すのは妹くらいの俺は、何を話せばいいのかわからなかった。
(後で思い出したら、サーミヤとも話したが、あれは例外だ)
「これから俺の話をする。お前の話も聞かせてくれないか?」
俺は話せる部分だけを彼女に話した。つまり、巨人族とかドラゴンの話以外だが。
彼女は真剣に俺の話を聞いてくれて、頷き、時に涙を流してくれた。それから自分の話をぽつりぽつりと始めた。
「ライラ・カマル。獣王国の犬人族です」
俺はその時初めて、ちゃんと彼女を見た。八重歯があり、金色の目をしていた。犬人族の中でも先祖返りしたような容姿をしている。
獣王国の中で、同じ犬人族に狩られてここに売られたらしい。
「もしかしたら、気味悪がられて家族に売られたのかもしれません」
「そうか。さっきは、触れてすまなかったな。怪我をしているんじゃないかと思ってな」
「これは、怪我では無いんです。小さい頃の傷が原因で、その跡なんです」
町長の子供が、魔獣を怒らせて追われているところを助けに行き、代わりに怪我をしたらしい。
「その時にリカバリーポーションを……」と俺は言いかけてやめた。なぜなら、俺が同じように子供の時に怪我をしたとしても、あの家族は俺に薬を使わなかっただろう。つまり、そういうことだな。
「そうか、わかった。でも、もう少し傷を見せてくれないか?」
「……」
ライラは泣きながら服に手をかけて脱いだ。
すとんと、服が落ち、全裸になった。
「もういい。背中を向けてくれ」
ライラは泣いた。
全身に傷があるとは思わなかった。彼女の右胸から左足にまで、大きな鎌で斬られたような深い傷があった。他にも小さく数カ所。背中にも大きな傷だった。
違う、違う、そういう意味じゃない。俺はいつも、言葉が足りない。
夜は深く、長く、静かだった。
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