剣闘士の門
これで終わりか? そう思っていたが、闘技場の雰囲気は一変した。
「トルサン、おめでとう。悪いが控え室で待っててくれ」
ワッドは険しい表情で剣を抜いていた。いつもの優しげな老人の姿はどこにもない。
気づくと、シャーヒナの片腕であるハディードや、他の競技委員たちがこの円形闘技場に入場してきていた。
どいつも強そうだ。殺されることはないだろうが、囲まれた瞬間に意識を刈り取られ、捕らえられる未来図が鮮明に浮かぶ。
「おい、早く下がれ。お前の番は終わりだ」
「ああ」
俺は関係ないらしい。いや、ここにいては邪魔なのだろうが、何が始まるのか興味があった。
ゆっくり手を挙げて勝利を訴えるように振る舞い、出口へ向かうふりをする。
だが観客の視線は既に、俺の戦いなど済んだことのように入場口へ集中していた。
「おおお!」
「全員出てくるぞ!」
口々に名前を呼ぶ声が上がる。闘技場の上級剣闘士たち八人。どいつも一癖二癖ありそうだ。
俺の時とは違い、中央に高く狭い円形の舞台が設置され、その周囲を俺以外の全員が取り囲んでいる。中央に残った審判の顔色は、とても悪かった。
俺はわざと違う出口に向かう。
「何をやってる。ここじゃないだろう」
警備員に止められ、手首と口を縛られた男たちが俺を睨みつけていた。
罵声が観客席から飛び交う。アサーバと呼ばれていた、イカサマを主導していた連中だ。二十人近くいたはずだ。
シャーヒナの声が拡声魔法で再び響いた。
「神は情けを与える。お前たちがこの闘技場から一歩でも出られるか。円の中で最後の一人になれば許しを与えよう」
俺は警備員に捕まり、本当の退場口へ連れて行かれる。
「悪いが、さっきの戦いで足の筋を切った。運んでくれ」
その場にしゃがみ込むと、
「ふざけるな、さっさと出ないと懲罰になるぞ」
「だが、俺にも見る権利が……」
捕らえられていたアサーバたちは全員自由となり、剣が円の中に人数分放り投げられたのが見えた。
やれやれとばかりにワッドが様子を見にやってきた。
「トルサン、後で教えてやる。規則だ。下がれ」
そこまで言われては諦めるしかなかった。大人しく控え室に下がった。
大歓声が沸き起こり、その後、闘技場には静寂が訪れた。
「一体何が行われているんだ?」
長椅子に腰掛け、防具を外し、剣を立てかける俺に、風に乗って声が届いた。
「処刑だ。そして見せしめにして賭けの対象にする」
サーミヤだった。高い塔の上から全てを見渡し、俺に伝えてきた。
※
「今日からここがお前の住まいだ」
ワッドが指さしたのは、闘技場裏手にある門の先の大きなテントだった。
「何だ?ここは?」俺は尋ねた。少し不親切すぎるだろう。
「お前がさっきくぐったのがグラディアトル、剣闘士の門だ。そしてここが剣闘士たちの棲家だ」
「ふうん。こんな場所があったとは知らなかった。だから奴らとは会わなかったのか……」
「お前なぁ……」
ワッドは呆れたように説明してくれた。剣闘士の門をくぐることに憧れて、ほとんどの剣士は日夜努力していることを。
俺はたった二回の戦いでここに来てしまった。言うまでもなく最短記録だそうだ。
「そうか、俺は運が良かったな」
その言葉に再び呆れたワッドは、そそくさとテントから帰ろうとしていた。
「待ってくれ、ワッド。話をしてくれる約束だろ?」
俺が追い出された後の競技場のことだ。
「結果から言うと、アサーバの首領が勝ち残ったのさ」
味方同士で殺し合いをさせる、悪趣味な見せ物だ。
「仲間だろうに、何故一緒に戦わず出口を目指さなかった? それでいいのか?」
「もちろんだ。シャーヒナ様は約束を守る御仁だ。俺たちもそのつもりで身構えていたがな」
「ふうん」
俺の目が語っているのに気づいたワッドは言葉を続けた。
「おい、トルサン。囲んで殺したりはしてない。円から落ちて来た奴との一対一の戦いだ。それを観客も望んでいるならな」
「それで、ワッドは何人だ?」
「一人だ」
ワッドの素早さを知っている俺は、きっと他のやつに戦いを譲ったんだろうと感じていた。例えば、剣闘士たちとかに。
「ああ、飯と水は持って来させるよ。お前の担当の看守にな」
もういいだろうとでも言いたげに、ワッドはテントを出て行こうとした。
「ああ、ワッド、ありがとう」
聞こえたのか、わずかに手をあげてテントの扉から姿を消した。
俺はテントの中に唯一ある大きなベッドに寝転がった。
「ここが俺の城か」
いつのまにか眠りに落ちていたようだ。大した戦いではないと言いながらも、どこかに緊張があったのだろう。
小さな折り畳みのテーブルには、剣闘士の食事と水、そしてランプが置かれていた。俺は食事を済ませるとランプを消して再び眠った。
早朝、目が覚めて門を出て河原に散歩に行った。朝日が登ろうとしている。
ぼんやりと眺めていたが、帰ろうとした時、何人かの剣士や冒険者が練習にやってきて声をかけてきた。
こんな時間に珍しいな。彼らの服はすでに乱れ、足元が汚れていた。
「トルサン、カビースが死んだぞ」
「はぁ? 治療を受けていたはずだが」
「脱走を図ったらしい。しかし闘技場近くの岩場で転んで死んだらしい。奴らしい最後だな」そう笑って言った。
ああ、奴らしい殺され方だ。
俺は心の中でそう答えた。
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