因縁の剣闘
『因縁の対決』――その言葉が、闘技場の空気を支配していた。
中級剣闘士の実力を持つ下級剣闘士として知られる熟練の大男、カビース。
そして、新人見習い戦の優勝者、俺――トルサン。
ただの実力勝負じゃない。
イカサマの容疑者と、その密告者。
真実を巡る、二つの剣がぶつかり合う。
その話題は、もう闘技場の中だけにとどまってはいなかった。
観客席、裏方、教室――どこへ行っても、誰もがその日を固唾を呑んで待ち構えていた。
けれど俺は、日々の生活を変えなかった。朝起きて、飯を食って、闘技場の外周を走る。
――飛び級で剣闘士になった今、授業はもうない。全ては、自分で決め、自分でやる訓練だけ。
「頼む、練習に参加させてくれ!」
俺はワッドに頭を下げ、剣闘士見習いのティロクラスに混ぜてもらった。
このクラスともなると、剣の一振りが違う。
びゅん、びゅん――風を切る音が、耳の奥を鋭く貫いてくる。
飛び級者として、冷ややかな視線を浴びるかと思っていた。だが、意外にも彼らは、俺を受け入れてくれた。
「噂は聞いてる。この中にも、あの件で被害に遭った奴がいる。……勝てよ」
実力者のひとりが、ぽつりとそう言った。他の連中も、無言でうなずいてくれる。
その無言の重みに、胸の奥が熱くなった。
昼食後、読み書きの授業に出る。
「試合が終わってからでも構わんのだぞ?」
先生はそう言ってくれた。けれど、俺はすぐに首を振った。
「今、受けたいんです。契約書や名札が読めなくて……苦労したから」
先生は豪快に笑い、頷いてくれた。
「そうか。じゃあ、しっかり学べ!」
夕方、俺は河原へ向かう。河原片隅で、大剣を振る。
――まだ、俺の体に合った剣じゃない。
それでも、これが俺の武器になるなら。
筋肉が悲鳴を上げても、ただ、ひたすらに振り続けた。切れた筋肉はすぐに戻り、強くなるのがわかる。
同じように河原で鍛えている奴ら、自分の意志で武を磨く者たち。
「トルサンさん!」
あの少年だ。以前、怒鳴ってしまった……カインと一緒にいた牢の子供。
「ああ、お前たちか」
「負けないでください!」
「……絶対、負けない。カインのことは――すまなかった」
俺は頭を下げた。だが少年は、そっと首を振った。
「カインさんは、きっと誰にでもそうする人です。僕たちが同じ目に遭っても、絶対、助けてくれたはずです」
「そうだ。お前、自惚れるなよ」
その声に振り向くと、女ハイエルフの剣士が腕を組んで立っていた。――あのバトルロワイヤルで、カインに敗れた女。
「カインは、お前だけを救うなんて考えない。誰にでも手を差し伸べる。それが、あいつだ。……だから、お前も、恩を返せ!」
睨みつけるような目だったが、その言葉は不思議と温かかった。
「……はあ。でもさ、魔術を使った卑怯な奴のことは、嫌いかもしれないけどな!」
「くっ……! 優れた魔術って、カインは褒めてくれたんだよ!」
――ほんとうに、何者なんだ。カインって人は。
敵にまで言葉を届かせ、誰の心にも入り込む。
……ああ、勝てる気がしないな。
「口より体を動かしたらどうだ?」
背後から、声がした。振り返ると、数人の冒険者たちが立っていた。
「俺たちが相手してやる。この闘技場に泥を塗った奴……許せねぇのは、俺たちも同じだ」
その視線に宿っていたのは、ただの期待じゃない。
誇り、正義、怒り――すべてが、俺に向けられていた。
訓練を横目に、偵察していく者もいた。
「お前の訓練、偵察されてるぞ!」
実際はそれほどでもなかったが、俺はふらつく演技をした。
少しは頭も使う。
「カビースが奴隷として売られるらしい」という噂もあった。
だが、シャーヒナが対決後にすると拒否したと、ワッドが教えてくれた。
(逃げられてたまるか……!)
――そして、ついにその日が来た。
※
「用意はできてるか? トルサン」
「当たり前だ」
ワッドに連れられて、コロシアムの控え室へと向かう。
「今日の練習は素振りだけにしとけって言ったろ!」
……まあ、河原での訓練を止められて、夜まで時間があったから、少し昼寝してしまったのは事実だ。
「お前みたいな豪胆な奴は初めて見たよ」
長い通路の途中、何人もの者がすれ違いざまに声をかけてくる。
「勝てよ!」
「頑張れ!」
いや――彼らは、わざと俺の通る場所で待っていてくれたのかもしれない。
控え室の壁越しに、観客の声がざわめいている。
「そういえば今回の審判だが、八百長をしていた奴らしいな」
「何だって? それじゃ不利になるじゃないか」
「どうかな。話はそう単純じゃない。今度ばかりは、下手なことはできんよ」
ワッドは、そう言って笑うと、扉を開けた。
観客席を見上げれば、バトルロワイヤルのときよりも、はるかに埋まっていた。
カインは……どこかで見ているのだろう。あの老婆と一緒に。
向かいの門から、カビースが姿を現す。
ぎらついた目つきが、鎧の隙間からこちらを貫いてくる。
「相変わらずの大男だな、くそっ!」
サーミヤと会って以来、俺の中で芽生えた巨人族としての誇り。
だが今の俺の体は、人族の大人と比べてもまだ小さい。名前が呼ばれ、俺は手を上げたが、どうしても恥ずかしくて、視線を地面に落としてしまう。
向こうは、片手の剣と盾を振り回して観客を煽っていた。
闘技士としての自信と、誇りをまとって――
でも俺は、俺のやり方で勝つ。
全部、この剣で――断ち切ってみせる。
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