殺し合いの支度
その笑顔は穏やかだったが、どこか目が澄みすぎていて、俺には逆に怖かった。
この男が、俺の命の行方を知っているのだろうか。
それとも——もう、決まっているのか?
「お前の試合は特別に大金が動くからな。できる限りサポートさせてもらう」
委員のワッドが肩をすくめ、半ば呆れたように言った。
「さあ、行くぞ。まずは武器からだ」
武器庫へ向かう途中、ワッドから今回の試合内容が伝えられる。相手はカビース。そして、真剣使用の本気の殺し合い。
「使うのは真剣だ。お前には剣と防具を貸し出す。これは、剣闘士に昇格する際と同じ扱いだ。……もちろん貸出だ。代金はファイトマネーから引かせてもらう」
「剣はともかく、防具はいらない」
「ダメだ。金が動く試合だ、みすぼらしい格好じゃ締まらん。それに今回は特別ルールがある。――降参しても、相手か審判が認めない限り試合は続行される」
つまり、殺し合いを強要されるということか。待遇の理由がわかった。
剣闘士は本来、闘技場にとっては商品。破損させるのは損失のはずだ。それでもこのルール……よほど観客の鬱憤が溜まっているのだろう。おそらく、八百長の噂が広まっている。
「それは……ありがたい」
俺は微笑んだ。その唇の奥には、確かな殺意が潜んでいた。
――必ずカビースを殺す。
ワッドが、その笑みに一瞬たじろいだように目を見張る。
「……負けることもあるんだぞ?」
「でも、降参しなきゃ終わらないんだよな?」
「……はぁ? 死ぬ気かよ、お前」
ワッドは呆れたように言ったが、すぐに俺の覚悟を読み取り、話題を切り替えた。
「どの剣にする? 普段は最低ランクのものしか貸せんが……今回は特別だ。上位のも使っていい」
「とにかく、頑丈で重い剣がいい。振った感触がちゃんとあるやつだ」
ワッドが頷いて、武器庫の管理人アスリーハに合図を送る。
出てきた候補の剣は、どれも質が高かったが――俺は迷わず、一番無骨で黒光りする板のような剣を手に取った。
持ち上げた瞬間、手のひらにずしりと重みがのしかかる。だが、それが心地よかった。
「まさか、それか? 今までそれを選んだ者はいなかった。……仕入れといて正解だったな。果たして、お前に振れるかな?」
アスリーハが挑発めいた声で笑った。
「――問題ない」
俺は両手で柄を包むように握り、剣を振る。びゅん、と空を裂く音が響き、周囲の空気が震える。
それは、まるで剣が何かを語りかけてくるようだった。まだ意味は分からない。けれど、深く、重い、意思のようなものを感じた。
「ほぉ……これなら見栄えはするな。ははは、持ち手に布でも巻いてやろう」
ワッドは満足げに笑ったが、アスリーハの顔が引きつる。
「ちょっと待て。それは……古代遺跡で発掘された剣だ。旧種族の武器なんだ。戦闘で使うなんて……」
言ってから、アスリーハはしまったという顔をした。
「……シャーヒナには黙っておいてやろう。武器をコレクションして楽しんでることはな」
ワッドが得意げに言う。
「違う。将来値が上がる貴重な資産を保管しているだけだ。すべてはシャーヒナのため……」
アスリーハはぶつぶつ文句を言いながらも、渋々貸し出しを承諾した。
骨董だろうが何だろうが、そんなことはどうでもいい。
――勝つための剣だ。それだけだ。
思いがけず、両手剣になってしまった。予定では双剣を使うつもりだったが、この剣に呼ばれた気がした。
――きっと、俺の種族の剣だ。巨人族の。
生き延びたら、買い取ろう。
盾は使わない。代わりに、頑丈な籠手と、アダマンタイト級のナイフを借りた。防具は仕方なく、最低限の一式を身につけることにした。
ナイフを手渡されるとき、アスリーハが不安げに俺を見た。
「……殺し合いでもするつもりか?」
その問いに、ワッドが代わりに答える。
「ああ、こいつはそのつもりだ」
アスリーハは短く頷いた。
「――そうか。生きろよ」
その一言だけを残し、背を向けた。
「お前を一人前として扱わねばならん。剣闘士として、闘技場に立ってもらう。……奴隷の首輪は外す。その代わり――奴隷紋を刻むことになる」
奴隷の首輪は、所有者と、属する場所を示す標。
物理的な装置であり、魔術によって締めることもできる。
だが、奴隷紋は違う。それは“誓約”――破ることが極めて難しい契約だ。
もちろん、誓わせる側にも制限がある。「死ね」といった理不尽な命令は通らない。
一人前の剣闘士となれば、武器の携帯が許される。
すなわち、闘技場にとっては脅威でもあり、同時に――頼れる味方でもある。
剣闘士は闘技場から金を受け取り、その報酬で暮らしていく存在なのだ。
「刻まれるのは、闘技場の紋章だ。……将来、お前が他に売られることがあっても、自分で買い戻すことがあっても――奴隷紋の所有者が変わることになる」
「構わない。それがなきゃ、戦えないんだろ?」
「ああ。……じゃあ、呪術師のところへ向かおう」
これから何度も顔を合わせることになるだろう。
そしてきっと――これまで出会った誰よりも、厄介な相手だ。
……呪術師。いったい、どんな奴なんだ?
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