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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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カビース戦前夜

俺たちは、監察官の部屋へ戻り、カビースとつるんでいた看守の名前をひとりずつ告げた。

「わかった。それでどうやって吐かせるつもりだ?」

シャーヒナの前で、ハディードが探るようにカインに尋ねた。


「はい。刑罰について説明を行います。最初に自白すれば軽罰に。ですが、他の者が先に自白すれば――極刑です、と」

「それだけか?」

「同時に取り調べます。全員が一番になろうとすれば、あとは我々の裁量で決められます」


ずいぶん姑息なやり口だと、俺は思った。

仲間を売るようなヤツが、そんなにいるもんか――。

だが同時に、胸の奥が冷えた。

ここは闘技場だ。生き残るためなら、誰だって牙を剥く。


「面白い」

シャーヒナは、ただ一言だけ言った。


結果は、すぐに出た。

俺が喉の渇きを紛らわそうと水を一杯飲み終える前に。


「ハディード、マーケットにいるアサーバ達を逃すなよ」

「お任せを。兵士をお借りします」


シャーヒナの片腕――冷静で無駄のない男は、迷いなく部屋を出ていった。



「さて、カイン。どう責任を取ってもらおうか。闘技場の信用は地に落ち、大損だよ」


「発言をお許し下さい」

カインは俺の方を見た。

顔色は青ざめ、言葉を探しているようだったが、それでも逃げなかった。


「トルサンとカビースの試合を組んではいかがでしょう。今回の因縁を利用し、噂を流して……宣伝に使います」


声が震えていた。

それでも、目は逸らさなかった。


「こいつは、勝てるんだろうな?」

老婆は鋭く問いかけた。


カインは、もう一度だけ俺の顔を見た。

その視線に、覚悟が滲んでいた。

俺は、何も言えなかった。

言えば、この選択を否定することになる気がしたからだ。


「もちろんです」


俺は言葉を飲み込んだ。

――俺を、あいつと闘わせろ。

その一言すら、喉の奥で砕けた。


「いいだろう。だが、負けることは許されん。勝てば恩赦を与えねばならぬ。それがどれほど私にとって不快か、わかるか?」


勝つ。

勝たなければならない。

生きるためじゃない。


カインが、それを察したのか、わずかに首を振った。


「はい。トルサンは勝ちます。闘技場を愚弄したカビースには、それにふさわしい屈辱を――必ず与えます」


「それは楽しみだ」


シャーヒナは、ゆっくりと椅子を立った。


「話は終わりだ。カイン、来い。今日からお前の家は、私の屋敷だ。あれは約束だったな。可愛がってやろう」


「……ありがとうございます、シャーヒナ」


カインは、心ここにあらずといった様子で立ち上がり、俺の肩に手を置いた。

その手は、かすかに震えていた。

そして、何も言わずに老婆のあとを追って部屋を出ていった。


その時、ようやく理解した。


俺は――友に助けられたのだ。

いや。

友が、自分の人生を売ってまで、俺を助けてくれたのだ。


俺は独房に戻されたが、運ばれてきた食事は明らかに異常だった。

パンが数個、大きなブロック肉の塊、フルーツ、ワイン。

まるで一人前の剣闘士の献立だ。


「……間違ってないか? 俺はノービスだぞ」


食事を運んできた女奴隷に声をかける。

彼女は一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を落とした。

何か言いたげに唇を動かしかけ、結局、何も言わず立ち去った。


その背中が、なぜか胸に残った。

ここでは、言葉を持つこと自体が罪なのだと、思い知らされるようで。


「それで合ってるぞ!」

看守が顔を出した。


「なんでだ? 理由を教えてくれよ」

「知らん。上からの指示だ。ありがたく食え。お前、カビースと対戦するんだろ? もう闘技場中に広まってるぞ。これは剣闘士の食事だ。つまり……そういうことだ」


つまり、もう舞台は整っているということか。

俺の意思など関係なく。


次に運ばれてきたのは、高級なベッドだった。

独房は、一気に“居心地のいい牢獄”へと化けた。


さらに別の女奴隷が、大きなたらいにたっぷりの水とタオルを運んでくる。

年上の、色香のある女だった。


「お体をお拭きしましょうか? お脱ぎくださいな」


慣れた手つきで服に触れられ、思わず身を引いた。

甘い香りが鼻をくすぐる。


「……いや、自分でやる。置いといてくれ。ありがとう」


俺は顔を真っ赤にしながら、脱がされた服で体を隠し、壁際に避けた。


「ふふふ、可愛い子ね」

女は、少しだけ寂しそうに笑った。

「勝ちなさい。ここでは、それしか生き残る道はないから」


それだけ言って、彼女は去っていった。


たったそれだけの言葉なのに、胸がざわついた。

生き残った先に、何があるのか。

彼女は、それを知っているような気がした。


ベッドの上しか居場所のない狭い独房に、ごろんと横になる。


贅沢すぎる食事。

柔らかすぎる寝床。


俺は、これを「幸運」だとは思えなかった。

まるで、処刑前の死刑囚に与えられる“最後のご褒美”だ。


本当は、考えなければならないことが山ほどある。

カビースのこと。

勝ち筋。

そして、カインの未来。


それなのに、頭は妙に静かだった。

満たされた腹と、張りつめた覚悟だけが残る。


――勝つ。

俺は、必ず勝つ。


気づけば、深い眠りに落ちていた。


朝の光が小さな窓から差し込む頃、独房の床に新たな朝食が置かれていた。

昨夜と同じほどに豪華な、祝宴のような朝食。


そのとき、看守がやってきて鉄格子を開けた。


「もうすぐ闘技場の委員が来る。大人しく待っていろ!」


俺は慌てて朝食を口に放り込んだ。

いつ、これが最後になるかわからない。


「慌てるな。誰も取らんよ」


静かな声。

振り返ると、年老いた温和そうな男が立っていた。


だが、その目は、俺を“剣”を見るように値踏みしていた。


「試合までの間は、お前の立場は守られている。壊れるまではな」


その言葉で、理解した。

この男もまた、闘技場の一部なのだと。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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