ノービス選抜戦
「ところで、トルサン。やっと試合があるよ!」
新人になれば定期的に試合の機会があるが、見習いのうちは、せいぜい武道場での練習試合があるくらいだった。
「誰と戦うのかな?」
「全員だよ」
「……へ?」
「全員が闘技場に立たされて、最後の一人になるまで戦うのさ」
「ところで、報酬とかあるのか?」
「もちろん。これはノービスへの選抜だからね」
カインに試合のルールを聞いた。闘技場の決められた線から出れば失格。魔術は禁止。武器は木刀で、全員が同じサイズ・同じ重さのものを使うらしい。
「あー……俺の好きな重いやつは使えないのか」
「そうだね。牢屋単位で組んでくる奴らもいるから、頑張ってね」
「俺たちの牢屋は組まないのか? カインが呼びかければ、できるだろ?」
だが、カインはただ首を横に振った。
「トルサン。ノービスに上がったら、一対一の戦いばかりになるんだ。だから……ここでは一人で勝ち抜けるくらいの強さが必要だよ。ちなみに、そういう戦い方をするのは規則違反じゃないけどね」
――なぜか、その言葉が他人事のように聞こえた。
カインには実力があるし、変な話だけど、多くの奴隷たちに好かれている。だから、戦わずとも最後の二人に残れる気がしていた。なのに――
「カイン、俺はやることがあるんだ。だから、必ず最後の一人になるよ」
「そうか。健闘を祈るよ」
そのときのカインの表情は、どこか寂しげだった。
まるで「これで終わりなんだ」とそんな目をしていた。
どうしてカインは「一緒に上を目指そう」って言ってくれないんだろう。
※
「ルールが変わったらしい」
理由は、新人見習いの増加と、力量差が顕著になってきたため。これからは何組かに分かれて行うそうだ。
「それと、剣を手から離したり、片膝をついたら負け。掲示板に書いてあったよ」
「……そうか。ルールに従って、やるしかないな」
ここに来て三ヶ月。焦っていないつもりだった。だが、それは嘘だった。――ずっと感じていた。この立場から、そろそろ抜け出さなければならない、と。
そして、ルールに“剣で撃たれたら負け”が含まれていないのは、俺にとって都合がいい。肉体の強さを活かせるなら、それだけで戦える。
「次の練習で、組み分けが発表されるって。だから、頑張って!」
「カイン、お前もな!」
「……ああ、そうだな」
相変わらず、彼の返事にはどこか温度がない。それが“落ち着き”なのか、それとも――今の俺には、まだ判断できなかった。
だが、組み分けの発表で、俺とカインは同じ組になった。しかも、最終組。
カインは選定練習のとき、精彩を欠いていた。だが、先生たちは見逃さなかったのだろう。あのぼやけた動きの中に、内に秘めた何かを。
……あるいは、最初から決まっていたのかもしれない。この組み分けすらも。
「トルサン、午後の自由時間、バトルロイヤル形式で練習しよう!」
カインが声をかけてきた。けれど、その表情には勝利への執着よりも、俺たち――同じ部屋の仲間たちの実力を引き上げようという意志があった。
「なあ、カイン。約束してくれ。もし俺とお前が最後に残ったら――手加減せず、本気で勝負してくれ」
俺にとって、カインは“この場所で乗り越えるべき最後の壁”だ。
「……もう、わかったよ。でも、最終組には他にも強い奴がいる。油断するなよ」
「やっとだ。お前が前を向いてくれたな」
そう思った。そう……信じた。
――それが、勘違いだったと気づいたのは、もう少し先のことだった。
※
そして、試合当日がやってきた。
緊張で眠れなかったわけじゃない。ただ、目を閉じる度に、真剣な戦いに興奮する。待ち遠しい。
順番は、年少組や戦力の低い子たちから。正直、俺の目には“模擬戦ごっこ”にしか見えて仕方がない。
一方で、カインはいつもと変わらず動いていた。泣きそうな子を励まし、小さな手に剣を持たせ、一人ひとりに優しく声をかけていく。
「剣を持って、立つだけで立派だ。会場に出る勇気があれば、それで十分だよ」
それも当然かもしれない。試合会場は――俺たちが運ばれてきたときに見た、あの巨大な闘技場だったのだから。
観客席は、隙間もないほど人で埋め尽くされていた。まるで祭りのような熱気と歓声。俺は思った。――どこに、こんなに人がいたのか。何が、彼らをここまで熱狂させるのか。
「終わったら、楽しい食事会もあるよ。だから、ね、頑張ろう!」
カインの優しい声。けれど、その甲斐甲斐しさが今は少しだけ、鬱陶しく思えた。
俺は木刀を握りしめ、集中しようとする。が、どうしてもカインの姿が目に入る。
「カイン、もうすぐ俺たちの試合だろ!」
「うん。でも、この子たちが先だからね。心配しないで。俺の準備は、もうとっくにできてる」
そう言って、カインは俺の肩を軽く叩き、笑った。
……情けない。準備ができていなかったのは、俺の方だった。
※
この闘技場では、競技者が他人の試合を観戦することは禁じられている。看守ですら、自分の担当する牢屋の者しか見られない。
歓声が上がり、試合が終わると、戦いを終えた者たちは控え室とは別の通路から退場していく。
「誰が勝ったのかすら、わからないのか……」俺は呟いた。
「あれ? トルサン、他人を気にするなんてさっきと違うね?」
俺たちは目を合わせ、自然と笑みをこぼした。
「おい、お前たちの番だ。早く出ろ!」
試合を進行する職員らしき男が、うっとおしそうに声をかけてきた。
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