楽園か檻か
入口には、看守が立っている。
「カイン!」
思わず声をかけると、カインは軽く手を挙げた。
「教えてほしいことがあるんだ!」
つい叫んでしまい、看守が鋭く睨んでくる。
「静かにしろ、小僧」
カインは「待ってろ」と手振りで伝え、本を棚に戻し、看守に丁寧に頭を下げてから外に出てきた。
「図書室は許可がないと入れないんだ。本は高価だからね。でも、実はすごいんだよ、ここの蔵書は」
「そんな高いもん、俺たち奴隷に見せていいのか?」
「ああ。普通なら絶対にやらない。……でも、ここは違うんだ」
やっぱり。何かが――違う。
「夕飯までは自由時間だから、少しなら話せるよ。ただ、地上には出られない。……どこで話そうか」
カインは少し考える。どうやら、部屋では都合が悪いらしい。
「逃げ出し防止か?」
「誰の? どこに逃げる? 周囲は広大な砂漠、水もない。俺たちに価値なんてない。逃げても、探してもくれないよ」
「でも、高く買い取ってるんだろ?」
カインは、静かに頷いた。
「ありがたいことさ。……ところで、今日一日どうだった?」
「……正直、わけがわからない。奴隷って、こんな待遇なのか?」
「まさか。ここは特別なんだ。……僕が図書室にいる前、何をしてたと思う?」
「……さあ?」
「冒険者教育を受けてた」
わからなすぎて、頭から湯気が出そうだった。
「ここでは、育ててから売るんだ。俺たちを、ただの“労働力”としてじゃなく、磨いた“商品”として」
その言葉に、俺はほんの少し、寒気を覚えた。
「……そんなこと、できるのか?」
人を“磨いて売る”。言葉にすれば綺麗だが、それが“育成”なのか、“飼い馴らし”なのか――まだ、わからない。
そのとき、カインが立ち止まる。
「ちょうどよかった。俺も、これから外に出るところだった。一緒に来る?」
「……外に出られるのか?」
「この扉からならね。ただし、夜の鐘が鳴るまでだ」
カインに案内され、俺たちは階段を上がった。
途中、警備員に軽く会釈をして、分厚い扉が開かれる。
まぶしい夕陽が差し込んだ。ひんやりとした地下の空気から一転、乾いた温風が頬を撫でる。
思わず、目を細めた。
――これが、地上。
本当に、俺たちは奴隷なんだろうか?
たどり着いたのは、闘技場から離れた乾いた河川敷のような場所だった。
少しばかり緑があり、そこには手入れされた菜園が広がっていた。
「そこは、入ったら殺される。砂漠で育つ野菜は貴重なんだよ」
「……そうだな」
緑に囲まれた、あの“穴”での暮らしが、ふと脳裏をよぎる。
俺は、まだ知らない。
この町が、楽園なのか、檻なのか。
でも今――ほんの少し、自分が“何かになれる”気がしていた。
※
河原では、多くの奴隷たちが自主的に訓練していた。なるほど、地下に人が少ないわけだ。中には冒険者の姿もあり、指導する姿も見える。
「彼らは、元はここの奴隷さ。さっきの話の続きだけど……」
この町では、奴隷は高く売れるという。だからこそ、教育が施される。高く買った主人も、当然ながら奴隷を粗末には扱わない。
大切にされた奴隷は、命をかけてその主人を守る。
「この町じゃ、奴隷に命を救われた主人の話なんて山ほどあるんだ。命を賭して守り、死んでいった奴隷もな」
「そこまでして……」
「そこまでするんだよ」
カインは腰を上げると、近くに置いてあった木剣を手に取った。刃を振るその姿は、ひたすらに美しい。
長年の鍛錬が、自然と体に染み込んでいるのだろう。素人の俺ですら、ただ者ではないと感じた。
カインは冒険者たちに声をかけ、軽く打ち合いを始める。
「ほぉ、やるな。俺の剣を受けられるとは、中級剣闘士だったんだぜ?」
冒険者の剣筋を見切り、的確に捌いていたカインだったが——斬撃が本気になった瞬間、その威力に押され、木剣を落としてしまった。
彼の顔に、わずかな翳りが浮かぶ。
……俺は、決めた。
「お手合わせ、お願いします!」
思わず声が出た。冒険者たちは俺を見るなり、呆れたように肩をすくめる。
「こいつ、実戦じゃ負けたことないとか言ってた奴だろ? そんな強い相手に挑む必要ないって」
背を向ける彼らに、俺は深く頭を下げた。
「……すみませんでした。ですが、どうしても、一度だけお願いしたいんです」
一番体格の良い男が、軽い身のこなしで俺の前に立った。動きが速い。
「いいだろう。少しは考えを改めたようだな」
「ほどほどにな」
「いや……こいつには、体で覚えてもらう必要がありそうだな。覚悟しろよ」
さっきの中級剣闘士よりも鋭く、速く、技の種類も豊富だ。次々に繰り出される打撃を、俺はただ耐えた。
痛くはない。本物の剣だったとしても、せいぜい傷跡程度で済むはずだ。
だが——
「ほぉ、面白い奴だな。硬いな、お前の体」
やがて、男の木剣が折れた。
「ここまでだな」
立ち去ろうとする男に、俺は声をかけた。
「もう少しだけ、お願いします!」
「本気か? 明日、起き上がれなくなるぞ」
「大丈夫です。体だけは丈夫なんで」
「ふうん……ならば」
男が片手を挙げると、遠くから新しい木剣が投げられた。手慣れた動作で受け取ると、彼は再び構える。
少しずつ、男の剣が見えるようになってきた。受けることもでき始めた。
「——最後だ!」
上段から、全力の剣が振り下ろされた。
俺は、力いっぱい受け止める。
剣は、ぴたりとも動かなかった。
「……お前、名前は?」
男は驚いたように尋ねる。
「トルサンです。サイフさん、ありがとうございました」
深く頭を下げると、サイフは豪快に笑った。
「ははは、明日起き上がれるといいがな!」
気づけば、河原には多くの奴隷たちが集まり、訓練を止めてこちらを見ていた。
だが、鐘の音が鳴ると、皆慌てて戻っていく。
牢に帰る時間だ。
「体は大丈夫か?」
カインが心配そうに駆け寄る。
「ああ、この通りだよ」
俺は服の袖をまくり、腕を見せた。そこには、もう傷跡すら残っていなかった。知らぬ間に、自分の体の中の魔力によって治癒されていた。
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