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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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14/22

楽園か檻か

入口には、看守が立っている。

「カイン!」

 思わず声をかけると、カインは軽く手を挙げた。


「教えてほしいことがあるんだ!」

 つい叫んでしまい、看守が鋭く睨んでくる。


「静かにしろ、小僧」

 カインは「待ってろ」と手振りで伝え、本を棚に戻し、看守に丁寧に頭を下げてから外に出てきた。


「図書室は許可がないと入れないんだ。本は高価だからね。でも、実はすごいんだよ、ここの蔵書は」

「そんな高いもん、俺たち奴隷に見せていいのか?」


「ああ。普通なら絶対にやらない。……でも、ここは違うんだ」

 やっぱり。何かが――違う。

「夕飯までは自由時間だから、少しなら話せるよ。ただ、地上には出られない。……どこで話そうか」


 カインは少し考える。どうやら、部屋では都合が悪いらしい。

「逃げ出し防止か?」

「誰の? どこに逃げる? 周囲は広大な砂漠、水もない。俺たちに価値なんてない。逃げても、探してもくれないよ」


「でも、高く買い取ってるんだろ?」

 カインは、静かに頷いた。

「ありがたいことさ。……ところで、今日一日どうだった?」


「……正直、わけがわからない。奴隷って、こんな待遇なのか?」

「まさか。ここは特別なんだ。……僕が図書室にいる前、何をしてたと思う?」

「……さあ?」


「冒険者教育を受けてた」

 わからなすぎて、頭から湯気が出そうだった。

「ここでは、育ててから売るんだ。俺たちを、ただの“労働力”としてじゃなく、磨いた“商品”として」


 その言葉に、俺はほんの少し、寒気を覚えた。

「……そんなこと、できるのか?」

 人を“磨いて売る”。言葉にすれば綺麗だが、それが“育成”なのか、“飼い馴らし”なのか――まだ、わからない。


 そのとき、カインが立ち止まる。

「ちょうどよかった。俺も、これから外に出るところだった。一緒に来る?」

「……外に出られるのか?」

「この扉からならね。ただし、夜の鐘が鳴るまでだ」


 カインに案内され、俺たちは階段を上がった。

 途中、警備員に軽く会釈をして、分厚い扉が開かれる。


 まぶしい夕陽が差し込んだ。ひんやりとした地下の空気から一転、乾いた温風が頬を撫でる。

 思わず、目を細めた。


 ――これが、地上。

 本当に、俺たちは奴隷なんだろうか?

 たどり着いたのは、闘技場から離れた乾いた河川敷のような場所だった。


 少しばかり緑があり、そこには手入れされた菜園が広がっていた。

「そこは、入ったら殺される。砂漠で育つ野菜は貴重なんだよ」

「……そうだな」


 緑に囲まれた、あの“穴”での暮らしが、ふと脳裏をよぎる。

 俺は、まだ知らない。

 この町が、楽園なのか、檻なのか。

 でも今――ほんの少し、自分が“何かになれる”気がしていた。


 河原では、多くの奴隷たちが自主的に訓練していた。なるほど、地下に人が少ないわけだ。中には冒険者の姿もあり、指導する姿も見える。


「彼らは、元はここの奴隷さ。さっきの話の続きだけど……」

 この町では、奴隷は高く売れるという。だからこそ、教育が施される。高く買った主人も、当然ながら奴隷を粗末には扱わない。


 大切にされた奴隷は、命をかけてその主人を守る。

「この町じゃ、奴隷に命を救われた主人の話なんて山ほどあるんだ。命を賭して守り、死んでいった奴隷もな」


「そこまでして……」

「そこまでするんだよ」

 カインは腰を上げると、近くに置いてあった木剣を手に取った。刃を振るその姿は、ひたすらに美しい。


 長年の鍛錬が、自然と体に染み込んでいるのだろう。素人の俺ですら、ただ者ではないと感じた。

 カインは冒険者たちに声をかけ、軽く打ち合いを始める。


「ほぉ、やるな。俺の剣を受けられるとは、中級剣闘士だったんだぜ?」

 冒険者の剣筋を見切り、的確に捌いていたカインだったが——斬撃が本気になった瞬間、その威力に押され、木剣を落としてしまった。


 彼の顔に、わずかな翳りが浮かぶ。

 ……俺は、決めた。

「お手合わせ、お願いします!」

 思わず声が出た。冒険者たちは俺を見るなり、呆れたように肩をすくめる。


「こいつ、実戦じゃ負けたことないとか言ってた奴だろ? そんな強い相手に挑む必要ないって」

 背を向ける彼らに、俺は深く頭を下げた。

「……すみませんでした。ですが、どうしても、一度だけお願いしたいんです」


 一番体格の良い男が、軽い身のこなしで俺の前に立った。動きが速い。

「いいだろう。少しは考えを改めたようだな」

「ほどほどにな」


「いや……こいつには、体で覚えてもらう必要がありそうだな。覚悟しろよ」

 さっきの中級剣闘士よりも鋭く、速く、技の種類も豊富だ。次々に繰り出される打撃を、俺はただ耐えた。


 痛くはない。本物の剣だったとしても、せいぜい傷跡程度で済むはずだ。

 だが——

「ほぉ、面白い奴だな。硬いな、お前の体」

 やがて、男の木剣が折れた。


「ここまでだな」

 立ち去ろうとする男に、俺は声をかけた。

「もう少しだけ、お願いします!」

「本気か? 明日、起き上がれなくなるぞ」


「大丈夫です。体だけは丈夫なんで」

「ふうん……ならば」

 男が片手を挙げると、遠くから新しい木剣が投げられた。手慣れた動作で受け取ると、彼は再び構える。


 少しずつ、男の剣が見えるようになってきた。受けることもでき始めた。

「——最後だ!」

 上段から、全力の剣が振り下ろされた。

 俺は、力いっぱい受け止める。

 剣は、ぴたりとも動かなかった。


「……お前、名前は?」

 男は驚いたように尋ねる。

「トルサンです。サイフさん、ありがとうございました」


 深く頭を下げると、サイフは豪快に笑った。

「ははは、明日起き上がれるといいがな!」

 気づけば、河原には多くの奴隷たちが集まり、訓練を止めてこちらを見ていた。


 だが、鐘の音が鳴ると、皆慌てて戻っていく。

 牢に帰る時間だ。

「体は大丈夫か?」

 カインが心配そうに駆け寄る。


「ああ、この通りだよ」

 俺は服の袖をまくり、腕を見せた。そこには、もう傷跡すら残っていなかった。知らぬ間に、自分の体の中の魔力によって治癒されていた。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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