剣と文字
自信を取り戻した俺は、気合いを入れ直した。あの大穴で、真剣を振り続けていた日々を思い出す。巨人族の力、ドラゴンの強さ。鍛錬は積んできたはずだ。
指導には、現役の冒険者や引退した剣闘士たちがついているようだ。
「各自、自分に合う剣を取れ」
「はいっ!」
誰もが一斉に、練習用の木剣を取りに武器棚へ殺到した。少しでも自分に合う一本を選びたいのだ。
俺がのんびり歩いて向かった頃には、まともな木剣はすべて無くなっていた。残っていたのは、極端に短いものか、異様に重そうな代物ばかり。
その中で、最も巨大な木刀を手に取った瞬間、ざわめきが起きた。
「おいおい、あの重い木剣で練習するつもりか?」
「あいつ、目立ちたいだけだろ。周回走じゃビリだったくせに」
「無駄口を叩くな!」
怒声が飛ぶ。剣の指導員だ。
「これから型の練習に入る。よく見て、真似しろ! 『よし』というまで素振りは止めるな!」
その号令と共に、奴隷の子供たちが一斉に剣を振り始めた。
「いち、に、さん、し……!」
汗が飛び、息が乱れる。だが皆、真剣そのものだ。
指導員たちは、ひとりひとり丁寧に見て回り、必要なら手を添えて矯正する。声を荒げる者もいるが、それは本気の証だ。
俺の体は、すぐに悲鳴を上げた。人の世界で、安易に魔法は使うなと、ファルに言われていた。だから、治癒すらしなかった。
こんなにも、全身が言うことをきかないとは。
力ならあるはずだ。巨人族の筋力、ドラゴンの耐久。
この練習用の木刀も、普通の奴には持ち上げられない重量だろう。
だが――
(使ってなかった筋肉だからか……)
うまく振れない。全身がバラバラに動く。
気づけば、俺だけがリズムを崩し、周囲の視線をまた集めていた。
「お前、出鱈目だな! 正しく剣を振れ! 手本をよく見ろ!」
「力任せに振るな! 一振り一振りを大切にしろ!」
指導員の声は、的確だった。
だが、俺は悔しくて――つい、口をついて出てしまった。
「……実戦なら、負けるつもりは無い」
独り言のつもりだった。
けれど、その場にいた誰も、何も言わなかった。
ただ、それきり。誰一人、俺に声をかけてくることはなかった。
ノービスクラスの少年たちが現れ、腕を組み、見下すような視線を投げかける。
「早く終われ」「そこをどけ」――無言の圧が空気を重くする。
それでも、誰一人として手を止めたりはしない。……俺以外は。
「まだ時間じゃない。待ってろ。最後、百回だ!」
「はい!」
その声でようやく気持ちを立て直し、残りの素振りに全力を注いだ。
昼。砂漠の太陽が真上からぎらつき、空には一片の雲もない。
「……暑い」
思わず漏らした声は、誰にも届かない。
ドワーフの村は高地にあり、涼しかった。
わあの大穴の中は常に快適な温度だった。
それに慣れきっていた俺には、この灼熱は地獄だ。
「みんな、平気なのか……?」
「ははは、平気なもんかよ」
カノンが肩をすくめる。
「昼はみんな、日陰か地下に避難する。ここ、サイダーンの地下はすごいんだ。迷宮の遺跡をそのまま利用してるから、夏でも涼しい」
昼食は、牢に戻る途中で配られる。パンと、冷たいスープ。
昨日、俺と一緒に入ってきた奴らの多くは疲れ切っていて、食欲も無いようだったが――俺は腹が減っていた。
「昼飯まであるのか……」
「それと、シエスタもね」
皆が食事を終えると、それぞれ床に横になり、軽く眠り始めた。規則らしい。
微かな寝息が響く牢の中で、俺は目を閉じなかった。
(――ファルの言葉)
『世界は広い。侮るな。そして、学べ』
俺は、その言葉の意味を、今ようやく噛みしめ始めていた。
※
そして、俺が驚いたのは、昼休みのあとのことだった。
「それでは皆、自分の教室に戻れ! 新しく入った奴には質問だ。読み書き、計算はできるか?」
空気がぴたりと止まる。沈黙が落ちた。誰一人、手を挙げない。
俺は……少しはできた。でも、自信はなかった。だから、手は挙げなかった。
それだけで、自分がひどく小さく思えた。
「だろうな。じゃあ、ついて来い」
看守に促され、俺たち新入りは地下へと連れて行かれる。入り組んだ通路を進むごとに、空気が変わっていく。
まるで――地の底にもう一つ、別の町があるみたいだった。想像なんて、遥かに超えていた。
「廊下の看板には番地と部屋の説明がある。地図もある。まず、それを学べ」
辿り着いた先は、学校の教室のような場所だった。
机が並び、本や筆記用具が用意され、教えてくれる先生もいる。
……カインの姿はなかった。
生まれて初めてだった。鉛筆のような道具を握り、石板に文字を書き、数字を並べる。
知らなかった世界に、指先と脳みそが、じわじわと熱くなる。
――これが、“学ぶ”ってことか。
金を払ってやることを、俺は朝からずっとタダでやっている。しかも、飯まで出る。
誰も怒鳴らない。殴られない。ただ、ひたすらに教えてくれる。
時間が、あっという間に溶けていった。
気づけば、外はもう夕方だった。教室には誰もいない。どうやら、終了時間を過ぎていたらしい。
最後まで残っていた白髪の老人教師が、俺に声をかけてくる。
「坊主、もう終わりだ。帰れ」
「先生、これらは借りられますか?」
「本は駄目だ。筆記用具は――まあいいだろう。石板は、なくしたら罰金だが、どうする?」
「借ります」
覚えたての文字を指でなぞりながら、俺は自分の牢に戻っていった。
頭の中で、今日習った言葉や数字がぐるぐると回っている。
「……一体、どうなってるんだ? 俺は、奴隷じゃなかったのか……?」
通路を歩いていると、ふと、部屋の中で働く女の奴隷たちが目に入る。
調理室、裁縫室――看板にはそう書かれていた。
彼女たちは夕飯を作り、布を縫い続けている。誰も、無理やりではなさそうだった。
じゃあ、他の男たちは何をしている?
目に入った「図書室」の扉。その中に、カインの姿があった。
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