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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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13/22

剣と文字

 自信を取り戻した俺は、気合いを入れ直した。あの大穴で、真剣を振り続けていた日々を思い出す。巨人族の力、ドラゴンの強さ。鍛錬は積んできたはずだ。


 指導には、現役の冒険者や引退した剣闘士たちがついているようだ。

「各自、自分に合う剣を取れ」

「はいっ!」


 誰もが一斉に、練習用の木剣を取りに武器棚へ殺到した。少しでも自分に合う一本を選びたいのだ。


 俺がのんびり歩いて向かった頃には、まともな木剣はすべて無くなっていた。残っていたのは、極端に短いものか、異様に重そうな代物ばかり。


 その中で、最も巨大な木刀を手に取った瞬間、ざわめきが起きた。

「おいおい、あの重い木剣で練習するつもりか?」

「あいつ、目立ちたいだけだろ。周回走じゃビリだったくせに」

「無駄口を叩くな!」

怒声が飛ぶ。剣の指導員だ。


「これから型の練習に入る。よく見て、真似しろ! 『よし』というまで素振りは止めるな!」

その号令と共に、奴隷の子供たちが一斉に剣を振り始めた。


「いち、に、さん、し……!」

 汗が飛び、息が乱れる。だが皆、真剣そのものだ。

 指導員たちは、ひとりひとり丁寧に見て回り、必要なら手を添えて矯正する。声を荒げる者もいるが、それは本気の証だ。


 俺の体は、すぐに悲鳴を上げた。人の世界で、安易に魔法は使うなと、ファルに言われていた。だから、治癒すらしなかった。


 こんなにも、全身が言うことをきかないとは。

 力ならあるはずだ。巨人族の筋力、ドラゴンの耐久。


 この練習用の木刀も、普通の奴には持ち上げられない重量だろう。

だが――


(使ってなかった筋肉だからか……)

 うまく振れない。全身がバラバラに動く。

 気づけば、俺だけがリズムを崩し、周囲の視線をまた集めていた。


「お前、出鱈目だな! 正しく剣を振れ! 手本をよく見ろ!」

「力任せに振るな! 一振り一振りを大切にしろ!」

 指導員の声は、的確だった。


 だが、俺は悔しくて――つい、口をついて出てしまった。

「……実戦なら、負けるつもりは無い」

 独り言のつもりだった。


 けれど、その場にいた誰も、何も言わなかった。

 ただ、それきり。誰一人、俺に声をかけてくることはなかった。


 ノービスクラスの少年たちが現れ、腕を組み、見下すような視線を投げかける。

「早く終われ」「そこをどけ」――無言の圧が空気を重くする。


 それでも、誰一人として手を止めたりはしない。……俺以外は。

「まだ時間じゃない。待ってろ。最後、百回だ!」

「はい!」


 その声でようやく気持ちを立て直し、残りの素振りに全力を注いだ。

 昼。砂漠の太陽が真上からぎらつき、空には一片の雲もない。

「……暑い」


 思わず漏らした声は、誰にも届かない。

 ドワーフの村は高地にあり、涼しかった。

 わあの大穴の中は常に快適な温度だった。

 それに慣れきっていた俺には、この灼熱は地獄だ。


「みんな、平気なのか……?」

「ははは、平気なもんかよ」

カノンが肩をすくめる。

「昼はみんな、日陰か地下に避難する。ここ、サイダーンの地下はすごいんだ。迷宮の遺跡をそのまま利用してるから、夏でも涼しい」


 昼食は、牢に戻る途中で配られる。パンと、冷たいスープ。

 昨日、俺と一緒に入ってきた奴らの多くは疲れ切っていて、食欲も無いようだったが――俺は腹が減っていた。


「昼飯まであるのか……」

「それと、シエスタもね」

 皆が食事を終えると、それぞれ床に横になり、軽く眠り始めた。規則らしい。


 微かな寝息が響く牢の中で、俺は目を閉じなかった。

(――ファルの言葉)

『世界は広い。侮るな。そして、学べ』

 俺は、その言葉の意味を、今ようやく噛みしめ始めていた。


  そして、俺が驚いたのは、昼休みのあとのことだった。

「それでは皆、自分の教室に戻れ! 新しく入った奴には質問だ。読み書き、計算はできるか?」


 空気がぴたりと止まる。沈黙が落ちた。誰一人、手を挙げない。

 俺は……少しはできた。でも、自信はなかった。だから、手は挙げなかった。


 それだけで、自分がひどく小さく思えた。

「だろうな。じゃあ、ついて来い」

 看守に促され、俺たち新入りは地下へと連れて行かれる。入り組んだ通路を進むごとに、空気が変わっていく。


 まるで――地の底にもう一つ、別の町があるみたいだった。想像なんて、遥かに超えていた。


「廊下の看板には番地と部屋の説明がある。地図もある。まず、それを学べ」

 辿り着いた先は、学校の教室のような場所だった。


 机が並び、本や筆記用具が用意され、教えてくれる先生もいる。

 ……カインの姿はなかった。


 生まれて初めてだった。鉛筆のような道具を握り、石板に文字を書き、数字を並べる。

 知らなかった世界に、指先と脳みそが、じわじわと熱くなる。


 ――これが、“学ぶ”ってことか。

 金を払ってやることを、俺は朝からずっとタダでやっている。しかも、飯まで出る。


 誰も怒鳴らない。殴られない。ただ、ひたすらに教えてくれる。

 時間が、あっという間に溶けていった。


 気づけば、外はもう夕方だった。教室には誰もいない。どうやら、終了時間を過ぎていたらしい。


 最後まで残っていた白髪の老人教師が、俺に声をかけてくる。

「坊主、もう終わりだ。帰れ」

「先生、これらは借りられますか?」

「本は駄目だ。筆記用具は――まあいいだろう。石板は、なくしたら罰金だが、どうする?」

「借ります」


 覚えたての文字を指でなぞりながら、俺は自分の牢に戻っていった。

 頭の中で、今日習った言葉や数字がぐるぐると回っている。


「……一体、どうなってるんだ? 俺は、奴隷じゃなかったのか……?」

 通路を歩いていると、ふと、部屋の中で働く女の奴隷たちが目に入る。


 調理室、裁縫室――看板にはそう書かれていた。

 彼女たちは夕飯を作り、布を縫い続けている。誰も、無理やりではなさそうだった。

 じゃあ、他の男たちは何をしている?


 目に入った「図書室」の扉。その中に、カインの姿があった。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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