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9.道を外れたバケモノ 1


 扉を開けると、苦虫を噛み潰したような表情をした兄弟が、真っ先に目に入った。


 これ以上ないほどのしかめっ面だ。


「何かあったの?」


「…おそい。よこせ」

「あ、ちょっと」


 返事の代わりに、紙袋をひったくられる。


 彼はがさがさと包みを漁り、揚げ菓子を4つまとめて口に放り込んだ。


 練り上げた小麦粉をねじり、油で揚げて、砂糖をまぶした菓子の、甘く香ばしい匂いが広がる。


「僕とエミリにも、1個くらいくれたってよくない?」


 兄弟は鼻を鳴らした。


 …ふと、カウンターの上に置かれた紙に目が留まる。



「…これは」


 見知った顔の上に、大きく踊る、殺人(ネファス)という文字。



____あぁ。彼は、道を誤ってしまったのか。



 人を守るべき存在である僕らが、道を踏み外した時に下される、制裁。


 ようするに死刑判決だ。



 モゴモゴと口を動かしながら、兄弟が何やら呟いている。



「食べてから喋ってくれない?」


 しばらく菓子を咀嚼し、ごくりと飲み込んで、兄弟は再びしかめっ面を作った。


「…胸糞悪ぃ」

「そんなに一気に食べたら、胸焼けもするって」

「そうじゃねぇよ」



 大きなため息を1つ。

「なあ、ウィルトゥーテ。行ってくれないか」


「…………」


「今この地域にいて、すぐ出られんのは俺とお前と、ブラスカ(気狂い)くらいだ」


 兄弟は、紫の目を細める。


「ブラスカはこいつと相性が悪い。不利な戦いになるし、俺じゃ勝てない。けど、お前なら少なく見積っても互角だ」


「…やってみないと、分からないよ?僕らの最大の武器は、血だ」


 半吸血鬼(ダンピール)の血液は、吸血鬼(ラミア)の血液を凝固させる。

 体内に、少量でも取り込ませることができればこちらの勝ち。


 吸血鬼(ラミア)"のみ"に効果的な、武器だ。


「それが使えない以上、真っ向から勝負するしかない。どんなに危険か、なんて、言わなくても分かってるよね」


「………」


 紫水晶(アメジスト)の瞳が、真剣に僕を見ていた。


「お前は、強い」


 込められた沢山の意味を、言外に感じ取る。


「……はぁ」


 …仕方が無い。


「分かった。行ってくる」


「…悪いな」


「悪いと思ってるなら、キミもたまには戦ったら?」

「やだよ。俺、まだ死にたくねぇもん」


「僕だって、死にたくない」


 兄弟の表情が(かす)かに歪んだ。





「…ダンピィ?」


 小さな、少女の声が、暗く立ち込めた場の雰囲気を壊す。



「…ん?何?」

「ダンピィは、死にに行くの…?」





「…へ?何で?」

 間の抜けた声を上げてしまった。


「…違うの?」

 それは、不安に満ちた問いかけだった。



 思わずまじまじとエミリの顔を見る。


 これが、昨日「死にたい」と言っていた少女の目だろうか。




____ふと、心配されているのだと気が付いた。





「…大丈夫。無事に、戻ってくるから」


 温かい感情が胸の奥から吹き上げる。



 嬉しかった。

 只々、純粋に。


 この少女を少しでも安心させてあげたいと、そう思った。


「別に、初めての事じゃないし。ビグレドと仲良くして、待ってて」

「絶対、戻ってくる…?」



 声に、必死の色が滲んでいた。



「……」


 その、小さな体から溢れ出る思いの深さに、少しだけ戸惑う。



「…うん、約束」


 それでも僕は、頷いた。


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