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8.怠惰な兄弟 2


 表通りの酒場の給仕が、近々結婚して村に帰るとかで、辞めるらしい。

 新しく見習いでも雇おうかしらと女将が言っていた。


 そこに、少女を紹介してやることにする。



 紹介料代わりに兄弟をお遣いに行かせた。


 出店の菓子は、とんでもなく美味い。


 けれど日が高く昇った時間にしかやっていないから、自分で買いに行くのは(いささ)かめんどうなのだ。


-*-


 閉じた扉を見つめて、所在無さげに立ち尽くす少女に声をかける。


「とりあえずそこ座れ」


 彼女は壁際に置かれた椅子の一つに、大人しく腰掛けた。


「エミリ…とかいったか?」


 こくりと少女がうなずく。


「…まあ、なんだその」


 …気まずい。


「ビグレドは」


 意外なことに、少女の方から口を開いた。


「お、おう。なんだ」

「ダンピィと仲が良いの?」



一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。



「…ああ、アイツお前にそう名乗ったのか?」



 エミリが怪訝な顔をする。



「ダンピィ、じゃないの…?」


 思わず吹き出した俺に、不思議なモノを見るような目を向けるエミリの表情が、また可笑しい。


「ダンピールのダンピィ、ねえ」


 また随分と安直な…。


「…じゃあ」


 ややむくれた顔で、エミリが言った。


「ダンピィはホントはなんていう名前なの?」

「無いよ」


「…え?」


「俺達に名前なんて、無い」


 大きく見開かれる、鳶色(とびいろ)の瞳。


「俺達はあくまで吸血鬼(ラミア)()るために(つく)られた生物だからな。名前なんて無い」


「……つくられた?」


 エミリは、困惑そのものといった表情で首をかしげた。


「…あー、そうか。一般的な解釈でいくと、ちと違うんだったな」


「…?」


 わけが分からないというように眉をひそめるエミリに、俺は自分の白髪(はくはつ)をわしわしと掻いた。


「強いていうなら、そうだな。識別番号86アイデント・オクタヘキサか、アイツは」


「識…別…?」


「教会のヤツらが俺たちを見分ける時にそう呼ぶ。でもアイツ、んなふうに呼ばれるの嫌がると思うぞ」


「…ビグレドも、本当の名前じゃ無いの?」


「俺か?」


 口の端を釣り上げて、笑う。


「ああ、ちゃんと吸血鬼(ラミア)を狩るっていう半吸血鬼(ダンピール)としての役目を果たさないから、怠惰(ピグレド)って呼ばれてるだけだ」


「わたし、ダンピィのこと、なんてよんだらいい?」


 エミリの眉が、下がった。


「…エミリはさ、自分が番号で呼ばれたら嫌だろ?」


 俺だって嫌だ。


 俺達を道具としか思っていない人間に付けられた番号なんて、いつまでも固有名詞にしたいモノじゃない。


「だから、アイツがダンピィだって言ったら、ダンピィなんだよ」


 エミリは鳶色(とびいろ)の瞳をパチリと(またた)いた。



 …意外と大丈夫そうだな、と俺は思う。


 親を殺されたって言うから、もっとボロボロに傷ついているかと思ったけど。



 兄弟が、気を利かせたのかもしれない。



アイツは昔からそういうヤツだった。




-*-




 足音が聞こえた。



 耳をそばだてる。

 …アイツじゃない。


「…エミリ」

「なに?」


「ちょっとそこの本の山の後ろ…そう。そこで布かぶって隠れてろ」


「え…」


「いいから、とりあえず」


 無造作に積まれた本の上に、ホコリ避けとしてかけられた布を無理やりエミリに被せる。


「え…え…なに…?」

「いいから、とりあえず。動くんじゃねぇぞ?…ちと好ましくない来客だ」



 足音が、扉の前で止まる。


 乱暴に開かれた扉が、悲鳴のような音を立てた。



 十字の紋章を付けた兵士が2人。

 ___教会騎士だ。


 顔をしかめる。


「何の用だよ」


62番(ヘクセデュオ)



 抑揚のない声が、告げる。

識別番号57アイデント・クインセプタの居所が分かった。お前の働きを称えよう」

 

 無造作に投げられた報酬袋が、耳に障る音をたてた。

 

 内心で舌打ちをする。


「……指定状だな」


「場所は西の森、期限は明日の夕刻」

「おい、短すぎないか?」

「……」



 答えは無い。


 もう一度、顔をしかめる。



「はっ。見知った顔を殺せとは、いつもながら慈悲深いこって」


 精一杯の皮肉を込めて言った。



 腹が立つくらい冷静に、教会騎士は一枚の手配書をカウンターに差し出した。

「分かっているな。お前でも、ほかの奴でもいい。迅速に事を処理しろ。以上だ」


「へーへー」




 再び扉を開け、振り向きざま、それまで黙っていた方の騎士が俺を睨みつけた。



「真面目に仕事をしろ。お前にも指定状を出してやったっていいんだぞ。62番(ヘクセデュオ)

 捨て台詞とともに扉が乱暴に閉められる。



「…今日は客の多い日だな」

 ため息とともに、呟いた。




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