4.星の天蓋 1
夕暮れ時。
橙色のあたたかい光が、やさしく世界を染めている。
「それじゃ、行こうか」
少女は何も言わない。
けれど、黒外套の裾を掴んだ手に、少しだけ力がこもった。
「…知ってる人に挨拶とか、しなくて良い?」
「…いい」
まるで、必要最低限しか口を開かないと決めているかのよう。
僕は苦笑して、歩きだす。
「……名前」
「え?」
少女が不意に発した言葉を、聞き取ることが出来なくて立ち止まった。
彼女は、まっすぐに僕を見つめていた。
「お兄さんの、名前は?」
「僕の?」
ちょっと戸惑ってしまった。
「…そうだなぁ」
まだらに染まる空を見上げて、しばし考える。
「____ダンピィ、とでも呼んでくれれば良いよ」
「…ダンピィ?」
「そう、ダンピィ。キミは?」
「……エミリ」
「エミリ、か。いい名前だね」
彼女は、ゆっくりと僕から目を逸らした。
別に、心をゆるしてくれたわけではないらしい。
「ま、いいや。行こうかエミリ」
1つ伸びをしてから、歩き出す。
-*-
村はずれまで来た時、彼女の足が止まった。
「森…通るの…?」
「そうだよ」
辺りはすっかり夕闇に包まれている。
そろそろ、僕らの時限だ。
「怖い?」
立ちすくんだエミリが、息を呑む。
怯えを振り払うように、首を大きく横にふった。
「………」
僕は、彼女の前に自分の背中を差し出す。
「ほら」
彼女がたじろぐ気配がした。
「夜の森は暗いから。転んだりすると、危ない」
…しばらくためらってから、彼女は僕にしがみついた。
背中にかかる、重みとあたたかさ。
なぜか、少しほっとした。
-*-
「ねえ」
しばらく歩いたところで、それまで黙っていたエミリが口を開いた。
「なに?どうかした?」
「…ダンピィは」
はく、と口を閉じ、ふたたび開く気配。
「半吸血鬼、なの?」
思わず笑ってしまった。
「エミリ。それ、今ここで訊いて大丈夫?怖くなったり、しないの?」
「…怖い」
正直でよろしい。
ややあって、僕は口を開いた。
「…そうだよ、半吸血鬼」
エミリが鋭く息を呑む。
「……半吸血鬼は、人の血を吸わない。その言葉を知ってるなら、知ってるだろう?」
安心させるつもりで言ったのに、彼女の身体は震えた。
背中にかかる温かさが、遠のいたように感じた。
…僕は重たいため息をつく。
理屈でどうこうという話では無い。
生き物は、自分にない力を持つ存在を恐れるものだから。




