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16.3人

 

(いや)!!」

「っ!?」



 それは今までで、いちばん強い彼女の意思表示だった。


 ____生きたくないと、そう言った時よりも。



「……えぇ…?」


 自分でも思いもかけない声が出た。


 戸惑いと、少しの喜び。

 そして、喜んでいる自分に、さらに戸惑う。


「……だとよ。つーわけで、連れてってやったらどうだ、お人好し(ウィルトゥーテ)


「……どういう、こと?」


 兄弟は、肩をすくめる。


「本人が『別れたくない』って言ってんだ。一緒に旅してやれよ。できないこたねぇだろ」


「そん……えぇ……だって……」

 僕に抱きついたままの、エミリの腕にキュッと力が込められる。



 彼女は不安げに僕を見上げていた。

 拒絶されることを、ひどく恐れている眼だった。


「あぁ違う、エミリと、一緒にいたくないってことじゃない」


 言葉が咄嗟に転がり出る。


「そりゃ僕だって、そんな……嬉しくないわけ、ない……ちがう、ええと、そうじゃなくて」


「………………」


 2人の視線に耐えかねて、顔をそらす。


「だって……危ないし」


 口をついて出てきたのは、ありきたりな言葉だった。

 フード越しでもわかる、兄弟の苦笑。


「そりゃあ安全な道中じゃねぇだろうけど」


「教会がなんて言うか」


「あいつら、俺らのことなんか大して気にしちゃいねぇだろ。仕事さえきっちり片付けときゃ問題ないって」


「僕たちは……っ!」


 震わせまいと、強く張った声を、維持することができなかった。



「……僕たちは…人じゃない」



「____…でも」


 じっと、僕らのやり取りを聞いていたエミリが、口を開いた。



「バケモノでも、ないよ?」

「…………っ!」




 胸の中が、温かくなる。


 温かくて、温かくて、どうしようもなくなる。


 知らぬ間にこごえかけていた気持ちが、溶かされていく。



 _____ああ、もう。


 キミはどうしてそう、欲しい言葉を適確にくれるんだ。



「なぁ兄弟」


 兄弟が1歩、僕に近づいた。耳元で声を潜める。


「……エミリはたぶん、お前が思ってるよりずっと不安定だ」


 何も言えないまま黙り込む僕に、兄弟は深々とため息をついた。


「ついでにこの際だから言うけどな。お前も、かなり不安定だよ」


「……僕が?」


「ああ。気づいてないみてぇだからハッキリ言っといてやる。お前は不安定だ。きっと、何かが1つ崩れれば、どうしようもなくなる」


 フードの奥の瞳が、こちらを見つめている。


「それこそ______57番(クインセプタ)みたいに」


「……………」


「…お前は、(むく)われるべきだよ」



 紫水晶は、(まばた)きの一つもしなかった。


「お前にも、エミリにも、支えてくれるやつが必要だ。…お互いにな」


「……エミリは、どうしたい?」


 彼女に、問う。

 彼女の答えが、ききたい。


「私、ついていきたい。ダンピィと、一緒がいい」



 すとん、と、エミリの言葉が、胸に落ちた。



「____そっか」


 世界が一瞬、ほんの少しだけ(にじ)んだような気がした。


「それじゃ、一緒に行こう」


 ふわり、と花が咲くようにエミリは笑った。


 初めて見る、彼女の笑顔だった。



「とりあえず、店に戻ろうぜ。このままじゃこんがり焼けちまう」


「…はは。そうだね」


「ったく、ヒヤヒヤさせやがって。なーにが『このまま報告に行く』だ。まずは休んでその傷なんとかしろ、この間抜け(ウィルトゥーテ)


「…ごめん。悪かったよ。……ありがとう、兄弟」


「へいへいどういたしまして。俺は優しさの権化だかんね」


「………それはないかも」


「あのね、ダンピィ!わたし、ダンピィのお話、いっぱい聞いたんだよ!」


 弾んだ声で、エミリが言う。



「ダンピィは、お馬さんが苦手なんでしょう?」


「………」



 つ、と隣の兄弟を見る。


 口の達者な、お調子者(ピグレド)は明後日の方向を向いていた。


「……他には、どんな話を聞いたの?」


 目を輝かせて話すエミリの口から、自分の過去が出るわ出るわ。


 しかも、その…なんと言うか、あんまり人に知られたくない(たぐい)のやつ。



「…ねぇ兄弟?」


 目を泳がせる兄弟に、にっこりと……自分としては穏やかなつもりで、語りかける。


「……ダンピィ、怒ってる?」

「ううん、怒ってないよ。ぜんぜん怒ってない。エミリには」


 ひっ、と息を飲む音が横から聞こえた気がしたけど、まあ気の所為だろう。


「よーしエミリ。僕も兄弟の昔話をしてあげよう。あれは僕らが仕事を任されるようになってすぐの頃________」


「わああああああああああ!?!?おまっ、うっっっそだろ!?やめろやめろ!!!」


「……じゃあ収穫祭の時の_____」


「いやそっちも駄目だろ!!!分かった!俺が悪かった!!だからやめろ!!やめてください頼むから!」




 1人の青年の悲痛な叫びと、もう1人の青年のおどけた語り、そして1人の少女の軽やかな笑い。



 "3人"の声は、柔らかな朝の光の中に、ゆっくりと溶け込んでいった。



(完)



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