14.憧憬
「…つーかエミリはさ」
つ、と目線を上げれば、ピグレドが苦笑混じりの顔で私を見ていた。
「なんでダンピィに懐いてんだ?怖くねぇの?ダンピール」
「………」
…こわい?
こわい、のだろうか。
逃げろと叫んで、お父さんは吸血鬼に斧を振り下ろした。
後から行くからと言って、お母さんは私だけを逃がした。
必死で走って、気がついたら、森の中にいて。
ゆっくりと近づいてくる黒い影に、身体がすくんだ。
冷たい手に掴まれても、動けなかった。
くらくらするような、生臭い匂いが、突然遠ざかったから、顔を上げた。
そこに、紅い瞳がもう一対あった。
そうだ。あの時はたしかに、恐ろしかった。
だけど。
「____わたしね、見たの」
悲鳴をあげて意識を失う直前に見た彼の表情が、すり傷みたいに残って消えない。
「ダンピィ……悲しそうな顔してた」
私が、『怖い』と告げた、あの時の声もそうだ。
全てを吸い込んでしまうような闇に閉ざされた森の中。
寂しそうだった。
とても、とても。
「だからね、わたし、ダンピィのことも、ピグレドのことも、怖くないよ」
ピグレドは僅かに目を見張る。
「わたしダンピィのこと、もっとしりたい」
「…………」
やさしく頭を撫でてくれる手がすきだ。
私を見て、嬉しそうに笑ってくれるから、私も嬉しくなる。
もっともっと、ダンピィにわらってほしい。
「……なるほどな」
ピグレドは、紫の目を閉じる。
…考えごとを、してるみたいだ。
数秒たって、ふたたび開かれた目。
きれいな色だと思う。
ダンピィの銀色の目も、ビグレドの紫色の目も、とてもきれいだ。
ビグレドは何かを決心したみたいに、息を吐いた。
「……エミリ。お前さ____」
-*-
57番は、乾いた声で笑った。
「____ねぇ…教えてよ。ウィルトゥーテ」
ネテロが、僕に問う。
風の音だけが響く中、掠れた声で、彼は言った。
「『救い続ければ、いつかはきっと』」
…小さく咳き込み、歪んだ口元からまた血が溢れる。
「僕だって……最初は、そう思ってた。……けど。その、『いつか』はさ」
射し込む光の下、黒瑪瑙の瞳がどろりと濁った。
「いったい、いつ来るのさ」
「……知らないよ、そんなの」
もしかしたら。
そんな日はずっと来ないのかもしれない。僕だって、時々見失いそうになる。
だけど。それでも。
「僕はただ、人になれるその日まで誰かを救う。それだけだ」
_____誰かを助けることができたら、嬉しいから。
ネテロは、力無く笑った。
「………お前、やっぱり嫌い」
それっきり、彼は動かなくなった。
虚ろになった瞳に浮かぶのは、憎しみと、嫌悪と。
…多分、僅かな羨望。
「……そっか」
小さく呟いて、僕はそっと彼の目蓋を閉ざす。
「____おやすみ、兄弟」
風が、啼いた。




