13.抗い方
横合いから、首筋を狙い刃が飛んでくる。
咄嗟に急所を庇い、その勢いのまま蹴りを放った。
互いに飛び退って、距離が開く。
僕らは互いを睨みつけた。
「手加減、してるでしょ」
首を傾げて彼が言う。
「………っ」
一気に距離を詰めてきた57番の打撃を、紙一重で躱した。
同時に、投げナイフが左の耳元をかすめていく。右から振り下ろされた短刀を自身の短刀で受け止めた。
金属が擦れ合う嫌な音が響く。
57番の口元に浮かぶ、狂気的な笑み。
「本気で来ないと、死ぬよ?」
「____っらあッッ!!!」
僕は列藩の気合いと共に、右手の短刀を振り抜く。
僕と彼の、2本の短刀が銀色の軌跡を描きながらクルクルと宙を舞う。
間髪を入れず、胸部に向けて突き入れた左手の短刀は、57番の左腕を軽く抉るにとどまった。
浅い。
「…だから。手加減してると死ぬってば。そういう偽善くさいところ、反吐が出る」
「…手加減、してるつもりは、無いんだけどなっ」
短刀を思いっきり横にひく。鮮やかな朱が飛び散った。落ちてきたもう一本の短刀を右手で掴み、地面を強く蹴って、瞬時に彼から距離を取った。
ずきり、と痛みを感じて横目で見やると、肩口が切り裂かれている。
_____埒が明かない。
剣の腕は、ほぼ互角。
傷も、お互い大したことはない。
決定打が、見つからない。
「ねぇ、偽善者。そんなザマで、どうやって僕を殺すっていうの?」
歌うように、嘲るように、彼が言う。
「……どうして人を殺したかって?ああいいよ、教えてやる!」
57番は、叫んだ。
「_______僕は!!使い捨ての道具なんかじゃない!!」
「っ……」
切実な叫びだった。
57番の……ネテロの、心からの叫び。
「…それが、人殺しの理由?」
再び短刀を交わしながら問いかける。
自分でも思いがけず、笑みがこぼれた。
それなりに長い付き合いの中で、こんなに口達者な彼を見るのは初めてだ。
「………何が可笑しいんだよッ」
コンマ1秒で距離を詰めてきた57番の短刀が、僕の頬を抉った。
「だって、そんなの」
流れ落ちる朱を傍目に写して、それでも僕は笑っていた。
「当たり前じゃないか」
-*-
もうすぐ夜が明ける。
…1つ、思いついたことがあった。
57番が苛立ちそのもののカタチをした雄叫びを上げる。
振り下ろされた短刀をかわすと同時に、クルリと身を翻す。
そのまま僕は、白み始めた夜明け前の森の中へと駆け出した。
「っ___逃がすかッ!!」
2つの影が、木々の間を駆ける。
___駆ける、駆ける、駆ける。
落ち葉の積もった、森の中の傾斜を駆け上がった。
木々の密度が、少しずつ低くなる。木々同士の間隔が、だんだん開いていく。
背中に衝撃が突き刺さった。
冷たい刃の感触と、熱い痛み。57番が投げた短刀だ。
「つっ……!」
堪らずもつれそうになった足を、慌てて動かす。
____まだ。
衝撃。
今度は右脚。
「____っ!!」
耐えきれず、つんのめるように転ぶ。
切り裂くような殺気を感じた瞬間、身体は勝手に動いていた。
重々しい音を立てて僕が数瞬前までいた地面が抉られる。
____まだだ。
背中と腿に刺さった短刀を乱暴に引き抜く。
血の滴る2本の短刀と、左手に構えた自分の短刀。それら3本全てをまとめて____投げつけた。
鋭い軌跡を描いて飛んでいった短刀の内の1本が、57番の右腕に突き刺さる。
____が、それと同時に、一瞬でゼロ距離まで近づいてきた彼に首元を掴まれていた。
「ぐっ____」
掴んだ手はそのまま緩まることがない。
_______……もう、少し。
「…本気で来ないと死ぬって、言ったよね?」
短刀を構え直した57番が言う。紅い目が、細く僕を見る。
「これで、終わりだ。死ね、86番」
_______……今。
刹那、地平線から覗いた今日の最初の光が57番の目を焼いた。
「つあっ____!!!?」
____手が、緩む。
……次の瞬間には、隠し持っていた右手の短刀が57番の左胸を貫いていた。
「……キミ、全然周り見えてなかったでしょ」
「ぐぁっ…がぁ____あ…」
ごぽり、と溢れ出した血液が僕らを赤く濡らす。
……小さな吐息を零したのは、僕か、彼か。
「キミの、言う通りだ。僕らは……道具じゃない」
白い光が、肌に突き刺さる。
明るい世界が、僕らを拒絶する。
……それでも。
「だからこそ、人の世界で生きたいのなら。僕らを拒む世界に、抗わなくちゃいけないんだ」
光に手を伸ばすことを、諦めてはいけない。
たとえ、伸ばした手を何度拒絶されようとも。
「君は、抗い方を間違えた。……今はもう、道具ですら無い。もう…ただの____」
バケモノだ、と言った僕の声は。多分、ほんの少しだけ、震えていた。




