月餅に仕込まれた呪符
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
中秋節明けの最初の平日、在籍する台南市立福松国民中学から帰宅した娘は大量の月餅を抱えていたの。
「どうしたの、須磨子?こんなに沢山の月餅…」
確かに中秋節には月餅を交換するのがお決まりだけど、娘が持ち帰った月餅は明らかに多過ぎたわ。
「友達の曹林杏さんの提案で、昼休みにクラスの皆で博餅をやったんだよ。そしたら妙に大勝ちしちゃって…」
苦笑する娘の言葉で、私はこの状況に納得したの。
六つのサイコロの出目を競う伝統的なダイスゲームの博餅では、月餅を景品にする事も多いのよね。
「そう…それは良かったわね、須磨子。中学生の頃のお母さんも今の須磨子みたいに月餅を友達と交換した物だけど、どうしても忘れられない事があってね…」
「へえ、どんな話?聞かせてよ、お母さん!」
弾んだ声を上げる娘の反応に気を良くしながら、私は数十年前の記憶に思いを馳せたのよ…
あれは確か、私が台南市立福松国民中学の二年生だった年の話かしら。
「あれ、こんなのあったっけ?」
今の須磨子と同じようにクラスの友達と月餅を交換し終えた私は、そこに見慣れない菓子メーカーの月餅が混ざっている事に気付いたの。
「あっ!良いじゃない、馬秋桜ちゃん!その月餅、運が良ければメッセージカードが入っているかもよ。」
目敏いクラスメイトの話によると、アメリカのフォーチュンクッキーを真似てメッセージカードを封入した月餅が出回っているらしいの。
「当たりのカードが出た人には幸運があるみたいだよ。もしかしたら彼氏が出来たりしてね。」
「もう…からかわないでよ、美鈴ったら。」
囃し立てる友達に呆れはしたけど、私の中で月餅のメッセージカードに対する関心はどんどん大きくなっていったわ。
だけど私が月餅の中身を検めたのは、すっかり日の落ちた夜になってからだったの。
宿題したりテレビの歌番組を見たりで、忙しかったからね。
「へえ…金運アップ!それは良いじゃない。そうだ、今夜は満月だし…」
メッセージカードの記述に気を良くした私は、月光が差し込むように窓のカーテンを開けたの。
そうして風水に基づいて財布を月光に当てようとした、正しくその時だったわ。
「えっ…メッセージカードに追加の文字が浮かび上がっている?」
何と月光を浴びたメッセージカードに、細かい赤い文字がビッシリと浮かび上がってしまったのよ。
細くて小さい文字はまるで無数の回虫がのたうつかのようで見るも悍ましく、血のような赤い文字からは本物の血で書いたかのように生臭い悪臭が漂っていたわ。
余りにも不気味だったから近所の御廟の道士様に相談してみた所、それは危険な邪教集団の呪符だったみたい。
「月の光には浄化の力が御座いますから、呪符の邪気を暴いたのでしょう。このままメッセージカードを保管していたら、良くない事が起きていたかも知れません。邪教徒に洗脳されるか、或いは呪われていたのかも…」
「そ、そんな事が…」
そうして道士様にメッセージカードを適切に処分して貰って難を逃れた私だけど、数日後には更に驚くべき事態をネットニュースで知る事になったのよ。
何と件の月餅を製造していた菓子メーカーが、摘発された危険な邪教集団の残党に乗っ取られていたというじゃない。
もしかしたら邪教集団は、摘発でガタガタになった組織を立て直す為に月餅に細工をしたのかも知れないわね。
ネットニュースによると、月餅から出てきたメッセージカードを保管していた人の中には菓子メーカーに大金を貢いで破産した人もいるみたい。
もしあのまま手元に置いていたら、私もどうなっていた事やら…
私が語り終えた後も、須磨子は暫く呆然と口を開けたままだったの。
そうして暫く考えた後、眉を潜めてこう言ったわ。
「ええっ、それは怖いなぁ…これからは変な紙が入ってないか確認してからじゃないと、月餅を食べられないじゃない。」
そう言うが早いか月餅を切り分け、中の餡を注意深く調べ始めたのよ。
怖がらせてしまったのは可哀想だけど、これも可愛い娘の為なのよ。
餡の使い回しという食品偽装に、異物の混入。
不気味な呪符に限らず、食の安全性に気配りするのはとっても大切な事なのだから。