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第九章:『偽りなき診断者 ―最終患者、アーサー・クロウ―』

静寂が支配する《黒紡本院》の地下。

一室の跡にたった一脚だけ残された、古びた椅子。

それはかつて数多の魂が裁かれ、書き換えられ断たれた場だった。

そして今、その椅子に――アーサー・クロウが自ら座った。

自らを“最終患者”として。


**


アーサー「記録開始。患者名、アーサー・クロウ。職業、冒険者カウンセラー。分類…自己診断。対象:内在的暴力傾向、感情抑制、倫理歪曲」


彼は水晶に指を触れる。

淡く光る魔法が、彼の脳波と思考を映し出す。


アーサー「初問。俺が“処断”を行う理由は何か――」


しばし、沈黙。


アーサー「……正義? 否。“必要悪”? 否。“美学”? 否。…どれも違うな」


彼は少しだけ笑った。

冷笑というより、自己嘲笑。


アーサー「…それは“自分が壊れている”という事実を、他人の壊れた心で上書きするためだ。“救っている”ように見えて、俺は――“他人の狂気を診て、安心してる”」


沈黙が再び訪れる。


だが今回は逃避ではなく、観察だ。


アーサー「第二問。俺は、誰を救えなかったか」


映像が浮かぶ。


ノアの母――リース・ディノア。

殺しながら、内心で一瞬の“疑問”を抱いた。

あれは、息子のために投降しようとしていたのか?

――それを“記録に残らない動き”として処断したのは、誰だ?

アーサー自身だった。


アーサー「…あれは必要だったんじゃない。あの瞬間、迷いたくなかっただけだ」


彼の声がわずかに震える。


**


アーサー「俺は――“判断を絶対にする者”でありたかった。揺らいだ瞬間に、自分が“裁かれる側”になる気がしてな」


**


水晶がわずかに赤く光る。

それは“感情反応”の証。

彼は剣を抜いた。

だが振るわない。ただ、膝に置いた。


アーサー「俺はずっと他人を診断していた。だがその根は“診断される恐怖”だった。…アルマも同じだったな。師の最後の言葉、ようやく理解した」


彼は、深く息を吐く。


アーサー「…これは罪の確認じゃない。許しを乞う儀式でもない。矛盾を抱えたまま、それでも診断を続けること。それが、俺の道だ」


手帳に書き記す。


【最終診断:アーサー・クロウ。分類:自己診断完了。処断対象外。継続観察】


アーサー「この記録は誰にも見せない。俺が俺に渡すものだからだ」


椅子から立ち上がる。

闇の中に響いたその足音は、かつての《黒紡本院》の廊下とは違う。

それは、誰かに強制された“処断”ではない――

自ら選んだ診断者の道だった。

彼の背には、黒月がまだ空にある。

だが今の彼にとってそれは“呪い”ではなく“自らを超えた証”だった。

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