第六章:『偽カウンセラーと、脳を焼く声』
診療室の朝は、いつもより静かだった。
ミレイアは資料を整えながら、低い声で報告する。
ミレイア「《黒紡》を名乗る者の活動記録、三件確認しました。いずれも非公式での診療室“カウンセリング死亡例”です。共通点は――」
アーサー「“患者が別人格”だろう?」
ミレイア「……はい。しかも、その後全員が“指示された殺人”を実行していました」
アーサーは微笑みながら立ち上がると、黒い上着を羽織る。
アーサー「やはり現れたか。“偽カウンセラー”。表面は私を模倣しながら、目的は“人格の上書き”。それはもう治療でも診断でもない。“脳の誘導操作”――暴力より、遥かにたちの悪い洗脳だ」
そのとき、扉がノックされた。
ミレイアが開けると、そこには一人の男が立っていた。
長身、痩せ型、白いコート。
銀髪に真紅の瞳。口元には、絶えず薄笑い。
???「ごきげんよう、先達の先生。お噂はかねがね。“殺して癒す者”こと、アーサー・クロウ先生」
アーサーはその顔を見て、片眉を上げた。
アーサー「まさか自分から来るとはな、模倣者。またの名を"異端のネクロマンサー"…いや、君の本名を知っている。“オスカー・ハヴェリウス”。かつて“魂接合実験”で千人の人格を混ぜて失敗し、死亡扱いになった男」
オスカーは笑った。
オスカー「ああ、覚えていてくれて光栄だ。だがね、僕は“失敗”してない。あれは“完成”だった。“人格を混ぜ合わせる”んじゃない。“人格を初期化して入力する”。それが“人間製造”の新解釈だ」
アーサー「それが君のカウンセリングか。“患者”を壊し、器にして、作り直す」
オスカー「その通り。善人には殺意を、殺人者には優しさを。魂を上書きすることで、この異世界に“有用な人格”を輸出する。それの何が悪い?」
アーサーは椅子に座ると、静かに万年筆を回した。
アーサー「君の方法は“脳への暴行”にすぎない。魂を診る者として、それを私は“偽りの治療”と断じる」
オスカー「魂? ああ、君はまだそんな曖昧なものを信じてるのか。僕に言わせれば、魂とはただの“記憶と言語の集合体”…意識を持つ死霊そのものだよ。ならば書き換えればいいだけだろう?」
彼はポケットから水晶のようなものを取り出す。
オスカー「これは《共鳴導音器》。被験者に“声”を埋め込み、理性と倫理の優先順位を書き換える。言葉一つで人を“理想的な殺人者”にも“従順な羊”にもできる」
アーサー「……それで? 今日はその“被験者”を見せにきたのか?」
オスカーは扉を開けた。
そこにいたのは――ノアだった。
だが、彼の目は死んでいた。感情の光も、怒りも、もはや何もなかった。
アーサー「……ノア。貴様、彼に何をした?」
オスカー「何も。“君の望む未来”を覚えさせただけさ。“お前を殺す。それが母の願いだ”と」
アーサーは静かに立ち上がった。
彼の目から、感情が消える。
アーサー「それはもう“診断”ではない。“処刑対象”だ」
彼は棚から“処断の剣”を取り出した。
オスカー「おやおや、診療室で武器を抜くとは。カウンセラーとしての倫理はどこへ行ったのかな?」
アーサー「…君を“診断対象”として扱う事は既にない。君は今この瞬間から“思想犯罪の実行者”として、断罪の下で私が斬る」
診療室に、剣の音と“脳を焼く声”が響く。