第五章:『子どもと復讐の刃』
診療室の扉が開いた。
入り口に立っていたのは――小さな影。
アーサー「…ようこそ。《冒険者カウンセリング》へ。おや、ずいぶんと若い“患者”だな」
現れたのは、少年だった。年齢はおそらく八つか九つ。
ボロのようなマントに、小さな革袋を抱えている。
手には折れた木刀。そしてその目には――濁った怒りの光。
少年「…あんたが、ママを殺したの?」
アーサー「そうだ。合法的な許可の下で、記録もある。君の母親、リース・ディノア。盗賊団《紅腕》の副頭。人質六名、拷問三件。だが最後の一撃を下したのは、私だ」
少年は黙ったまま、木刀を握る。
少年「ママはね、盗賊だけど、僕にだけは優しかった。……でも殺された。裁かれた。だから僕……あんたを、いつか殺すって決めたんだ」
アーサー「いいね。明確な殺意。診断するには申し分ない」
アーサーは椅子に座ると、机の上に一枚の紙を置く。
“未成熟者特別診断記録票”
アーサー「君の名前は?」
少年「ノア」
アーサー「ノア。君は今日ここに“人殺しの予備軍”として来た。そして、君の中に芽生えた怒りと正義を、この“私”に突き刺したいと思ってる。だがね、ノア。君の怒りは本当に、母のためのものかい?」
ノア「……何が言いたいんだよ」
アーサー「母親が優しかったのは、“盗賊”としての顔を見せなかったからだ。君にとっての“優しいママ”は存在した。でも同時に“罪深いリース”も存在していた」
ノアの手が、微かに震えた。
その様子を見て、アーサーはさらに声を低くする。
アーサー「君は今、“母を殺された自分”を守りたいだけなんじゃないか? 本当は……母のことを、少し、怖がっていたんじゃないか?」
ノア「……ちが……う……っ!」
少年は机に木刀を叩きつけた。涙が、頬をつたう。
ノア「ママは……盗賊だったけど……でも、ママだったんだ!」
アーサー「そう。なら、教えてくれ。君は“母のように盗賊になる”のか? それとも“母を殺した私を殺す”ことで、“母を越える”つもりか?」
沈黙。
ノアは答えられなかった。
アーサー「ならば私から処方を出そう。君は、今日からここに通う。殺人の動機が正当であるかどうかを、一日一度、語りに来い。そして半年後――君がまだ私を殺したいと願うなら、その時、好きに刺しなさい」
ノア「なんだよ、それ…!」
アーサー「心理的な“観察実験”さ。怒りが本物ならば持続する。だが大半の怒りは、“理解”によって死ぬ。…私は君がどちらか、興味がある」
ノアは木刀を握りしめたまま、悔しそうに俯く。
アーサー「君が殺したいのは、私ではない。“自分では何もできなかった”という無力な自分。違うかい?」
その言葉に、ノアの瞳から光が消えた。
…そして一拍置き、ノアは小さく頷いた。
ノア「……わかった。半年間、通ってやるよ。それで決める。殺すか、生きるか」
アーサー「その覚悟、なかなかのものだな。初回診断は終わりだ」
彼は記録票に記す。
【第151件:殺意抱える遺児。分類:復讐衝動。処断保留・観察対象】
診療室の扉が閉まる。
アーサーは立ち上がり、ミレイアに命じた。
アーサー「“黒紡”が動いているのなら、ノアの母親を殺した直後の“魔道記録”を再調査してくれ。……誰かが、意図的にあの少年を“焚きつけている”気配がある」
ミレイア「……煽動者が?」
アーサー「ああ。裏で糸を引く、思考の殺人者だ。さて、久しぶりに“狩り”に出ようか」
その目は、まるで処刑台の刑吏のように冷たかった。