第四章:『封筒の中の黒い判決』
診療室の一日が終わる。
窓の外、夕陽は血のように濃く、地平に溶けていた。
アーサー・クロウは、最後のカルテを綴じると、背もたれに体を預け、深く息を吐いた。
アーサー「…今日は穏やかだったな。三件、すべて片付け。斬ったのは一人だけ」
彼はそれを“平日”と呼んでいた。
しかし、穏やかな空気は、すぐに壊される。
扉をノックもせず開けたのは、受付嬢のミレイア。
白衣に眼鏡の女性で、感情を表に出さない優秀な補佐官だ。
彼女は、手に一通の封筒を持っていた。
ミレイア「アーサー様。こちら、届いておりました。差出人不明。ですが……封印紋章に魔術が込められていました」
アーサー「差出人不明の封筒。いいね。私の過去を知る者は、皆死んだはずだが……たまにしぶといのが残ってる」
彼は躊躇なく封筒を開いた。
中には一枚の紙と、黒い羽根が一枚。
そして、手書きの文章。
『お前が断ち切った“魂”の数、正確に覚えているか?
我らは見ている。裁きの帳はお前自身の首に下りる。
――《黒紡》より』
ミレイア「……《黒紡》……存在しないはずの組織です」
アーサー「ええ、かつて私が“壊した”はずの組織、表向きは魔術師ギルド。……あの頃、まだ私も国家に属していた。犯罪者を狩るために、合法的な殺人集団が必要だった。“正しい死”を供給するための機関だった」
ミレイア「まさか、復活したのですか?」
アーサー「あるいは、残党。あるいは……私の“模倣犯”かもね」
彼は手紙の黒い羽根を指で転がす。
それは、処刑後の魂から抜かれた“死の共鳴羽”と呼ばれるものだった。
アーサー「……面白い。こちらを試しに来るとは。なら歓迎しよう。冒険者犯罪心理の代弁者として」
彼は椅子から立ち上がり、壁の隠し戸を開いた。
中には一本の黒剣と、封印された書誌。
アーサー「これからは、“受診者”だけでなく、“来訪者”への処方も必要になりそうだ」
ミレイア「……“それ”を使うのですね」
アーサー「“黒処方録”。過去、私が執行人として斬った百八の魂のカルテ。それが、また役に立つとはね」
彼の目に、久々に“過去の光”が灯る。
罪と理性、狂気と秩序。
かつて法の名の下に殺人を執行していた――あの時代の、灰色の記憶。
その夜、診療室の外に、小さな紙飛行機が落ちていた。
子どもの手書きでこう記されていた。
『ねぇアーサーさん。ママは殺されなきゃいけなかったの?』
翌日、アーサーはその子の名を調査書に記し、言った。
アーサー「次の患者は、まだ八歳。“復讐”という名の病原菌を抱えた、将来の殺人者だ」