表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第三章:『無罪の殺人者』

診療室の窓に、黄昏の光が差し込む。

今日三人目の“患者”が、椅子に座った。


少年。年の頃は十五、六。

髪は明るい栗色で、表情は穏やか。

服装はくたびれた冒険者の皮鎧。剣も魔法も持たず、背負っているのは破れかけの古いぬいぐるみ。


アーサー・クロウは、記録ファイルを開きながら微笑んだ。


アーサー「ようこそ《冒険者カウンセリング》へ。君が“無罪の殺人者”か」


少年「……あんまり、そう呼ばれるの好きじゃないです」


アーサー「そうだろうとも。“無罪”という言葉には、自らの責任すら奪われる感覚がある。君の名前は?」


少年「ライル。ライル・ディルナ」


アーサー「うん、記録通り。殺人件数――三十七。すべて戦場、または任務中の敵対者。“適法な戦闘”と認定され、王都騎士団からも勲章を受けている。にもかかわらず、君はこう言った。“俺は人殺しだ”と」


ライルは黙ってうつむいた。


アーサー「話してくれるかい? どうして“有罪”だと自分を責めるのか」


ライル「……責めてるんじゃないです。認めてるだけです。俺が剣を振るえば、人が死ぬ。それが“正義”って言われても、変わらないでしょ」


アーサー「君の心が“変わらない”と知りながら、周囲は君を英雄扱いしている。それが苦しいんだね」


ライル「……はい」


アーサーは静かに頷き、魂石をライルの前に置いた。

それは赤くも黒くもない、灰色の光を放っていた。

まるで――感情そのものが停止しているように。


アーサー「君は、自分の殺人に意味を持たせたがっている。それは普通だ。罪悪感とは少し違う。もっと――そう、“自分が壊れていること”に納得したいだけだ」


ライル「俺は、壊れてますか?」


アーサー「それは私が決めることではない。君が、“その手で殺した者たち”の目を思い出したとき、君の中の天秤がどちらに傾くかによる」


ライルの指が震えた。

その手が、ぬいぐるみに触れる。


ライル「俺……昔、姉さんを守れなかった。襲ってきた盗賊を殺せなかった。でも今は、誰でも殺せる。笑いながら斬れる。戦場で敵が“人間”に見えたこと、もうないんです」


アーサー「なるほど。“無力”を悔いた少年が、“万能の殺人者”になった。だが、その反動は大きい。“人を殺しても何も感じない”という異常に、君は静かに怯えている」


ライル「どうすればいいのか、わからないんです」


アーサーは立ち上がり、後ろの棚から小さな箱を取り出した。

中には――一本の短剣が収められていた。


アーサー「ライル、君に試してほしいことがある。これは“無抵抗者の疑似魂”が封じられた短剣だ。君の目の前で、殺されるフリをするだけで、“罪”の感覚が起動する。君が“まだ人間”なら、な」


ライルは一瞬躊躇ったが、やがて短剣を受け取った。


ライル「もし、何も感じなかったら?」


アーサー「その時は、私が君を処断する。魂の天秤が完全に壊れたと判断してね」


……数秒の沈黙。

そして、ライルは短剣をアーサーの喉元へ突きつける――


その瞬間、手が止まった。

震えが走る。


呼吸が乱れる。


ライル「……だめだ。……手が、震えてる」


アーサー「お見事。君はまだ“人間”だ」


アーサーは笑みを浮かべ、手帳に記録する。


【第150件:無罪の殺人者。心因:防衛反動と共感喪失。診断完了。処断不要】


アーサー「君は戦場では殺人者で、診療室では少年だ。どちらも、否定しなくていい」


ライル「俺……本当に戻れますか?」


アーサー「君に“殺す意味”がある限り…ね」


少年はぬいぐるみを抱えたまま、静かに部屋を出た。


彼の背はまだ小さい。だが、そこにかすかな希望が残っていた。


そしてアーサーは静かに笑う。


アーサー「人間とは、実に厄介で、美しい生き物だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ