彼女は密告する
蒲鉾工場からホテルに帰り、また夕食まで自由時間となる。2時間ほどあったので、また栗原が田原と部屋を使うと言い出した。
すると、図ったように井上から連絡が来た。
「こっち来なよ」と。
「流石に2人きりはまずいだろ」と返信する。
「じゃあ、ロビーは?」
「分かった」
俺はすぐさまロビーに向かう。
分かりやすい所に座って井上を待っていると、何やら袋を持って井上がやって来た。
「何だ?その荷物」
「おやつおやつ。いるでしょ?飲み物は何がいい?買ってくる」
井上はその袋を置くと、座らず、そのまま自販機に向かおうとする。
「待て待て。俺が行く」
俺は井上の腕を掴む。
「じゃあ、一緒に行こ」
井上は言う。
「そうだな」
俺は手を離し、袋を持って立ち上がる。
自販機に向かいながら、井上は口を開く。
「荷物ありがと」
「いいや。これくらいなら軽いしな」
「あと、あの時も」
「あの時?」
俺は聞き返す。
「そう、あの時。足湯のとき」
「あー」
俺は苦笑する。
「わざわざ反対から声かけてくれたでしょ?離れられるように」
「分かったか?」
「まあね」
井上は笑う。
違う所から声をかけることによって、中田から離れられるだろうと思ってそうした。
そして、恐らく井上なら移動するだろうと見越して。
「私が離れやすいように気を遣ってくれたでしょ?さすが」
「いや、買うのが遅くなった俺が悪かったな」
俺は言う。
それに、中田と近いのが嫌だった。
「本当、気遣いすぎ」
井上は笑う。
「それを言うなら、井上だろ。俺といる時は気遣わなくていいぞ」
俺は伝える。
「充分、適当に過ごしてる。逆に気を許し過ぎてるかも」
「それならいいけどな」
「うん。ありがと」
井上は嬉しそうな顔で俺を見た。
自販機でジュースを買ってロビーに戻り、ひと息つく。
「何食べる?お菓子、何でも食べれる?」
「ほら、気を遣ってる。勝手に食うから大丈夫だ」
「そう?」
井上は唇を尖らせて言うと、お菓子をつまむ。
「なぁ、井上」
「んー?」
「楽しいか?修学旅行」
俺はふと尋ねてみた。
「楽しいよ。佐々木といるときはね」
井上はさらりとそう答える。
「あのなぁ、本当に勘違いするぞ。ってか、班分けこれで良かったのか?貧乏くじを引いたんじゃないのか」
俺は聞く。
「平和に過ごすにはこれが一番だと思っただけ」
井上は答える。
「みかは好かれていないし、栗原と離れたくないだろうし、やいやい文句が出るなら私が全部背負えばいいしね」
「何でそうなる」
「それが一番平和に済むから。それに、私が我慢すればいいだけの話」
「お前なぁ…」
俺は呆れる。
自己犠牲にも程がある。
「リカも沙紀ちゃんも勝手に上手く行動してくれるだろうから大丈夫だし。私は佐々木がいるから、何とかなると思ってこの班にした」
「何でそんな俺を信用してんの」
俺は驚く。
本当に喋り始めて2ヶ月くらいだというのに。去年なんて、同じクラスなのに会話をした記憶が殆どない。
「見てたもん。分かる。それで喋ってみたら、かなり喋りやすいし」
「他の男子より?」
「そう。他の男子より。きちんと距離感を保ってるのが分かる。だから、信用してる」
向かいに座る井上は、そう答えてにこりと微笑む。
信用されているのは普通に嬉しいし、笑顔が可愛いすぎる。
「……あまり、男を信用するなよ」
「はーい」
井上は笑いながら返事する。
「で、明日は朝から自由時間だろ?朝は何食べるんだ?」
俺は話題を変える。
「えーっとねー」
井上は携帯を取り出し、店の情報を俺に見せる。
「ここか、ここかなー」
井上は反対向きで携帯画面を操作する。
「いいな。玉子かけご飯」
「じゃあ、それで決まりね。お昼は…」
井上は楽しそうに喋る。
明日最終日は、朝から13時まで自由時間だ。班行動をするように言われているが、俺らの班は元々それらしい班行動をしたことがない。
井上は、俺と2人で行動したいと言っている。
嬉しい限りだが、勘違いされるに違いない。
まあ、井上がストレス無く過ごせるならそれでいい。
「最後、文学館でゆっくりしない?」
井上は提案する。
「そうだな。そうするか」
「佐々木は?どっか行きたいところある?」
「俺?俺は別に何処でもいいぞ。井上の好きな所にいくらでも付き合う」
井上は出来るだけ、他の生徒が行かなさそうな所に行こうとしていた。
静かに過ごしたいのがよく分かる。
「でも、行きたい所あったら言ってよ?折角の修学旅行なんだし」
井上は少し頬を膨らませる。
その怒っている顔が可愛いなんて言ったら、怒るだろうか。
「行きそびれた所があれば、今度来る時に行けばいいだろ?」
俺は言う。
「!そうだね。うん」
井上は少し照れた顔で頷いた。その顔が可愛いのは言うまでもなく。
「でも、旅行から帰れば、勉強に本腰入れないとだな」
俺は言う。
「あー、そうだね」
井上は苦笑しながら同意する。
どういう意味の顔なのか。分からない。
「佐々木は、進学?」
井上は聞いてくる。
「んー。今のところは?何も学部決まってないけど」
「そっか。大変だね」
井上は他人事のように答える。
何かがおかしい。
「待て。進学しないのか」
俺は問う。嘘だろ?賢い印象なのだが。
「え、私の順位知らない?賢くないよ?」
井上はからからと笑って答える。
「嘘だろ?聞いていいか?」
「今はねー、勉強しなくていいから130番くらいかなー」
それなら俺とどっこいどっこいじゃないか。
「まさか」
俺は井上を見つめる。
「えー、だって、進学しないもん。順位関係ないし」
井上は答える。
「本当なのか?」
「こんなんで嘘つかないし」
井上は笑う。だが、目があまり笑っていない。
これ以上踏み込んでいいのか分からない。
「……もし理由を話せるなら、また聞かせてくれ」
「今でも話せるけど?」
「いや、やめとく。それに、他人に気軽に話すな」
俺は止めた。
「そう?佐々木なら話せるけど?」
井上は少しきょとんとした顔をする。
「ダメだ。何でもかんでも話すな。ナイーブな所だろ。まだ迷ってるんじゃないのか?」
俺は問いかける。
「……迷ってるってゆーか、悩んでるとゆーか…」
井上は唸りながら答える。
「じゃあ、尚更断定したように話すな。進学しないかも、程度の方がいい。言葉は言霊になる」
俺は真剣な表情で告げた。
「……その通りだね。うん」
井上は少し微笑み、頷いた。
「なんか、陰陽師の台詞みたいだね」
「おい、真剣な空気が台無しだろ」
俺は井上のおでこにデコピンをお見舞いした。
♢
今夜の就寝前の班長報告会も、俺と井上でお邪魔した。
そして、俺は自分の部屋を開けようとする前に井上から電話が来た。
『まだ部屋開けてない?』
井上は尋ねる。
「ああ」
『まだみかがそっちにいる』
「え、まじか」
俺は苦い顔になる。
「ピンポン押してみるわ」
『うん。気をつけて』
それで電話を切ると、俺は自分の部屋だというのにベルを鳴らす。
バタバタと中で音が聞こえる。
すると、今度は栗原から電話がかかってきた。
「何だ?」
俺は答える。少し怒り気味に。
『ちょっと待ってくれ』
「早くしろ」
俺は言う。
それから田原が出て来たのは、10分後だった。
流石に10分は長いし、俺の怒りもその間に溜まってしまった。
班長、副班長としての職務も全うしない。自分達を優先しまくっているこいつらに温情はいらない。
「おい」
俺はドスをきかせた声を響かせ、扉を開け放つ。
「わ、悪いって。悪いって思ってるから!」
栗原は焦る。
「お前、いい加減にしろよ」
俺はゆっくりと栗原に近付く。
扉が背後でゆっくり閉まっていく音が聞こえる。
「佐々木っ!」
扉が閉まりきる前に俺の腕を掴む奴がいた。
「佐々木、待って。信じてるけど、手は出しちゃダメだよ」
俺の右手首をしっかり掴むのは、井上だった。
井上の顔が少し歪んでいる。
「井上、怒られるぞ」
「こんな時にまで私に気を遣わなくていいし、あとは先生に話してもらおう」
井上は俺を引っ張る。
「そうだな。後は任せろ、佐々木。井上から色々聞いた。栗原、覚悟しておけ」
井上の背後から主任が現れた。
そして、主任が栗原を連れて行く。廊下には田原もいて、怒られるのだと分かった。井上がチクるとは。
「あなた達はどうする?」
担任も廊下に立っていた。
「私、佐々木と少し話したいんですが。流石にこの状態で寝ろって言われても無理でしょうし。なので、先生の部屋に行ってもいいですか?」
井上は担任に尋ねる。
それなら時間外でも異性が一緒にいて許されるだろう。
「分かったわ。なにかおやつでも食べる?」
担任は許可を出す。
「食べたいです」
井上は答え、俺の袖を掴む。
「さっきは腕掴んでごめん。痛くなかった?」
「大丈夫」
「先生の部屋に行くことになったけど、いい?ごめん、決まってから聞いちゃって」
「大丈夫。俺に気を遣うな」
俺は、ふ、と笑う。
怒りが少し何処かに行った。
「じゃあ、行こ」
井上は少し俺に笑いかけ、袖を掴んだまま担任の部屋へと向かった。
担任の部屋は、俺達と間取りがほぼ変わらず、ベッドも2つある。だが、1人で寝泊まりしているらしい。急病人とかを休ませるために2人部屋らしい。
「まあ、お茶でも飲む?何飲む?ジュース?」
担任は確か40代の英語教諭。
「何でもいいです」
俺と井上の声が揃う。
「そう?じゃあ、ホテルのお茶でもいい?」
「はい」
また返事が揃う。
2回も揃ったので、井上が俺を見てふふふと笑った。
その笑顔に癒される。
「よく、俺がキレそうだったのを分かったな」
俺は先に口を開いた。
「んー。何となく」
井上はからっと笑う。
「ごめんなさいね、あなた達2人が班長の仕事をしてくれてたんでしょう?」
担任はお茶を出しながらそう聞いてきた。
「仕方なく」
井上は答える。
「まあその、あの2人が浮いているのは知っているのだけれど、私には助言しか出来ないしね」
担任は苦笑する。
「井上さんが手綱をひいてくれるようだったから任せてたのよ。ごめんなさいね」
「いえ、別に。大丈夫です」
井上はお茶を一口飲んでから答える。
「でも、嫌だったりムカつくことがあったら言うべきだぞ。我慢しなくていい」
俺は井上に告げる。
「それは佐々木もだから。栗原はバカなんだから、佐々木の気遣いに気付くわけないじゃん」
井上も俺を見て、そう告げる。
「……やっぱり、そうだよな」
俺は苦笑しながら答える。
「あれだけ部屋を空けてあげて、やっと帰ったらイカ臭いわけでしょ?有り得ない」
井上は怒った顔で告げる。
「っ!な、何言ってる」
俺は焦って担任を見る。
担任はそんなに慌てた様子もなく、「あらあら」と言うだけ。
「だって、さっき部屋に入ったし。普通に匂ったし。あれはないわ」
井上は言う。
「……まあ、だから、昨日は報告会に呼んでくれて助かった」
俺は答える。
「それなら良かった」
井上は微笑む。
「あなた達いいコンビね。去年はそんな仲がいいイメージはなかったけれど」
担任は顎に手をやりながら、俺らを交互に見て述べる。
「まあ、今年から喋るようになったので」
俺は答える。
「じゃあ、佐々木くんにお願いがあるのだけれど」
「?何ですか」
「井上さんに勉強するよう言ってちょうだい。全くやる気がないのよ」
「……」
俺は井上を見る。
井上は顔を逸らした。
「それに関しては、俺が話しておきます」
「そう?じゃあ、お願いね」
担任は微笑む。
そして、担任はかかってきた電話に出た。少しの間、「はい。はい」と話したあと、「分かりました」と言って電話を切る。
「栗原くんは主任と寝ることになったようよ」
担任は言う。
「部屋に帰る?」
「えー。私、佐々木と喋りたいです」
「正直ね」
担任は笑う。
「佐々木くんはどうする?帰る?」
その問いに俺は井上を見る。
「じゃあ、一緒にいます」
井上がいてほしそうな顔をしていた。俺の答えに、井上が嬉しそうな顔をする。
正解を言えたようで良かった。
「そう。じゃあ、ここにいていいわよ。あなた達は節度があるでしょう?」
担任は微笑む。
「え、じゃあ、先生は何処で寝るんですか」
井上は聞く。
「私は他のクラスの先生と寝てくるわ」
担任は笑顔で答え、去って行った。
まさかの展開に、俺と井上は顔を見合わせた。
陰陽師と言えば、どれですか⁇
野村萬斎さんの「陰陽師」⁇
角川ビーンズ文庫の「少年陰陽師」⁇
それとも、最近で言えば「双星の陰陽師」⁇
萬斎さんの「陰陽師」も好きですが、少年陰陽師も大好きです。
シリーズとしてはかなり長編なので、読むのには根気がいりますが、面白いです!
軽く読めるので、まさにラノベ。
是非、読んでみてください!挿絵もキレイです♡