彼女は漫画を借りに
「え、しんど……」
姫路城の天守閣を目指して歩き続ける俺達、修学旅行生。
あらゆる所から、嘆きの声が漏れる。
思ったより歩かされるのだ。
遠い。
しかも、くるくる回ってる気がする。
そう、面白い構造をしているのは確かで、どこかの城好き芸能人が姫路城の魅力を発信していたので、その通りだと思って感心している部分もあった。
「しんどーい」
田原と栗原カップルは、しんどい言いつつもイチャイチャしながら歩を進めていた。
「ほら行こ行こ」
井上の声かけで、班員の残りの女子2人もカップルを置いて先へ先へと歩を進める。
「井上はしんどくないのか」
俺は声をかけてみる。
「ん?しんどいって言ったらどうにかしてくれるの?」
井上は意地悪く微笑みながらそう聞き返してきた。
「いや、何も出来ない」
俺は苦笑しながら答える。
必要最低限の装備で臨んでいるのだから、俺がその装備を持って上がった所で、何ら変わらないだろう。
「でしょ。だから、言わないことにしてるの。ほら、佐々木も行くよ」
井上はそう言って、歩を進めた。
しんどいことは楽にはならない。だから、俺達はしんどいとは言わずに、ほぼ無言で天守閣までのぼった。
「はー!流石にここから見える景色は凄いな」
俺は思わず述べる。
「だね」
隣に立った井上が、同意する。
姫路の街を一望できて、とても綺麗である。
「晴れてて良かったね」
井上は呟く。
「だな」
今度は俺が同意する。
「………」
井上は、無言で少しの間、じっと外を眺めていた。
その横顔からは、何を考えているのかは全く分からないが、何か心に思うことがあるのだろうと推測する。
「……大丈夫か?」
俺が思わずそう尋ねてしまうほど。
「ん?あー、うん。綺麗だなって」
井上は俺の方を一瞬見て、そう答えた。
「それはそうだが。どうした?」
俺は問いかける。
「いや。別に。何でもない。佐々木と見れて、良かった」
井上は俺にそう微笑みかけて答えた。
「……」
俺はその笑顔に堕ちかけたが、何とか理性で持ち堪える。
「話なら聞くぞ」
「ありがと。じゃあ、この後の博物館で計画立てよ」
井上は意地悪い笑顔でそう言うのだった。
♢
歴史博物館では、学芸員の人が説明をしながら回ってくれるが、俺達の耳には全く入っていない。
「井上って結構、大胆だよな」
井上の話を聞いていた俺は思わず突っ込んだ。
「そう?折角の機会だし。姫路満喫したいし?」
井上は笑顔で言う。
彼女は、最終日の自由行動時の計画を話していた。
「いい思い出になるでしょ?」
井上はニヤッと笑いながら言う。
「まあ、いいか。井上となら、楽しそうだし」
俺は思わず呟く。
その言葉に、井上は嬉しそうな顔をして見せた。
その顔に、俺は胸を掴まれる。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「っ!」
俺は思わず顔を逸らす。
「怒られても知らないぞ」
「分かってる」
井上はにやりと笑ってから、やっと歴史博物館の展示物を見始めるのだった。
そこの見学が終われば、班で感想をまとめてから夕食になる。
早々に感想をまとめ終えると、井上はすぐに部屋に引っ込もうとした。
「あ、漫画持ってきてるぞ」
俺は言う。
「えっ、本当!?行く」
井上は即答する。
午後10時から午前7時までは異性の部屋に入ってはいけないが、それ以外なら別に構わない。
「いや、俺が持って出るわ」
恐らく、栗原達が部屋を使うだろう。
俺は栗原にアイコンタクトすると、栗原は親指を立てて、口パクでサンキューと言った。
何がサンキューだ。
思わず、内心では突っ込む。
「そう?じゃあ、こっち来る?って言いたいけど気つかうでしょ?なら、ロビーにする?」
井上は提案する。
「OK」
俺達は後程、ロビーに集合することとなった。
♢
「隆臣ー!俺達の部屋に来いよ」
ロビーで待っている俺に、クラスの男友達が声をかけてきた。
「あー、ちょっと、人待ってるから」
「何だ何だ、女か?」
「彼女が出来たのか」
「お前らなぁ」
俺は呆れる。
そんな会話の所に井上が現れたもんだから、男子達は俺を二度見する。
「何で皆ここにいるの?」
井上は不思議そうだった。
「たまたま。ホテルでも探検しようぜ、ってなってさ」
中田が答える。
「あ、そうなの。じゃあ、部屋空いてるなら貸してよ」
井上がそんなことを言うものだから、俺は驚く。
「静かな所で本読みたいんだよね」
「1人でか?」
中田は尋ねる。
「佐々木はどうする?」
「俺も探検より、読書」
俺は苦笑しながら答えた。
「流石に2人きりにするのはな……」
中田がチラと俺を見る。
「まさか、栗原達じゃあるまいし」
井上は凄い嫌そうな顔でそう答えた。
部屋で何かやっていることを察しているのだろう。
「じゃあ、中田が残れば?」
井上は提案する。
「そうする。いいよな、隆臣?」
中田は俺に確認する。
「勿論」
俺は即答した。
3人で、中田と山口が使っている部屋に邪魔することとなった。
部屋の割り当ては基本2人ずつになっている。
「銅魂な」
俺は手に持っていた漫画を井上に渡す。
「ありがと」
井上は笑顔でそれを受け取って椅子に腰を下ろし、読み始める。
銅魂は、時代劇ファンタジーと言うのだろうか。愉快なキャラクターがたくさん出てきて、かなり面白い。笑える漫画だ。
俺は、井上の様子を横目で見つつ、中田と共にベッドの上に座って、今日の出来事を話していた。
「中田」
途中井上が、中田に声をかける。
「え、あ、何だ?」
「ホテルのお茶、飲んでもいい?」
「あー、備え付けのやつ?いいぞ」
「佐々木は飲む?」
井上は流れるように俺に尋ねる。
「あー、飲もうかな。緑茶のティーバッグだったか」
「そうそう。ホットだけど」
井上はかちゃかちゃと慣れた手付きで、カップやらポットやらを用意し始める。
「俺が用意しようか。ゆっくり読んでろ」
俺は立ち上がる。
「なら、俺がする」
中田が俺を遮るように立ち上がった。
それなら、と俺は中田に頼むことにした。
「はい」
中田は俺と井上の2つ分、緑茶を淹れると唯一の机に置く。
「ありがとう」
「さんきゅ」
井上と俺は同時に礼を言う。
「なぁ、井上は修学旅行楽しんでるのか」
中田がここぞとばかりに井上に話しかける。
「あー、まあ、うん」
井上は適当に返事する。
もう漫画に集中しているのだ。
「何が楽しみだ?」
中田は尋ねる。
「あー、まあ、ご飯かな」
井上はそう答えながら、静かに漫画を閉じた。
そして、お茶を飲みながら、俺達の方に体を向ける。
「男子だけの班は楽しい?」
井上は問いかける。
「俺達はまあ仲良いしな。井上達の班はどうなんだよ」
「えー、まあ普通じゃない?ね、佐々木」
井上は俺に話を振る。
「あー、そうだな。栗原達がイチャついてるくらいか」
俺は答える。
「なぁ、井上。何で佐々木を班に誘ったんだ?」
中田はそんなことを尋ねる。
なるほど。中田はそれが聞きたかったのか、と俺は確信する。
「だって、うるさくなくて私と話が合って、仲良しなの佐々木だけだしね」
井上はさらりとそう答えた。
まあ他の男子よりそう思ってくれているなら、俺は嬉しい。
「黙ってても空気悪くならないしね」
「俺は?」
中田は尋ねる。
「あんま喋ったことないじゃん」
井上はそう言い放ち、お茶を飲み干した。
そして、立ち上がる。
「ごめん、ちょっと出る。佐々木、漫画ありがと」
読みかけの漫画を井上は俺に返し、呆気なく部屋を出て行った。
「銀魂」はご存知ですか⁇
面白いですよね〜!銀さんボケキャラかと思いきや、かっこよくキメてくるんで、ギャップにきゅんとします。笑
皆さんは誰が好きですか。やっぱり桂ですかね。