彼女はたわ言を貸す
「ねぇ、数学得意?」
数学の授業中、井上が小声で俺に聞いてきた。
「得意ではないな。普通?かな」
俺は板書をしながら答える。
「今日、あたるんだよねー」
井上は唇を尖らせながら言う。
今日は5月12日。こういう日は、一の位が2の出席番号の生徒があてられる。出席番号2番の井上は、恐らくあてられるだろう。
「あー、分かるやつは教えられるけど」
「本当!?助かる」
井上は安堵の息を吐いた。
そして、案の定問題をあてられ、井上は横目で俺を見た。
俺はノートに少し大きめに答えを書いて、無言で見せる。
井上はチラっとそれを見て、「√2です」と答えた。
「よろしい」
先生はそう言って、授業を続ける。
「ありがと」
井上はこそっと礼を言うと、机の下から俺が貸した本を覗かせ、読み始めた。
一回あてられたら、もうあてられることはない。
なので、井上は普通に読書を始めるのだった。
相当面白かったようで、読むスピードがなかなかに早い。
結構分厚いのだが、半分くらいは進んでいる。
俺はというと、同じ作者のたわ言シリーズを井上から借りていた。チラと冒頭を読んだが、続きが気になって仕方がない。
俺は俺で自分の好きなストーリーシリーズを好きになってくれると嬉しいな、と思いながら、授業に集中した。
♢
「さて、今の時間は、修学旅行の班分けをします」
6時間目、担任がそう言った。
その言葉を聞いた井上は、堂々と読書を始める。
「おい、班分けだぞ」
俺は井上に言う。
「うん。まあ、勝手に決まるでしょ?」
井上はあっけらかんと言う。
「6人の班を5つ、つくって下さい。では、10分あげます」
担任はそう言うと、手を打った。
その瞬間、一気に騒がしくなる。
クラス30人。その内、俺のクラスには男が8人しかいない。この高校、数年前に女子校から共学になった所で、まだ女子率の方が高い。
男子を均等に班分けするのならば、2人×4班になるのだろう。
だが。
女子6人で構成された班が2つ出来ていた。
「……はぁ」
その様子を見て、井上が小さくため息をついたのが俺には分かった。
「なぁ、隆臣!どうする?3人、3人、2人に分かれるか?」
俺の元に男子達が寄ってくる。
その間に女子6人で構成された班がもう1つ出来上がった。
「えぇっと、どうする?」
俺は苦笑いで尋ねる。
残りの面子が俺と井上の周囲に集まっていた。
女子はまだ決めかねているようで、どうする?どうする?と話し合っている。
流石の井上も、読書はもうやめていた。
「口、出してもいい?」
井上は仕方なさそうな顔で、俺を含め11人を見つめた。
「ひと班は男子6人で構成していいよ。で、残りの2人の男子なんだけど…。申し訳ないけど、みかが栗原と一緒がいいと思うのよ。で、あと1人はごめんだけど、佐々木、いける?」
井上は俺を見て問うた。
みかとは田原みか。栗原は栗原ゆうき。カップルである。
「残りの女子4人を分けるよりは一緒にしちゃった方が反発ないと思うし。佐々木には悪いんだけど」
井上は俺を見る。
「大丈夫そう?」
「何で、俺?」
俺は思わず聞き返す。
「ん?だって、一緒の班の方が本の貸し借り出来るじゃん」
井上はからっと笑って答えた。
「皆もどう?いい?」
「OKっ!」
「ありがとー!」
「助かる」
皆、口々にそう言って、席に戻って行く。
「ごめんね」
井上は小声で俺に謝ってきた。
「謝ることはないだろ、別に」
「でも、女子の班に巻き込んだから」
「まあ、本の貸し借りを考えるとそりゃあ一緒の班がいいのは分かるが、修学旅行まで本、持って行くのか」
「当たり前でしょ。それに」
井上は俺の顔を見る。
「気兼ねなく喋れる男子、佐々木しかいないんだよね。私の為だと思ってさ、一緒の班だと助かる」
「え?」
俺は思わず聞き返す。
何を言っているのか。
井上は、誰とでも隔てなく楽しく日頃喋っているのに。
逆に羨ましいとさえ思って見ていたのだが。
「佐々木と本の話とかをしている時が、1番ストレスが無いの」
井上はそう口にして、俺ににこりと微笑む。
そんな微笑みを向けられたら、勘違いしてしまいそうになる。
そんな俺の心境など知らない井上は、微笑んだまま口を開く。
「私が貸したたわ言シリーズ、面白いでしょ?」
「ああ。かなり」
俺はそう返事した。
これもまた維新さんの作品で、「戯言シリーズ」なんですが、ご存知でしょうか⁇
私は物語シリーズよりもこちらの方が好きだったりします。まあ、維新さんの作品で初めて読んだものだったことも関係しているのですが。
登場人物もかなり面白いです。
是非、読んでみてください(*´-`)