アイもライも
「………今日はまた何というか…、一段と魂が薄いのぉ…」
技術館に入り、着替えを済ませて畳の上に正座した優斗に、せんべえ先生は憐れみを込めて感想を述べた。
優斗はせんべえと視線すら合わせる気力がなく、ぼーっと前を向いてその言葉を聞いていた。
一つため息をつくとせんべえは優斗の前に腰を下ろし、きりっと背筋の伸びた正座をして向かい合った。
「優斗、今日もまたお前さんしか部活には来ておらん。
なので今日は部活動は取りやめじゃ。この状態で始めても、今のお前さんでは昨日の比にならない怪我をしかねん。
精神統一の時間とせんか?まずはお前さんの心の中の悩みを、全て話すところから始めようではないか」
「………きょーだいってキスとかしていいもんなんでしょうか………」
「……………ん???」
せんべえが目を見張りながら優斗に向かって身を乗り出した。
それすら視界に入っていないかのように、優斗の視線は焦点が合わず、自分の発した言葉の意味を理解しているとも思えない状態だった。
「兄弟…兄妹というと、お前さんまさか妹君のことを…か…?」
「………………」
「優斗、悪いことは言わん、やめておけ。
彼女は片方だけとはいえ、お前さんと血がつながっているんだぞ?道ならぬ恋に…おい、聞いてるのか?」
せんべえに肩を掴まれ軽く揺さぶられたが、優斗の心にそれは届かなかった。
心の中渦巻くのは、めるとのとろけきった「愛してる」と、いまだ優斗は見たことがない、満たされた微笑みを浮かべる、想像の中の彼女の美しい貌だけだった。
結局着替えと説教で終わった部活を終え、また着替えてぼんやりしたまま優斗は自転車に跨る。
やる気の起きないペダル漕ぎで、キィコキィコと帰路に就く。風に当たると、少しだけ頭が冴えてきた。
キスシーンも問題だが、もう一つ大きな問題、万引きがある。
あの二人の家庭の事情は知らないが、二人が「生きるために」と言っていたところを見ると、あまり状況はよくないのかもしれない。
ただ、盗んでいたものの中にはヘアカラーのような切実にはいらない日用品も含まれていた。
普段の二人も汚れた服を着ているなどということもない。一体どの程度の「生きるため」なのか。
そもそも生きるためなら盗みをしていいのか、という問題もある。
見てしまった以上、誰か大人に相談しなければならない気もする。でもそれはあの二人を追い詰めることにはなるだろう。
二人を…めるとを、追い詰めてしまっていいのだろうか ----
答えの出ないままフラフラと自転車を走らせていた優斗だが、家には無事に辿り着くことができた。
「ただいま…」
いつものように、誰にも聞かれない程度の小さな声で帰宅の挨拶をしながら、玄関で靴を脱ぐ。
リビングへ続く廊下、その扉の向こうから、母と妹、そしてこの時間には珍しく父の笑い声が聞こえてきた。
それを聞いて、優斗はリビングへは行かずに二階への階段を上る。「家族団らん」の邪魔をしたら悪い。
優斗の家は世に言う「ステップファミリー」だ。
父親は優斗の母親と別れた後再婚し、優斗にとっての継母と父の間には娘が産まれていた。
せんべえに勘違いされた「妹君」とはその子のことで、普通に愛くるしく普通にかわいらしい子だ。
もちろん恋愛感情などない。普通に妹として見ている。ただ、かわいがれてはいないかもしれない。
憎いわけじゃない。接し方がわからないのだ。
「普通に妹をかわいがる」ということが、優斗にはよくわからない。
結果家の中は、「父家族」と「優斗」という奇妙な二世帯住宅のような構図に自然となってしまった。
優斗は自室に入ると荷物を放り投げてベッドに転がり、見る気もないスマホの情報をなんとなく辿り、時間が過ぎるのを待つ。
そして家族が夕飯時に食卓を囲む頃に風呂に入り、みんなの食事が終わってから夕飯をいただく。
これが極力「父家族」と関わらないで済む、いつもの過ごし方なのだ。
別に居心地が悪いとまでは言わない。衣食住はしっかりしていてありがたいくらいだ。
ただ、この家にいる間は胃のあたりにキュッと力が入ったままになるような、そんな感じがする。
それだけだ。
翌日いつも通り登校した優斗は、いつも通りではないものを見つける。
校門の壁に寄りかかり、誰かを待っている風の金髪の少年の姿。
少年が顔を上げると、なぜか優斗とばっちり視線が合ってしまう。
反射的に視線を逸らし、足早に校門をくぐろうとする優斗の前に、ザッと踏み入る影。
仁王立ちの金髪頭。竦みあがる優斗は蛇に睨まれた蛙ヅラ。掴まれる胸倉。引きずられる校舎裏。
驚いた他の生徒たちの視線が痛い。引きずられながら優斗は繰り返し頭の中に疑問符を浮かべた。
どうして…なにがどうしてこうなった…!!!!!!
連れていかれたのは、優斗が今はできれば近づきたくなかった例の場所、濃厚ラブシーン現場、剣道場と技術館の闇の狭間だった。
金髪少年にはおなじみの場所なのかな…と壁を背に優斗が建物や暗がりに目を向けると、ドスッ!と頭の横の壁に何かが突き立てられた。
いつの間に用意していたのだろう、それは竹刀だった。
武器を持った相手との対峙は初めてだ…優斗は反射的に合気道のイロハを頭の中に浮かべていた。
金髪の少年はそんな優斗の様子になど興味もないようで、きつく睨み上げたままズイッと顔を寄せ、ドスの効いた低めた声で静かに語り始めた。
「……お前、最近めるとのことジッと見つめたり、付け回したりしてるらしいな…?」
「…つ、付け回しては…」
「じゃあ見つめてはいるんだな?」
「………………」
「重罪だ。死ね」
少年が持っていた竹刀を片手で振りかぶった。型などなにもない、ただ暴力で振りかぶられただけの竹刀だった。
反射的に優斗が体を動かす。難なく竹刀は躱され、壁に叩きつけられる。
その竹刀が間髪入れずに横に薙ぎ払われた。それは優斗の横っ面を弾き飛ばす予定だったが、優斗は竹刀を手で払い、攻撃をあらぬ方へ受け流した。
「なっ…!」
金髪は驚き一瞬ひるんだが、竹刀を構え直すと、さながらフェンシングのように片手で突きをお見舞いしてきた。
だが片手で放つ突きでは、素早さも威力も減退してしまう。優斗はそれを躱すと、竹刀を脇に捉えてがっちり固定した。
「くっ…!なんだ、てめぇ…!!」
「お姉さんの万引きを見た」
口に出してしまってから優斗は驚いた。言うつもりなどなかったのに、反射的に言葉が口をついて出てしまった。
金髪の少年も目を見開いて固まっている。爆弾は落としてしまった、これはもう、言うしかない。
「じっと見てたのはそのせいもある、たぶん」
「…てめぇ、それを誰かに…」
「誰にも言ってない。兄妹のキスシーンなんて誰にも言えない」
核爆弾を爆発させてしまった。あまりの緊張のせいで、口に出すつもりのなかったことがスラスラと出てきてしまう。
金髪少年は驚きに固まったあと、一瞬で赤を通り越して黒ずむほど顔を紅潮させた。
「…てっめぇ、よくもぉぉぉぉ…!!!!!!!!」
叫んでから金髪少年はハッと固まった。人目につかないところで短時間で事を済ませようとしていたのに、大声を出して揉めてしまっては意味がない。
「くっそ…!!」
金髪少年は力づくで優斗の脇から竹刀を引っこ抜くと、「覚えとけよ!」と捨て台詞を吐いて闇の狭間から逃走した。
少年が消え、闇に取り残された優斗は、今頃震えてきた脚で何とか壁まで移動し寄りかかると、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
浅く鋭い呼吸を何度も繰り返す。緊張が肺に到達して胸が痛い。
初めての対人合気道は成功と言えただろう。だがあまりの緊張感に優斗は存在が押しつぶされてしまう感覚を味わっていた。
これが暴力に、----藍無 ニトロに関わるということ。
心の底から勘弁してもらいたい。だが抱えていた秘密を全て話してしまった。このまま放っておかれることはまずないだろう。
暗澹たる気分で沈み込み、小さくなってこのまま消えてしまいたかったが、それがかなうはずもない。
この場を離れるべく、震える足を叱咤しながら立ち上がり、重い体を引きずるようにして明るい場所へ向かった。
とりあえず、せんべえ先生にはこのことを相談したいと思える。優斗は誰とも視線を合わせられない教室で、放課後を待ちわびた。
学業からの解放のチャイムが鳴った。
ホームルームをすっぽかすことを決めていた優斗は、荷物を素早くまとめると一目散に教室を飛び出した。
ドアを乱雑に開け閉めし、大急ぎで廊下を走り、下り階段にさしかかったところで手を取られた。
一瞬身構えた優斗だが、そこに思い描いた相手の姿はなかった。
思い描いた相手の代わりに、そいつの姉がいた。
優斗が驚いていると、軽く息を弾ませためるとは、さらに優斗の手をきつく掴んで、そのまま優斗の前を走り始めた。
「え…ちょっ、なんで……?!」
優斗は何度か自分を連れて走るめるとに声をかけたが、めるとは黙したまま走り続けた。
仕方なく優斗はめるとに歩調を合わせ、めるとの負担にならない程度の速さで走り、ついて行くことにした。
めるとが目的地でようやく足を止めた。二人ともぜいぜいと呼吸を荒げる。
しばらくしてようやく呼吸が整い、優斗はあたりを見渡した。
ブランコが二つと砂場しかない、小さな公園。周りは草木が生い茂っているが、公園内は雑草が刈り取られている。
打ち棄てられた場所のようだが、公園の隅に比較的新しい小鳥の餌やり台が設置されていた。
誰かご老人など、野鳥観察が趣味の人がここを管理しているのかもしれない。でも今は人気はなかった。
めるとも呼吸が整ったようで、ブランコの方へ歩いていく。持っていた鞄からハンカチを二枚取り出すと、朽ちかけて汚れた二つのブランコの座面にそれを敷いた。
一方にめるとが座り、視線で優斗にももう一方に座るよう促してきた。
優斗は女性のハンカチの上に座ることに躊躇したが、めるとの黙したまま急かす視線に圧され、ぎこちなく隣に座った。
沈黙が流れる。めるとは優斗から視線を外さないが、優斗はめるとの方を向くことができない。
---- バレたかな…バレたかな……どこまでバレたかな…………。
万引きのこと知ってること?弟とのキスシーン見たこと??
それとも…俺の恥ずかしい妄想まで…?!
いや誰にも話してない!脳からあれが漏れ出ているわけがない、落ち着け、落ち着け…!!
心臓がバクバクと早鐘を打つ。荒れ狂った音が鼓膜を破って外に出て行ってしまうんじゃないかと思うほどだ。
優斗は喉を鳴らして唾を飲み込み、なるべく平静を保とうとした。
ブランコの鎖を握り締めていた優斗の手に何かがそっと触れた。振り向くとそれはめるとの指先だった。
だが触れられたことに動揺する前に、彼女の表情が視界に飛び込み、優斗を混乱させる。
教室ではいつも陰気な顔しか見せない彼女が、うっすらと微笑んでいるのだ。その笑顔になぜか優斗は、身の毛がよだつ思いがした。
何も語らないまま、二人は見つめ合う。張り付いた微笑みを浮かべ続けるめるとの唇が、ゆっくり動き出した。
「………万引きのこと、バレちゃったんだってね…」
話しながらめるとは優斗に触れていた指先を離す。そのまま自分の方のブランコの鎖を握り、話をすすめた。
「…誰も私には注目しないし、させないようにしていたつもりだったから、洞井くんにバレたのは意外だった…。
でも、バレちゃったならしょうがないよね…。聞かせてほしいな、あなたはこれから私を…私たちを、どうしたい?」
「………そ、その、……万引きは、よくないと思う………」
「…うん、私も、よくないと思う…。
親からろくな生活費ももらえないで、四苦八苦しながら生活のやりくりをしてたとしても。
何の面倒も見てもらえず、ろくに家にいない母親のせいだとしても。
バイトしたらその母親にお金を巻き上げられて、抵抗したら母親が連れてきた男たちに殴られたとしても。
全部、ぜーーーんぶ、言い訳でしかないからね…。
…万引きは、いけない………」
めるとの口から語られた現実が想像していたよりずっと壮絶で、優斗は二の句が継げなかった。
めるとは優斗から視線を少し外し、微笑みは顔に張り付けたまま続けた。
「………でもね、弟が…、ニトロが、喜んでくれるの。
万引きがうまくいくと、褒めてくれる。盗んだ商品できれいになるニトロを見ると、とてもうれしい。
母親が置いていくお金だけじゃ、食べてくのもしんどいくらいだから、贅沢品には手が出せないから、だから…。
…あの子のためなの。不自由させちゃいけないの。少しでもあの子の笑顔を守るの。私はお姉ちゃんだから…。
大人に頼ることも考えた…。だけど、大人に頼ると私たちは引き離されるかもしれない。そんなの嫌…!
だから必要なことなの…!こうするしかないの…!万引きは、私とニトロには必要なことなの…!
誰にも…邪魔なんかさせないっ…!!」
壮絶な微笑みを張り付けたまま、めるとは自分の膝の上に置いていた鞄に手を突っ込んだ。
優斗は危機を感じ、自然と身構え、腰をブランコから浮かしかけた。
その動きが止まる。
「………あれ?………あれ?………えっと…」
めるとはカバンに手を突っ込んだまま、もたついていた。本人もなかなか焦っているようだ。
ようやく何か出したかと思うと、取り出したものを落とす。かしゃんとはさみが音を立てた。
めるとはそれを慌てて拾い上げ、優斗に向けて突き出す。持ち手部分を。
刃の部分が自分に向いていることに気付いためるとは、慌てて向きを直そうとするが、またそれを落としてしまう。
何とか拾い上げ、今度は向きも確かめて刃の部分を優斗に向けるが、この間たっぷり1分ほど。優斗が冷静になるには十分な時間だった。
優斗はブランコに座り直し、咳払いをしてからめるとを見つめた。
先程まで不気味な微笑みを張り付けていためるとも、さすがに自分の失態に思うところがあるようで、顔を耳まで赤らめながら涙目でぷるぷる震えていた。
「………とりあえず、はさみしまおうか」
「………もう少し動揺してください……」
「………ごめん、無理」
「……っ……」
「動揺できない上に悪いけど、冷静に突っ込ませてもらっていいかな…。
もしこのまま刺せたとして、それからどうするの?
俺を死体にするなら、はさみじゃちょっと物足りないと思うし…。
それに無事殺せたとして、死体の処理はどうするの?痕跡をきれいに消せる?
計画がお粗末じゃ、大人たちには簡単にことがバレてしまう。
それこそ、弟さんとの生活が壊れてしまうんじゃないか?考えはあるの?」
「……………」
めるとのはさみを構える手が、ゆっくり下がっていく。そのままかばんにはさみをしまうと、長い髪で顔を隠しながら項垂れた。
ブランコの鎖を両方握って座り直すと、そのまま悔しさを紛らわすかのように、キコキコとブランコを少しだけ揺らし始める。
優斗はため息を吐き出した。とりあえず、めるとに計画を諦めさせることはできたようだ。
「…怖がらせれば、私たちに関わることやめて、全部なかったことにしてくれないかなって…。
…でも、今怖がってたの、私の方だね…。やっぱり、いくらニトロのためでも、人を傷つけるかもしれないことは…怖いや…」
「うん……」
「…仕方ないね。うまく脅せなかったし、法を破ったんだから私は罰を受けなきゃ…」
「……………」
「……ほんとはね、万引きのこと…「犯罪」のこと、後ろめたく思う気持ちもあった。
ずっと蓋をして、なかったことにしてた…。
…洞井くんのおかげで、思い出せた気がするよ…。ありが」
「待った」
「…?」
「少し話を整理していいかな。
藍無さんの家は確か母子家庭だよね?その母親が面倒を見てくれてない…つまり、ネグレクト?」
「…うん、まあ…そんな感じ…」
「つまり、藍無さんのお母さんは二人の面倒を見ない上に、藍無さんまで捕まったとなると、弟くんはどうなる?
…言い方悪いけど、彼が野放しになるのはちょっと…」
「…あーーー……」
「…だからさ、もう少し策を練らない?
何かこう、みんながもうちょっと幸せになれる策をさ」
「………………」
めるとが伏せていた顔を上げた。髪を耳にかけながら優斗の顔をじっと覗き込む。
優斗は心臓の鼓動が一段と激しくなるのを感じた。頬が紅潮し汗をかき始める。めるとの顔をこんなにじっくり見つめるのは初めてだったからだ。
空には赤みが差し始め、暗闇が徐々に力を持ち始める時間。
彼女の何の手入れもされていない素顔は、美しいというより愛らしく、色鮮やかで肉厚な唇が印象的だった。
この年頃らしい透明感のある肌、小さな鼻、それらが深まる陰影により独特の艶っぽさを産む。
言ってしまえば、好みだった。優斗は傍から見て喉仏がはっきり上下するのがわかるほど、音を立てて唾を飲み込む。
「……どうして今動揺するの…?」
「……どうしてでしょうね…」
「……どうして私を助けるようなことを言ってくれるの?」
「……どうしてでしょうね…」
「……どうしてうぐいすパンの中身はうぐいすじゃないの?」
「……どうし」
「はさみ、出す?」
「すみません真面目に頭の中の脳を働かせます」
「? 頭以外のどこかに他の脳があるの??」
「がっ、ごほっ…ごほっ……ま、まず、なぜ君を助けるのかだったね!!」
まずい方向に行く前に、優斗は話を捻じ曲げた。
だが、捻じ曲げた先で答えに詰まる。なぜ…なぜ?なぜ藍無姉弟が幸せになれる策を自分が考えるのか…?
一瞬の停止のあと、優斗は視線を少し下に下げる。そして絶望した。
「………洞井、くん……?」
誠に、誠に情けない理由だが、今一番頭の中じゃないところにある脳が「しっくりきた!」と叫んでいた。
季節は初夏。女子が薄い白シャツしか上半身にまとわなくなるこの季節。そして陰影の深まる時間。艶っぽさが産まれる時間。
視線をめるとの顔から少し下にずらせば、そこにはたわわにたゆたう二つの果実が、陰影くっきり確かな満足。
これのためなら策、考えられる。
悲しきかな、優斗は男の本能と、闘う前から敗北していた。いや勝利かもしれない。なんでもいい、策が練りたい。
そんな股の脳の叫びに、頭の中の脳は絶望し、そしてあきらめた。
「藍無さん」
「…は、はい?」
「報酬はもらいました。何とかします」
「えっ…?で、でも、私何もしてな…」
「大丈夫です、藍無さん。どうかあなたはそのままで、ぜひともそのままで」
「……………」
「さっ、日が暮れますよ、そろそろ帰りましょう姫」
「…姫?」
「聞き間違えです。ほら、帰らないと弟くんが心配しますよ?」
「…う、うん…そう、だね……。
じゃあ…その……、よろし、く、お願いしま…す…?」
「うん、明日学校で、ね」
最後の最後まで疑問符だらけのめるとを立たせ、ブランコのハンカチを二枚回収した。
彼女の座っていた方のハンカチに、触っていることに興奮しかけた自分を律しながら、優斗はめるとにハンカチを渡す。
優斗が足元に置いていた自分の荷物を持つと、まだ不思議そうな顔のめるとを促し、寂れた公園を二人は後にした。