第7章 真実の開示と最後の選択
夜明け直前の王都は、まだ赤黒い煙をたなびかせたまま荒んだ空気を引きずっている。あちこちで火の手が上がり、私兵による暴力が横行し、民衆は疲労と絶望で声を失いかけている。そんな中で俺は、ディランたちとともに裏道を通り、秘密裏に作成したチラシを配る作業に追われている。
「……なんだって、こんなはちゃめちゃな状況になってんだよ」 夜通し走り回り、ほとんど寝ていないディランが、クシャクシャの髪をかき回しながら苦い声を漏らす。持ち歩いていたチラシの束は、すでに半分以上がはけた。
「そりゃ、宰相バルドがあちこちに火を放ったせいでしょ? わざと混乱を煽って、民を押さえつけようとしてるんだ」 俺はチラシを肩の袋から二、三枚引き出して、隣の路地を覗き込む。小さなパン屋の店先に、まだかろうじて人が集まっているのが見える。顔にすすをつけた住民たちが、飢えと恐怖をごまかすため、ほんの少しのパンを求めて列を作っている。あの人たちに向かって声をかけたいのは山々だが、私兵の目が厳しい。
「いや、そこに行くのは危険だな。兵が巡回してる。捕まりかねないわ」 レミィが路地裏の向こうを見据えながら、低い声で警告する。その言葉どおり、奥のほうにごつい甲冑が見え隠れしている。あの私兵どもが市民を監視し、少しでも“怪しい”動きがあれば容赦なく取り締まっているに違いない。
「……でも、私たちが今動かなければ、ここで配布しなければ、民はただ火事と暴力に怯えて逃げ場を失うわ。どうにか接触できないかしら」 レミィの瞳には、はっきりとした苛立ちが宿っている。魔法で一気に叩きのめしてでも、という危険な衝動が見え隠れする。だけど、そんな乱暴をすれば、むしろ俺たちが“反乱分子”とみなされるだけだろう。
「焦るなよ、レミィ。まずは自分たちが潰されちゃ意味がない。安全にやれる範囲で、確実にチラシを渡していくしかない」 ディランが落ち着いた声でなだめてくれる。元は衛兵隊長代理だけあって、こういうときの判断はブレない。民を守りたい気持ちは同じでも、正面衝突は自殺行為。もっと冷静にやらなきゃ。
「分かったわよ。でも悔しい……街中であんなに悲鳴が上がってるのに」 「俺だって同じだ。……けど、ここで踏ん張らないと、せっかく作り上げた“本当の法令”の資料を活かせないまま破棄されるかもしれない。今は動くべき場所を見極めよう」
俺たちは細い通りを曲がり、人気の薄いほうへ足を運ぶ。すると、もともと共同住宅だったらしい建物が半ば焼け落ち、わずかに柱や壁が残るスペースが広がっていた。そこに数人の若者が集まり、目を伏せながら肩を寄せ合っているのが見える。どこかで家を失い、行き場をなくしたのだろう。
「……ねえ、あれを使いましょ。地味にだけど、こういう人たちにこそチラシを渡すべきだわ」 レミィが俺の腕を軽く引っ張り、肩の袋を指す。俺はうなずく。大通りで大声を張り上げるのは危険だけど、こういう片隅にこもる人たちには、短い説明をする隙があるかもしれない。
ディランが周囲を警戒し、レミィと俺が少しずつ近づく。若者たちは、俺たちを見て一瞬ビクッとしたように身構えるが、すぐに「私兵じゃないな」と判断して、怯えた目をそらす。声をかけよう。
「……ねえ、大丈夫? ケガとかしてない?」 俺はできる限り柔らかい口調を意識する。若者の一人、ボサボサ頭の少年が、不安げにこちらを見返す。
「何だよ……あんたらも家を失ったのか? それとも俺たちを追い払う気か? ここは空き地だから好きに過ごしていいはずだろ」 「いや、違うんだ。俺たちは、宰相が勝手に放っている火や私兵の暴力から、少しでも身を守ろうとしてる。ほら、これを見てほしい」
そう言って、俺はチラシを一枚差し出す。そこには昔の王国法がどのように改竄されたか、そして本来なら貴族も含めて“守るべき義務や責任”があったはずだという説明を、できるだけ簡単な言葉と図でまとめてある。
「なにこれ……文字がいっぱい……。俺、ちゃんと読めないんだよ」 少年が恥ずかしそうに俯く。こういう人は珍しくない。識字率が高くないこの国では、文章が読めない者が多いんだ。でも、だからこそ俺たちは図表や挿絵を多用し、できるだけ視覚的に分かるようにしている。
「大丈夫、絵を見て。ほら、こういう仕組みで、貴族たちは自分に都合のいいように法令を変えてきたんだ。それを、本来あるべき形に戻そうっていう運動をやってるのが俺たち。……分かりにくかったら説明するよ」 彼は不安げにチラシを受け取り、ページをぱらぱらと眺める。横から別の若者が顔を突き出してきて、「本来あるべき形……? それで何か変わるのか?」と怪訝そうに問う。
「今、宰相がやってることは本来あってはならないんだ。昔の法を見れば分かるけど、国は貴族だけじゃなくて、皆で守るルールがあったはずなんだよ。……あいつらが勝手に火を放ってるのは違法行為もいいとこだ。もし市民が団結して『おかしい』って声を上げれば、絶対にそれを止められる可能性がある」 「でも……そんなこと言って、捕まったらどうすんだよ。俺、兵士に叩かれんのはもうゴメンだ」 少年は震えた声で答える。つい最近、家を焼かれて逃げてきたのかもしれない。宰相に歯向かった結果、どんな目に遭うかは容易に想像できるから無理もない。
「たしかに怖いよ。けど、あの人たちの好き放題を永遠に許してたら、もっとひどい仕打ちが待ってるかもしれない。……もし機会があれば、これを近所の友達にも伝えてほしい。『本当は昔から、こんな乱暴は許されないはずだった』って。少しでもその声が集まれば、王宮の人たちや改革派の人たちが動きやすくなる」 俺は言葉を尽くして訴える。もちろん、これがすぐに効果を生む保証はない。むしろ、多くの人が沈黙を選ぶかもしれない。それでも、一人でも多くに届けば必ず何かが変わるはずだ。
「……分かった。ほんの少しだけ、俺も周りに伝えてみる。怖いけど、このままじゃもう家も戻らないし、何の希望もないから」 少年がしぼり出すように言って、ちらりと周囲の仲間を見やる。何人かはまだ半信半疑だが、それでも小さく頷いている。絶望して立ち止まるしかなかった人が、一歩でも前に進もうとしてくれたなら、それは大きな意味がある。
「ありがと……。気をつけてね。いつ私兵が来るか分からないから、ここも危ないかもしれない」 「お、おう……あんたらも、無理すんなよ」
言葉を交わして別れる。その背後で、少年たちがひそひそとチラシを回し始める様子が見える。何人かは少しだけ真剣な顔になって、絵を指さしながら「こういうことか?」と尋ね合っている。レミィがそれを見てほっと息をつく。
「よかった……。ちゃんと届いたみたいだね」 「ええ、あの子たちみたいに家を焼かれて絶望している人はたくさんいるはずよ。こうして一組一組に声をかけるのは骨が折れるけど、無意味じゃない」 「短期的にどこまで効果があるか分からないが、何もしないより遥かにマシさ」
ディランとレミィが交互に頷き合っていると、そこへクラウスが戻ってきた。倉庫で待機していたのだけれど、どうしても気になって偵察に出てきたらしい。
「そっちは進捗どうだ? 私のほうは、もう少し北の地区でも火事が拡大しているって話を聞いた。……あちこちで略奪が起きているようだ」 「やっぱり……。これはもう、王都全体が危険区域になったと思っていいね」
ぼうっと遠くを見やると、朝焼けが空を染め始めている。火と煙が混ざり、まるで血のような赤さを滲ませる朝。いつもなら陽の光に少し希望を感じるはずなのに、今は嫌な不安が胸を刺してくる。あちこちに荒廃した空気が漂い、どこを歩いても悲鳴やうめき声が途切れない。
「……ところで、ディラン。王城の中の様子、何か分かったか?」 俺はずっと気になっている。セリナ王女はまだ動けないのか、王族や貴族の間でどういうやり取りが行われているのか――さっぱり情報が入らない。
「いや、あいかわらず城門は厳戒態勢で、王女殿下に近づこうとする人間は即追い返されてるみたいだ。王城内部でも派閥争いが激しくなってるって話だけど、確証はない。……どうやら、宰相バルドが裏で徹底的に情報を統制してるっぽい」 「そっか……。バルドの目的は、一気に民衆を叩き潰して絶対権力を確立することにあるのかもしれないね。セリナを封じ込めておけば、王家からの干渉もないわけだ」
もともと王家の力は弱っていた。セリナ王女のように改革寄りの人間を閉じ込めておけば、残りの王族などどうとでも操れるのかもしれない。バルドは民を恐怖で服従させ、貴族には利権を振りまき、王家を無力化してしまえば、それこそ“宰相”が実質的な王となるも同然だ。
「そうはさせない……。俺たちがまだ諦めてないってことを、何とか示してやる」 静かに誓ってから、俺たちはさらに細やかな配布作戦を続ける。実際、夜が明ければ兵士や私兵の活動が活発になる可能性が高い。そうなる前に、少しでもチラシと資料の“写し”を各地へ回しておきたい。あとは人づてに広まってくれればいいが――願うしかない。
◇◇◇
作業を続けているうちに昼が近づき、俺たちは一旦“第二の図書館”の地下へ戻ることにした。表に出続けると流石に危険すぎるうえ、ここ数日はほぼ休みなく動いていて、疲労が限界だ。
崩れかけた石段を下り、重たい扉を開くと、薄暗いホールの奥でかすかな灯りが揺れる。レミィが先に杖を光らせて照度を上げると、そこには小さなテーブルがセットされ、クラウスが何やら紙を広げて書き物をしているのが見えた。……ん? さっきまで一緒に配布に出ていたはずなんだが、途中で先に戻ってきたのか。
「クラウスさん、何してるの?」 「おお、戻ったか。実はさっき北区の様子を見てきたときに、まだ読んでいなかった巻物の断片が見つかったんだ。荷車に放り捨てられていたのを偶然拾ってな……。こいつを解析している最中なんだが、ちと奇妙な単語が多くてな」 「巻物? 何か重要そう?」 「分からんが、王家の紋章と似たモチーフが記されていて、何やら“条約”を示唆する文言も見えるんだ。宰相バルドが必死に隠したがっている、あの“隣国との裏条項”に関わるかもしれん」
クラウスが手元の羊皮紙を見せてくれる。埃と煤けた泥のせいで文字が薄くなっているが、俺が目を凝らして読むと、ところどころに「賠償」「魔導兵器」「王国の罪」など、不穏な単語が目につく。これは確かに“隣国との間で交わされた秘密協定”を示す可能性が高い。
「それ、もし完全に読み解ければ、バルドの計略の核心を突けるかもしれない……!」 「そうだろうな。だが、一部が欠けていて難航している。レミィ、魔力で文字を復元できんか?」 クラウスが期待のまなざしを向けると、レミィは疲れた表情をこぼしつつも杖を握り直す。
「まあ、やるだけやってみるわ。さっきまで外を走り回ってヘトヘトだけど……あんたが言うならやる価値あるわね」
レミィが巻物を受け取り、杖先をかざす。ぼんやりとした白光が巻物の表面をなぞり、文字の“魔力痕”が浮かび上がる。もし成功すれば、消えたインクの痕跡を再現できるかもしれない。
「……ふむふむ。ちょっと難しいけど、数文字なら読み取れそうね。ええと、これ……“封印”とか“真実”といったワードが見えるわ。あと、『三百年前の大災厄』みたいな記述もある……何よ、これ」 レミィが怪訝そうに呟く。クラウスも眉をひそめて巻物を覗きこむ。少なくとも、王国が過去に犯した“何か大きな罪”や“事件”が隣国との協定を生む原因になっているのだろうと推測できる。セリナ王女が言っていた「禁忌の歴史」とやらが、ここに繋がる可能性が高い。
「なるほど……。バルド宰相はこれを握って、民衆に伏せているのかもしれない。王家がかつて重大な過ちを犯した、という事実を知ってしまえば、国への信頼が崩壊しかねないからな」 クラウスが低い声で言う。王家が犯した罪――もし民衆がそれを知れば、「今さら国に仕えても意味がない」と一気に反逆が起きるかもしれない。かと言って、この事実を完全に葬ってしまったら、隣国への賠償がずっと続くことになるのかもしれない。つまり、真実を隠してきた結果が今の“腐った王国”なのだとすれば、ここが真の根源ということか。
「つまり、王家も宰相も、表向きは対立しているけど“この罪”を隠すという点では利害が一致してきた可能性があるわけか……」 ディランが静かに首をかしげる。「そりゃ、セリナ王女はそんなの許せないだろうけど、王家の中には過去の罪を暴かれたくない派閥もいる……バルドもそこを利用してるとか?」
ぞっとする。もしこの過去の罪が明るみに出れば、国民が大混乱を起こすのは必至だ。だが、だからと言って隠し通すままでは、王国は独裁の闇を深める一方――究極の選択だ。
「……いや、セリナ王女がずっと探しているのは、この真実を正面から受け止めるためなんだと思う。『隣国との条約が偽りで、王国が逃げ続けている』って口にしていたし」 俺は小声でそう告げる。きっと、セリナは王家の汚点をもう一度洗い出して、それを乗り越えようとしているのだろう。隠蔽するだけでは未来がないと分かっているから。
「じゃあ私たちも、中途半端に隠したりせず、この巻物を完全に解読するべきだわ。王都が燃えてる最中だろうと、これが本当の“落とし前”になるかもしれない」 レミィが疲れた顔のまま、それでも闘志を宿した瞳でそう言う。クラウスもうなずき、「手を貸そう」と言ってくれた。俺も司書スキルで読み解ける部分は助けたい。今や、この“第二の図書館”は唯一の安全地帯。ここで真実をつかめば、一気に宰相バルドの狙いを打ち砕くことができるかもしれない。
「ただし、急いでやらないとな。街の火事がさらに拡大すれば、そんな研究を続ける余裕もなくなる。……ディラン、もし外で異変があればすぐに知らせてほしい」 「おう、分かった。俺はしばらく街を回るけど、夜にはまた戻る。頼む、何か見つけてくれよ」
ディランが腰に剣を差し直し、再び地上へ向かう。地上は混乱そのものだけど、彼がいるだけで、街角で助かる人が増えるかもしれない。ある意味、彼もヒーローのようなものだ。
さて、俺たちにできるのは巻物を解析して、セリナ王女が渇望する“王国の本当の罪”を突き止めること。そうすれば、バルドの暴力支配に風穴をあける手段も見えてくるかもしれない。気合を入れ直してテーブルに向かうと、レミィが鼻息荒く杖を振る。
「よし、ちょっとスペースを整理しないとね。床に転がってる破片はどけて、できるだけ魔力が集中しやすい環境を作るわ。あと何時間かかるか分からないけど、頑張りましょ」 「もちろん。俺も司書スキルをフル稼働で読み取る。足りない文字は推測補完していく」 「ふむ。長い夜になりそうだが……若い連中には負けてられんな、私も目を凝らすさ」
クラウスがにやりと笑い、レミィが少し呆れたように「若くはないでしょうに」と返している。そのやり取りを聞きながら、俺は苦笑する。王都で火が燃え盛り、人が泣き叫んでいるときに、ここで古文書を解読するのは何とも言えない心苦しさだ。だけど、こういうときこそ“知識”が道を開く――そう信じたい。
杖の光が巻物を照らす。かすれた文字がじわりと浮き上がり、俺の頭に断片的な映像が流れ込む。まるで時を超えて、この国の“過去”が呼びかけてくるようだ。
――不意に頭がズキリと痛む。大量の情報が一気に入り込んでくる感覚は、いつもながら慣れない。だが、一度受け入れてしまえば理解は早い。王家、禁忌、魔導兵器、隣国への賠償条約――いくつものキーワードが繋がりはじめる。
「見えてきた……。ああ、これか。三百年前の“大災厄”ってのは、王家が開発した魔導兵器が暴走して、隣国を含む広大な地域を荒廃させたらしい。犠牲者は……ひっ、100万人……?」 自分で読み上げていて、背筋が凍るような数字が飛び出す。何て桁違いの悲劇だ。
「う……それで、“王家の罪”というのは……その兵器を勝手に使ったの?」 レミィが目を丸くする。どうやら当時の王は、外敵から国を守るためと称して魔導兵器を起動したが、それが制御不能に陥り、結果的に隣国や無関係の国々まで巻き込んで甚大な被害をもたらした。その責任を問われ、王国は“服従条約”を結ばされた……。
「賠償として、異常なほどの税や貢物を隣国に払い続けた。それが今の“過剰な外交負担”につながり、いつしか国内の財政破綻を生んだわけか。でも、国民には一切告げられず……王家と一部の宰相だけが封印してきたんだろうね」 苦い気持ちがこみ上げる。隠す理由も分からなくはない。何せ自国の王が引き起こした大惨事と、それに伴う莫大な賠償。そんな事実が漏れれば、国がひっくり返るのは必至だろう。
「だが、現実にこうやって歪みが積もり積もっている。時代を経て、当初の条約以上に過酷な取り立てが行われているのかもしれん。そこにバルド宰相が付け入り、国内の制度も好き勝手に弄ってきた。誰も真相を知らないから、抗議もできない……」
クラウスが深刻な表情で巻物をなぞる。レミィは目を伏せながら小さく震え、「取り返しのつかない過去を隠し続けるなんて……」とつぶやく。
「でも、セリナ王女がこれを知れば、どうするのかな? 国民が知ったら、王家の威信は一気に崩壊するかもしれない」 俺の問いに、クラウスが微かに笑う。「それでも、あの王女殿下は受け止めるだろうよ。むしろ、その覚悟があるからこそ、改革を急いでいたんだと思う。手遅れになる前に、真の解決策を探すためにな」
たしかに、セリナはずっと「国が嘘で塗り固められている」と感じていたのだろう。だからこそ王家の罪を暴き、今度こそ真に立ち直る道を模索していた。でも、そんな彼女が宰相バルドに封じ込められている今――どうやってこの事実を活かす?
「民衆に一気に知らせるのはリスクが大きい。一方で、バルドを倒すには、この事実を盾にして何かを突きつけるしかないかも……」 頭が痛い。どちらにせよ、誤魔化しや中途半端なやり方は通用しない段階に来ている。王家の起こした大災厄――それを公表すれば、確かに国内の支配構造が崩れる。けれど、その先に何が待っているかは分からない。
「……でも、俺たちはずっとこの“闇”を暴いてきたんだ。覚悟を決めるしかないよ。民衆が立ち上がるのか、王家が責任をとるのか、何らかの形で新しい方向を打ち出さないと」 「賛成。バルドは、こうやって火と暴力で民を黙らせるのが狙い。真実を隠すのはその延長だろう。その手をくじくには、この巻物と“本来の法令”を組み合わせて、決定的な資料にするしかない」 レミィが杖を置き、手をぎゅっと握りしめる。ここまで来た以上、もう後戻りはできない。俺は司書スキルでこの巻物の中身をさらに深く読み込む。いっそ、頭に全文を焼き付けるくらいの勢いだ。
「ここに書かれた“罪”と“賠償”を踏まえたうえで、俺たちが正しい解決策を示せば、民だって希望を持てるかもしれない。もちろん王家への反発は避けられないだろうけど、セリナ王女がきっとそれを受け止めてくれる……俺は信じるよ」 俺の言葉にクラウスもうなずき、レミィもわずかに笑みを浮かべる。
「そうね……この時代に来てまで、誰も真実を知らないままなんて悲しすぎるし。あの王女の覚悟があるなら、私たちも賭けに出る価値がある」 「よし。じゃあ、まずはこの巻物をもとに、まとめを作る。物騒な夜が続くけど、バルドが国を焦土に変える前に、私たちで“真実の書”を仕上げようじゃないか」
そう言って、俺たちはテーブルに向かって筆をとる。もはや一刻の猶予もないと感じる。王都が燃えているうちに――という言い方は嫌だけど、この混乱の只中でこそ、人々が「真の問題は何か」を知りたいと願う瞬間が来るかもしれない。そこに応える文章を作らなければ。
扉の向こうでは、相変わらず遠くで悲鳴や火災の音が鳴り響いている。いつバルドの私兵がこの地下までやって来るかも分からない。だけど、こんなときに俺たちがやるのは、剣を振るうことじゃない。ペンを握り、文字と向き合い、隠された歴史を解き明かしていく。それが“司書”としての戦いなんだ。
――そう、選ぶしかない。たとえ王家の評判が地に落ちるとしても、この国がずっと隣国への莫大な賠償と封印された過去に苦しめられるより、今ここで真実を明るみに出すほうが良いと信じたい。あとは、セリナ王女が無事でいてくれることを願うばかりだ。
「ふう……いくぞ」 意を決して、俺は巻物の最終部分を読み解きながら、白紙の紙に要点を書き写す。レミィが補助呪文でインクの乾きを早め、クラウスが抜け落ちた文字を補完していく。地下の薄暗い空気の中、筆の走る音だけがかすかに響く。
過去を暴く文章が、今この国の運命を決定づける。そんな重大な責任に、額に汗がにじむ。でも、この重圧が嫌じゃない。むしろ、ここまで来たら徹底的にやってやる。この王国が欺き続けてきた“真実”を何もかもさらけ出して、その先の選択を国民と一緒に考える。それしかもう道は残されていない。
――よし、まとめ終わったら次は、どう発表するか考えよう。セリナがいなくても、俺たちはやるしかない。バルド宰相が支配する炎の王都で、俺たちの言葉がどれだけ通じるかは分からない。それでも、ここで行動しなきゃ一生後悔するって、はっきり思うんだ。
火の粉が舞う地上からは遠いはずなのに、なぜか熱がこもった空気を肌で感じる。それは俺たちの覚悟が燃えているからか、あるいは上で燃える王都の熱気が漏れ込んでいるからか――。どちらにせよ、今はひたすら筆を走らせるのみ。
「セリナ王女、どうか無事でいてくれよ」 心の奥で、その名前を繰り返しながら、俺はさらにペンを進めていく。街の騒乱が何度目かのうねりを起こしているのを察しながら、地下のランプが明滅を続ける。その微かな光のもと、俺たちは“最後の選択”に備えて、真実を開示するための“書”を仕上げようとしている――。