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第5章 第二の図書館と、反撃の書

あの夜、王立図書館が封鎖されたという衝撃が、じわじわと胸を締めつける。

だが嘆いてばかりはいられない。街の外れにあるディランの“隠し倉庫”を合流地点にして、俺たちは新たな拠点づくりに動き出すことにした。少しでも希望を取り戻すために。


「――ったく、何人いるんだよ、この倉庫。全員集まったのか?」


ディランが倉庫の奥で小声をあげている。煤けた木箱やガラクタが雑然と積まれ、ほこりだらけの薄暗い空間。そこに俺、クラウス、レミィの三人が息を潜めて集まった。セリナ王女はやはり王城に閉じ込められたままで、ここには来られそうにない。けれど、その分なんとか俺たちだけでも立ち直る策を講じなければならない。


「みんな無事だったみたいで、よかった。レミィ、あの結界でどうやって抜け出したの?」

「けっこうギリギリだったわ。あの時、兵士たちを一瞬攪乱できたから、裏口から地上へ飛び出してね。クラウスが隠し通路を知ってたから助かった。……けど、本当ならもう少し時間が欲しかったわよ」

「うむ。封印文書もまだ全部は運べなかったしな。正直、痛恨の極みだ」


レミィとクラウスはちらりと目を合わせ、複雑そうに眉を下げる。俺も同感だ。王立図書館にはまだ解読前の古文書が山ほど残されている。それらがバルド宰相の手に渡れば、どんな改竄や隠蔽をされるか分からない。


「とりあえず……今ある資料は?」

「大した量じゃないけど、これだけは死守した」


クラウスが倉庫の壁際に立てかけられた麻袋をとんとんと叩く。中にはいくつかの巻物や書物が詰まっている。どれも、俺たちが最優先で守ろうとしていた重要文献だ。税制度や封建領地制の原本、あるいは隣国との条約記録の断片――それらを必死にかき集めてここへ持ち出した。


「これが今の命綱、ってわけか。あー、まったく悔しいな。せっかくあんたが必死に作った一覧表やチラシも、ほとんど置き去りじゃないか」

ディランが苛立たしそうに髪をかき上げる。


「一部だけ持ち出したよ。ただ、作成途中だった分は未完成だから使いにくい。……でも、あらかたの法令比較は俺の頭に入ってる。司書スキルのおかげで、けっこう記憶に焼き付いてるんだ」

「なるほど。あんたの脳内に“図書館”があると思えば、まだどうにかなりそうだな」


ディランがバカにするでもなく、素直に感心した声を漏らす。俺も、まさか自分の記憶力がこんな形で役立つとは思わなかった。もちろん全部を完璧に暗記しているわけではないが、読み取った要点やキーワードはそれなりに頭に残っている。あとはそれをうまく“再現”できれば、何とか今後の改革の基盤にできるかもしれない。


「結局のところ、新しい拠点を見つけないとダメじゃない? ここはさすがに狭すぎるし、そもそも物置を装った倉庫だからいつ見つかるか分からないわ」

レミィが周囲を見回しながら言う。たしかに、ここじゃ資料を広げて作業するなんて無理に近い。兵士に見つかったら一巻の終わりだ。


「俺も同感だ。もっと落ち着いて本を扱える場所がほしい。だけど、図書館みたいな公共施設はもう使えないし、他に大きな蔵書を保管できる場所なんてあるのか?」

「実はな……城下の歴史を調べてて、一つだけ気になる建物があるんだ」


クラウスが思案深げに呟く。俺たちは反射的に目を向ける。クラウスはコホンと小さく咳払いをしてから、懐から古い地図の断片を取り出す。これも図書館から何とか持ち出したらしい。


「ほら、昔に“旧文書館”という施設があったのを知っているか? 王立図書館の前身とでも言うべき場所で、かつては王城の近くに併設されていたそうだ。だが百年ほど前に取り壊されたという話だな。地図でもこの部分が空白になってる」

「旧文書館……名前だけは聞いたことある。たしか災害か戦争があったときに焼失したとか何とか。もう現存はしてないんじゃないか?」

ディランが眉をひそめる。


「ところが、実際には“地下区画”が封印される形で残されたという記録がある。私も確証はないが、この地図を見る限り、廃墟になった上部の施設はともかく、地下へ降りるルート自体は完全には消されていないかもしれん。……もしそこがまだ残っているなら、狭くはないはずだ」


クラウスが地図の一点を指し示す。王城の外周部から少し離れた場所に、小さな書庫の跡地のような印がある。上層は取り壊されても、地下が埋め立てられず放置された――そんな可能性があるというわけだ。


「へえ、面白そうね。そこが使えるなら、第二の図書館として再起できるんじゃない?」

「でも、廃墟だろう? 人目につかない分、魔物が出るとか、崩落してるとか、問題だらけかもしれないぞ」

ディランが一瞬怖そうな顔をする。確かに、異世界では廃墟に魔物が住み着いてもおかしくないし、罠だってあるかもしれない。


「私が魔力センサーを使って探索すれば、ある程度は安全を確保できるわ。少なくとも結界や呪いがあっても対応はできる。……もちろん危険がゼロとは言わないけど」

「それしか道がないなら試す価値がある。図書館を取り返すまでただ待ってるわけにはいかないし、どのみち宰相側に追われる身なのだから、少しでも安全な隠れ家がほしい」


俺の言葉にディランもうなずく。よし、方向はほぼ決まった。セリナ王女がどう動くかは分からないが、俺たちが拠点を失ったまま手をこまねいていては話にならない。ここで仮の本拠地を作って内政改革の準備を続ける――それが最善の策に思える。


「じゃあ決まりだな。……しかし、城の近くってのがちょいと気になる。あまり兵士たちが巡回しないのか?」

「昔の文書によれば、ここは王宮敷地とは隔離されているらしい。むしろ地形の都合で行き止まりになってるみたいだし、今は地上の施設が瓦礫に埋もれたまま放置されているかもしれん。要するに興味を持つ者など誰もいないということだな」


クラウスの説明に一同は納得する。あまり人が近寄らない廃墟なら、逆に好都合かもしれない。何せ王立図書館の封鎖を免れ、密かに活動を続けるにはうってつけの場所だろう。


「よし、それじゃ深夜に出発してみよう。人目を避けるため、姿を隠せる装備を整えないと。ディラン、衛兵の巡回ルートは?」

「任せろ。俺が次の勤務表をチェックして、巡回が手薄になるタイミングを教える。その瞬間を狙って移動すれば、そうそう追跡されないはずだ」

「レミィは結界や魔術の準備をよろしく。廃墟で何が出るか分からないし、あと足元が崩れかけてたら補強魔法もあると助かる」

「ふふ、そっちの要求多いわね。でもいいわ。どうせなら大掛かりな調査をしてみたいし、私も腕が鳴るってものよ」


皆がそれぞれの準備事項を確認する。俺は狭い倉庫の隅で軽く伸びをして、背中のこわばりを解きほぐす。図書館を奪われた痛手は計り知れないけど、こうして仲間たちと動けるなら、まだ戦えると感じる。バルド宰相がどれだけ権力を振るっても、知識を根こそぎ奪うことは不可能だ。


「問題は、セリナ王女にどう連絡を取るか、か。王女が動き出せばまた状況は変わるだろうけど……」

「そこは俺のほうで手を回してみる。王宮近くに潜り込むのはリスキーだが、身分証を活かせば城門付近までは行けるんでな。あんまり期待しないで待っててくれ」

ディランが肩をすくめながら笑う。


「頼む。セリナが今どうしてるか分からないと、俺たちも動きにくいし」

「やあ、なるようになるさ。案ずるな。あの王女殿下はなかなかタフだろう。下手な男どもよりよほどしぶといさ」


クラウスが楽しげに言い、レミィが「確かにそれは認める」とクスリと笑う。思えば、あの広場で理不尽な貴族を論破してみせた気迫は相当なものだった。そう簡単には折れないだろう。俺もどこかでそう信じている。


◇◇◇


深夜。闇が深まり、王都の喧噪がピタリと途切れた頃合いを見計らい、俺たちは倉庫を出発する。ディランが先頭、続いてレミィ、クラウス、そして俺の順に、住宅街の裏通りを抜けていく。道中の衛兵は思ったより少ない。バルドの命令で図書館を監視する兵にリソースを割いているのかもしれない。


「こっちだ。ここを右折して、さらに川沿いを進む。橋の手前で左に入ると、昔の城壁の跡が見えるはずだ」

ディランが低い声で誘導する。その通りに狭い路地を折れていくと、案の定ほとんど人の気配がない。暗がりの中に朽ちた石垣やら苔むした階段がうっすらと浮かんでくる。


「わあ……ここ、本当に荒れ放題ね」

レミィが灯した小さな魔法の光を頼りに、足元を確認する。ドロドロに湿った地面と折れた木材が散乱し、蜘蛛の巣まで顔に引っかかりそうでぞっとする。そもそもこんな場所、普通は誰も近寄らないだろう。


「おい、足下気をつけろよ。階段が欠けてる」

ディランの警告に注意しながら、一段ずつ降りる。どうやら、かつては城へ向かう裏道的な階段だったのかもしれないが、今では隙間だらけで崩れかけている。途中で見るに耐えない瓦礫の山を越えると、やがて壁際にぽっかりと穴の開いた空間が現れる。そこに古い鉄扉がはめ込まれているようだが、周囲は見事にツタや苔に覆われ、形が判別しづらい。


「まさか、ここが“旧文書館の入口”……?」

「さあ、どうだろう。とにかく、中に入れるかどうか試してみるしかない」


ディランが扉に手をかけようとした瞬間、ギギギッと嫌な音がして少しだけ扉が動く。でも、錆びつきがひどくて開きそうにない。俺たちは一斉に力を込めて押し引きするものの、まるで岩の塊を揺らしているような感触だ。


「むう、このままじゃびくともしないな」

「ちょっとどいて。私が錆取りの魔術をかけてみる」


レミィが杖先を扉に向け、息を詰めるように詠唱を始める。すると杖先から淡い光の粒が舞い、そのまま扉の隙間や蝶番に染み込むように消えていく。しばらくすると、バリバリッという金属が砕けるような音がして、扉の錆が粉のように剥がれ落ちてくる。


「すごいな、そんな魔法もあるのか」

「細かい作業は得意なのよ。ほら、もう少し押してみて」


言われたとおりにディランと二人がかりで扉を押すと、今度は案外あっさりと開いた。中からムッとした湿気と黴臭い空気が漂ってくる。まるで長年閉ざされてきた棺の蓋を開けたみたいだ。俺の背中に寒気が走る。


「お、おい。中は真っ暗だぞ。ほんとに旧文書館の地下へ繋がってるのか?」

ディランが恐る恐る覗き込む。レミィが魔法光を放ちながら先へ進もうとした時、クラウスが微妙に眉根を寄せた。


「何か……妙な空気を感じるな。魔力の淀みか、あるいは結界の残り香か……」

「危険ってことですか?」

「いや、そこまで強いものでもないが、ずいぶん古い時代の魔力の痕跡を感じる。下手に触れると予想外の仕掛けが起動するかもしれん。……レミィ、頼むぞ」


クラウスの言葉にレミィも緊張した面持ちになる。俺たちは背後に気を配りつつ、レミィの魔法光を頼りに薄暗い通路を進んでいく。足元はぬかるんでいたり崩れた石が転がっていたりして、かなり慎重に歩かないと転びそうだ。壁には古代文字らしき彫刻がうっすら残っているのが見える。


「ふむ、昔は豪華な装飾がされていたんだろうな。今はすっかり廃墟のトンネルだが……」

クラウスが興味深げに触れていると、通路の奥に大きな扉が姿を現す。さっきの鉄扉とは違い、こちらは分厚い石造りで何やら紋章が刻まれている。


「でかいな……。これが本当の“入口”ってわけか?」

ディランがごくりと唾を飲み込む。俺も同様に気圧されるような迫力を感じる。古代王家の紋章なのか、円形の文様が中央に大きく彫り込まれ、その周囲を不規則な文字が取り巻いている。近づくにつれ、頭がチクチクと刺激される感覚がする。まさか結界か?


「私の出番みたいね」

レミィが杖を構え、またしても静かに呪文を紡ぐ。すると空気がビリビリと震えるような気配があって、扉全体に淡い青白い光が走る。ひび割れのような線がぼんやり浮き出し、次第にスーッと溶けるように薄れていく。まるで“鍵が外れた”みたいに見えるのが不思議だ。


「ふう、思ったより複雑だったけど、これで多分開くわ。もう封印は機能してない」

「おお……レミィ様様だ。すげえな、おまえ」

ディランがホッとしたように肩を下ろす。俺も思わず拍手したい気分だけど、ここはまだ油断できないから自重する。


「んじゃ、いきますか。……せーの!」


ディランと俺が同時に扉を押すと、石が擦れるいやな音を立てながら、ゆっくりと重みをずらすようにして開いていく。すると、そこに広がるのは――見たところ、かなり広いホールみたいな空間だった。高い天井、崩れかけた壁、そして棚のような跡がずらりと並んでいる。


「やっぱり、ここはかつての文書保管庫だったんだ……」

薄暗いホールを見回すと、床に散らばった木片や石材の残骸が目立つ。もしかしたら、文書や書物の類は燃えたり散逸したりして、今では何も残っていないのかもしれない。けれど、この広さと構造は“図書館”と呼ぶにふさわしい大きさだ。

天井に無数のヒビが走り、今にも崩れそうな場所もあるが、奥のほうは比較的しっかりしたアーチ型の造りになっていて、意外と安全そうに見える。


「すげえ……こんな空間が地下に埋もれてたのか。まさに“第二の図書館”って感じだな」

ディランが感嘆の息をつく。クラウスは静かに床を踏みしめ、「やれやれ、よくぞ残っていたもんだ」としみじみ語る。レミィは杖の光をさらに強め、隅々まで照らして歩く。


「ねえ、奥の壁に何かの扉らしき影があるわ。小部屋がいくつもあるのかも」

「……本当に隠れ家として使えそうじゃないか、ここ」


俺も周囲を見回しながら、可能性を膨らませる。埃と土砂を除去し、壊れかけの天井を補修すれば、少なくとも人が作業するスペースは確保できそうだ。もしかすると“資料を隠す倉庫”としても十分な容量があるだろう。


「いいな。今夜はここで徹底的に安全を確認して、明日から仮の拠点として整備しよう。兵士が来ても、こんな地下まで探しに来るとは思えないし……」

「ただし、空気の入れ替えや照明の問題はあるな。入口が一つしかないと、火を焚くのも危険だ」

「そこは私が魔法である程度サポートできるわ。簡易的な照明や浄化魔法を使えば、最低限の環境は整う」


レミィが頼もしく言い切る。クラウスも「この歳でまた図書館を作るとは思わなかったが、なかなか悪くない挑戦だな」と微笑している。ディランに至っては「秘密基地みたいで燃えるぜ!」と少年のような口ぶりだ。


俺は肩の力を少し抜いて、ほんのわずかに笑みをこぼす。王立図書館が封鎖されたショックは大きいけど、こうして失った分を補おうと前を向いている仲間たちがいる。もしここの整備が進めば、本当の意味で“第二図書館”が完成するかもしれない。そこに持ち込む資料さえあれば、再び改革の準備を進められる――そう考えると、心に灯がともるような気がする。


「……よし、気持ちが少し上向いた。クラウス、レミィ、ディラン、みんなありがとう。ここを俺たちの新しい“図書館”にしよう。名前は……そうだな、まあ正式名称はまた今度考えるとして、とりあえず“第二の図書館”ってことで」

「そうだな。何なら《秘密文書館》とでも呼んでおくか? こういう隠れ家っぽい響きがいいじゃないか」

ディランが楽しそうに笑う。


「まったく、おまえは呑気だな。……だが、この暗い穴蔵で希望を語るのも、悪くない」

レミィもどこか心が浮き立っているようだ。


闇の中で意気込みを交わす。外の世界は相変わらずバルド宰相の監視下にあるし、セリナ王女は王宮から出られない。でも、だからこそ俺たちだけで踏ん張るしかない。ここなら自由に本の整理や新たな文書作成ができるかもしれない。宰相には見えないところで、じっくりと“反撃の書”を編み上げるのだ。


「よし、まずは安全チェックを手分けしてやろう。奥の部屋や通路が崩れてないか確認して、いけそうなら荷物を搬入だ」

「ああ。今夜は忙しくなるが、やるしかないな」

「魔力の流れを見てくるから、みんなは足元に気をつけてね」


こうして俺たちは二手三手に分かれ、ランプや魔法の灯りを頼りに、地下空間の調査を開始する。壁には古い文様や彫刻がかすかに残り、時折魔力的な気配を感じる場所もある。変に罠を踏まないよう、慎重に足を進めるたびに小さな緊張感が走る。


けれど、その一方で不思議な興奮もある。何百年も放置された幻の文書館を、自分たちの手で再起させようとしているのだから。封鎖された本館に代わり、ここを“知の砦”に育てれば、まだまだ改革を諦めるわけにはいかない。


やがて通路の一番奥、そこに小ぶりな扉が見つかった。半ば崩れかけて隙間が開いているが、そこからかすかに冷たい風が吹いてくる。どうやら換気口か何かに通じているらしい。ダクトのようなものが上へ伸びているのが分かる。


「これは朗報だな。完全に密閉されているわけじゃないなら、空気も循環する。長期滞在にも耐えられるかもしれん」

クラウスが明るい声を上げる。俺も安堵する。これなら最悪の場合、数日間こもって作業しても息苦しさに悩まされずに済みそうだ。


「案外いい場所だな。修繕が必要なところは多いが、やれない範囲じゃなさそうだ」

ディランがしみじみつぶやく。足元に転がっていた石を蹴りどけると、その下に何やら封印めいたモチーフが刻まれた板のようなものが見える。


「ん? これって床か? いや、蓋みたいだぞ」

レミィが杖で軽くコンコンと叩く。中が空洞なら音が変わるはず……しかし、あまり響かないようだ。単に石の板が敷かれているだけなのかもしれない。


「ま、今日はそこまで調べてる余裕もないし、一旦ここで切り上げよう。あちこち埃をかぶってるから、このままじゃ健康に悪い。換気も必要だし」

俺が提案すると、皆もうなずく。すでに深夜を回っていて、連日の疲労も溜まっている。慣れない地下探索に長居するのは危険だろう。


「よし、じゃあ最低限の安全確認はできたし、ここを第二図書館候補地としよう。明日以降、必要な物資や資料をこっそり運び込んで、少しずつ整備しよう」

「いいな。幸い、王城や図書館ばかりに兵を割いているみたいだから、ここは見つかりにくいと思う」

「火の使いすぎには注意してね。空気が汚れるのも嫌だし、何より煙が外へ漏れたらバレちゃう」


ざっと話をまとめて、俺たちは再び入口から外へ戻っていく。開閉可能な鉄扉を整備しないと、獣や浮浪者が入ってくるかもしれないから要注意だ。だが、そのあたりはディランが協力者を探すと言っている。下級役人や職人仲間の中には、宰相に不満を持つ者も多いから、うまく頼めば小規模な工事なら請け負ってくれるかもしれない。


外へ出ると、夜の風が肌に刺さるように冷たい。さっきまで地下をうろついていたせいか、外の空気がやけに新鮮に感じる。それと同時に、王都の暗い街並みが目に入って胸が締めつけられる。封鎖された図書館や、萎縮している民衆の姿が脳裏をよぎる。


「俺たちが第二図書館を整備してる間も、あの宰相は好き放題やっているんだろうか……。このままじゃ、民の生活はもっと苦しくなるかも」

「そうだな。どこかで逆転の一手を打たないと、じわじわと締めつけられる。……だが、焦っても仕方ない。まずは隠れ家をしっかり築き、改革の旗印をちゃんと整えるんだ」


ディランの声はいつになく真剣だ。封鎖の光景を思い出してか、拳が小刻みに震えているのが分かる。自分の職務上、正面切って貴族や宰相に反発しにくい立場であることも、彼にとって大きな歯がゆさなのだろう。


「そうだね。ここで中途半端に動いて捕まったら元も子もない。俺たちが今できるのは、新たな知識の拠点を作り上げて、再び“反撃の書”を用意することだと思う。宰相に潰されないうちにね」

レミィとクラウスも神妙に頷く。結局、俺たちに戦闘力はほぼない。やれるのは情報の解析と発信、そして改革を掲げる市民や役人への後押しだ。それを無くしたら、この国は闇に沈むだけかもしれない。


「よし、今日はここまでだ。一度倉庫へ戻ろう。明日からの段取りを考えねえとな」

「了解。……いつかセリナ王女とも合流できるといいんだけど。あの人の力がなきゃ国は動かないからな」


倉庫へ戻る道のりも暗くて険しい。衛兵の巡回を避けながら裏通りを進むたびに、ふと頭をよぎるのは王立図書館の面影だ。誰もが簡単に本を読みに来られたわけではないが、あそこには確かに“知の入り口”としての誇りがあった。それがバルド宰相に奪われ、夜の街はさらに息苦しく感じる。


「でも、終わりじゃない」


小さく呟いて、己を鼓舞する。第二図書館――この廃墟の地下を整備し、新たな仲間を得て、いつの日か改竄を暴き出してやる。そのために再びペンを握り、本を開き、知識を編み直さなければならない。宰相の独裁を放っておけば、本当の意味で王国は滅びるかもしれない。市民も、王女も、誰も報われない。


だからこそ、俺は諦めない。

図書館を失っても、読み取った文字は頭に残っている。たとえ彼らが資料を燃やしても、記憶をたよりに書き直すことはできる。その再現こそが司書スキルの真骨頂だ。


「クラウス、レミィ、ディラン……苦労をかけるけど、もう少しだけ頑張ろう。俺たちで本を取り戻すんだ」

「ふん、言われなくてもやるわよ。あんな連中に負けてたまるものですか」

「おお、そうだ。おれたちはまだまだやれる。……あんたこそ、心折れないでくれよ。司書が絶望したら何も始まらないからな」

「はは、大丈夫。俺は本のためならしぶといよ」


四人で苦笑いし合いながら、闇の路地を抜けていく。これから先、困難はますます増えるだろう。でも“第二の図書館”を手に入れたことが、わずかな光明になると信じたい。そこを拠点に、再び文字を武器に戦うんだ。


反撃の書はまだ白紙だが、ペンを走らせる手はすでに温まっている。押し寄せる権力の波なんて、知識の網で食い止めてやる――そう心に誓いつつ、俺は夜の空を見上げる。秋風が頬を撫でていくたび、闇の向こう側にかすかな可能性を感じる。


「さあ、忙しくなるぞ。次のページをめくるのは、俺たちだ」


自分に言い聞かせるようにそう呟いて、足早に倉庫へ戻る。そこから始まる、第二図書館の再生作業。夜明け前の冷たい風が、まるで新しい物語の幕開けを告げるように感じられた。

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