第9話 無職という職業
「あさひ、きれい」
輝くばかりの青空。登っていく太陽。
燦燦と降り注ぐ朝の光が、明るく、眩しい。
騒動から一夜明けた、次の日。
アルトはナーシャやクロと共に河原に座り、美しい朝の景色を眺めていた。
「こんなに遅く起きたのは、初めてかもしれない……」
無職初日である。
やるべきこともない。
昨夜マップで確認した限りでは、南の辺境近くにいるようだ。
クロの言った通り、追手の心配もしばらくは必要ないだろう。
なにもかも自由だ。
さぞかし穏やかで晴れやかなのんびりタイムを過ごせるかと思いきや。
「ご主人、なんか目の下にクマがあるニャ」
クロの言葉にアルトはため息をついた。
「いや、昨夜の夢見が悪かったものでね……」
何の夢を見たのか、あまり覚えてはいない。呪いとか、そんなことを言われた気がする。目覚めてから慌てて状態を調べたが、特に呪いはかかっていなかったのでホッとしたが。
「それよりも残してきたものが気になるよ……帝都はどうなっただろう……偽装はうまくいったのだろうか……おまけに今にも目覚まし時計の音が鳴りそうで……」
うっ、とアルトは切羽詰まった表情で頭を抱えた。
「宰相が執務室をノックする音! 昨日の書類の不備と判断ミスを鋭く突っ込まれる! そのあと朝食がわりの完全栄養液を流し込んで、元気魔法でドーピングしてから朝議! みんなが勝手なことを言って解散! まだ朝なのに疲れ切ったまま連続謁見! 予算会議に午前の閲兵に……! 働かなくていいのか!? 私は……!」
「お兄様! しっかりなさって!」
「退職後あるある……激務の後遺症だニャ……」
ナーシャがおろおろし、クロが憐みの目でアルトを見る。
「そもそも皇帝時代の一日の予定がおかしかったんじゃないのかニャ?」
「そうかな……?」
★悪役皇帝の平和な一日★
5:00 起床。洗顔など。
5:30 宰相と打ち合わせ。
6:00 完全栄養液で朝食。
侍従に身支度してもらう間に顧問官が一日のスケジュールを読み上げる。
ついでに元気になる魔法で昨夜の疲れをドーピング。
7:00 朝議。
9:00 各国大使や大商人などと謁見。
11:00 午前閲兵。時間があれば王宮バルコニーから公開謁見。
12:00 昼食。日によっては賓客や国内団体の代表などと会食。
場合によっては承認作業が間に合わず作業時間にも。その時は当然栄養液。
13:00 予算会議や帝国議会、次年度の部隊編成などの大型会議が入ることが多い。
あるいは遠出して視察や武術魔術の観覧試合なども。
重要古代遺跡の修理を手伝うこともある。何しろ帝国全体の管理者なので。
18:00 さすがにまともな夕食を……食べれるといいな……。
19:00 夕食後、再び会議。煮詰まっても逃げられず、終わりがなく……。
精神が耐えられずに魔法ドーピングをキメる。
24:00 出来ればこのくらいには寝たいがまだ承認や確認作業が残っており……。
2:00 死んだようにベッドへ倒れて就寝。
※なおエリュシオンは24時間で一ヶ月が30日制。
「ブラック帝国ニャ! 社畜ならぬ国畜だニャ!」
毛を逆立てたクロに、アルトはハハハと乾いた笑みを向ける。
「そんなにおかしくないさ……前世で主任になってからはずっとこんな感じだったし……」
「め、目が死んでる! 燃え尽きてるニャ!」
クロがゆさゆさとアルトを揺さぶる。
「しっかりするニャ、キツキツのブラックライフはもう終わったんだニャ! これから自由な人生を取り戻すニャ!」
ああ、うん、と揺さぶられながらアルトは真顔になる。
「しかし本当に悪役皇帝の運命から脱出できたのかな。また不自然にループして引き戻されるなんてことは」
「心配性、と笑いたいところニャが」
クロは顎に手を当てて考え込んだ。
「出来る限り整合性を保ったとはいえ、悪役皇帝が強引に抜けてしまったことは確かだニャ。『世界のしわ寄せ、揺り戻し』もありうるし、天界管理局が出てくる可能性も」
「管理局か」
ゲームプレイしていたころ、この世界には『天界管理局』いわゆる『運営』と呼ばれる企業配下のチームがあった。世界の整合性やルール違反を監視しており、実際にルール違反で連れていかれたプレイヤーもいると聞いていた。
「でも今のこの世界に存在するのか? 私のループの時は出てこなかった」
「これまでご主人が味わってきたループは……どうもそういう揺り戻しとは違うっぽいんだがニャ……」
クロはアルトと記憶や経験をある程度共有できるという。昨夜話し合ったところによれば、前世やループのこともこちらが話せば正確に把握できるようだ。
ただ本質は初心者用のナビペットだから通常能力はそれなり、らしい。あの不可思議な力も気になるが、質問したところで猫寝入りされて話は進まなかった。
それに、とクロはすうっと目を細めた。
「……ご主人のループは『真面目に悪役を勤めているからこそ続いていた』のかもしれない」
「そうか、その可能性はある……!」
確かに、自分は毎回それなりに真面目に皇帝職を勤めていた。悪事を行わないようにはしていたが、仕事をきちんとこなして物語を進めていた点では変わりがない。
「であれば、これまでの悪役皇帝激務ライフから極力離れることが、ループ回避に繋がるかもしれないニャ……真逆のことを進めていくといいかも」
ニコッと輝くような表情でクロが笑った。
「善良な無職によるスローライフ、そしてのんびり旅!」
「おおっ、それはいいね!」
スローライフ、なんと良い響きだろう。のんびりレベリングして、クラフトで楽しいものを作って、夜はゆっくりと夜空を見上げて寛いで……それこそ、前世の自分がエリュシオン・サーガで満喫したかったことだ。
「ようやく始まるんだな、本物の、楽しい冒険の旅が」
「やりたいことだけ自由にやって、今度こそご主人は幸せになるニャ!」
さて、とクロがウィンドウを出す。
「まずは旅を始める前にミーのアイテムを確認すると……」
■クロのアイテム
木の棒 10本
リンゴ 3個
ナイフ 1本
「初期のナビペットならこんなものだニャ」
ナーシャもごそごそと自分のポケットを漁った。
「私は……これしか……」
飴玉ひとつと、髪用のリボンが一本。さすが愛妹、ポケットの中身まで可愛らしい。
「ナーシャ、クロ、ありがとう、何もないよりは全然マシだ。次は私の現在スキル確認だな。昨夜より詳しく見てみるか……」
今度はアルトがウィンドウを手の上に出すと。
■アルト・ゼノン:男:27歳
■ジョブ:無職
■体力(HP)…90
■魔力(MP)…20
■攻撃力…10
■防御力…50
■賢さ…100
■素早さ…10
■体力…20
■耐久…50
■幸運…100
「無職の一般人ならこんなものか」
ジョブがセットされていないから本当の「丸腰」基本地だ。レベルアップすれば当然変わるし、ジョブを獲得してセットすればさらに大きく変わる。
「皇帝時代はどんなだったニャ?」
「攻撃力と素早さ、体力以外は全部一〇〇〇とか」
「さすがチートジョブ……それでも運動神経の悪さは補いきれなかったんニャ」
「直接戦闘をやる機会はほとんどなかったんだよ。ナーシャを救ったあの一回は奇跡だったね……」
クロの力がなかったら危なかったはずだ。本当になんとかなってよかった。
「ナーシャの数値はどう?」
「ナーシャは……普通ですわ」
彼女の手の上にもウィンドウが起きる。だがアルトに見せる前にすぐ消してしまった。
「あれ、どうして……」
「いえ、その……大丈夫ですわ。ナーシャはいつでも戦えます」
クロが頷く。
「ステータス画面はある意味、プライベートゾーンみたいなものだからニャ。みだりに他人の、しかも女性の数値を見るのは兄と言えど……」
「あっ、そ、そうだね。気が利かなくてごめん!」
アルトは慌てて顔をそらし、自分の画面に視線を戻した。
「あと大事なのはスキル群だけど……あれ、固有スキルが文字化け?」
ステータス画面では、確かに名前の下の固有スキル欄が読めなくなっている。




