第2話 ネコとの出会い
アルヴェリトはもともと、善野勤というサラリーマンだった。
三十四歳の若さで過労死し、いわゆる異世界転生でここ……MMOPRPG『エリュシオン=サーガ』の世界にやってきたのだ。
いや、転生というよりも、転移か憑依と言った方がいいかもしれない。
覚醒したのは最初の処刑のとき。
首を刎ねられた瞬間、勤は自分が異世界にいることを知った。
死ぬまでの数秒、頭によぎった知識と光景はまさに走馬燈だった。ここが『エリュシオン=サーガ』の世界であること、自分が『悪役皇帝アルヴェリト』であり、勇者同盟と筆頭勇者ユキヒコによって処刑されたことがゲームのムービーのようにまざまざと流れた。
その内容にも驚いたが、さらに衝撃的だったのは、直後に三年前へと戻ってしまったことだ。
あれにはびっくりした。死んだと思ったらこうして深夜の執務室に座っていたのだから。
以来、最期の三年間と断罪処刑を延々と繰り返している。
アルヴェリトはのろのろと頭を上げ、椅子に深くもたれかかった。
「八回目……どれだけ努力しても抜け出せない……」
『エリュシオン=サーガ』は有名な国産MMORPGゲームだった。『役目と使命、そして運命』をテーマにした異世界ファンタジーで、剣と魔法を中心とした多彩なジョブで人気を博していた記憶がある。
物語は主人公が辺境に現れるところから始まる。冒険者となって気ままに旅をした彼/彼女は、やがて世界を覆う不穏な戦乱の気配に気付く。
主人公は試練を乗り越えて様々なスキルとジョブをゲットし、勇者となる。他の勇者たちと共に勇者同盟を結成、いくつもの困難な事件を解決して成長していく。やがて第一部ストーリーの最後には、諸悪の根源であるバルディオス帝国と氷の皇帝アルヴェリトに勝利し、ラスボスである彼を断罪処刑してエンディングを迎える。
アルヴェリト自身も、勤だった頃にプレイした記憶がある。転移の影響なのか細部の記憶は曖昧だが、それなりに楽しく遊んでいたはずだ。
しかしまさか自分が悪役皇帝として、断罪処刑の瞬間に転移するなんて。
ループ初回はストーリーを再確認するだけで精一杯だった。常に兜をかぶって顔を隠している、西方の悪役皇帝アルヴェリト。キャラとしての立ち位置を理解し、各種イベントをこなすのがやっと。気づいた時には処刑場で、なすすべもなく首を刎ねられた。
二回目のループからは死に物狂いで帝国の改善を行った。処刑されるからループするのではないか。ならば善人として過ごし、処刑を回避すればいい。内部の意識改革に始まり、奴隷解放、農地解放、連邦制導入に各国との和平、慈善事業に魔物の飼育と保護。思いつくことは何でもやったと思う。
だがすべてが無駄だった。
宮中派閥の対立。諸侯の離反。戦争。時には農民までもが混乱に乗じて反旗を翻し、少しでも悪いことが起こるとアルヴェリトのせいにされた。善意を悪意と勘違いされ、どんなに正論を叫んでも無駄で……結局は悪役の汚名を着たまま処刑される羽目になった。
この状況には覚えがあった。
前世でもまったく同じ。
頼まれる、というか、押し付けられるのだ。
『悪役』を。
「いつでも『悪役』になってしまうな……」
学生時代は友人関係の悪役、そして会社に入ってからは『組織上の悪役』を押し付けられた。人事部に頼まれてリストラを言い渡す役目をこなし、プロジェクトをつぶすときの会議では『嫌な役』『憎まれる役』を演じた。
社内では隣にいるだけで驚かれたり、女性社員が逃げ出すのは日常茶飯事。ヤクザの真似で妹のストーカーを追い払ったら逆に逮捕されそうになったこともある。
「……できれば良い人でいようと、頑張ったはずなんだが」
前世だって、意識的な『悪』を行った覚えはない。
会社のごみ拾いにも積極的に参加したし、寄付も献血も惜しみなく行った。大病を患った父親の代わりに妹二人の学費を出し、頼まれた家事も仕事も喜んで引き受け、生真面目にこなした。
こちらの世界でも、孤児院を作ったり、なるべく侵略を避けたり、やむを得ない場合でも人的被害を極力減らしたりと、精一杯の努力はしていたはずだ。
人は生きている限り無害ではいられない。無意識のうちに悪いことをしてしまっているかもしれない。
それが分かっているからこそ、せめて頼まれたことは喜んで引き受けようと、がんばっていたはずなのだが。
前世でもこの世界でも、なぜそんなに悪役を頼まれてしまうのか。
「この容姿が悪いのか……?」
机の上に小さな鏡が乗っている。
そこに映るのは長い銀髪に赤い瞳、真っ白な肌に吊り上がった目を持つ、『いかにも世界を滅ぼしそうな男』。
そう。
どちらの人生でも、外見が最高に悪役なのだ。
特に顔。
「こればかりはどうしようもないし」
悲しい表情で、むに、と頬をつまんでも怖くなるばかり。赤い目、銀髪の整った容姿なのだが、なんというか、人を切り殺しそうというか、暗黒微笑が似合うというか。自分でも思わず震えあがってしまう容貌だ。
前世はもっとひどかった。身長一九〇センチ体重八〇キロ。ラグビー経験者で体格が良く、鼻は骨折して潰れ、目の上にはヤクザみたいな深い傷跡まであった。いったい何度「笑うと怖い!」と怯えられたことか。
本質を理解してくれた人々もいたが、それよりも圧倒的に『悪役』として扱われることの方が多かった。
挙句、様々な「悪役」仕事を頼まれて激務になった末の過労死。
そして転生してからも悪役で……。
ループ八回、二十一年。
ここからいったい何回ループすればいいのだろう?
何年続ければいいのだろう?
今度こそ、深い深いため息が漏れた。もう限界だ。
「……疲れた……」
机の引き出しを開けると、拳銃が入っている。
この世界は剣と魔法の世界だが、バルディオス帝国は世界でも有数の魔法大国である。魔法と機械の合わせ技『魔術機構』を使えばたいていのものは作れた。
アルヴェリトは黒光りする銃を取り上げた。ループの序盤に試すのは初めてだ。いや、もうどうでもよかった。この運命から、永遠に続く絶望から逃れられるなら。
目を閉じ、震える手でこめかみに銃口を当てたとき。
『……そんなことじゃ、運命は変わらないニャ。まずはどうしたいのか、ハッキリ言えニャ!』