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第17話 パグベロスとの死闘?


「「「クゥーン」」」 


 三つのパグ頭は無邪気な表情で交互に首を傾げる。


「パグベロスだニャ……顔が濃いニャ……」


 驚くクロの前でリンネは慌てふためいた。


『あ、あれ、おかしいな!? カッコいいシュッとしたケルベロスを召喚したはずが……!?』


 だがそれ以上に挙動不審になったのはアルトだった。


「モフモフの犬だーッ! かわいい! ワンちゃんッ、こっちにおいで、ほらっ!」


 急に立ち止まり、手足を振っておいでおいでをする。

 パグベロスの方もアルトに気付くと、警戒よりも喜びを表しながらドスドスと走り出した。パグベロスは少しポッチャリしているのだ。


「ご、ご主人! ミーというものがありながら犬にまで手を出すとはッ!」

「お兄様、モフモフに負けちゃだめですッ……!」


 大急ぎで食事を飲み込んだ二人が叫ぶが、アルトは聞こえていないようにアハハ……と笑顔で走り出す。それはさながらリードを放して飼い犬を放牧しているように楽しげだ。


「ほら、こっち、こっちだぞ~」

「クゥーン」


 やがて森の先、さらに開けた広場に到達したあたりでアルトは追いつかれた。

 パグベロスがワフッとのしかかるが、むしろ笑顔になってしまう。


「うわっ、すごい人懐っこいッ、うわあ三頭同時にペロペロしないで……犬の肉球香ばしい……放して、いや放さないで……幸せッ……!」


 パグベロスは尻尾を振りながらアルトを舐めまくる。あっという間に全身びしょ濡れだ。


「ご主人ひどいニャ! それは浮気ニャ!」


 憤慨しながら走り出したクロ、それにナーシャだが、アルトはしっかりと首根っこをパグベロスに咥え込まれてしまった。


『ふう、一時はどうなるかと思ったけれど……まさかのモフモフ好きとは幸いでしたね。ペットナビを猫タイプにしていたので、動物好きだろうとは思いましたが』


 慌てて飛んできたリンネが宙に浮きながら息をつく。


『本人を確保できたのなら、あなた方に用はありません。さあアルヴェリトさん、管理局本部でじっくり調査させていただきます!』


 アルトとパグベロスが空に浮かび上がる。襟首を咥えられたまま、アルトはぶらーんと宙づりになった。


「ご主人!」


 叫んだクロの隣で、ナーシャが顔を上げる。その顔には強い決意が漲っていた。


「……お兄様は……お兄様は……ナーシャのお兄様です! 連れていくなんて許さない!」


 ナーシャのケープが翻り、いくつもの塊が煙を吐いて発射される。それは複雑な軌道を描いて空を走り、リンネとパグベロスの近くで爆発した。


「うわっ、ミサイル!? ナーシャそんなものまで持ってるニャ! 魔力が空になっちゃうニャ!!」

『ちょ、危ないっ、お兄さんに当たったらどうするんですか!?』


 流れる煙にゲホゴホと咳をしつつ、リンネが顔を上げた。


『いや、あなたは魔術人形ですよね? アルヴェリトさんの本当の妹とは言えないのでは!?』


 ハッとしたようにナーシャは動きを止める。


「わ……わたし……は……」


 細い足が震え、顔が真っ青になった。クロは心配そうにその顔を見上げたが。


「……大丈夫、ナーシャはナーシャだよ」


 はっきりと言ったのは、宙にぶら下げられたアルトだった。


「彼女は確かに私の妹だ」

『で、でも、あなたの妹はもう亡くなっていて……おまけに、記録によれば彼女に命まで狙われていたはず……!』

「来歴も、経緯も、関係ない」


 アルトは静かに首を振った。


「彼女自身が私の妹だと言ってくれているのだから、それで十分だ」


 うん、と頷いてから、余裕のある表情でニッコリ笑う。


「そして、この場所も、魔力も十分なんだ。……まずは風魔法Lv1、『空の幕』! それを複製魔法で『5つ』! 空間魔法で『上左右配置』!」

「えっ、えっ!?」


 一瞬、周囲が透明な膜で囲まれる。これなら上昇も移動もできない。


「最後に……古代魔法! 『水盤よ(ペルヴ・アクアル)その機能を示せ!(・オステ)』」


 詠唱と共に、アルトは青い魔法陣の浮かんだ手の平を地面に向けた。小さな魔法陣がいくつか連なって地面に届き、そこから低い地鳴りが響く。


『なっ……なに!? えっと、ひとまず雷槍っ!』


 リンネが地面へ雷撃を落とすのと、地面から勢いよく水が噴き出すのは同時だった。


『きゃーっ』

「キャウン!」


 大きな噴水にも匹敵するような水流はパグベロスとリンネを直撃した。

 アルトも濡れたが、直撃を免れたせいかさほどのダメージはない。巻き込まれた雷にビリビリするくらいだ。

 しかしパグベロスは悲しい表情を残して霧散してしまった。召喚獣であっても犬猫は水濡れに弱いのかもしれない。


「うっ、わ!」


 解放されたアルトは空に投げ出され、地面と衝突……と思われたが、滑り込んだナーシャがナイスキャッチ! お姫様抱っこで受け止めてくれた。


「ありがとうナーシャ、助かったよ!」

「お兄様、ご無事で……!」


 ナーシャがほんのりと笑顔になる。この笑顔を護れてよかった。


「……っと!」


 感慨に浸る前にアルトは地面に降り、思い切りダッシュした。間に合うか。


「危ないっ」

『きゃあっ』


 スライディングしたその腕の中へ落ちてきたのは、翼を失ったリンネだった。

 濡れた彼女を受け止め、腕に抱えたまま地面に倒れ込む。かわりに腰に激痛が走ったが構っている暇はない。

 不格好だけど、なんとか助けられた。アルトはホッと息をついた。


『なんとか……助かった……けど』


 溜息をついたはずみにリンネのフードが外れ、金髪がふわりと広がった。

 大きな緑の目と、可愛らしい顔立ち。年齢はたぶん20歳前後くらい。どこか小動物のようなふんわりした印象がある。幸いにも怪我はしていないようだ。


「無事でよかった、お怪我はありませんか?」

『えっ!?』


 思わず視線が合ってしまい、二人とも顔を赤くする。

 あの、とおずおずと声を掛けたのはリンネだった。


『あの、どうして……私を……』

「あのままだと地面に衝突する、と思ったら、とっさに身体が動いていました」

『でも、私はあなたの敵ですよ!」

「敵でもなんでも、誰かに痛い思いはさせたくない」


 リンネは目を丸くした。

 だが次の言葉を言う前に、彼女はぶるりと震えて自分の身体を見た。今度こそ耳まで真っ赤になる。


『あわわ、ぬ、濡れちゃって、服が……!』


 よく見れば、先ほどの水流で白い服が透けて、小柄な割に豊かな胸がうっすらと……。

 いけない。アルトは慌てて目をそらし、彼女を地面に下ろした。


「あの、良かったらこれを服の上に掛けて。服を濡らしてすみません」


 自分の上着を脱いで渡す。クソヤバと呼ばれたジャケットがまさか役に立つときが来るとは。


『あ、ありがとうございます……』


 ジャケットを肩に掛けたリンネの頭上に突然『!』マークが輝き、大音量のブザーが鳴り響いた。


『天使局規約違反! 管理官リンネ・リーン! 地上建築物破損の罪でペナルティが与えられます!』


 途端にリンネの周囲を覆っていた発光が消えた。神々しさがなくなり、今度こそ普通の女性らしくなる。


「あ、えっ!? 壊したのは森の木々だけよね!? あれっ、自然物の破壊は見逃しで……もしもし、管理局!?」


 もしかして、とアルトは手を下に向けた。


管理制御コントレギス……あ、やっぱり」


 手の上に出現した魔法陣と光る画面を見てアルトは頷く。


「この下に大規模分水機構を有する古代遺跡があるんだが、先ほどの雷攻撃で部分的に壊れたようだね」

「えっ、わ、私の雷撃せいですか!? すすすすみません~~~!」


 慌ててお辞儀を繰り返すリンネからはもう攻撃性は感じられない。それにこうして近くで話せば、どう見ても悪い人ではなさそうだ。じっくり対話すれば分かってもらえるかも。


「ではひとまず、こちらの話を……」


 言いかけたアルトはギョッとした。

 クロとナーシャが、ものすごい顔でこちらを睨んでいる。


「ご主人……犬に浮気した件、先に弁明してもらおうかニャ……?」

「お兄様は私のもの、お兄様は私のもの、お兄様は私のもの……!!」


 おうっ、と苦しい声を漏らし、アルトは一同を見回す。


「と、とりあえずみんな落ち着いて……ほら、そこの切り株にでも腰かけて……身体を乾かしながら話し合おうか……」


 複雑な視線が絡み合う中、アルトは無理矢理に微笑むくらいしかできなかった。


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